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【191不思議】イマという箒星

 空はすっかり日も落ちて、夏の虫達が夜のオーケストラを演奏していた。

 校舎の裏に潜む寄宿舎からは、窓から白熱灯と食欲のそそる夕食の香りが漏れ出てくる。

「今日の晩飯はなにかなー? やっぱ中華かなー!?」

「中華は昨日食っただろ。今日はイタリアンだ」

「いやいや、ここは敢えてのカレーじゃないですか?」

「なにが敢えてなのよ」

 食卓で本日の献立当てに想いを馳せる男子達に、キッチンから小春が堪らず声を吐く。

 最後の仕上げを終えた千尋はペロリと味を確かめると、舌に広がる幸福な味に頬が落ちてきた。

「よぉし! 出来たよー!」

 千尋が出来上がった料理を男子達の待つ食卓に運び、とうとう答え合わせだ。

「はい! 今日の晩御飯はトルコ料理!」

「「「トルコ料理!?」」」

 残念ながら、正解は誰一人いなかった。

「えっ!? トルコ料理ってなに!?」

「知らないの? トルコ料理は中華、フレンチに続いて世界三大料理に数えられるんだよ!」

「そうなの!?」

「今日はウズガラ・キョフテにカルヌヤルク、クスクスにメルジメッキ・チョルバスとトルコの家庭の味でまとめてみました!」

「トルコの家庭の味が分かんねぇよ!」

 次々と運ばれる料理の面々は、どれも見覚えのないものばかりだった。

 それでも気付いた時には、口の中が涎塗れになっていく。

「……まぁでも、千尋が作ったんなら間違いねぇだろ」

 博士はそう言って、垂れそうな涎を啜った。

 テーブルはいつの間にか料理で満たされており、運び終えた女子達も揃って食卓に座る。

「へへっ、それじゃあ!」

 千尋の言葉を合図に、一同手を合わせた。

「「「「「「「いただきます!」」」」」」」

 そう言うと、一同一斉に目の前の料理に手を伸ばした。

 まるで獲物を前にした獣の様な躍動だ。

 乃良はひき肉を詰め込んだ茄子に箸を伸ばし、二分の一をたいらげる程齧りつく。

 一度噛めば、中の肉汁が爆弾の様に弾け出した。

「美味ぇぇぇぇぇぇぇ!」

 この感動に雄叫びを上げずにはいられなかった。

「美味ぇ! やっぱ美味ぇぞちひろん!」

「ほんと? ありがと!」

 口に残りの茄子を詰めながら語る乃良に、千尋も心底嬉しそうな笑顔を見せる。

 博士も感想こそ語らなかったが、その箸が止まる事も無かった。

 他の部員達も皿が空になる勢いで食事を進め、部員達の満足そうな顔を見るだけで千尋も満たされるようだった。

 ふと気になって、乃良はテーブルを見渡す。

「そういや、こはるんも料理手伝ってたんだよな? こはるんはなに作ったんだ?」

「!」

 乃良の何気ない一言に、小春の心臓を跳ねる。

「いやー、えーっと、そのぉ……」

「多分これですね」

 小春に代わって幼馴染の賢治が指差したのは、とある大皿だった。

 真っ赤に染まった血の海に肉塊や葉が浮かんでいる、どこか不気味さを感じる見た目をした一品。

「……なにこれ?」

「それはロールキャベツだね!」

「ロールキャベツ?」

「全然ロールされてないけど」

 千尋が紹介した料理名は食卓で唯一知っているものだったが、その姿と名前は一致しなかった。

「りょっ、料理なんて普段しないんだから仕方ないでしょ!?」

 大分傷心しているのか、そう言う小春の目はどこか滲んでいた。

 そんな小春作のロールキャベツに、一膳の箸が伸びる。

「……美味しい」

 感想が聞こえ、小春は振り向く。

 その感想は、口をもぐもぐと動かしていた百舌が口にした感想だった。

「普通に美味しいよ」

 そう言うと、百舌はもう一度ロールキャベツに箸を伸ばす。

 とても美味しそうには聞こえなかったが、そのたった一言の感想で小春は何もかも救われたような気がした。

