【200不思議】霊媒屋敷をご訪問
日差しがこちらに殴りかかるオカルト研究部部室。
あれだけ長いと感じていた夏休みも、気付けば最終日が指折り数えられるところまで迫っていた。
そんな最終日目前な部室で、小春と賢治は目を奪われていた。
揃って見つめるのは、まるで死人の様に机に項垂れている我が部活の副部長の姿。
「……どうしたんですか? 『この世の終わり』というタイトルの絵画みたいになってますけど」
訊かずにはいられなかった賢治が、隣の乃良に質問する。
すると乃良は、何が面白いのか手を叩いて笑ってみせた。
「アッハハッ! 気にしなくてもいいよ。去年のこの時期もこうだったから」
「ちょっと! 気にしてよ!」
こちらの会話は筒抜けだったらしく、生気を取り戻した千尋が机を両手でドンッと叩いて立ち上がる。
怒り心頭の千尋だったが、博士は冷静に参考書を捲った。
「どうせ夏休みの課題がまだ手つかずで、絶望に暮れてたんだろ」
その言葉が図星だったかどうかは、再度机に項垂れた千尋を見れば一目瞭然だ。
「ったく、去年痛い目見たんだからちょっとは片付けとけよ」
「だって! 折角の夏休みなんだから楽しみたいでしょ!?」
「それで最後に苦しんでんだったら世話ねぇよ」
乃良の言う事は全て正論で、千尋は何の反論も出来ない。
挙句の果てに、千尋は一人参考書に向き合う博士の前に立つと、手を合わせて頭を下げた。
「お願い! 今年もハカセの家で宿題手伝って!」
「断る」
千尋の願いは、無情にも瞬殺だった。
「なんで! こんなにお願いしてるんだから手伝ってよ!」
「そんなにお願いしてねぇだろ。なんで俺が毎年お前の宿題手伝わなきゃいけねぇんだ」
淡泊な博士の切り捨てに、千尋はふぐの様に頬を膨らませる。
「それに、最終日は母さんが家に友達呼んでパーティーするんだと。だから今年はどっちにしろ無理だ」
どうやらもう打つ手はないらしい。
母親の名前を出されては流石の千尋も強引にはいけず、そっと勢いを落とす。
「むぅ、どうしよう。学校じゃあやる気も起きないし」
「普通学校は勉強する場所だぞ」
「あっ! ちひろんの家は!?」
「絶対に嫌だ」
千尋の家に来訪してきた乃良達を思い出して、千尋は即刻首を振る。
しかし特に名案は思い付かず、一同は頭を悩ませていた。
そんな悩ましい部室に、賢治がピコンッと頭の電球を灯らせる。
「春ちゃんの家はどうですか?」
「はい!?」
突然話題に上げられ、小春は変なところから声を上げる。
「小春ちゃんの?」
「はい。春ちゃんの家大きいんで、皆さんが集まるには丁度良いと思いますよ」
「へぇ、いいね!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
恐ろしい間に進んでいく会話を、小春が必死になって遮る。
「なに勝手に話進めてんの!?」
「春ちゃんも良いでしょ?」
「良い訳ないでしょ!」
「当日なにか春ちゃん予定あるの?」
「いや別に無いけど」
「じゃあ良いね」
「ちょっと!」
小春の意志など、最早蚊帳の外のようだ。
「でも私達、小春ちゃんの家がどこかなんて分かんないよ」
「僕が案内しますから大丈夫ですよ。集合場所はこの前の公園で良いですか?」
「ほら花子も行くぞ! どうせお前も宿題やってないんだろ!?」
「宿題?」
「百舌先輩も行きますか?」
「いや、俺は普通に一人で受験勉強するけど」
あれよあれよといううちに、板宮家訪問の計画が綿密に企てられていく。
小春はその現場を、ただ黙って見ている事しか出来なかった。
「じゃあ春ちゃん、夏休み最後の日に皆で遊びに行くからね!」
