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【193不思議】毟れ! 夏の虫取り競争!

 蝉の絶唱が鼓膜に張り付く。

 立っているだけで湯気が沸く様な気温の中、世間は夏休みの真っ只中だった。

 こちらの生気を奪うかの様に照り輝く太陽の下、虫取り網を持った少年二人が短パンから伸びる足を走らせる。

「おい! 早くしないとカブトムシ飛んでっちまうぞ!」

「まっ、待ってよー!」

 たった数分の差で虫取りに影響が出るとは思えないが、少年達はまっしぐらに走っていった。

 こんな蒸し暑い夏に、あそこまで無邪気でいられるのは子供くらいだ。

 少年達の走った路地に接する一軒家、その二階から彼は見下ろしていた。

「ったくガキが。宿題はやったんだろうな」

 自室に閉じ籠る博士である。

 今日も変わらず、博士の前の机には参考書やノートがずらっと並んでいた。

 少年のいなくなった窓の景色から目を逸らし、博士は筆を走らせる。

「よくもまぁこんな暑い日にあそこまではしゃげるもんだよ。大体虫なんか捕まえてどうすんだよ。将来昆虫研究家になる訳でもあるめぇし。今のうちに勉強しとかねぇと、そのうち痛い目見るぞ」

 届く筈無い説教を垂らしながら、博士の勉学は捗る。

「まっ、流石に俺と同年代のような奴らが虫取りなんざしないと思うが」

 その時、ピンポーンと我が家のインターホンが鳴った。

 瞬間、博士は後悔する。

 インターホンを鳴らした訪問者が、簡単に想像できてしまったからだ。


「ハカセー!」

「虫取りしよー!」

「ハカセ、虫取り」

 扉を開けたその先で待ち受けていたのは、想像通りの同級生三人組だった。

 あまりにも想像通りな光景に、博士は頭を抱える。

「ガキが……」

「あ? 今なんか言った?」

「あーもうなんも言ってねぇよ。行きゃあ良いんだろ行きゃあ」

 ここで愚図っていても最終的に連れ出されてしまう事は、これまでの経験で分かり切っている事なので、博士は早々に諦めをつける。

 外出の準備をすると言って、博士は家の扉を閉めた。


●○●○●○●


 家の外は、中よりも数段気温が上がっているような気がした。

 熱中症対策に帽子を被ってきたのは正解だったようだ。

 博士は体が茹っていくのを感じながら、前を歩く乃良と千尋に目を向ける。

 二人の手には虫取り網、肩には虫かごから提げられており、虫取り少年を絵に描いたようなファッションだ。

「よっしゃー! 絶対カブトムシ捕まえてやるー!」

「どっちが先に捕まえるか競争しよ!」

「おっ! いいなそれ!」

「負けた方は鼻からメロンソーダの刑ね!」

「罰ゲーム重っ!」

 会話の内容もそのはしゃぎっぷりも、博士が二階から見下ろしていた少年となんら変わりない。

 とても同級生とは思えない二人に、博士は溜息を吐く。

「……で、どこ行くんだよ」

 外出の目的は聞いていたが、その目的地は聞いていなかった。

 博士の質問に、乃良が首だけ振り返って答える。

「自然公園だよ。ここを真っ直ぐ行った先に博物館とかと一体になった大きな公園があんだろ? そこで虫取りすんだ」

 自然公園と聞いて、博士も納得した。

 歴史や生物について学べる、公共の博物館に隣接した巨大な自然公園。

 確かにそこは緑が生い茂っており、虫を求める少年にとっては夢の様な場所だろう。

 もっとも少年時代の博士は、博物館に世話になった事はあっても、自然公園で虫を求めた事は無かったが。

「そんで俺は、そこででっけぇカブトムシを捕まえるんだ!」

「あっそう」

 乃良は天高くにそう宣言し、拳を握る。

 博士には冷たくあしらわれてしまったが、きっと天はその宣言を聞き入れてくれた事だろう。

 乃良に負けじと、千尋も宣言を口にする。

「私はね、ヘラクレスオオカブト!」

「日本にいねぇよ」

 千尋の宣言は、天に誓っても叶う事のないものだった。

「えっ!? ヘラクレス日本にいないの!?」

「いる訳ねぇだろ、あんなごっついの」

「でも私見た事あるよ!? カードだけど」

「それムシキングだろ」

 夢にまで見たヘラクレスを捕まえられないと知り、千尋は落胆を露わにする。

 次の宣言は花子の番だ。

「……私は」

