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【194不思議】鏡の部室のアリス

 夏休みを迎えようと、オカルト研究部の活動になんら支障はない。

 部員達はいつもの平日と同じように、制服に袖を通して部室に集まっていた。

 ただ、部員達の視線が一点に集まる。

「………」

 視線を一身に受けた博士は、なんとも言えない顔をして扉の前に立っていた。

 正確に言うならば、視線を向けられていたのは博士ではなく、その腰元に額を擦りつけていた金髪ツインテールの少女だ。

「……児ポ」

「違ぇよ!」

 小春の消えそうな程の囁きに、博士が声を荒立てる。

 それでも少女が、博士から離れる事はなかった。

「アリスちゃんじゃーん! 久し振りー!」

「ほんと、一年振りくらいか?」

 千尋と乃良は見覚えのある少女に、声を上げて近寄っていった。

 急に近付いた二人に、アリスは思わず博士の背中に隠れる。

「知ってるんですか?」

 少女と初対面である賢治は、乃良にそう質問する。

「あぁ、去年卒業した先輩の姪っ子だ。もっと解り難く言うと、去年卒業した先輩のお兄さんはこの部活のOBだから、俺達のOBの娘さんでもある」

「なんで解り難く言ったんですか」

 補足の説明の必要性が、賢治には分からなかった。

「でも、なんで去年の卒業生の姪っ子さんが、ハカ先輩と一緒に?」

「あぁ! それは確かに!」

 当然の質問に、一同は博士に顔を向ける。

 一斉に視線を向けられた博士は、その経緯を思い出して具合の悪そうな顔色を見せた。

「……それがな」


●○●○●○●


 それはたった数分前の出来事だ。

 博士は今日も変わらず、夏休みにも関わらずに暗記本に目を通しながら学校を目指していた。

 そんな時、

「ハカセさぁ――ん!」

 突如こちらを呼ぶ声が聞こえる。

 誰だと顔を向けようとした時、何かが突進してきたような衝撃が腹部を襲った。

「ぐふっ!」

 倒れるまでにはいかず、なんとか博士は持ち堪える。

 襲撃者の確認に目を落とすと、そこにいたのは見覚えのある金髪ツインテールだった。

「……アリス?」

「久しぶり!」

 名前を覚えていてくれた喜びに、アリスの笑顔は眩しい程に煌めいた。

「おーい!」

 更に声が聞こえて博士が振り向くと、そこにいたのはアリスの父親だった。

「君は確か、優介の後輩だったな! アリスの面倒見てくれた!」

「……斎藤先輩のお兄さんの」

「大輔だ! 兄ちゃんって呼んでくれて構わないぞ!」

「大輔さんですね」

 大輔の提案を博士は華麗に無視するも、大輔にとってこの程度の傷はかすり傷でもないようだ。

「これから部活か?」

「えぇまぁ」

「良いなー! 懐かしいなー!」

 十年前に卒業した部室を思い出して、大輔は感慨に耽る。

 自分も訊いた方が良いのかと、特に興味は無かったが博士も訊く事にした。

「大輔さんはこれからどちらに?」

「ん? 実家だよ。もうすぐ俺と奥さんの結婚記念日でな。今年も夫婦で旅行に行く事にしたんだ! んで、実家にアリスを預けに来た訳だ」

「そうですか」

 両親と離れるのが寂しくないのか、アリスは博士から離れようとしなかった。

 路傍で出会ったはいいものの、これ以上話す内容もない。

 適当に見切りをつけて別れを告げようと思った、その時だった。

「そうだ!」

 大輔の名案に、博士の嫌な予感が冴え渡る。

「君これから部室行くんだよな!? ちょっとアリス預かっといてくれよ!」

「はぁ!?」

 衝撃の提案に、博士は年上相手に乱暴な声を出した。

「無理ですよ! 部活なんですから!」

「大丈夫だって! 去年も面倒見てくれたんだろ? それにアリス、君に懐いてるみたいだから」

 博士はそっと腰に抱き着くアリスに目をやる。

 アリスが博士に向けるハートマークは、流石の博士もいい加減気付いていた。

「……良いんですか? 貴方この子の親でしょ」

「ん? まぁ恋に年齢は関係無ぇよ」

「この場合は犯罪ですよ」

 どうやら大輔は、恋情は娘に一存する父親のようだ。

「じゃあそういう訳だから頼んだぞ! 俺の実家の場所は分かるだろ? 部活終わったらそこに帰してくれればいいから! アリスも良い子にな! それじゃ!」

「ちょっと!」

 博士の意見も聞こうとしないで、大輔はポルトガル人の妻の待つだろう場所へと向かってしまった。

 取り残された博士は、アリスにガッチリ捕縛されている。

 最早残された道は一つしかなく、博士は大きく溜息を吐いた。


●○●○●○●


「という訳だ……」

 事の顛末を口にしただけで、博士に巨大な疲労が押し寄せてきた。

 父親の自由奔放な性格に一同言葉を失う中、状況を冷静に読み解いた小春がそっと口を開く。

「……児ポじゃないですか」

「違うって言ってんだろ!」

 改めて口にされた犯罪臭漂う言葉に、博士は声を荒げる。

「お前話聞いてたか!? こいつは知り合いの子供なんだよ!」

「例え知り合いの子供でも案件は成立しますわ。問題はその子供が貴方をどう思ってるかですから」

「そんなの俺の知ったこっちゃねぇだろ!」

 博士が乱暴に口を開く最中も、その腰にはピッタリとアリスがくっついている。

 一方の賢治は、もう一つの問題に気付いていた。

「……あの、もしかしてこれって」

「あぁ、そうだ」

 賢治の目の先には花子。

 花子の目の先には博士に絡みつくアリスがおり、その目はどうも穏やかでなかった。

 アリスも花子の目に気付いたのか、視線から逃げるように博士の手を引く。

「ハカセさん! 一緒におままごとしよ! ハカセさんはアリスのおむこさん役ね!」

「あっ、ちょっと!」

 不意に手を引かれ、博士は引っ張られるように畳スペースへ向かう。

 しかしその足は、畳スペースに行く途中で止められた。

 アリスの行く先に、花子が立ち塞がったからだ。

「……花子?」

 二人の焦点で火花が激しく燃える。

 しかしアリスは、その火花を鼻で吹き飛ばした。

「アンタもおままごとに入れてあげてもいいよ」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 恋敵である筈の花子への勧誘に、一同目を見開かせる。

