表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/243

【202不思議】ビー・バップ・ジュニアハイスクール

 いつもの如く放課後を迎えたオカルト研究部部室。

 椅子に腰かけた乃良は、目の前に置かれた盤面に眉を顰めていた。

「だぁー! 負けたー!」

 決着を悟り、乃良は頭を抱えて絶叫した。

 乃良の前に置かれた緑色の盤面には、モノクロの石達がやや黒が多めに犇めいている。

 盤面の向かい側には、対戦相手の博士が座っていた。

「くっそー! 良い線いってると思ったのにー!」

「俺に勝とうなんざ百年早いんだよ」

「じゃあ百年後に勝負だ!」

「俺もうくたばってるよ」

 口にするだけでは足りないようで、乃良の悔しさは表情からひしひしと伝わってきた。

 その時、隣から乃良と同じような声が聞こえてくる。

「負けたー!」

 隣の対局も、どうやら終局したようだ。

 聞こえてきた千尋の嘆きに、乃良は振り返る。

「ちひろんも負けちまっ」

 隣の盤面は、見渡す限りの漆黒だった。

「黒っ!」

 予想以上の劣敗に、乃良は目を疑う。

「えぇ!? 真っ黒じゃん! ちひろんどんだけボロ負けしたんだよ! こんな真っ黒になる事ある!?」

 経験上、ここまでの一方的な対局は見た事がなかった。

 乃良の興味は、この圧倒的勝利を生み出した千尋の対戦相手に移る。

「いやー、けんけん強いんだなー」

 賢治は勝利に胡坐を掻く事なく、謙遜の姿勢で頭を掻いている。

「そんな事ないですよ」

「いやいや! 圧勝じゃんか!」

「真っ黒だもんな」

「まるでアンタの腹の内みたいね」

「えへへ」

 幼馴染の辛辣な言葉にも、賢治は笑顔を見せる。

 その時、突如部室の扉が音を立てて開かれた。

「「「「「「「!」」」」」」」

 突然の来客に、部員達は一斉に扉へと振り向く。

 そこにいたのは見覚えのない制服を纏った男子だった。

 体つきは筋肉質だが、整えられた髪型と眼鏡から、どこか真面目な性格が感じられる。

「失礼します! 兄貴はいらっしゃいますか!?」

「兄貴?」

 見知らぬ人の訪問に、部員達は戸惑いで硬直する。

 しかし賢治だけは、その男に声を上げた。

「あっ」

 男も賢治を見つけると、生真面目な顔に華やかな笑顔を咲かせた。

「兄貴!」

 男は一目散に賢治のもとへと駆け寄る。

 賢治も男を柔和な笑みで出迎えた。

「久し振りだね。学校は?」

「今夏休みっす! それより兄貴がこの学校に入学したって聞いてたんで、久々に会いに来たんすよ!」

「そっか」

 こちらを置いて話に盛り上がる賢治達。

 疑問に耐え兼ねた乃良が、堪らず賢治にそっと質問した。

「あのぉ……けんけん? 弟さん?」

「いえ? 僕は一人っ子ですよ」

「じゃあ、そちらは?」

 弟でないにも関わらず兄貴と慕う謎の男の正体に、部員達は疑問が尽きなかった。

 そこで更に、賢治は疑問を膨らます言葉を口にする。

「先輩達にも、一度話した事ありますよ」

「えっ?」

 どれだけ記憶を遡ってみても、彼のような男が賢治の口から出た記憶など、どこにも見つからなかった。

 頭を悩ます部員達に、賢治はようやく正解を答えた。

「彼は迫君。僕がやんちゃしていた頃からのお友達ですよ」

 迫。

 その名前は確かに聞き覚えがあった。

