【002不思議】トイレの花子さん
トイレの花子さん
これはとある女子高生が実際に体験した物語の記録である。
当時、とある噂があちこちで囁かれていた。
校舎一階の女子トイレ、一番奥のトイレの個室に、深夜零時を過ぎると花子という名前の少女が現れると。
そんな噂を聞いた友達が少女に明るい声で言った。
――ねぇ、花子さんに会ってみない?
少女は勿論、猛反対した。
しかし、友達に必死の反論を聞く耳などありはせず、結局、少女は一緒に真夜中に学校へと忍び込んだ。
花子さんが現れるというトイレの個室の前に立ち、日付が変わるのを静かに待つ。
何分が経っただろうか、まるで零時になるのを知らせるかのように、前からドドンと大きな物音が聞こえた。
友達はそれを聞くと、顔から血の気を引かせながらもニヤリと笑い、ドアをコンコンコンと三回ノックした。
――花子さーん、遊びましょー。
すると、ドアは軋む音を鳴らしながら、ゆっくりと開いていった。
そこにいたのは――。
どこか不気味な真っ黒な瞳でこちらを見つめる、おかっぱ頭の少女だった。
花子さんであろう少女を見た友達は流石に顔を歪ませ、少女と顔を見合わせる。
少女はそんな二人をじーっと見つめて、首を傾げるとそう言った。
――私と、遊んでくれるの?
それを聞くや否や二人は女子トイレを飛び出し、夜の町をひたすらに駆けていった。
その日以来、友達は明るい性格を失い、一人でトイレに行く事さえ出来なくなったという。
トイレに行くと、あの日出会った花子さんが待っているような気がして。
●○●○●○●
「こんな感じの話でしたよね? この学校のトイレの花子さんって」
真夜中の学校、校舎一階の女子トイレに向かう最中に、千尋はこれから会う予定であるトイレの花子さんの怪談を披露していた。
「すごい。千尋ちゃん、本当によく知ってるね」
「いえいえ! 私、ここの七不思議が大好きで、その為にここを受験したみたいなもんですから!」
西園の賞賛に千尋は照れながらも嬉しそうにそう熱弁した。
その数歩後ろには、先程のあまりのショックで魂の抜けた状態になっている博士が千鳥足で何とか歩いていた。
「ハカセー、大丈夫か?」
博士の隣を歩く乃良が生体反応の確認の為に声をかける。
「大丈夫な訳あるか。こんな立て続けに色んな事が起こりやがって……」
眉間に皺を寄せながら、博士はこれまでに起こった事を振り返る。
変な人間だと思っていた先輩が、最早人間ではなく体育館の巨人と呼ばれる化け物であった事。
そして、この秘密を知った者を逃がす訳には行かないと、どこかの悪の組織の様な台詞を吐かれ、オカルト研究部への入部を強制されているという事。
思い返しただけで、博士は胃が痛くなるのを感じた。
「あれぇ? ハカセくーん、オカルトなんて存在しないとか言ってたのに、もしかして、ビビリなんですかー?」
苦しそうに歩く博士を見て、千尋は嘲笑って博士を挑発した。
博士は頭に血を上らせて、乃良に向かって歯を食いしばりながら愚痴を吐く。
「俺、あいつと一生仲良くなれる気がしない」
「ハハハ……」
乃良が困った様にそう笑うと、博士は溜息を吐いてふと乃良の方を見た。
「……お前は大丈夫なのかよ」
「ん? ……あぁ」
多々羅が巨人になった時、何も喋る事の無かった乃良。
もしかしたら、目の前で起こった非現実が未だ乃良を混乱させているのではないだろうか。
そんな博士の心配は、乃良の清々しい程の笑顔に裏切られた。
「面白かったな!」
――誰か味方はいないのか……!