 隣を歩いていた花子に、博士がそっと目を向ける。

「ダンゴムシ」

「そこら辺の石でも引っくり返してろ」

 千尋とは真逆に、天に誓わずとも叶えられそうな目標だった。

 甲虫用の虫取り網も花子には不必要なようで、麦わら帽子を被った花子は呆然とする。

「ハカセはなに捕まえんだ!?」

 前の乃良からの質問に、博士は面を食らった。

「いや捕まえねぇよ」

「何言ってんだって! 折角だからハカセもなんか……」

 博士に目を向けながら歩いていると、突然乃良の足は止まった。

 不思議に思い、一同も揃って足を止める。

「どうした急に?」

「お前……、網は?」

「はぁ?」

 乃良の捻り出したような声に、一同博士に目を向ける。

 博士の両手には、他の三人の様な縦長の虫取り網は装備されていなかった。

「……持ってねぇけど」

「なんでだよ!」

 平然と答えた博士に、乃良は声を荒げる。

「なんでお前虫取り網持ってねぇんだよ! 今から何しに行くと思ってんだ!」

「虫取りだろ? だから俺が見といてやるからお前ら勝手に虫取って来いよ」

「保護者かお前は! お前も虫取るんだよ!」

「てかよく見たらハカセ虫かごも無いじゃん! ほんと何しに来たの!?」

「お前らに連れてこられたんだよ」

「ほら! 待っててやるからとっとと虫取り網家から取ってこい!」

「いや家にも無ぇよ」

「「はぁ!?」」

 衝撃の事実に、乃良だけでなく千尋も顎が外れそうになった。

「お前家に虫取り網無いの!?」

「いや無ぇだろ普通」

「虫かごは!?」

「無ぇよ。てか寧ろなんでお前ら持ってんだよ。基本高校生の家にあるようなもんじゃないだろ」

「じゃあお前なに持ってんだよ!」

「虫除けスプレーなら持ってきたぞ」

「やめろぉ!」

「お前らって害虫かなんかなの?」

 虫除けスプレーの噴射で力を失っていく二人に、博士は若干だが本気で疑った。

 乃良はそのまま腰を抜かし、両手を火傷する様なアスファルトにつける。

「くそぉ……、ハカセが急に暴れる虫にビビるところを見て楽しもうと思ってたのに!」

「お前そんな目的で俺誘ったの?」

 乃良の本当の目的が明らかとなり、博士は乃良を冷酷な目で見下す。

 一方の千尋は、一つ溜息を吐くだけだった。

「もうしょうがないなー」

 そう言うと、千尋は右手に持っていた虫取り網を博士に差し出す。

「はい! 私二本あるからもう片方貸してあげる!」

「なんでお前は二本持ってんだよ!」

 今まで虫取り網を二刀流で持ち歩いていた千尋が一番の疑問だった博士だが、これで虫取り参加を余儀なくされてしまった。


●○●○●○●


 一触即発もありながら、なんとか博士達は自然公園に辿り着いた。

 見渡す限りの草木は呼吸をする様で、虫の声もそこかしこから聞こえてくる。

 正に虫の楽園といった場所だ。

 夏休みの昆虫採集に勤しむ子供達が目立つ中、乃良と千尋も興奮が抑えられる筈が無かった。

「よっしゃー! 虫取りするぞー!」

「おー!」

 乃良と千尋は一目散に駆けていき、花子もゆっくりと後を追う。

 ようやく解放された博士は、一先ず大きな息を吐いた。

 照りつける太陽が先程よりも威力を増しているような気がして、博士は千尋から借りた虫取り網を杖の様にして日陰に避難する。

 どこかに自動販売機は無いかと目で探していたその時だ。

「ハカセー!」

 突如こちらに声がして、博士は自動販売機捜索を打ち切る。

 こちらに駆けてきたのは千尋だった。

「見てー! 捕まえたよー! カブトムシー!」

 それはさながら親に見て欲しい子供の様で、千尋は早速虫取りの成果を博士に見せる。

「のメス!」

「いやカナブンだよこれ」

 しかし千尋の持っていたそれは、カブトムシでは無かった。

「えっ!? 何言ってんの!? カブトムシだよ!」

「いや、これはカナブンだ」

 千尋が断固言い切るも、博士は注意深く観察してもう一度答える。

「はっはーん、ハカセ知らないんでしょ!」

 千尋は厭らしく口角を上げると、先輩ぶったように解説を加えた。

「カブトムシっていうのはね? オスしか角が無いんだよ!」

「知ってるよ」

 それは解説でもなんでもない基礎知識だった。

「じゃあ分かるでしょ!? これは角が無いカブトムシのメスだって!」