 アリスは目の前で硬直する花子に向けて、小さいながらも堂々と胸を張った。

「アンタはアリスとハカセさんの子供役ね!」

「「「「「「「!」」」」」」」

 小学一年生とは思えない挑発だ。

「そういう事か」

「花子先輩、どうするんでしょ?」

 現場を見守る一同は、静かに花子からの回答を待つ。

「……分かった」

 花子はコクリと小さく頷いた。

 宿敵の掌握に満足がいったのか、アリスは零れ落ちるような笑顔を垂らしながら畳スペースへ博士を誘った。

「よし! それじゃあやりましょ!」

 博士と花子も畳に上がって、おままごとの準備を整える。

「ねぇねぇ! 私もおままごとしたい!」

「俺も俺も!」

 見ているだけではつまらないと、千尋と乃良も飯事参戦に名乗りを上げる。

 アリスはしばらく悩むと、二人にも役職を振り分けた。

「じゃあアンタは隣に住んでる口うるさいおばさんね!」

「おばっ!?」

「アンタはおばさんの飼い猫!」

「なんでバレたんだ!?」

 乃良は正体を言い当てられた事に驚きを隠せなかったが、千尋はそれどころではなかった。

 脇役の動揺など目も暮れず、アリス主演の飯事は幕を開ける。

「はーいあなた♡ 今日のご飯はゴーヤチャンプルよ」

「えっ? ……あぁ、ありがと」

 慣れない子供の相手に、父役の博士がぎこちなく演じる。

 一方、飾らない演技で食卓に腰掛ける花子に、アリスは母役らしからぬ厭らしい笑顔を向けた。

「はい! アンタはオムライスね! 子供はゴーヤチャンプルなんて食べられないから、オムライスでも食べてなさい!」

「ゴーヤチャンプルが大人の食べ物って考え方が子供っぽいわね」

 してやったりと高笑うアリスに、観客席の小春が呟いた。

 オムライスを食卓に給仕された花子は、無表情のままそこにある筈のオムライスを凝視する。

「……ハカセ、オムライス好きだよね?」

「えっ」

 飯事の設定も完全無視して、花子は博士に声をかける。

「いやまぁ、そうだけど」

「あーん」

「「!?」」

 予想外の展開に、博士だけでなくアリスも驚愕した。

「ちょっ、何すんだよ!」

「ハカセにも食べさせてあげようと思って」

「いらねぇよ別に! お前が食ってろ!」

 強引にスプーンを押しこもうとする花子を、博士は顔を薄紅色に染めながら拒んだ。

 飯事の形があからさまに崩れるも、アリスの心の内はそれどころじゃなかった。

 アリスは下唇を噛むと、次の策に移る。

「あっ! もうこんな時間!」

 机を両手で叩いたアリスは、その音で暴れる花子を抑止した。

「ほら! 子供はもう寝る時間よ! 早く寝なさい! 私はこれからハカセさんと一緒にスポーツ番組観るんだから!」

「あの子にとっての大人のイメージなんなのよ」

「一体何時に晩ご飯食べてたんだろ」

 子供の独特の世界観に、観客席の小春と賢治が呟く。

 それでもこの畳の上の世界ではアリスが全てで、アリスはハカセの腕に絡まりながら架空のテレビを視聴した。

 今度こそしてやったと笑うアリスに、花子は無表情で席を立つ。

「……分かった」

 花子はそのまま博士の隣まで移動すると、博士が組んだ膝の上に頭を置いた。

「おやすみ」

「「!?」」

 度重なる突飛な行動に、二人の心臓はもうもたなかった。

