【198不思議】黄金の枝垂柳
見慣れた町の風景も、今日は花火大会の雰囲気に絆されていた。
左右には娯楽や美食などの様々な屋台が並んでおり、繋がれた黄金色の提灯が夜を優しく照らしている。
通りを埋め尽くすその全ての人が、これから打ち上がる花火を待ち焦がれていた。
「結構人多いな」
「こんだけ人いたらどっかではぐれちまいそうだな」
「大丈夫! いざとなったら百舌先輩のとこに行けばいいから!」
「先輩を目印代わりにしないでください」
行く先を覆う人並みを掻い潜って、オカ研部員達は前を進む。
確かにこの人混みの中でも頭一つ飛び抜けた百舌は、どんな浴衣姿よりも目立っていた。
「あっ! 射的だ!」
「えっ?」
人に酔いそうな中乃良が見つけたのは、一丁のコルク銃と雛壇に盛られたお菓子の並ぶ射的屋だ。
乃良は人混みを掻き分け、無鉄砲に飛んでいく。
「皆! 射的やろうぜ!」
「いや俺は別に」
「私やる!」
「それじゃあちひろん、どっちが多く賞品取れるか勝負な!」
「かかってこいよ!」
後に続いた千尋も、準備は万端だ。
「へいらっしゃい! 一回百円で三発まで撃っていいぞ!」
腕を回す客二人に店主がそう説明すると、乃良は早速銀貨一枚を店主の手に渡した。
コルク銃を両手で構え、下段の菓子に狙いを済ます。
「んじゃ、俺から行くぜ」
人差し指で引き金を引くと、銃口からコルクが発射され、コルクはまっしぐらに狙い通りの菓子に突撃した。
菓子は重力に任せ、真っ逆さまに落ちていく。
「すごい乃良!」
「へへっ、まだまだ!」
乃良は間髪入れずに銃を構えると、今度は中段の菓子に狙いを済ました。
躊躇う暇なく引き金を引き、見事再び命中させる。
「おー!」
千尋の歓声とは正反対に、店主の顔はどうも穏やかでなかった。
「よっしゃ! 最後はあのてっぺんだ!」
そう言って、乃良は最後にピラミッド型の雛壇の頂上に置かれた、人一倍巨大な菓子に狙いを定める。
その集中力は、今までとは段違いだった。
乃良は目を凝らして標準を頂上のド真ん中に定めると、意を決してその引き金を引いた。
コルクはまたも寸分のズレなく標的めがけて飛来する。
直撃を確信したその時、菓子は突然生きた様に左に動いた。
「!?」
賞品の紙一重な回避により、コルクは目標を見失ったまま背後の壁に激突した。
「ちょっと待て!」
不可思議な現象に、乃良が待ったをかける。
「いやー、残念だったな。はい、菓子二つ」
「ちょっと待てって! おかしいだろ今の! なんで賞品が急に動いたんだよ! 絶対あの裏に人が隠れてて、当たる直前にひょいって動かしたんだろ!」
「なっ、なんの事かな?」
乃良の尋問に、店主はわざとらしく明後日を向く。
それがこの店の八百長疑惑を確信へと変えた。
「まぁまぁ、終わった事は仕方ないでしょ? 賞品が動く事くらいあるって」
「ねぇよ!」
乃良の苛立ちも余所に、千尋はコルク銃の準備を整える。
「さて、それじゃあ次は私の番だよ!」
両手で銃を構え、片目を閉じて獲物を狙うその姿は、まるで本物の狙撃手だ。
狙うは頂上の賞品ただ一つ。
千尋は標準を定めると、慎重に、そして大胆に引き金を引いた。
銃口から飛び出したコルクは、迷う事なく屋台の屋根裏に向かって暴発した。
「下手くそか!」
黙って見守っていた乃良が、堪らず口を開く。
「ちひろん下手くそじゃねぇか! 全然違う方向飛んでったぞ! 当てるつもりねぇのかよ!」
「まだまだぁ!」
外野の声も無視して、更に千尋は引き金を引く。
コルクはまたも狙いとは随分離れたところへ飛んでいき、雛壇の薄い壁に衝突した。
「痛っ」
「!?」
突如漏れてきた謎の声を、乃良は聞き逃さなかった。
「おい! 今誰か『痛っ』って言わなかったか!? やっぱ雛壇の裏に誰かいんだろ! んで今弾当たったんだろ!」
「さっ、さぁ……、空耳じゃねぇか?」
どれだけ乃良が問い詰めても、店主は頑なに認めようとしない。
ただ今の千尋に、そんな店の裏事情は関係無かった。
「よーし、最後だ!」
そう言って、千尋は最後の一発が装填されたコルク銃を、狙いを済ませて発射させる。
最後の最後でコルクは頂上の菓子へ命中――する筈もなく、コルクはまたしても雛壇へと突っ込んでいった。
「痛っ!」
その呻き声と同時に雛壇はガタッと揺れ、頂上に置かれた菓子はパタンッと床についた。
「!?」
そう、賞品が倒れたのだ。
