【192不思議】星降る夜に
ラジオが報せたスペシウム流星群の予想時刻まで残り僅か。
気付けば夏合宿最終日を迎えていたオカ研部員達は、流星群に備えて学校の屋上にスタンバイしていた。
――……で、
しかし、
――なんで私しか起きてないのよ!
屋上で目を覚ましていたのは、小春ただ一人だった。
――はぁ!? おかしいでしょ!? 皆で流星群見るんじゃなかったんですの!? なにトランプで騒ぎ疲れて寝落ちしてんの! 子供か! ていうかあの化け猫夜行性じゃなかったんですの!?
内なる叫びを外に出さなかったのは、心地良さそうに眠る部員達への小春なりの優しさだった。
屋上には片付けそこなったトランプと、部員達が方々に眠っている。
夏風邪対策で、全員通気性の良い寝袋の中だ。
あれだけ夜の強さを主張していた乃良でさえ、今は「ちひろん順番飛ばすなー……」と寝言を口にする程だった。
外に出さない分、小春の鬱憤は累積する。
――はぁ……、なんで私こんな事してんだろ。
「あれ、皆寝た?」
「!」
溜息の後に聞こえた声に、小春の心臓は飛び跳ねる。
振り返ると、校舎の中から出てきた百舌が屋上の扉を閉めていた。
今のうちにと、用を足した帰りだろう。
「えっ、えぇ……、知らないうちに寝てしまいましたわ」
「なんだこいつら、子供かよ」
百舌は部員達の寝顔を拝みながら、小春の傍まで歩いていく。
「起きてんのは板宮だけか」
そう言って、百舌は望遠鏡の前に尻をつけた。
最後の微調整でも行っているのか、黙々と望遠鏡のピントを合わせている。
一切口を開こうとしない百舌に、小春も口を閉ざした。
何を話そうにも、話しかける話題がない。
二人の間の沈黙が、小春には息苦しかった。
こういう時、千尋や乃良なら話題などなくても話しかけるのだろうと、先輩達のコミュニケーション能力を少し羨んだ。
「……どうだ?」
そう話しかけてきたのは百舌だった。
突然の百舌からの言葉に、小春のこんがらがった頭は処理しきれない。
「お前にとって、ここはそういう場所になれてるか?」
その言葉に、小春は全て理解できた。
それは、百舌が髪を切った翌日に口にした言葉だ。
『君にとってもこの場所が、そんな場所になって欲しかったんだ。一緒にいて、楽しいと思える場所に』
自分はオカルト研究部という場所で、初めて誰かといて楽しいと思えた。
だから小春にも、この場所が楽しいと思える場所になって欲しい。
あの時の百舌の言葉を、小春は忘れた事がない。
改めて告げられたその質問に、小春は目を落とした。
「……さぁ、どうでしょう」
自然と小春の口から声が漏れる。
「正直分かりません」
口にした通り、それは小春の正直な回答だった。
「先輩はしつこいくらいにこちらに絡んでくるし、幼馴染は余計な事まで口にする。おまけにこの部活には悪霊が棲みついていて、一向に祓える兆しがない。ハッキリ言って、楽しさよりもストレスを感じる事の方が多いですわ」
つい先程も、ストレスを感じていたところだ。
百舌は小春に目を向けようとせず、ただ望遠鏡を覗いている。
目を向けないのは、小春も同じだった。
「……でも」
小春は少し顔を上げる。
「一日の最後の授業、その終わりがけに、どこか放課後を待っている自分がいるんです。自分でもなんで待っているのかサッパリなんですけど」
最後の授業、板書をする小春の目が、自然と黒板から時計に動く。