「絶対に来るんじゃないわよー!」
その叫び声が、小春の最後の足掻きだった。
●○●○●○●
そして当日、夏休み最終日。
灼熱の太陽の下、厳しい視線で仁王立ちするのは小春。
視線の先には、小春の威嚇など物ともしないような笑顔の賢治が、オカ研御一行を連れて立ち構えていた。
「お待たせー」
小春の表情は、どう見ても歓迎するものではない。
「……来るなって言ったわよね?」
「うん、でも行くって言ったよね?」
「我が儘か」
爽やかな顔で頑固な事を言う賢治に、小春は呆れて溜息を吐いた。
「……家の前まで来られたら仕方ないわ。上がって」
「えへへ、ありがと」
小春に迎えられ、賢治は早速小春の家へ入ろうとする。
しかし、後ろの上級生達の足は動かなかった。
「……ねぇ小春ちゃん」
「はい」
声を投げられ、小春と賢治は振り返る。
「小春ちゃんの家って……これ?」
恐る恐ると目の前の建物を指差した千尋に、小春は当然と言ったように頷く。
「はい、そうですけど」
その頷きが、一同を確信させた。
目の前に広がる寺院を思わせる大豪邸が、小春の実家なのだと。
「デッケェ……」
「そういやこいつ、日本で有名な霊媒師の一族なんだっけ」
「百舌先輩の家よりも一回り大きいね」
「………」
大きいとは聞いてはいたものの、あまりにも規格外の大きさに、一同の語彙力は途端に失われた。
今からここに入るのかと思うと、少し委縮してしまう程だった。
●○●○●○●
板宮家の入口となる門を潜ると、砂利で出来た道と日本庭園の様な庭が広がっていた。
その左側、ワンッと吠えた番犬がこちらを出迎える。
「あっ、狛彦!」
見覚えのある柴犬に、千尋と花子は駆け寄っていった。
「うぅー! 相変わらず可愛いなーお前は!」
「可愛い」
千尋は狛彦の顔までしゃがむと、両手で狛彦の体を撫で回す。
「ちひろんと花子知ってんの?」
「うん! この前小春ちゃんとバッタリ会ってね。その時にこの子もいたの!」
狛彦も千尋への警戒心を解いているようだ。
「へぇ、そうなんだ」
「なに? やっぱり猫だから犬怖いの?」
「怖くねぇよ!」
「随分仲が良いみたいですね」
数年来の仲の様に見える千尋と狛彦に、賢治がそう口にした。
「うん! もう友達だから! ねっ! 狛彦!」
千尋は狛彦に同意を求めるようにして、「おて!」と右手を出す。
その右手を、狛彦は乱雑に息を吐いていた口でがぶりと一噛みにした。
その理由は言うまでもない。
「ああああああああああああああああ!」
●○●○●○●
砂利で敷かれた道を辿って、ようやく一同は板宮家の玄関にまで辿り着いた。
「ここで靴を脱いで上がってください」
言われた通りに靴を脱ぎ、端に揃えて木の香り擽る廊下を歩き出す。
「にしても、本当にデッケェな」
「でしょ? 僕もこの家の間取り覚えたの二年前ぐらいですから」
「それは流石に遅すぎじゃねぇか?」
幼馴染として何年も訪れていたら流石にもっと早く覚えられると思ったのだが、博士はそれ以上掘り下げるのをやめにした。
千尋は初めて訪れる和風な豪邸に、目を右に左に回していた。
「それにしても大きいよね。まるでお寺みたい」
「家に仏像があるとでも? そんなものありませんわよ。ここは正真正銘私の家ですわ」
「んなこた分かってるよ」
冗談が伝わらない奴だと、博士は息を吐く。
その隣で、千尋は廊下の奥に隠れたある物を見つけた。
「あっ」
それは丁度今話題に上がっていたものだ。
「仏像」
「あるんじゃねぇか!」
博士も確認すると、それは確かに寺院などで見られる老人の仏像の様なものだった。
小春が一同の視線の先に目をやると、「あー」と口を開く。
