【207不思議】おおきなカブとその仲間達
文化祭二日目。
逢魔ヶ刻高校の文化祭は平日に開催される為、校舎の人口は生徒の姿が数多く占めているのだが、密やかに一般の方にも開放されている。
その為、大人や子供といった姿もちらほらと見つけられた。
もしかすれば、懐かしきあの人との感動の再会などもあるのかもしれない。
「あっ!」
賑やかな廊下の先で、千尋はとある後ろ姿を見つけて声を上げる。
千尋はそのまま、『廊下を走ってはいけない』というルールを完全に捨てて走り出した。
「斎藤先輩!」
後ろから声が聞こえ、銀髪と美女は振り返る。
「西園先っぱーい!」
瞬間、千尋の体は美女の胸へと飛び込んでいった。
危うく倒れそうになった体を、美女は二、三歩後退してなんとか持ち堪える。
これが他人の空似ならとんだ赤っ恥だったが、千尋の飛び込んだ美女と隣の銀髪は、間違いなく友人だった。
「千尋ちゃん?」
自分の胸に顔を埋める千尋に、西園は声を漏らす。
隣の斎藤も、確かめようと千尋の顔を覗いた。
「本当だ、石神さんだ」
「お久し振りです!」
西園に抱き着いたまま顔を上げた千尋の顔は、太陽の様に眩しい笑顔だった。
「あっ! あれさいとぅー先輩とミキティ先輩じゃね!?」
千尋の走ってきた方向から、更に聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
目を向けてみれば、オカルト研究部の仲間達が顔を揃えていた。
「さいとぅー先輩! ミキティ先輩!」
「加藤君、ハカセ君に花子さんも」
「ご無沙汰してます」
斎藤と西園を中心に、オカ研部員達が廊下の真ん中に輪を作る。
久し振りに顔を合わせただけなのに、それだけで心は高鳴っていた。
「いやぁ、久し振りだね」
「元気してた?」
「はい! 元気モリモリの森進一ですよ!」
「それは良かった」
「文化祭来れたんですね!」
「うん、丁度大学は休みだからね。久々に学校にも来たかったし、皆にも会いたかったから」
約半年振りの再会に、一同の会話は止まらない。
そんな輪の端で、賢治はじっとその会話を静聴していた。
「……もしかして一年生?」
賢治の存在に気付いて、斎藤が声をかける。
「あっ、そうだ! けんけん悪ぃ! こいつが我らがオカルト研究部の新たな仲間! 一年生のけんけんです!」
「武田賢治です。よろしくお願いします」
乃良の紹介に合わせて、賢治はペコリと頭を下げた。
心の優しそうな人だと、斎藤も頬を緩ませる。
「よろしく、僕達は去年卒業したオカルト研究部の卒業生で」
「はい、お話は常々お聞きしています」
「えっ?」
まさか今の一年生に自分達の話が聞かされているとは思わず、斎藤は目をきょとんとさせる。
「ビビリでへたれな斎藤先輩と、ドSで美人な西園先輩ですよね」
「常々なにを聞かされてるの!?」
その内容は、心底心外なものだった。
「ちょっと加藤君! 一年生に一体なんの話してんの!?」
「えー、だって本当の事じゃないですかー」
「本当だとしても変な事話されてたら困るよ!」
「例えば去年の文化祭の話とか密室事件の話とか、あーあとバレンタインの話とかしょっちゅうしてますよ!」
「そんな話しょっちゅうしないでよ!」
思い出しただけで恥ずかしくなる話に、斎藤は穴があったら入りたくなる。
そんな彼氏の心中にそっぽを向いて、未だ千尋を胸に抱く西園が博士に声を投げた。
「今年の一年生はこの子だけ?」
「いや、もう一人いますよ。メンドくせぇのが」
「そう、今年も賑やかそうね」
博士の顰めた面を眺めて、西園は柔らかな笑顔を見せた。
「多々羅先輩には会いました?」
「いや、まだ会ってないよ。まぁそのうち会うだろうし」