「だからカナブンだって言ってんだろ? この光沢はカナブン特有のもんだ。それにカブトムシのメスはもっと毛深いんだよ」

「女の子に毛深いって言うな!」

「カブトムシのメスを女の子って言うな」

 どれだけ説明しても千尋は信じたくないだけで、悔しそうに歯を軋ませる。

 そこにもう一人の声が飛んできた。

「おーい! 俺も見つけたぞー! カブトムシー!」

 目を向けると、太陽の様に明るい乃良がこちらに向かってくる。

 博士達と同じ日陰に入ると、乃良は手に隠していたそれを明るみに出した。

「の幼虫!」

「ギャァァァァァァァ!」

 眼前に現れた白い幼虫に、千尋は金切り声を上げて博士の背中に隠れる。

「アンタなに捕まえてんの!?」

「なにってカブトムシだよ。もしかしてちひろん、幼虫苦手なの?」

「そういう気持ち悪い系の虫は無理なの! カブトムシとかカッコいい虫は好きなんだけど」

「これもカブトムシだって」

「近付くなぁ!」

 幼虫を見せつけようとする乃良に、千尋は博士を盾にして逃げ出した。

 博士を中心に巻き起こるいたちごっこに、博士は心底「余所でやってくれ」と願っていた。

 しかし、虫取りに勤しむ者はもう一人いる。

「ハカセー」

 こちらを呼ぶ声に、博士は警戒して目を向ける。

 麦わら帽子の揺れた花子が、静かにこちらへと歩み寄っていた。

「捕まえた」

 両手で捕らえられたそれに、一同は目を凝らす。

 否、凝らさなくても、それは一目瞭然だった。


 それは猛々しい紅蓮を纏った、戦国武将の首を守る兜だった。


「カブト」

「「「甲冑!?」」」

 虫取りから大きく的を外した捕獲物に、博士達は「これは夢か」と現実を疑う。

 しかしこの猛暑は、紛れもなく現実だった。

「なんでお前そんなの持ってんだよ!」

「置いてあった」

「んな訳あるかぁ!」

 公園の中に兜など置かれては、堪ったものじゃない。

「なぁハカセ、もしかして博物館の……」

「!」

 乃良の囁きに博士はハッと気付く。

 ここから目の届く距離には博物館が確認でき、そこなら兜が展示品として置かれていてもおかしくないだろう。

 博士の推理を裏付けるように、博物館の方角から長袖を捲った男が走ってくる。

「ちょっと君ぃ! それを返しなさぁい!」

「すぐさま返せ!」

「?」

 自分の状況をまるで分かっていない花子は、不思議そうに首を傾げるだけ。

 その後走ってきた博物館の学芸員に兜を無事返却し、花子を除いた三人は深々と頭を下げた。

 自然公園に残る訳にもいかなくなり、その日の虫取りは解散。

 念願のカブトムシの成虫捕獲が達成されなかった乃良と千尋に対し、花子はそこら辺の石を引っくり返しただけで、念願のダンゴムシの捕獲に成功したのだった。

あつ森で昆虫採集勤しんでました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


実はこのお話、最初のテーマは『キャンプに行こう!』でした。

夏休みの話を書くにあたって、夏といえばを色々考えたらキャンプが思い付きまして、それじゃあ同級生組でキャンプに行く話を書こうと思いました。

しかし、スパッと一話構成で収めたい。

なにかキャンプで一話で収める方法はないかなーと色々悩んだ結果、気付いたらこうなってましたww

キャンプ要素どこ行ったww

舞台も山どころか自然公園に落ち着いてしまいましたが、虫取りも夏らしいといえば夏らしいので良かったかなと思いますww


作中で『ムシキング』という言葉を使ったのですが、今の高校生って分かるのかな?

高校生の時から書いているという事もあって、ハカセ達は僕と同じ世代と認識してしまっているので、現代の高校生とギャップが出てしまっているのなら申し訳ないですww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作楽しく読ませていただきました。 セリフのやり取りが漫才を見ているかのようなテンポの良さと、花子たちのボケ(花子さんの場合100%純粋無垢な天然ボケ)に対する博士くんのツッコミがキレッ…
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