「仏像じゃありませんわよ。あれは我々のご先祖様です」
「ご先祖様?」
未だにあの像の真意が掴めず、千尋は小春に首を傾げる。
「我々霊媒師はご存じの通り悪霊を祓う者。死なるものと対峙するという事は、それだけ霊の怒りを買い易いのです。そんな我々を守ってくださるのが、我らがご先祖様。ご先祖様はいつ如何なる時も我々を守ってくださる。だから我々は、そんなご先祖様をあのようにして大切に崇めているのです」
「へー」
小春の説明も聞き流して、千尋は小春の後を続いて歩く。
隣で聞いていた博士は、霊媒師の存在を認められないものの、その話に静かに感銘を受けていた。
●○●○●○●
小春に案内されて着いたのは、辺り一面畳の部屋だった。
「ここが大広間ですわ」
「広ぇー!」
フットサルぐらいなら出来そうな大広間に、一同の心情も上々に上がっていった。
「よし! なにして遊ぶ!?」
「バカ、お前は宿題だろ」
「えー嫌だー! 遊びたいー!」
「お前何しに来たんだよ」
目的を見失っている千尋を置いて、一同はそれぞれ畳に置かれた机の傍に腰を下ろしていく。
「私飲み物持ってきますわ」
「あっ! じゃあ俺ソーダ!」
「私カルピス!」
「アイスティー!」
「牛乳」
「林檎ジュース」
「全員麦茶ですわ!」
ドリンクバーの様な注文をする一同に、小春はそう捨て去って勝手場に向かう。
その直前だった。
「ふぁあ、よく寝た」
「「「「!」」」」
廊下から突如顔を出した見知らぬ女性に、博士達の体は硬直する。
いや、どこかで見た事あるのは気のせいだろうか。
「おはよ小春。……あれ、誰か来てんの?」
まだ眠気眼なのか、見覚えのない顔の羅列に女性は目を凝らしている。
「お姉様……」
その小春の一言が、全ての確信だった。
「小春ちゃんのお姉さんという事はぁ!」
突然声を荒げた千尋に部員達は勿論、寝起きの女性も同じくして肩を弾かせる。
「齢十四にして彗星の如く現れた中学生霊媒師! 当時その異名で日夜テレビ業界を騒がせ、今も尚大学に通いながら悪霊と対峙しているという現役大学生霊媒師! 板宮小雪さんでお間違いありませんかぁ!?」
瞳の奥に炎すら感じる程の熱い視線で熱弁する千尋。
そんな千尋に、小雪は我が事ながら若干引いているようだった。
「……まぁ、そうだけど」
「キャァァァァァァァ!」
紛れもない本人の証言に、千尋の昂揚は限界を突破した。
一人騒ぐ千尋の傍で、乃良も「そーいやどこかで見た事あると思った」と小雪の存在を思い出しながらも、その心内は千尋のそれと違った。
「あれ、でもあんなキャラだっけ?」
どうやらテレビの中の小雪と目前の小雪は、同一人物なれどどこか違うようだ。
その小雪は、千尋を心底心配していた。
「おい、あの子誰なんだよ。大丈夫なの?」
「えぇ、放っておいて大丈夫ですわ」
「あっ、あのっ! サイン貰えますか!?」
心配されているともつゆ知らず、千尋は憧れの人に直談判する。
「……別に良いけど」
「やったー! じゃああの! 今色紙ないんでこの紙に書いてもらっていいですか!?」
「待てそれ宿題だろ!」
危うく夏課題にサインを書かれそうになったところで、博士が懸命にそれを阻止する。
板宮家でも変わらない上級生達を前に、賢治も笑いが止まらなかった。
「お久し振りです。小雪さん」
「賢治君。って事は、この子達も小春の友達?」
「いえ、オカルト研究部の先輩達です」
「あー、そういやオカ研に入ったって言ってたな」
初対面の相手が妹の先輩である事を知り、小雪は遅れながらも寝癖の跳ねた頭で一瞥する。
「どうも、うちの妹がお世話に」
そこで小雪は気付いた。
「……アンタ」