放課後が楽しみなのは全生徒の共通なのかもしれないが、小春にとっては初体験だった。
「……これって、そういう場所になってるって事ですかね?」
今度は小春が百舌に尋ねてみる。
視線を向けられた百舌は、尚も望遠鏡を覗いていた。
「……知らねぇよ」
「えっ」
不愛想な返事に、思わず小春の顔が歪む。
「お前が分かってねぇ事、俺が分かる訳ねぇだろ」
確かに百舌の言っている事は納得できた。
しかしここは先輩として、ばっちりベストアンサーを示して欲しかったと、小春は頬を膨らませる。
「……でも、俺もそんな感じだったと思うよ」
続いた百舌の答えに、小春は目を向ける。
「俺だって、一年の時から今みたいに思ってた訳じゃない。色んな事があって、少しずつそう思えるようになってきたんだ」
ふと百舌は望遠鏡から目を離す。
百舌はその透いた目を、こちらを見つめる小春に向けた。
「少しずつ、オカルト研究部での思い出を作っていこう。そしたら、お前なりの答えが見つかるよ」
百舌の瞳は、夜景に負けないぐらい美しかった。
このままでは吸い込まれてしまいそうに感じ、小春は慌てて目を逸らす。
「そっ、そうですわねっ!」
体操座りを組む腕に、きゅっと力が入る。
不可解な行動を取る後輩に少し頭を悩ませながら、百舌はもう一度望遠鏡に手をつけようとした。
その時だ。
「あっ」
百舌は望遠鏡に触れる寸前、そう声を漏らした。
どうしたのだろうと、小春も埋めていた顔をそっと上げる。
夜空には幾つもの流れ星が、大河の様に流れていた。
「わぁ……!」
思わず小春も声が漏れる。
夜空を流れる数多の箒星に、小春の目は完全に奪われた。
百舌も望遠鏡を覗くのも忘れて、裸眼で夜空を舞う絶景に見惚れている。
「綺麗……」
「あぁ……」
どれだけ見上げていても、流星群は尽きそうにない。
ふと小春は、寝袋に包まって熟睡する他の部員達に目を落とした。
「……ほんと、なんでこの人達はこんな絶景を前に寝てんだろ。私だったら、瞼取ってでも起きてますけどね」
百年に一度の絶景を見逃すくらいなら、整形手術する方がマシだ。
そう断言する小春に、百舌は小さく笑った。
「じゃあこれは、俺と板宮、二人の思い出だな」
さりげなく吐かれた百舌の台詞に、小春は目を向ける。
先程まで流星群に目を奪われていたのに、今ではすっかり百舌にご執心だ。
今まで、自分の気持ちに気付かないようにしてきた。
あれだけ酷い言葉を並べ立ててきたのに、目が合っただけで虫が良すぎる話だと。
でも、もう限界だった。
この気持ちを無視できないという事は、自分が一番分かっていた。
小春も、百舌の見上げる夜空をもう一度見上げる。
夜空に瞬く流星群は、何度見返してみても美しい絶景だった。
そんな二人から、少し離れた屋上。
――おっ、起きづれぇ――!
寝袋に包まれた博士は、密かに目を覚ましていた。
実は百舌がトイレから帰ってきたあたりから意識はあったのだが、流石に鈍感な博士にも、今が声をかけていい時じゃないという事は分かっていた。
それからというものの、こちらの起床を気付かれないように、ずっと狸寝入りをしていたのだ。
――くっそ! 俺だって百年に一度の流星群見てぇのに!
眼鏡を外して眠っていた博士の裸眼では、天気の悪い夜空にしか見えない。
二人にこちらを悟られないよう、ひっそりと眼鏡を探す。
眼鏡は傍に置いてあり、すぐに確認できた。
――あった!