心の余裕を取り戻してきた斎藤が、博士の質問に答えたその時、
「あぁっ!」
「!?」
突如轟いた千尋の唸り声に、斎藤の心拍はまた速くなった。
「どうしたの石神さん?」
妙に五月蠅い心臓を宥めながら、斎藤は西園から体を剥がした千尋に声をかける。
千尋の表情からは、後悔が窺えた。
「ごめんなさい……、今や西園先輩は斎藤先輩のものなのに勝手に飛びついたりして」
「いや気にしてないよ!?」
神経質になり過ぎた気遣いに、斎藤の顔が赤に染まった。
「別に大丈夫だよ! 僕の事なんて良いから石神さんの好きにすればいいよ!」
「そうだよ千尋ちゃん。千尋ちゃんとだったら私浮気できるから」
「美姫!?」
西園の慰めは、斎藤の心拍を更に加速させた。
「ちょっと! 浮気はダメだよ!」
「安心して。男子の中では優介君の事が一番好きだから」
「何も安心できないよ! 出来れば全人類の中で一番が良いよ!」
「もう、優介君は欲張りだなー」
恥ずかしい事を言っている自覚は無いのか、そう熱弁する斎藤を西園が笑って茶化している。
最早見慣れた惚気だが、時間が経って尚直視するのは胃が凭れた。
「な? 言った通りだろ?」
「そうですね」
乃良と賢治が実物を眺めながら、意気を投合させる。
「絶対後で私達のところ来てくださいね!」
そんな惚気に割って入るように、千尋が強く二人に訴えかけた。
二人も惚気を程々に、千尋と向き合い直す。
「うん、勿論そのつもりだよ」
「でもその前に」
「?」
事前に組まれていたスケジュールに、千尋は首を傾げた。
「もうそろそろ時間だしね」
「どこか行くんですか?」
耐え切れずに尋ねた千尋に、西園は優しく問い返す。
「皆も観に行くでしょ?」
西園がこちらにかけてくれたその微笑みは、以前と変わらない聖母の様な微笑みだった。
「百舌君のクラスの舞台発表」
●○●○●○●
演劇の舞台となる体育館は照明が薄暗く、数多のパイプ椅子を敷き詰めて作られた観客席が用意されていた。
間もなく始まる演劇に、席はほとんど満席状態である。
観客達の談笑が聞こえる中、小春は一人体育館を彷徨っていた。
「あっ、春ちゃーん! こっちー!」
聞き飽きた幼馴染の声が聞こえて、小春は顔を上げる。
こちらにブンブンと手を振る賢治に呆れを覚えながらも、ここは素直に賢治の示した席へと向かう事にした。
賢治の隣の席は一席空いており、逆側の席には見覚えのある先輩達と、見覚えのない銀髪と美女が並んでいた。
小春は空いた席に腰を下ろすと、一つ深い息を吐く。
「理子さんは?」
「仕事よ。休憩時間が合わなくて相当ショック受けてたわ」
涙ながらに見送ってくれた理子を思い出して、小春は込み上げてくる笑いを我慢した。
「そっか、残念だね」
「まぁね」
「春ちゃんは観られて良かったね」
「………」
賢治の最後の一言には、無視を決める事にした。
照明がより一層暗くなり、開演のブザーが体育館中に響き渡る。
「おい! 始まるみたいだぞ!」
行き交っていた観客達の会話もそぞろに消えていき、皆緞帳の開かれるステージの上へと注目していった。
『人里離れた一つ屋根の民家。そこには農作業に勤しむ老夫婦が住んでいました』
ステージの上は田園の広がる耕地と化していた。
タオルを首に掛け、鍬を肩に担いだおじいさん役の男子が登場して、再びナレーションが体育館に響く。
『今日もおじいさんは畑の手入れをしようと畑に来ると』
そこで登場したのは、顔まで白に染め、頭から緑の草を生やした全身タイツのふくよかな男子である横溝だった。
『なんとそこには、大きな大きな、自分の体よりも大きなカブが生えていました』
――おおきなカブ……!
