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【201不思議】朝の目視録

 午前八時。

 登校時間としてはやや遅めなその時間に、逢魔ヶ刻高校の制服が街を爆走していた。

「いけなーい! 遅刻遅刻!」

 競走馬の様に馬の尾を揺らす千尋。

 台詞こそ少女漫画の常套句の様だったが、千尋にトーストを咥えるような余裕は見えなかった。

「もう! 始業式早々遅刻なんて笑えないよ! なんで朝弁当作り終わった後二度寝しちゃったのかな!?」

 そう、今日は夏休みの明けた二学期最初の日だ。

 そんなスタートダッシュの一日から、遅刻をする訳には断じていかない。

 ふと携帯の電気を付けて、現在時刻を確認する。

「よし! この調子ならギリギリ始業式には間に合う! このまま全速力で走っていって」

 そう計画を構築しながら、十字路を飛び出したその時。


 千尋の視界に、緑色の皮膚の頭頂部に一枚の皿を乗せ、四つん這いになった未知の生物が現れた。


●○●○●○●


「「河童?」」

 時は流れて放課後のオカルト研究部。

 千尋の話を聞いた博士と乃良は、揃って口を歪ませた。

「そう! 急いで学校に向かってたら河童が四つん這いになって何か探してたの! そのせいで私完全に遅刻だったよ!」

「いや遅刻はそのせいじゃねぇだろ」

 遅刻は完全に千尋の二度寝が原因だ。

 それでも千尋は責任を河童にどうしても押しつけたいのか、その表情は悔しそうだ。

 悔恨に喚く千尋を横目に、博士は溜息を吐く。

「ったく、何が河童だよ。言い訳にしてももっとマシなもんがあんだろ」

「言い訳じゃないよ! 本当に居たんだって!」

「んなもん居る訳ねぇだろ」

 千尋が事実だと訴えるも、博士は一切信じようとしない。

 一方の乃良は、興味津々に続きを尋ねた。

「それで? 河童は何を探してたの?」

「そう、それなんだけどね……」

 千尋は慎重に口を開くと、今朝の出来事を再び思い出していった。


●○●○●○●


 突然の河童の登場に、あれだけ急いでいた千尋の足は止まってしまった。

 河童は千尋の視線に気付いておらず、ただ懸命に焦げる様なアスファルトの上で何かを探している。

 ――……ら、……ら。

 ふと耳を澄ませると、河童の尖った口から声が漏れているのが聞こえた。

 千尋は何を探しているのか気になって、河童の方に耳を傾ける。

 すると河童の探し物が、鮮明に聞こえてきた。

 ――……お皿、お皿。

 河童の探し物は、確かに彼の頭頂部にあった。

「メガネメガネか」


 コメディの教科書に載っているようなボケに、博士は思わず口を挟む。

「眼鏡頭にかけてんのに眼鏡探してる定番のボケか。妖怪カバーしてくんじゃねぇよ。大体河童は置いてある場所いつも変わんねぇだろ。それなのに忘れてお皿探すか」

「本当に探してたんだよ!」

 一向に信じようとしない博士に、千尋はぶーっと口を膨らませる。

「ちひろんが言ってんなら本当に探してたんじゃねぇか?」

 そう助太刀を入れたのは乃良だ。

「そもそも俺や花子だって一般には信じられない部類の種族なんだ。そんな俺達がこうやってここにいるんだから、河童の一匹や二匹居たっておかしくねぇだろ?」

 乃良の出した刀に、千尋は仏でも出たような顔をしていた。

 対して真正面から刀を向けられた博士は、それでも認め切れないように目を逸らす。

「……河童の数え方って匹でいいのかよ」

「それは知らねぇけど」

 今はそこは大した問題では無かった。

 それ以上博士が口を開かないのを良い事に、乃良は満面の笑みで千尋に話の続きを促した。

「それで? その後どうなったの?」

「えっとねぇ……」


●○●○●○●


 日の上る午前中、自分の頭頂部に乗っかった皿を懸命に探す河童。

 なんとも不可思議な場面に遭遇した千尋だったが、今の千尋の使命は河童に「お皿、頭にありますよ」と伝える事だ。

 妙に逸る心臓を抑えながら、千尋は河童の傍へ少しずつ近寄る。

 ――……あっ、あのぉ、

 ――どうしたんだい?