博士はすぐに眼鏡をかけ、そこにある筈の絶景に目を向ける。
しかし、それよりも先に見えたのは花子の寝顔だった。
「………」
思わず博士の目が止まる。
花子がこちらに寝返ったのか、それともこちらを見ながら眠りについたのか。
真相は不明だが、花子はこちらに寝顔を向けながら、静かに夢を見ている。
それが博士にとっては、流星群よりも美しく見えた。
博士は静かに微笑むと、花子から目を離して仰向けになる。
夜空にはまだ幾つもの流星が、まるで家に帰るかの様に東に走っていた。
確かに一生モノの絶景だったが、花子と見れたなら、どんな景色になったのだろうと空想する博士だった。
●○●○●○●
時計は回り、午前四時半過ぎ。
「あぁ―――――――!」
段々と白んできた空に、少女の絶叫がこだました。
「知らないうちに寝ちゃってたー! 流星群見逃しちゃったよ! もう最悪ー!」
流星群が過ぎ去った後に目を覚ました、千尋の悲痛な叫びだ。
寝起きに劈く千尋の悲鳴に、部員達の鼓膜は破れそうになる。
「なかなか良い景色だったよな、板宮」
「はい」
「なんで起こしてくれなかったの!?」
淡々と感想を口にする二人に、千尋は叫びの段階をもう一つ上げた。
「だって先輩、とても幸せそうに眠ってましたので」
「私そんな幸せそうに寝てた!?」
そこまで幸福な夢に落ちていたとは、益々眠ってしまった事が悔やまれた。
「くっそー! もうちょっと辛抱できてたら私も流星群見れたのに!」
「いやちひろん十二時にはぐっすりだったじゃん」
「しょうがないでしょ眠かったんだから! 大体アンタは起きてなさいよ! アンタ夜行性でしょ!?」
「しょうがねぇだろ眠かったんだから!」
朝っぱらからよく騒げるものだと、二度寝から目覚めた博士は寝癖を掻き毟る。
もう一眠りできそうな博士に、花子がそっと近寄った。
「ハカセも寝てたの?」
「……まぁな」
「そっか」
嘘を吐いた理由は、寝惚けた頭が下した事なので特にない。
強いて言うならば、二人の思い出にする為、といったところだろうか。
百舌を見つめる小春を見ていたら、そんな気がした。
「もー! 百年に一度の流星群見たかったのにー!」
「まぁまた次見ようぜ!」
「百年に一度って言ってるでしょ! 次はもう私お陀仏してるよ!」
「大丈夫! 百年なんてあっという間だって!」
「アンタと同じ倫理で考えるな!」
いつまでも続きそうな千尋と乃良の会話に、部員達は皆耳を貸そうとしない。
すると、星の消えていった方角を見つめていた賢治が、ふと気付いた。
「皆さん!」
かけられた声に、一同は何事かと振り向く。
色を塗り替えていた東の空からは、眩しい太陽が顔を出していた。
今までの暗い景色が一転、見違えるように明るくなる。
博士達と同様に、街が起き上がってくるようだ。
それは無論、朝の到来だった。
「うわぁ!」
「綺麗」
「素敵ですね」
「眩しっ!」
「夜の景色も良かったけど、朝の景色ってのも捨て難いな」
「そうですね」
「………」
皆、少しずつ天に昇っていく朝日に、すっかり心を洗われていた。
流星群はオカルト研究部の思い出にはならなかったが、この日の出は紛れもなくオカルト研究部の思い出だ。
きっと何歳になっても、この景色を忘れる事はないだろう。
忘れないように、部員達は目に焼き付けていた。
ゆっくりと昇る朝日が、一同の影を伸ばす。
その鮮やかな太陽に見守られ、今年のオカルト研究部の夏合宿も無事幕を下ろした。
夏合宿完結!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
当初描いていたシーンとしては、流星群はオカ研部員の全員で観賞する予定でした。
しかし小春や賢治、百舌の新たな一面を書いていくうちに、自然と今回のような話へと形を変えた事となりました。
その代わり、最後に日の出を部員全員で見る事が出来たので、全体的に良かったかなと思います。
さて、そんなこんなで今回で夏合宿編完結です!
今回の目標としましては、前回と同じく『夏合宿でもいつも通り』。
それに加えて、『前回とは違った夏合宿』という目標が重なり、いつも通りだけど違った夏合宿という複雑な目標となりましたが、作者としてはいつも通り楽しく書けたかなと思います!
夏合宿は終わりましたが、舞台はまだまだ夏休み!
現実でも暑い日々が続いていますが、暑さに負けない熱いマガオカをこれからも書いてまいりますので、次回からもどうぞよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!