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【205不思議】change

「へー、先輩達のクラスはお化け屋敷やるんですね」

 放課後のオカルト研究部部室。

 博士から文化祭の出し物の内容を聞いた賢治は、爽やかな笑顔を送っていた。

「楽しそうですね」

「楽しい訳あるか」

 賢治の笑顔に、博士は目を逸らす。

 先輩の瞭然な嫌悪感も余所に、賢治は部室に目を回した。

 いつも五月蠅いくらいの存在感を放つ一つ上の先輩方が、今日は博士しか見えなかったからだ。

「他の先輩達はどうしたんですか?」

「教室でそれの準備やってるよ。後で俺も行かなきゃいけねぇんだよ。畜生、めんどくせぇ……」

 博士は愚痴を溢しながら、今の内にと机の上の課題を進める。

 それでも時間になれば律儀に教室に行くのだろうと、賢治は笑みを零した。

「当日、絶対行きますね」

「いいよ別に来なくて」

 これがもし千尋なら「うん来て! 絶対来て!」と言葉を返していただろう。

 また博士も、自分がどれだけあしらおうと、賢治が当日二年A組の教室に来る事は分かり切っていた。

 ふと気になって、博士は賢治に声をかける。

「お前のクラスはなにやるんだ?」

 博士の疑問に、賢治は元気良く答えた。

「クレープ屋です。たっぷりの生クリームにイチゴ、バナナ、ブルーベリーなどの色とりどりのフルーツを、もちもち食感のクレープ生地に包んで食べるんです。美味しいですよー」