小雪の視線の先に映るのは、無表情に佇む花子。
「この世のモンじゃないね」
「「「「「「!?」」」」」」
たった一目見ただけで瞬時に暴かれた花子の正体に、一同の心が一斉にざわつく。
これが本物の霊媒師の力だというのだろうか。
「えっ!? なっ、なんで!?」
「そっちの君は生きちゃあいるけど人間じゃないね」
「マジで!?」
乃良の正体まで暴かれてしまい、窮地に追い込まれる。
「全く、なんで幽霊が妹の先輩してんだか」
霊感は無くとも霊媒師の娘として数奇な人生を歩む小春に、小雪は寝癖を掻いた。
そんな小雪の前に、千尋と小春が立ち塞がる。
「お願いします! 花子ちゃんは悪い幽霊なんかじゃないんです! だから祓わないでください!」
「お姉様! こいつは私の手で祓います! だからどうかここは一つ!」
「えっ、祓わないけど?」
「「えっ?」」
予想外の発言に、その場の全員が面食らう。
「私は霊媒師。霊媒師ってのは悪霊を祓う者の事。つまり善良な霊は必要以上に祓わないって訳さ。その霊が悪霊かどうかはそいつの目を見れば分かる」
そう言うと、小雪は花子の目を覗いて口元を緩ませた。
「この子の目は、間違いなく善良な目だよ」
いつもの通り何を見ているのか分からない空虚な目だったが、霊媒師には違って見えるのだろうか。
何はともあれ、これで一安心だ。
「ふーっ、そうですか」
千尋も全身の力が解けたようで、深い安堵の息を吐く。
しかし当の妹は、全く納得できていないようだった。
「いいえお姉様! こいつは紛れもなく人に悪影響を及ぼす悪霊です! こいつは必ず、この私が祓ってみせますわ!」
「いやだからこいつは、ってお前そもそも霊感ないだろ」
「ありますわ! この程度の悪霊、私の手にかかればちょちょいのちょいですわよ!」
小雪がどれだけ言っても、小春の宣誓が揺れる事はない。
頑なな小春に、小雪はそっと博士に耳打ちした。
「……あいつ、学校でもあんな感じか?」
「……えぇ、まぁ」
「……迷惑かけるなぁ」
「いやもうほんとですよ」
陰でそんな話をされているなど夢にも思わないまま、小春はそのまま花子の除霊に手を付けていった。
そんなこんなで、今日も勉強会から勉強は音も無く消え去った。
千尋の夏休みの課題がどうなったのかは、言うまでもなく歴然だった。
小春の家に遊びに来ました。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
これもそのうち書きたかった話の一つで、小春の家に皆で遊びに行くという回になります。
どのタイミングで書こうかはずっと考えていたのですが、夏休みも終わりという事で、最後に勉強会を兼ねて皆で行ってもらう事にしました。
この話で書きたかったのは小春の姉、小雪の登場ですね。
小春に姉がいるという事は作中でも以前少し触れたのですが、本物の霊媒師も登場させておこうと。
そして花子との対面を書きたかった訳です。
小雪がこれから再登場するかは不明ですが、小雪の人となりが少しでも出せたかなと思います。
これで賢治以外の全員の家を書いてきた訳ですが、恐らく賢治の家を皆で訪れる事はないでしょう。
ちなみに賢治の家はアパートです。
さて、これにて夏休み終了!
そして、今回は記念すべき200話目でございます!
とうとうここまで来ちゃったよ!
次の大台を突破する前に、このマガオカは完結する事となるでしょう。
それまで全力で突っ走っていこうと思いますので、これからも応援よろしくお願いいたします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