「やったー! 倒したー!」
「いや待て待て! 今全然違うとこ当たってただろ! これまた雛壇の裏の人に弾当たって、その人があまりの痛さに雛壇に頭ぶつけて、その振動で賞品倒れただけだろ! こんなの射的でもなんでもねぇわ!」
乃良の推理は恐らく的中で、雛壇の裏から鈍痛に耐える声がシクシクと聞こえてくる。
しかし倒れたのもまた事実。
例え命中はしてなくても、千尋が賞品を倒した事に変わりはないのだ。
店主も予想外の展開に、心が追いついていないようだ。
「これでこの勝負、私の勝ちね!」
「勝手にルール変えんじゃねぇよ! 俺のが賞品多く取ってたろ!」
意気消沈した店主を置いて、二人は射的屋の前で熱く論争を始める。
そんな二人を、離れた位置から小春は呆れて眺めていた。
「春ちゃん! こっちこっち!」
傍から声が聞こえて、小春はそちらに振り返る。
そこでは小春を呼んだ賢治が、眩しい笑顔でこちらを手招いていた。
あまり気は乗らないが、仕方なく小春は足を動かす。
「……何?」
「金魚すくい! 一緒にやろ!」
屋台にぶら下がった看板を見ると、確かにそこには金魚すくいの文字と赤い金魚の絵があった。
思った通りだと、小春は息を吐く。
「やる訳ないでしょ」
「そんな事言わないで! 折角のお祭りなんだからさ! おじさん! 金魚すくい二人分!」
「あいよ!」
小春の拒否も空しく、店主は二人分のポイと器を用意した。
賢治がそれを受け取ると、その一組を背中を向ける小春に差し出す。
「はい!」
「………」
ここまでされては小春も断る訳にはいかなくなり、小春は不満そうな顔でポイと器を受け取った。
身を翻し、金魚の集った水槽に目を落とす。
水槽には可愛らしい金魚の中に混じって、人間の腕程の大きさのある魚が優雅に泳いでいた。
「デカッ!」
目を疑う程の巨大さに、小春は思わず声を上げる。
「何このデカいの!? ちょっと! こんなの誰もすくえませんわ! 絶対これ金魚じゃないでしょ! どっからどう見ても鯉ですわ!」
「春ちゃん何言ってんの? これは金魚すくいだよ?」
「だからおかしいって言ってんのよ!」
「おい嬢ちゃん、難癖つけるのはよしてくれ。ここにいるのは全部金魚だ」
「金魚だとしてもこんな巨大なの連れてくるんじゃないわよ!」
小春がどれだけ声を荒げても、店主は耳を貸そうとしない。
これ以上何を言っても焼け石に水だと、小春は小さく歯軋りをした。
その隣で、賢治はゆっくりと金魚すくいに身を投じていく。
ポイを水面に差し込んで、そっと獲物の腹の裏を待ち伏せし、金魚(鯉)がポイの頭上を通過しようとしたその瞬間、賢治は刹那にポイを水面から引き揚げた。
空中に上げられた金魚(鯉)は、空でも飛ぼうとしているのかじたばたと暴れ、賢治の持つ器の中に不時着する。
しかしその小さすぎる器では金魚(鯉)は捕えきれず、逃がした魚は水槽へと帰っていった。
「あー残念」
「いや今器がもっと大きかったらいけなかった!?」
今の賢治の金魚すくい改め鯉すくいは、完璧な代物だった。
しかし当の本人は謙遜しているのか、自分の力不足を悔いているようだ。
「はい、じゃあ次は春ちゃんの番」
「無理よ私には!」
「何言ってるの、春ちゃんなら出来るよ!」
「アンタみたいな化け物と一緒にしないで!」
射的と同じく、金魚すくいの前でも、部員同士の声が祭り中に響き渡る。
同じオカ研部員として、博士は大きな溜息を吐いた。
「ハカセ」
名前を呼ばれ、博士は一瞬緊張する。
こちらを呼んだ声の主は分かっているので、博士は息を整えてくるりと振り返った。
そこに立っていたのは、無機質な能面だった。
「うわぁ!」
予想外の面に、博士は情けなく声を漏らす。
能面は両手で支えられており、その手を顔から離すと正体の顔が露わになった。
無論、能面に負けず劣らず無表情な花子である。
「似合う?」
「お面に似合うもクソもねぇだろ」
博士の断言に、花子はその無表情に寂しげな影を落とした。
ふと花子の奥を見てみると、多種多様なお面を取り揃えた出店があった。
十中八九、そこから貰ってきたのだろう。
店主の反応を見る限り、金の取引はまだされてないようだ。
「ハカセのもある」
「えっ?」
花子はそう言うと、背中に隠していた博士用のお面を博士に見せつけた。
そのお面は、報道番組でよく見る我が国の首都トップの顔だった。
「なんで都知事」
無機質で作られた都知事の顔は、どうも不気味だった。