「へー」

 自分で質問しておいて、博士の返答は無関心だった。

「ハカ先輩も来てくださいね」

「俺甘いの苦手なんだよ」

「大丈夫です! フルーツだけじゃなくて、キムチとかたこわさもありますから」

「それ大丈夫か?」

 クレープの具材として聞き覚えのない名前に、博士は不安が隠せなかった。

 自分の教室の出し物の宣伝も終えて、賢治は次なる相手に声をかける。

「春ちゃんのクラスは文化祭なにやるの?」

「!」

 その質問に、小春は必要以上に肩を揺らした。

 額からは汗が垂れ、体はどういう訳か震えているように見える。

「……言わない」

「えっ?」

 聞こえない程の小さな呟きに、賢治は耳を澄ます。

「絶対に言いませんわ!」

「えぇっ!?」

 張り上げるような大きな声でそう断言した小春に、賢治は思わず椅子から転げそうになった。

「なんで。別に言ってもいいじゃん」

「嫌だ! 絶対に言わない!」

「どうせ当日になったら分かるんだしさー」

「当日も来るんじゃないわよ!」

 小春の顔は少し赤らんでおり、その本気度が伝わってくる。

 賢治に声を荒げながら、次に小春は博士に指を差す。

「良い!? 他の先輩方にも言っておいてくださいよ! 絶対来るなって! あの人達言わないと絶対来ますから!」

「別に俺興味無ぇし」

 小春の熱量とは対照に、博士は冷ややかに声を返した。

 ふと博士の視界に、もう一人の部員の姿が目に入る。

「……百舌先輩は今年三年生だから劇っすよね?」

 視線の先の百舌は、博士の質問を耳に入れながら本のページを捲る。

 反応したのははす向かいの賢治だった。

「そうなんですか?」

「あぁ、ここの文化祭は毎年三年生が劇やるのが恒例なんだとよ」

「へぇ」

 賢治はその情報を得ると、ぐっと百舌に詰め寄る。

「なんの劇やるんですか?」

 紛れもなく百舌にかけられた言葉。

 それを無視できるような逃げ場はどこにもなく、百舌は本に目を落としながら質問に答えた。

「……おおきなカブ」

「「おおきなカブ!?」」

 それは予想外の演目だった。

「えぇっ!? おおきなカブってあのおおきなカブですか!?」

「これ高校の文化祭の劇っすよね!?」

 賢治と博士は堪らず心の内から溢れ出した疑問を百舌に投げかける。

 対する百舌はすっかり本の世界に御執心なようだ。

 しかし、この劇の演目を知ってしまった以上、この質問をせずにはいられなかった。

「……で、百舌先輩は何役なんですか?」

 恐る恐ると博士が質問を口にする。

 二人がその回答を静かに待っていると、本から帰ってきた百舌はそっと口を開いた。

「……人参」

「人参!?」

 この回答を予想できたのは、誰一人としていないだろう。

「カブでもねぇのかよ!」

「カブは柔道部の横溝君だよ」

「いや知らねぇよ!」

 主演(?)には、百舌よりも適任者がいたようだ。

「引き抜くのがカブだけじゃつまらないって話になって、折角なら色んな野菜を引き抜こうって話になったんだよ」

「なにその話し合い!?」

 高校生達がどの野菜を引き抜こうかと模索する図は、どうも滑稽だった。

「ちなみに人参以外にもじゃがいも、玉葱、芽キャベツ、それと友情出演でコンソメとウインナーも出てくる予定だ」

「それポトフ作ろうとしてるだろ!」

「コンソメとウインナーの友情出演ってなに!?」

 どれだけ想像力を豊かにしてみても、舞台の展開が何一つ想像できなかった。

「これ、どんな話になるのか観たいですね……」

「あぁ、これは俺も興味あるわ」

 今まで文化祭に対して否定的だった博士も、これには思わず興味が湧く。

 傍で無言を貫いていた小春も、静かに興味を持っていた。

 ――百舌先輩の人参役……。

 その姿を頭の中で描いてみる。

 ――……なんか、想像したくないわね。

 想い人が根菜に扮する姿を想像するのは気が引けて、小春はそっとその想像力を棚の奥に仕舞った。

「あー! 文化祭楽しみだなー。早く文化祭にならないかなー」

 各教室の出し物を聞いて、早くも賢治は文化祭の虜になっていた。

 一方の博士は、先が暗そうに溜息を吐く。

「俺は早く文化祭なんて終わって欲しいけどな」

 いつもの皮肉満載の博士に、賢治は目を向ける。

「……ハカ先輩」

「ん?」

「時間大丈夫ですか?」

 なんの事か分からなかったが、博士は不意に時計を見上げる。

 時計の針達は、間もなく教室で文化祭の準備をする時間を指し示そうとしていた。

「あー、こりゃ遅刻だな」

 博士は机に広げた課題を鞄に片付けると、椅子から腰を上げる。

 そしてそのまま、部室の扉へと足を進めた。

「んじゃ、俺行くわ」

「はーい、また明日ー」

 先輩と後輩に見送られ、博士は部室を出て教室へと歩き出した。


●○●○●○●


 校舎はどこの教室も文化祭の準備に忙しいようで、放課後と思えないような活気に包まれていた。

 博士は行き交う生徒の声を避けながら、自身の教室を目指す。

 その道中に、懐かしい人影と目が合った。

「箒屋君」

 声をかけてくれたのは、向こう側からだった。

 その少女は丸眼鏡に、三つ編みおさげという真面目を絵に描いたようなシルエット。

「真鍋さん」

 一年次に同じクラスメイトだった真鍋だ。

「なんか久し振りだね。こうして話すの」

