【204不思議】二年A組出し物会議
逢魔ヶ刻高校に授業開始のベルが鳴る。
本日の授業は残すところあと一つで、その科目はLHRだ。
二年A組担任である馬場は黒板に白いチョークで題目を書くと、席に座る生徒達に体を返した。
「それじゃあ石神さん、よろしくお願いします」
「はい!」
馬場の指名に、千尋は六限目とは思えない元気さで立ち上がった。
千尋はそのまま前へと歩いていき、教壇を勢いよく両手で叩く。
「さて! それではこれより文化祭実行委員、石神千尋による」
「二年A組の文化祭出し物会議を始めます!」
『イェ――――――――イ!』
千尋の開幕宣言に、教室全体がファンファーレに包まれた。
そう、今年も逢魔ヶ刻高校に学校祭の季節が訪れた。
初日と二日目に文化祭、最終日に体育祭が催される逢魔ヶ刻高校の学校祭。
本日はその文化祭にて、二年A組がどんな催し物をするかを決める重要な会議なのである。
「それじゃあ早速なにか名案がある人は挙手!」
「はい!」
「はいはーい!」
「はーい!」
千尋の進行で、生徒達はいつもの授業が嘘の様に一斉に手を挙げる。
一際勢いのあった右手に、千尋の目は止まった。
「じゃあ乃良!」
「うし!」
名前を当てられ、乃良は喜びのあまりガッツポーズをした。
「俺が提案するのは今流行りの新ゲーム! 脱出ゲームだ!」
「脱出ゲーム?」
乃良の提案に、千尋はしっくりこず首を傾げる。
「脱出ゲームって、謎を解いてって建物から脱出したりするヤツ?」
「そうそれ!」
未だ疑問の残る千尋に、乃良は自らの提案を徹底解剖していった。
「舞台はこの学校全体! 学校のあらゆる場所に謎を用意して、その謎を順番に解いていく事でこの学校からの脱出を目指す訳だ! 謎解きは大人から子供まで楽しめるようなひらめき力の問題! 舞台が学校全体だから、かなり大がかりな仕掛けが用意できるぜ!」
「おぉ!」
「面白そうだな!」
「うん!」
「もうこれで良いんじゃない!?」
乃良の見事な名案に、千尋のみならず生徒達は今からその脱出ゲームに胸を躍らせた。
手応えを肌で感じながら、乃良は更に説明を続ける。
「料金は大人が三千円、小学生以下は半額の千五百円で」
「ちょっと待って!」
説明が厭らしい話になっている事に気付き、千尋がすかさず待ったをかける。
「えっ、なに!? お金取るの!?」
「当たり前だろ? そうでもしねぇと赤字になっちまうじゃん」
「赤字!?」
不吉な色の言葉に血の気を引かせる千尋に、乃良は淡々と経理の話を始めた。
「まずスタートのプロジェクションマッピングだろ? そんで最先端の赤外線センサーに、あっ、光と音楽とかも欲しいな。そして最後はド派手に爆発でドカンと」
「却下」
「えぇっ!?」
掌を返したように不受理を食らった乃良は、納得できずに抗議の声を上げる。
「なんでだよ! さっきまで面白そうって言ってたじゃねぇか!」
「そんな高額なもの用意できる訳ないでしょ!? 大体大人三千円って高すぎだよ! せめて三百円だわ! そんな高い脱出ゲーム、文化祭で誰も参加する訳ないでしょ!?」
「そこは学校入った時点で強制参加だから、文化祭に来た人全員からお金を巻き上げれば」
「やってる事そこらのヤーさんと変わりないよ!」
とにかく高額な費用のかかる企画を進める訳にもいかない。
脱出ゲームは敢え無く不受理となり、乃良は不服そうに口を窄ませて机に項垂れた。
気を取り直して、千尋は生徒達から意見を求める。
「さぁ! 他に案のある人!」
一度声をかければ、教室は一斉に挙手の海に沈む。
誰を当てようかと千尋が生徒達を物色していると、ふと千尋の目が見開いた。
このような時に手を挙げるような人でない人が、手を挙げていたからだ。
「ハカセ……」
生徒達も博士の挙手に気付いて、呆気にとられていた。
教室中から視線を集めるも、博士は気にしていない模様。
そのまま博士は発言権があると判断して、自分の意見を口にした。
「自習室」
「却下」
博士の案は、秒で却下された。
「文化祭の出し物って言ってるでしょ!? なんで文化祭に自習室作んなきゃいけないの!」
「じゃあいいよ。俺一人で自習してるから」
「良い訳ないでしょ! クラス皆で作るんだよ!」
蓋を開けてみればいつもの博士で、教室全体に安堵も交わった溜息が吐かれた。
先に上がった不甲斐ない二つの提案に、千尋は鼻を鳴らす。