「都知事のお面ってどういう事だよ。お面ってのは普通アニメのキャラクターとか戦隊ヒーローで作るもんだろ」
「でも都知事もお面みたいな厚化粧して」
「それ以上言うな」
これ以上喋らせると身の危険を感じたので、そこで博士は花子を黙らせた。
とにかくそのお面は、出店の商品棚に返却した。
能面は花子がえらく気に入ったらしく、正規の金額を払って、花子の左頭部に装備される事となった。
●○●○●○●
花火が打ち上がるまで、もう間もなくといったところだろうか。
あれからいくらか時間が経ったが、通りを行き来する人の群れは止まる事を知らない。
「だからー! 屋台と言ったら焼きそばだろうが!」
「何言ってんの! 屋台と言ったらたこ焼きでしょ!?」
その人だかりの中でも、オカ研部員達は異様な注目を浴びていた。
「あの濃厚なソースと目玉焼きを絡ませた焼きそばを無我夢中に啜る瞬間が堪らなく最高なんじゃねぇか!」
「アッツアツのたこ焼きを熱い熱い言いながら食べるのが良いんだよ!」
「そんなの熱いだけじゃねぇか!」
「アンタが猫舌なだけでしょ!?」
「よし! それじゃあけんけんに訊こう!」
「そうしよう!」
「おいけんけん! 屋台って言ったら焼きそばだよな!?」
「違うよ! 屋台って言ったらたこ焼きだよね賢治君!」
「んー、僕はベビーカステラが好きですかね」
「「ベビーカステラは美味い!」」
乃良と千尋の不毛な論争は、賢治の一声によって即座に終戦した。
こんな騒々しい部員達と一緒にいれば自分まで変人扱いされると、博士は部員達から半歩程距離を置く。
ふと隣の花子に目を向ける。
花子は屋台に並んだ赤色の宝石の様な果物に見惚れていた。
「……何これ?」
「……林檎飴だよ。見たまんま、林檎を飴で覆ってんだ」
博士の解説も聞き流しているのか、花子が林檎飴から目を離す事は無かった。
「……食べたいのか?」
その質問に、花子は首を縦に振る。
博士はそっと林檎飴の屋台の前に足を運び、ポケットから財布を取り出す。
「すみません、林檎飴一つ」
「あいよ」
銀貨と交換して、博士の右手に林檎飴が握られた。
博士はそれに口を付ける事なく、花子に手渡す。
「……ありがと」
花子からの礼に、博士が言葉を返す事は無かった。
花子は一口林檎飴を齧る。
林檎の甘みに花子の無表情が崩れる事は無かったが、それでも林檎飴に夢中になる花子に、博士は買って良かったと思えた。
知らぬ間に部員達の喧騒も静まった事に気付いて、博士は目を向ける。
「そろそろ花火も上がる頃だし、見やすい場所に移動す」
しかしそこに、部員達の姿はなかった。
「………」
辺りをキョロキョロと見回してみる。
しかし視界に入るのは見知らぬ烏合の衆ばかりで、嫌という程目立つ筈の乃良や百舌はどこにも見当たらない。
今傍にいる部員は、林檎飴に骨抜きな花子だけだ。
はぐれてしまっただけなら、ポケットのスマホで電話をかければいい話だろう。
ただ博士は分かっていた。
これははぐれたのではなく、二人きりにされたのだと。
――あいつらぁ……!
行き場を失った怒りに、博士の顔は赤鬼の形相と化して湯気を沸かしている。
そんな博士の怒りなど気付く筈もないまま、花子は博士の背中を、林檎飴を舐めながら眺めていた。
僕はたこ焼きが大好きです。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
夏祭り本格始動という事で、今回は祭りといえばの出店や屋台のネタを詰め込んでみました。
実際僕は、夏祭りとか行っても射的や金魚すくいなどの出店はあまりやらなかったんですね。
という事で、出店はこんな感じかなーと雰囲気を想像しながら書いていきました。
流石にこんなふざけたような出店は、実際にないと思いますがww
一方、屋台の料理は大好きだったんで色々食べてましたね。
林檎飴も一回食べた事があるんですが、そこの林檎飴が悪かったのか、もっさりしててあまり美味しくなかった印象です。
美味しい林檎飴ってどんな感じなのかな?
そんなこんなで夏祭り要素をたくさん詰め込められた一話になったかと思います!
次回、夏祭り編最終回!
二人きりにされたハカセと花子は、花火を前にどう動くのか。
次回をお楽しみに!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!