博士が心の中でそう叫ぶと、斎藤の声が聞こえてきた。
「着いたよ」
博士は俯き気味だった顔を前へ向け、到着地を確認する。
そこはどこにでもある学校の女子トイレだったが、真夜中という時間帯がそれをホラースポットへと仕上げていた。
そんな悍ましいイメージなど気にする気配もなく、多々羅はふらりと女子トイレへと入っていった。
他の部員達もゾロゾロと入っていき、取り残された博士も顔を顰めたまま入っていく。
生まれて初めて入る女子トイレには先に入った部員達で敷き詰められており、花子さんがいるという一番奥の個室の前には多々羅がいた。
多々羅は借金の取立人の様に豪快に三回ノックをすると、個室に向かって声をあげた。
「おーい、花子ー! オカルト研究部の新一年生連れてきたぞー!」
既にオカルト研究部員として紹介されている事に不快感を覚えながらも、博士はこれから現れるであろう花子さんに会う心構えをする。
さっきの体育館の巨人の事があった為、花子さんと呼ばれる少女が来る事は疑っていない。
問題はその花子さんがどんな非科学的な生命体か、である。
様々な可能性を頭の中で考えていると、ギッという嫌な音と共にドアが徐々に開き始めた。
そして、ドアが開ききると中にいた少女がゆっくりと姿を現した。
そこにいたのは――。
真っ白な和服の衣装を身に纏った、噂通りのおかっぱ頭をした無表情な少女だった。
「……ってまんま幽霊かよ!」
「可愛い!」
本物の花子さんを目の当たりにして、博士と千尋がそれぞれにそう叫んだ。
千尋は興奮が抑えられないようで、花子のもとへ近寄っていって滑々と言葉をぶつけていった。
「貴女が花子さんなの? 私は石神千尋! 一年生でオカルト研究部の入部希望者なの! 千尋って呼んでね! 貴女の名前は? って花子さんか! てか、本当に可愛いね!」
「情緒不安定か!」
荒い息の中、夢中に喋り続ける千尋であったが、当の花子はというと、何も話そうとはせず、ただぼーっと千尋の事を見るだけであった。
千尋が流石に疲れて息を整えていると、傍観していた多々羅がぶっきらぼうに声をかける。
「おい花子。お前も自己紹介しろよ」
花子は多々羅に目を向けると、視線を千尋へと戻し、再びぼーっとした後にやっと口を開いた。
「……花子です。よろしくお願いします」
「可愛い!」
「もう止めてやれ!」
花子にバッと抱きつく千尋に博士は荒めにツッコミを刺し込んだ。
急な千尋の抱擁にもキョトンとした様子の花子に、今度は乃良がそっと忍び寄る。
「初めまして! 俺は乃良! よろしくね!」
乃良の無邪気な笑顔を花子は不思議そうに見つめると、見慣れない顔をもう一つ見つけ、花子はそちらを凝視する。
「あぁ、あいつはハカセ」
「ヒロシだよ」
「ちょっと口が悪いけど、良い奴だから仲良くしてやって」
花子は乃良の紹介を聞くと、抱き着く千尋をするりと躱し、博士のもとへと歩いてきた。
そのままじーっと博士を見つめる花子に、博士は少し困って口を歪ませる。
「えっ……、何?」
困惑する博士に、花子はぼーっとしたまま、静かに口を開いた。
「……好きです。付き合って下さい」
さっきまであんなに五月蠅かった女子トイレに、突如、静寂が訪れる。
全員がその場の状況を呑み込む事が出来ずに、時間が花子を置き去って止まってしまったかのようだった。
もっとも、花子自身も無口な為、音などは一切も出ないのだが。
時間が経つに連れ、段々と状況を把握していくものの、花子の放った言葉の理解は未だ出来ない。
「は?」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「は……?」
博士の声を合図に皆が一斉に「は?」と口を開いたので、花子はそれに首を傾げつつも、取り敢えず復唱をする。
そんな中、花子が自分に告白したのだと気付いた博士は顔を真っ赤にさせて、今日一番というほどの大声を学校中に響かせた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
博士の雄叫びに他の部員も花子の告白を理解し、さっきまで静かだった空間が嘘のようにざわめきだした。
「花子! 告白か!? 今、告白したのか!?」
「告白!? あの花子さんが!?」
「今日初めて会ったハカセに!?」
「こんな良いところなんて欠片も見つからない勉強厨のハカセに!?」
「五月蠅ぇな!」
花子の告白を天変地異かの様に慌てふためく三年生達と、告白の相手が博士という事に心底驚く一年生達。
そんなオカルト研究部員達の騒ぎを花子は「うん」という一言で再び沈めた。
次に口を開いたのは、顔を赤らめている博士だった。
「……何で、俺?」
「………」
博士の問いかけに花子は変わらぬ無表情でじーっと見つめ、一つの答えを導いた。
「……顔?」
――まぁ、初対面で告白だもんな。
当然と言えば当然の回答に博士が納得していると、乃良の明るい声が聞こえてきた。
「で、ハカセ、返事は?」
「!」
乃良の方に目をやると、乃良はこの状況を面白がって笑っており、博士は乃良への怒りをグツグツ煮え立たせていった。
しかし、視線を戻すと、そこには純粋な目でこちらを見つめる花子の姿が見えた。
――……そうだな、ちゃんと返事しないと。
恋愛経験の全くない博士であったが、心の中でそう呟くと、意を決して花子に告白の返事をした。
「トイレの花子とかいう非現実の分際で俺に告白するな、この常識外れが」
瞬間、ごみを眺めるかの様な顔をした博士の体に、乃良と千尋による息の合った連携技が炸裂する。
「普通、告白してくれた女子にあんな返事できるかこのバカ!」
「常識外れはどっちだ! デリカシー無いにも限度ってもんがあんでしょ!」
目の前で告白した相手がリンチされるのを澄んだ瞳で見つめる花子。
他の皆は博士に対して、人としての憐みの目を向けていた。
二人がかりの暴力から何とか逃げた博士は、花子に指を差して声を荒げる。
「つーかお前、見た目普通の人間じゃねぇか! 本当は生きてんじゃねぇのか!?」
博士の挑発じみた質問に花子はぼーっとしていると、質問内容が解ったかのようにその答えを披露する。
「幽体化できるよ」
「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ゆっくりと広げた腕を透明にするという非現実的な特技を見せる花子に、博士は悔しさを大声で表現した。
喜ぶと思って幽体化をした花子は無表情のまま首を傾げた。
そんな花子を後ろから見ていた多々羅は、溜息を吐いて花子に話しかけた。
「しっかし、まさかお前に恋心があるとはなぁ……。お前、今まで誰か好きになった事あったか?」
「無い」
花子の答えに多々羅は更なる質問を口にする。
「じゃあお前、これ初恋?」
「多分」
「……多分?」
花子と多々羅の不自然な会話を聞いて違和感を覚えた博士は首を傾げた。
博士の疑問に納得したかのように、多々羅は花子について語り始める。
「あぁ、こいつ、生前の記憶が全く無ぇんだ」
「!」
「自分の本当の名前は何か、どうやって死んだのか。解っているのは目覚めた場所がこのトイレだった、ってだけだ」
多々羅から語られた花子の過去を聞いて固まっていると、千尋が思いついたように疑問を口にした。
「……あれ? 花子さんって本名じゃないんですか?」
「俺が付けた仮名だ。トイレの幽霊だし、ピッタリだろ?」
「あぁ……、はい」
ーーどうせならもうちょっと可愛い名前にしてあげてよ……。
そんな事を思いつつもそれは心の奥底へと閉じ込める。
「つまり、こいつは……」
花子の過去を聞き終え、博士は花子の瞳を見つめながら言った。
「初対面の俺に初恋して、出逢って数分で告白したと……」
博士の今までの出来事のまとめを聞いて、花子以外の全員が心の中で揃って思った。
――度胸すげぇな、こいつ……!