「お前どこで寝てんだよ!」

「そうよ! ベッドで寝なさい! そんなところで寝たらいけないわよ!」

「ほら! 花子起きろって!」

「Zzz」

「お前熟睡してねぇか!?」

 どれだけ大声を浴びせてもピクリともしない花子の寝顔は、どうも演技にも見えなかった。

 この作戦も失敗で、アリスから余裕が消えていく。

「ハカセさん! もうこんな女無理矢理放り出して」

 そう博士の顔を見上げた、その時だ。


 博士の顔は、今まで見た事ないくらいに柔らかかった。


 まるで絵本に描かれていた王子様の様な、見ているだけで心がときめくような表情。

 しかしその表情は、アリスに向けられたものではない。

 博士の膝で寝息を立てる、忌まわしき恋敵へのものだった。

 決して分かり易い表情じゃない。

 若気の至りではなく、一途に博士を見つめていたアリスだからこそ分かったのだ。

 分かってしまったのだ。

「良いわねぇ」

 ふと声が聞こえて、アリスは素早く振り向く。

「仲睦まじい家族だこと」

「ニャア」

「なんで二人共そんな忠実にやってますの?」

 アリスより脇役を任命された、千尋と乃良の台詞だった。

 畳の外から発せられたその台詞は、アリスを含めたおままごとの疑似家族に向けられたものだろう。

 しかしアリスには、どこか違った意味にも聞こえてしまった。

「……ん?」

 博士が振り向くと、アリスのパッチリした瞳から大粒の涙が溢れ出していた。

「「「「「「!?」」」」」」

 突然のアリスの落涙に、部室は混乱を極める。

「えっ!? アリスちゃん泣いてる!?」

「急にどうしたんだお前!」

「お腹痛ぇのか!?」

「先輩になんか嫌な事された?」

「なんもしてねぇよ!」

「ちょっとこれ本当にマズいんじゃないですか?」

 部員達が総出でアリスのもとへ駆け寄って涙を止めようとするも、時間が経てば経つ程、涙は雨の様に降っていった。

 アリスは涙の理由を語りはしない。

 それがアリスに出来る、唯一の対抗手段だった。

破れて失った幼き初恋。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回はこれまた久々のアリスちゃん登場回でした。

ぶっちゃけて言ってしまいますと、この夏休みが終わってからマガオカで長期休暇の話を書く事はありません。

なので、長期休暇の度に登場していたアリスちゃんは今回が最後の登場になる訳です。

……多分。


最初はアリスと小春のツインテールコンビで一つ話を作ろうと思ったのですが、ここはアリスの初恋に決着をつける事にしました。

今回を合わせて登場回は三回と、出番こそ少ないアリスでしたが、

いざこうして一つの恋路に区切りをつけると、マガオカの終わりが急に見えたような気がして、少し寂しい気持ちになりました。

アリスちゃん、こうして人は強くなるんだよ。


とは言いましても、マガオカはまだまだ続きます!

次回からも無茶苦茶なオカ研部員達をどうぞよろしくお願いします!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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