「ふふっ、全くしょうがない。こうなったら、文化祭実行委員である私の名案を提示するしかないみたいね!」
自信に満ちた表情で胸を張る千尋に、生徒達も期待の眼差しを向けた。
「私が提案するのは……」
千尋は溜めに溜めると、渾身の力作を生徒達に発表した。
「ミュージカル!」
『却下』
「えぇっ!?」
千尋の案は、教室総出で却下された。
「なんで!? 良いじゃん! やろうよミュージカル!」
「全くなんでお前はそんな演劇が好きなんだよ。散々痛い目見てきただろうが」
「今回は劇じゃないもん! ミュージカルだもん!」
「難易度上がってんじゃねぇか」
博士がクラスを代表して止めにいくも、千尋の決意も決して折れない。
「ねぇやろうよレ・ミゼラブル!」
「やる訳ねぇだろ」
「監督も脚本も主演のレ・ミゼ役も私がやるからさぁ!」
「お前原作観た事あんのか!?」
どうやら有名な表題を知っているだけのようだ。
一向に賛成意見をくれようとしない生徒達を前に、千尋の顔に悪しき怪物が憑依する。
「くっ……、こうなったら文化祭実行委員の権限を駆使して強制的に実行に乗り移るしか……!」
「そんなの絶対させねぇからな!」
「石神さん! 演劇は三年生がやるから、今回は別の出し物にするのはどうかな?」
暴走に走ろうとした千尋に、様子を見ていた馬場がそっと助言する。
馬場に言われては、千尋も諦めるしかなかった。
「……分かりました」
余程ミュージカルを楽しみにしていたのか、あれ程眩しかった千尋の元気は今ではどこにも見つからない。
再起不能となった進行役を置いて、教室の出し物会議は続く。
「どうする?」
「メイド喫茶とか?」
「ちょっと定番すぎないか?」
「ゲームセンターは?」
「誰がゲーム用意すんだよ」
「脱出ゲームとかコスト大幅に下げれば全然面白いと思うんだけど」
「よし! ここはビキニ喫茶にしようぜ!」
「それお前がビキニ見たいだけだろ!」
進行を失った会議は、最早迷宮入りだった。
このままでは今日中に決まりそうにないと、千尋は重くなった頭で教室を眺める。
その視界の先に、一人の少女が静かに手を挙げているのが見えた。
「……花子ちゃん?」
千尋の声に、教室中が一斉に花子に振り向く。
花子は定規の様に真っ直ぐに右手を挙げたまま、ぼそりと口にした。
「……お化け屋敷」
「お前が言うな」
反射的に博士がそうツッコんでしまう。
しかし、生徒達の反応は違った。
「……お化け屋敷」
「お化け屋敷かぁ」
「結構良いんじゃねぇか?」
「うん、お化け屋敷なら色々アレンジできるし」
「このクラスだったら絶対面白いお化け屋敷が出来る!」
先程までの四分五散が嘘の様に、教室がたった一つにまとまっていく。
そんな生徒達の団結に、千尋もこれならいけると確信を得た。
「よし! それじゃあ二年A組の出し物は、お化け屋敷に決定ー!」
『おー!』
その掛け声は、今までのどんな時よりも重なっていた。
「それじゃあ早速準備に取り掛かろう!」
「必要なものってどんなの?」
「黒幕とかお化け役の衣装とか井戸とか」
「井戸って必要?」
「あっ、私お化けの衣装なら一着持ってるよ!」
企画が決まった瞬間、生徒達は文化祭に向けて一目散に走り出す。
皆、文化祭への待ち遠しい気持ちは等しいようだ。
その渦中に座る博士は、今年も勉学の時間を差し引いて準備に付き合わされるのかと表情を暗くしていた。
しかし、今年の文化祭はそれがそんなに嫌ではなかった。
今年の文化祭はお化け屋敷!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今年も文化祭の季節がやってまいりました!
という事で今回から物語は文化祭編に突入します!
前回の文化祭では準備期間を大分端折って書いてしまったので、今回は準備期間も丁寧に書こうというのが一つの目標です。
その目標の下、今回は出し物会議で一話を作ってみました。
出し物がお化け屋敷という事は最初から決めていたので、その道中を組み立てていった感じですね。
随分とボリュームの少ない一話となってしまいましたが、個人的にはマガオカらしい構成になったかなと思っています。
さて、こうして始まった文化祭編!
今年は一体どんなドラマが待っているのか!?
次回もお楽しみください!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