 賢治の不良時代を回想していた時に登場した、世紀末の雑魚キャラクターの様な出で立ちだった男の筈だ。

 今ここにいる真面目な雰囲気の男が、その迫だという。

 男の正体を知った部員達の口から飛び出してきたのは、サイレンに似た叫び声だった。

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


●○●○●○●


 机に広がっていた緑の盤面を片付け、賢治と迫は両並びに腰を下ろした。

「改めまして、僕のお友達の迫君です」

「迫っす! よろしくお願いします!」

 迫の挨拶は、太陽の様に明るかった。

「よっ、よろしく……」

 対して部員達の挨拶は、雨でも降りそうな重い印象だ。

「どうしたんですか?」

「いやぁ、まだちょっと信じられなくて……」

「人ってここまで変われるんだね……」

 想像していた容姿と正反対と言っていい程変わっていた迫の容姿に、部員達はまだ驚きを隠せないようだ。

 一方、迫と面識のある小春は、薄らとその記憶を掘り起こしていた。

「そういえば居たわねこんな奴」

「姐さんもお久し振りです!」

「その呼び方やめなさいよ!」

 こんな弟を持った覚えはないと、小春は激昂する。

 きっとこのやり取りも、何度も繰り返してきた事なのだろう。

 小春に怒鳴られても笑顔を絶やさない迫を前に、乃良が明るく声を上げた。

「いやぁ、けんけんにこんな友達がいたなんてな! 実際けんけんって普段ほわほわしてるから、正直不良って言われてもどんなのか想像でき」

「おい」

「ん?」

 心臓を抉る様なドスの効いた声が、乃良は一瞬どこからしたのか分からなかった。

 しかしその声は、確かに迫の口から聞こえていた。

「テメェなに兄貴の事気安く『けんけん』て呼んでんだ? テメェ兄貴がどんな方なのか分かってねぇのかオラァ!」

「えぇ!?」

 突然の罵声に、乃良も思わず竦み上がる。

 乃良に顰め面を寄せるその姿は、先程までの温厚な迫とはとても思えなかった。

「ちょっと迫君! この人は先輩なんだからそんな事気にしなくていいの!」

「……うす」

 賢治に叱られ、迫は乃良に寄せていた顔をそっと戻す。

「すみませんでした」

「いっ、いやっ、別に良いって事よ……ハハッ」

「めちゃくちゃ恐怖刻まれてんじゃねぇか」

 乃良の声色からは、ハッキリとした恐怖が感じ取れた。

 生存本能から怯える乃良を置き、千尋は率直な疑問を迫に質問する。

「賢治君の事『兄貴』って呼ぶって事は、迫君は今中学生なの?」

「いえ、兄貴の事はただ慕っているから『兄貴』と呼んでいるだけであって、年齢であれば兄貴よりも二つ上です」

「年上かよ」

 まさかの博士達よりも年上だった。

 この部室唯一の同学年である百舌とは、似ても似つかない。

 丁寧に答えてくれた迫に千尋はもう一つ、かねてからの疑問を尋ねてみる事にした。

「……あのさ、ぶっちゃけ賢治君って……すごかったの?」

 その質問に、迫の瞳が熱くなる。

「そりゃあもう! すごいってもんじゃないっすよ!」

 迫から溢れ出てくる並々ならぬ熱量に、部員達は少し冷房を下げたくなった。

「かかってくる相手を一人残らず叩きのめし、その膝を地につける事のなかった無敵の不良! 兄貴が生み出した伝説は数知れずあります! 『たこ焼き伝説』もその一つです!」