 ――!

 そう声がしたのは、河童とはまた別の方向だった。

 低音が耳に残る心地良い声。

 千尋はその美声がした方へと慌てて目を向ける。

 そして、その目を見開かせた。


 そこで河童に声をかけたのは、下半身が馬の様に靭やかな筋肉を纏った四本足の紳士だった。


 ――何か探し物かい?

「「絶対嘘だろ!」」


 衝撃の展開に、博士だけでなく先程まで味方してくれていた乃良でさえ、その展開に牙を向いた。

「なんで! 全部本当だよ!」

「嘘吐け! 流石に無理があり過ぎるだろ!」

「河童までならまだ信じたけど、なんで同時にケンタウロスまで出てくるんだよ! 河童とケンタウロスが一緒に出てくる話なんて聞いた事ねぇよ! どんな朝の風景だよ!」

「だって居たんだからしょうがないでしょ!?」

 どれだけ本当だと言葉を揃えても、最早二人が信じる事は無さそうだ。

 仕方がないので、千尋は強硬策に出る事にする。

「それでね? そこから」

「おいまだこの話続くのかよ!」

 博士の野次も聞こえないフリをして、千尋はそのまま続きを語っていった。


●○●○●○●


 皿探しに迷い暮れる河童に声をかけたのは、紳士なケンタウロスだった。

 ――ケッ、ケンタウロス!?

「なんでお前が一番驚いてんだよ!」

 異形を見た河童は、腰を抜かして地面に尻を着かせる。

 絵に描いたような驚きようの河童に、ケンタウロスは息を吹いた。

 ――ふっ、安心したまえ。私は怪しい者じゃない。

「どこからどう見ても怪しいだろ!」

 ――どうしたのかね? 見たところ、何かを探してたみたいだが。

 ケンタウロスの見事な推察力に、河童は隠す事なく今の自分の状況を赤裸々に告白する。

 ――この辺りに、僕の大切なお皿を無くしちゃったみたいで。

 ――おぉ、それは大変だ。

 ――ずっと探してるんですけど、なかなか見つからなくて……。

 憂う河童の頭には確かに皿が乗っていったが、ケンタウロスの目には入っていないようだ。

 ――それなら、私も一緒にそのお皿を探すとしよう。

 ――えっ!? 良いんですか!?

 ――大事なお皿なんだろ? それなら一刻も早く見つけなければ。

 ――あっ、ありがとうございます!

 ――なんのなんの。ただ、見ての通り私はこんな体だからしゃがんで何かを探す事は出来ないが、そこら辺は勘弁してくれよ。

 ケンタウロスの小粋なジョークと共に、二人は一枚の皿の捜索に身を乗り出した。

「しょうもねぇな!」


 しばらく黙って聞いていた博士だったが、いよいよ限界だった。

「いつまで続くんだよこの話! ちゃんとオチあるんだろうなぁ!」

「あるよ! もう少しで終わるから!」

 宣言通り、物語は残り僅かだった。

 千尋はここで一息休憩を挟むと、自身が目撃した朝の物語のその終幕を口にしていった。


●○●○●○●


 奇怪な生物二体が探し物を探すその後ろで、千尋は声も失って現場を眺めていた。

 ――無いなぁ……。

 あれからしばらく探してみたが、それらしきものは見つからない。

 どちらも河童の頭に乗った皿に気付く素振りは、欠片も見せなかった。

 万事休すかと思われたその時、河童の視界にふととある人物が入る。

 ――あっ!

 それは千尋ではなく、青黒い制服に桜の紋様を胸に刻んだ男性だった。

 ――警察だ!

 そう、紛れもなく警察官だった。

 ――警察に頼んだら、一緒に探してくれるかもしれません! いや、もしかしたらもう落とし物で届いてるかも!

 ――おぉ! 成程!