花子はぼーっとした無表情のまま、皆が何を考えているのか解らずに首を傾げた。
すると、斎藤がふと思い出してスマホに電源を入れ、只今の時刻を確認する。
「……もうこんな時間だね。今日はこの辺で解散にしようか」
「おっ、そうか。じゃあ皆、また明日なー」
多々羅の別れの挨拶を合図に皆一斉に女子トイレから出ていき、博士もやっと帰れると言わんばかりの表情を見せて歩き出した。
しかし、花子が博士の袖を掴み、博士は踏み出そうとした一歩を元の位置に戻す。
振り返ると、そこにはキョトンとした顔でこちらをじーっと見つめる花子の姿があった。
「ハカセ……」
「……何?」
花子は博士の嫌そうな顔に微動だにせず、自分の気持ちを博士に正直に伝える。
「また来てね」
「出来れば一生来たくないわ」
博士は真面目な顔でそう告げると、そそくさと女子トイレを出ていった。
博士の背中をぼーっと眺めた花子は、まだ後ろにいる多々羅に声をかけた。
「……タタラ」
「ん?」
「……お願いがある」
●○●○●○●
翌朝、クラスメイトが楽しそうに談笑する中、博士は教室の片隅にある自分の席でうつ伏せになっていた。
――結局、寝れなかった……。
解散後、帰宅するとベッドに寝転がって現実から夢へ逃げようとするものの、その悪夢みたいな現実はなかなか頭の中から離れず、気付いたら目覚まし時計が鳴り響いていた。
――何が七不思議だ。そんなの認めてたまるか。部活にだって行かなきゃいけない訳じゃないし。
博士は心の中に溜まりに溜まった愚痴を唱え続ける。
――一番腹立つのはあの幽霊だ。会って数分で告白って何? 意味分かんない! ……まぁ、別に女子トイレに行く理由もないし、これから会う事も無いだろうけど。
すると、扉が音を立てて開き、担任である眼鏡をかけた女性教師が入ってきた。
「はーい! 席に座ってー!」
元から席に座っていた博士には関係の無い呼びかけであり、博士がうつ伏せの状態から起き上がる事は無かった。
「実は、このクラスには昨日まで引っ越しの準備の為、学校に来れなかった子がいます。その子をこれから紹介します」
教師の言葉に周囲の生徒達は思い思いの意見を口にし、教室はいっそう騒がしくなる。
博士も初耳の事実に興味を持ち、ゆっくりと目を前に向けた。
そして、同時にその目を疑った。
――なっ……、何で……!?
それもその筈である。
そこにいた新しいクラスメイトというのは知っている顔、もっと正確に言えば、昨日知った顔だったのだから。
「零野花子さんです。皆さん、仲良くしてあげて下さい」
真っ白な和服ではなく制服を着飾っているが、その特徴的なヘアスタイルと鉄仮面の様に変わらない表情が、彼女を昨日会ったトイレの花子さんだと証明していた。
博士は何の言葉を発する事も無く、ただ大きく口を開けてその光景を眺める事しか出来なかった。
第二話にしてヒロイン登場。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
という事でやっと今作のヒロイン、花子ちゃんが登場しました!
本当は一話にまとめたかったんですが、流石に長過ぎるだろうという事で二話に分割してしまいました。
トイレの花子さんといえば赤いワンピースだと思うんですが、これ書いた時はすっかり忘れてましたww
僕の中では花子ちゃんめっちゃカワイイ設定なんですが、それが小説だと描写出来ないのが残念です。
この作品、絶対に漫画の方が面白いと思うんですが……、僕に画力が無いばかりに……!
誰か絵の上手い人が描いてくれないかなーチラッチラ。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!