紛う事なき大きなカブの物語に、観客達は皆一様に肝を抜かれていた。
「おぉ、なんと立派なカブなんだろう。早速抜いてみよう」
『おじいさんは、大きなカブを抜いてみる事にしました』
「おおきなカブだな……」
「うん……」
「これ面白いのか?」
オカ研部員達の中でも疑惑が口にされる中、小春はただ黙って観劇を続けた。
まだ登場していないあの人の姿を夢見て。
「「「「「「うんとこしょっ! どっこいしょっ!」」」」」」
耕地に集まった三人と三匹で力を合わせ、なんとかカブを土から引きずり出す事に成功した。
「やったー!」
「抜けたー!」
「皆のおかげだよー!」
「でもなんで鼠が最後に加わっただけで抜く事が出来たんだ?」
「ふふっ、それは僕が毎日プロテインを飲んでいるからだな!」
「それ関係ある?」
土に転がる大きなカブを余所に、おじいさん、おばあさん、孫に犬、猫、鼠は達成感に浸っているようだ。
しかし、それも束の間。
「大変だー!」
突如現れたもう一人の男に、一同目をそちらに向けた。
「どうしたんだ? 隣の家のおじさん」
「おっ、俺の畑にっ、巨大な人参が!」
「!」
その台詞に心を揺らされたのはオカ研部員達だった。
「えっ!? 人参!?」
「とにかくこっちに来てくれ!」
おじいさん達はカブを放置して、そのまま隣のおじさんの後をついて走ってしまった。
場面は展開し、隣の畑へと舞台が変わる。
そこで待っていたのは、全身オレンジのタイツに頭から緑の草を生やした現オカルト研究部の部長だった。
――百舌先ぱ――――い!
あられもない姿となってしまった百舌に、オカ研部員達は観客席から声にならない悲鳴を上げていた。
小春に関しては目が飛び出る程見開かれており、心は空っぽで何も考えられないでいる。
そんなオカ研部員達の胸中も知らぬまま、百舌は人参役に徹していた。
「うわっ、これまた立派な人参だ!」
「よーし、さっきのカブだって力を合わせて抜く事が出来たんだ! この人参も皆で力を合わせて引っこ抜くぞ!」
「「「「「「おー!」」」」」」
おじいさんは皆の団結力を強固なものにすると、百舌の脳天に生えた草に手を伸ばす。
おじいさんの腰におばあさん、おばあさんの腰に孫と、鎖状に一同が繋がると、お馴染みの掛け声と一緒に力を合わせて人参を引っ張った。
「「「「「「「うんとこしょっ! どっこいしょっ!」」」」」」」
百舌の頭がグラグラと揺れる。
その度に部員達の心も心配でグラグラと揺れた。
「「「「「「「うんとこしょっ! どっこいしょっ!」」」」」」」
部員達の心配も知らずに、おじいさん達は躊躇なく百舌の頭を引っ張っていく。
それでも百舌の顔は、スンと澄ましていた。
「「「「「「「うんとこしょっ! どっこいしょっ!」」」」」」」
その表情が、逆に百舌の美しさを際立たせているようだ。
配役は人参だけど、格好はオレンジだけど、百舌がこの舞台の為に体を張っている事はよく分かる。
その直向きな百舌の姿勢に、小春の空っぽな心に感動すら生まれていた。
今なら百舌のこの姿も、全て愛せる気がした。
他の部員達もいつしか心配は滑稽に形を変え、哀れな姿の先輩をゲラゲラと笑っている。
体育館の中に、もうこの舞台をつまらないと思う観客は誰一人としていなかった。
「世界各地で野菜が巨大化する現象が多発している?」
「一体世界で何が起きてるっていうんだ……」
「行こう! 俺達ならどんな大きな問題でも解決できる! いや、どんな大きな野菜でも引き抜ける筈だ!」
「「「「「おぉ!」」」」」
『こうして、おじいさんとその仲間達による世界を救う冒険が始まったのだった』