 明るくなってきた希望に、二体は早速警察官に手を振る。

 ――おーい! 警察かーん!

 ――頼む! 探し物があるんだ! 一緒に探してくれー!

 二体の朝にしては大きめな声に、警察官もすぐに二体の存在に気が付いた。

 しかし、警察官が取った行動は二体の望みとは違った。

 ――お前ら何者だ!

 ――えぇ!?

「そらそうだろ!」

 人間にとっては当然の展開も、人外にとっては予想外の展開だったようだ。

 ――いやっ、私達はただのケンタウロスと河童で!

 ――そんな訳ないだろ! こんな朝っぱらから妙なコスプレをして! 何をしていたのか署で事情を訊かせてもらう!

 警察官の手には、威嚇用の拳銃が握られていた。

 朝とは思えないような展開に、河童はただ取り乱すばかりだ。

 ――どっ、どうしよう! このままじゃ僕達捕まっちゃうよ!

 一方、ケンタウロスは河童の様に狼狽するのではなく、静かに額から一滴の汗を垂らした。

 ――……俺に乗れ。

 ――えっ!?

 ――一刻も早く、二人でここを抜け出すぞ!

 ケンタウロスの語気には、鬼気迫るものがあった。

 ――でも……。

 ――いいから!

 ケンタウロスの催促に、河童も覚悟を決めてケンタウロスの体に乗る。

 緑色の皮膚を二つの剛腕で受け止めたそれは、間違いなく世間でお姫様だっこと言われるものだった。

「乗るってそっち!?」

 ――はいやぁ!

 ケンタウロスはそのまま、河童を腕で抱えてその場を駆け去っていく。

 ――待てぇ!

 警察官も必死になってその背中を追いかけていった。

 なんとも奇怪だった朝の街角。

 そこに一人取り残された千尋が感じていたのは、なんとも言えない虚無感だった。


●○●○●○●


「と、いう訳なんだよ……」

 全てを語り終えた千尋は、感想を窺うようにチラリと二人を覗く。

 傍聴席に座っていた博士と乃良の顔は、とても興味など無さそうだった。

「アホくさ」

「えぇっ!?」

「ちひろん、これからはそんな言い訳考えなくても良いように遅刻しないでね」

「だから全部本当なんだって!」

 千尋が涙混じりに語っても、二人は信じようとはしてくれない。

 そんな悲しき部室の離れた席で、賢治は携帯に映し出されたとあるニュースに目を奪われていた。

「……あのぉ」

「「「?」」」

 声を漏らした賢治に、三人は一斉に振り向く。

「これ……」

 そう言って差し出されたスマホの画面を、三人は食い入るように見つめた。

『本日の午前八時頃、住宅街にて河童とケンタウロスに似た生物を見たという複数の目撃情報が入りました。目撃情報には『ケンタウロスが河童をお姫様だっこしていた』などという情報もあり、警察が捜査を続けていますが、未だそれらしき生物は見つかっておりません』

「「「!」」」

 つい先程千尋から聞いた夢物語。

 それと全く同じような情報が書かれた画面に、博士と乃良には衝撃が走っていた。

「……マジか」

「本当だったんだ……」

「だから言ったでしょ!?」

 あまりの衝撃に声がか弱くなる二人に対し、千尋は意気揚々と声が上がる。

 世界にはまだ未知なる謎が数多と存在するんだと、確かめさせられた一日となった。

忘れられない朝になりました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回から二学期開始となった訳ですが、この話はまず千尋が二学期早々遅刻をするというところから作られました。

何故千尋は遅刻をしたのか?

そこから話を構築していって、気付いたらこんなカオスな話になってましたww


河童が皿を探す、という部分は割とすんなり決まりましたかね。

そこからもう一体の異形を天狗にするか、ケンタウロスにするか、はたまた犬のおまわりさんにするかで割と悩みました。

結果はケンタウロスのお姫様だっこが決め手でケンタウロスになりました。

天狗は実際には登場していませんが、名前だけちらりと出た事もありますしね。

ただ内容がちょっとカオスになり過ぎたかなと反省しています。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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