「そうだな」

「これから文化祭の準備?」

「まぁ。真鍋さんも?」

「そう」

 二年になってからは教室も離れてしまい、こうして顔を合わせる機会も無くなってしまった。

 実際見かけた事はあったが、気分は半年ぶりの再会だ。

「箒屋君のクラスは、確かお化け屋敷やるんだよね?」

 見事的中させた真鍋に、博士は静かに驚く。

「なんで知ってるの?」

「零野さんから聞いたの」

「あぁ、成程」

 種を明かされてみれば、実に単純明快だった。

 ただ花子と真鍋の関係が、教室が離れて尚続いている事は驚きだったが。

「……なんか変わったね」

「あ? ……あぁ、花子か? 確かに一年の時に比べるとちょっとは親しみやすく」

「ううん、零野さんじゃなくて」

 花子の事を語り出した博士に、真鍋は首を横に振る。

「箒屋君」

「……俺?」

 予想外の告白に、博士は硬直してしまった。

「うん。前から優しかったけど、今はなんだか心の中から暖かいのが溢れてる感じ」

 上手な表現が思い浮かばなかったのか、真鍋はそう抽象的に伝える。

 それでも博士には、何が伝えたいのか漠然と理解できていた。

「なにか良い事でもあった?」

 真鍋のこちらを覗くような質問に、博士の心は揺れる。

「……さぁね」

 博士はそれだけ言って、そっぽを向いてしまった。

 それでも真鍋は、それで十分だったようだ。

「……そっか」

 真鍋は廊下の真ん中で止まっていた足を、思い出したように進める。

「それじゃあ、私そろそろ行くから。文化祭、箒屋君達のクラス遊びに行くね」

「来なくていいって」

 部活の後輩同様、当日の来訪を告げると、真鍋はそのまま博士の後方へと歩き出した。

 博士もしばらく真鍋の背中を見つめると、自分の目的地へと足を運んだ。


●○●○●○●


 教室への道中、真鍋の言葉が胸に残る。

『なにか良い事でもあった?』

 自分の中で変化が起こっている事は、自分が一番よく分かっていた。

 変わり得るきっかけにも心当たりがある。

 寧ろそれ以外に有り得ない。

 そう思いながら、博士はようやく辿り着いた教室の扉を開けた。

「あっ、来た!」

「ハカセ遅い!」

 到着の瞬間に声を浴びせてくる部活仲間兼クラスメイトに、博士は早くも頭痛を覚えた。

「別に、遅れたっつったってたかが十分ぐらいだろ」

「されど十分だよ! ハカセが来なかった十分間で、私達のお化け屋敷のタイトルが決まったんだから!」

「タイトル?」

 博士の頭上に生えた疑問符に、千尋は意気揚々とその題名を発表する。

「そう! その名も『チェンソー伯爵のホーンテッドマンション』!」

「誰だよチェンソー伯爵って」

「略して『チェ・ホンマン』!」

「絶対ダメだろ」

 その題名の略称は、何故か聞き覚えがあった。

「ほら! 仕事はまだまだあるんだから! ハカセも手伝ってよ!」

「分かってるよ。なにやりゃいいんだ」

「人数分の飲み物買ってきて!」

「パシリじゃねぇか」

「冗談だよ! ほら、こっちの黒幕持って!」

 千尋が差し出してきた黒幕を、博士が両手で持つ。

 反対側には乃良も対面の黒幕を持っており、その真ん中を千尋があらかじめ引いていた線に沿って鋏を入れていく。

 その作業の傍ら、博士はふと目を別の場所に向けた。

 他のクラスメイトと衣装の採寸をしている花子。

 自分が変わり得る、たった一つのきっかけ。

 この文化祭だって、口では嫌だと言いつつも、花子と一緒ならそれだけで全てが許せるように思えていた。

「ちょっとハカセ! いつまでそこ持ってんの! 今度はこっち持って!」

 千尋に喝を入れられ、博士は考え事の宇宙から正気に戻る。

 今はとにかく文化祭の準備を進める事だ。

 博士は考えるのをやめると、千尋達と力を合わせて『チェンソー伯爵のホーンテッドマンション』の完成に全力を尽くす。

 文化祭当日は、カレンダーで見るよりもずっと近かった。

今年の文化祭は一味違う……。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は前回に引き続き、文化祭の準備にスポットライトを当てて書いた話になります。

と言いましても、前回が二年組だけに注目して書いた話だったので、今回はそれ以外のオカ研メンバーの出し物に注目してみました。

賢治のクラスの出し物は、当初射的にしようかなと思ってたのですが、予定変更でクレープ屋になりました。


そして、真鍋さんとの再会ですね。

前から再登場させようとは思っていた真鍋さんですが、なかなか機会がなく、今回満を持しての再登場となりました。

実は再会する事だけ決めて、会話の内容までは全然決めてなかったんですよね。

それが昨年と今年の文化祭の違いの一つである、博士の心境の変化について触れる事が出来たので良かったかなと思います。


さて、今年の文化祭は準備を丁寧に書くと言いましたが、それももう終わり!

本当はもう少し書く予定だったのですが、間延びしそうだったのでお蔵入りにします。

次回からは文化祭当日!

昨年とは一味違う文化祭を、どうぞお楽しみに!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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