「たこ焼き伝説?」

 タイトルからは想像できない伝説の題名に、千尋は首を傾げる。

 迫は興奮の冷めやらぬまま、その伝説を蘇らせていった。

「はい。それは俺が兄貴の下校のお供をさせてもらってる時の事でした――」


●○●○●○●


 それは約三年前の晴れた帰り道。

「兄貴! 鞄お持ちしますよ!」

「いいよ、鞄ぐらい僕が持つよ」

「いえいえ! これぐらいさせてください! このままでは兄貴の腕に負担がかかってしまいます!」

「僕の腕はそんなに脆くないよ」

 金髪モヒカンに革ジャンという、未だ世紀末を思わせる容姿をした迫は、賢治と帰り道を共にしながらそう言い寄っていた。

 小春の姿は見当たらず、この日は二人での下校のようだ。

 その時、幾重の影が二人の帰り道を阻んだ。

「よぉ」

 声を投げられ、賢治も顔を上げる。

「親中のシマリスだな? ちょっくら俺と付き合えよ」

 自分よりも年上な高校生ぐらいの男五人が、こちらを挑発的に誘っている。

 毎度飽きずに現れる不良達に、中学生の賢治は溜息を吐いた。

「迫君、やっぱりちょっと持ってて」

「あっ」

 賢治に鞄を渡されると、迫は両腕で鞄を受け取る。

 そのまま賢治は男達のもとへと歩いていき、リーダー格の男の眼前で足を止めた。

「へへっ、こうして見るとほんと小っせぇな。こんなののどこが伝説のふりょ」


 瞬間、賢治の足に引っかけられた男は、くるりと宙を横に一回転した。


「えっ?」

 何をされたのか、全く理解できない。

 それは傍から見ている側も一緒だった。

 宙に回された男は為す術もないまま地面に転がり、それから立ち上がる事は無かった。

 賢治の足がそれで止まる筈もなく、残りの四人も同様に宙に回されていく。

「うわぁ!」

「がはっ!」

「おえっ!」

「どはぁ!」

 それはまるで、鉄板の上でひっくり返されるたこ焼きの様だった。

 全員を回し終えると、何事も無かったように賢治は振り返る。

「それじゃあ、行こっか」

 男五人をひっくり返したとは思えないような、爽やかな笑顔。

 その笑顔が、迫の尊敬の心を更に深めさせた。

「はい!」

 そうして二人は、宙に回された男五人を置いて、再び帰り道を歩き出したのだった。


●○●○●○●


「という事がありまして、いやーあの時は本当感動しました!」

 ――こっわ……!

 いとも容易く行われたえげつない行為に、部員達は戦慄を覚えていた。

 当の本人は「恥ずかしいよー」と、何故か照れたように頬を朱色に染めている。

「他にも、『ドミノ倒し伝説』に『ボウリング伝説』と、兄貴の伝説はどれも想像の域を超えるものばかりなんですよ!」

「大体想像できるわ」

 迫の列挙した伝説は、タイトルから想像のし易いものばかりだった。

 自慢の兄貴の話に、迫も鼻が高そうだ。

 だからこそ、千尋にももう一つ疑問が浮かび上がっていた。

「……迫君は、賢治君が不良辞めちゃって寂しい?」

 その質問に、一瞬迫の口が止まる。

「……まぁ、ぶっちゃけ寂しいっすね」

 それは賢治も初めて聞いた迫の本音だった。

「でも、どんな兄貴になっても、兄貴は俺の兄貴ですから! 俺は一生、兄貴についていきますよ!」

 迫のその言葉に、迷いはなかった。

 きっと、ついていくと決めた結果が今の迫の姿なのだろう。

「迫君……」

 迫の言葉に、賢治も心動かしているようだ。

「……そっか!」

 不要な質問だったかと、千尋も明るい笑顔を浮かべた。

 心の温まるような空気が部室に漂う中、乃良がそれに乗じて声を発す。

「大丈夫だって! けんけんには俺がついてるから! なにかあったら、俺が守ってやんよ!」

「おい」

 ドスの効いた声の主は、流石にすぐ分かった。

「テメェなに兄貴に舐めた態度取ってんだオラァ! 兄貴の偉大さテメェの顔が腫れるまで分からせてやろうかオラァ!」

「ひぃぃ!」

「迫君!」

 乃良の襟首を掴んで殴打しようとする迫を、賢治が止めようとする。

 そんな迫の般若の様な形相を見て、博士は悟っていた。

「……あいつが不良を辞めるのは無理そうだな」

 賢治の懸命な制止も届かず、迫は乃良の襟首を掴んだまま罵声を浴びせ続けていた。

 どれだけ言っても聞かない迫に、賢治は深く息を吐く。


「……いい加減にしろ」


「「「「「「!」」」」」」

 賢治のそのたった一言で、迫は乃良を掴んでいた左手を放す。

 振り返った時にはいつもの賢治に戻っていたが、小春を除いた部員達はその賢治の声を忘れずにはいられなかった。

賢治の不良伝説はまだまだいっぱい。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


皆さんは今回登場の迫、覚えていたでしょうか?

百五十一話の賢治の回想で登場した、世紀末の雑魚キャラ風の不良少年です。

このキャラクターは元々単発のネタとして生まれたのですが、個人的にすごく気に入ってしまいまして。

今回まさかの迫メインの一話として書く事になりましたww


今回もうひとつ書きたかったのが、賢治の不良時代の武勇伝。

元伝説の不良という設定でしたが、賢治自身自分語りをしない性格という事もあり、その部分にあまり触れられないでいました。

そこで今回迫に登場してもらって、悠々と武勇伝を語ってもらいました。

たこ焼き伝説は名前と共に気に入っているのですが、実際に想像してみると末恐ろしいですねww

流石に迫がこれ以上出番があると思えませんが、兄貴一筋な迫を皆さんにも気に入ってもらえると幸いです。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