ナレーションの台詞を最後に、舞台はエンディングを迎えた。
おじいさん率いる主要キャストが深々と頭を下げていき、その後ろにはカブやじゃがいも、友情出演のコンソメとウインナーも勢揃いしている。
勿論、人参役の百舌も一緒だ。
観客席からは割れんばかりの拍手が送られ、舞台は見事大成功と言えるだろう。
幕が下り、体育館に明かりがつくと、観客達は椅子から次々に立ち上がった。
「いやー、想像の五倍面白かったな!」
「百舌先輩面白かったね!」
「あれはズルいよな!」
乃良と千尋も、これまで我慢して閉ざしていた口を大きく開けて感想を言い合っている。
一番端の席だった小春は、通行の邪魔にならないよう早々と席を立った。
「面白かったね」
賢治からそんな声がかけられる。
視線があった賢治の瞳は、こちらの心を覗いてくるようで嫌だった。
「……そうね」
それだけ言って、小春は体育館の出口へと歩き出してしまう。
小春にはそれだけしか言えなかった。
先程の舞台を言葉に表す事など、小春には到底出来ない事だった。
●○●○●○●
「おつかれー!」
体育館の舞台裏、本番を終えた三年D組。
大道具の撤収作業も残っていたが、それよりもクラス一同、舞台を無事成功させた余韻にどっぷり浸っていた。
「いやー良かった!」
「よく頑張ったな!」
「うぇーん! もう私泣きそー!」
「もう泣いてるじゃん!」
この日の為に積み重ねてきた努力や思い出が堰を切ったように溢れ出して止まらない。
そんな片隅に、百舌も突っ立っていた。
「百舌もおつかれ! 今までで一番良い人参っぷりだったぜ!」
クラスメイトの男子がそう言って、百舌の肩に腕を回す。
努力の証である汗の匂いが、百舌の鼻を突き差した。
「……そうかな」
「おぉ! 最高だった!」
男子はそのまま百舌の肩から腕を離し、別の生徒のもとへ感動を分かち合いに向かう。
その為、少し緩んだ百舌の口元に気付く事は無かった。
百舌にとっても、この文化祭が最高の思い出になった事は、どのクラスメイトとも間違いなく変わりなかった。
うんとこしょっ! どっこいしょっ!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
引き続きの文化祭編ですが、今回は前編が斎藤と西園との再会!
そして後編が百舌の舞台発表となりました!
まず前編の斎藤と西園との再会ですが、二人を再登場させるならここ!と卒業式あたりからすでに決めていました。
というのも、僕も実際文化祭で卒業生と再会するという事があったからです。
適当に廊下で駄弁ってそのまま場面展開と考えていたのですが、やはり久々の登場で盛り上がっちゃって長くなっちゃいました。
その為、多々羅との再会はカットと……ww
きっと文化祭中に同級組トリオで仲良く再会した事でしょう!
そして、後編のおおきなカブです!
当初の予定では百舌は木役にしようかと思っていたのですが、それではあまりパンチがないと。
あれこれ悩んでいるうちに題材を『おおきなカブ』にしようと決めまして。
それじゃあ百舌はカブ役? いやここは敢えての人参役でしょ! と悪ふざけに悪ふざけを重ねた結果こんなふざけて舞台となりましたww
個人的にはこの舞台気に入ってるんですが、ちょっと無理して良い話にしようとしてるのが苦しいですね。
もっと純粋に青春を表現できると良かったかなと思います。
さて、そんなこんなで文化祭編も終盤です!
次回文化祭編最終回! お楽しみに!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