「本当だ。美味い」

「味は悪くねぇな」

「ちょっと芸術点が低いですけどね」

「そうだな。ロールキャベツとは言えないな」

「キャベツと肉団子のトマト煮込みだな」

「お黙りなさい!」

 揃ってロールキャベツを味わっていた他の男子達も、口こそ悪いものの評価は上々だった。

 小春の文句を聞き流しながら、博士はもう一人の女子を覗く。

「……花子はなんか作ったのか?」

 視線の先の花子は、初めてのトルコ料理に無我夢中だ。

 代わって千尋が言い難そうに口を開く。

「えーっと、花子ちゃんは……、試食係に専念してもらいました」

「……良い判断だ」

 自分の話題が上がっているとも知らず、花子は茄子のひき肉詰めを咥えてコクリと首を傾げた。


●○●○●○●


「ぷはぁー! 食った食った!」

 心なしか食事前よりも肥大したような腹を打ちながら、乃良は背凭れに全体重を預ける。

 爪楊枝で歯の隙間をくすぐるその姿は、休日の父親の様だ。

 女子達は残す事なく空になった食器をシンクに持ってきて、くるりと水を流す。

 そこに賢治も入ってきた。

「洗い物ぐらい僕やりますよ」

「えっ! いいの!?」

「はい。ご馳走になった訳ですから」

「えー!? もー! なんて良い子なのー!? 賢治君は優しいなー!」

 千尋の大袈裟なリアクションは、何故か食卓で寛ぐ博士達に向けられているようだった。

「……俺達もやるよ」

「えー!? 無理にやらなくていいのにー!」

「白々しいんだよ」

 千尋の言葉の裏は、最早目に見える様だった。

「じゃあ私達は先にお風呂入ろ!」

「えっ、良いですよ。私一人で入るんで」

「何言ってんの! 小春ちゃんのありのままの姿、私に見せてよ!」

「なにか言い方が厭らしいんですけど!」

「行こ」

 そんなガールズトークを咲かせながら、千尋達はキッチンを後にする。

 その直前だった。

「あっ、お前ら」

 珍しい声が聞こえて、女子のみならずその場の全員が振り向いた。

「この後集合な」

 号令を出したのは、本の隙間に人差し指を挟んで読書を中断した百舌だった。

 集合する理由に見当がつかず、博士が首を傾げる。

「集合?」

「バカ! 風呂の覗きに決まってんだろ!」

「最低」

 隠す気も見せない乃良に、小春がゴミでも見るような目を向ける。

 しかし、百舌の言う答えがそれではないという事だけは、博士にも分かっていた。

「いや、全員風呂から上がった後だ」

「私達も?」

 自分を指差しながら、千尋も首を傾げる。

「集合って、どこにですか」

 博士の質問に、百舌は答えない。

 代わりに本に挟んだもう片方の人差し指を、寄宿舎の天井に突き上げた。

 勿論それで伝わる筈もなく、とうとう部員全員がその首を傾げる事となった。


●○●○●○●


 見上げるとそこには、無数の星達が散りばめられていた。

 夏の夜は半袖で十分ではあるものの、時折涼しい風が肌を滑っていく。

 そこは校舎棟の屋上だった。

「うわーっ! 綺麗ー!」

 目の前に広がる夜のパノラマに、千尋は目を奪われていた。

 それは他の部員達も同様である。

「学校の屋上って、こんなに景色良かったんだね!」

「本当ですね!」

「そうね。まるで人がゴミの様ね」

「なんでそんな事言うの!?」

 小春の台詞はどこかで聞き覚えのあるものだった。

「でも、ここって確か立入禁止じゃなかったっけ?」

「大丈夫、楠岡の許可は取った」

「あの人本当に学校の許可取ったんでしょうね」

 一つ返事に許しを得てくれる楠岡に、千尋は疑わずにはいられなかった。

 それでもこの景色の前では、その疑惑も浄化される。

 ただ密かに以前にも来た事のある博士は、景色に現を抜かす訳にもいられなかった。

 ――……あまり良い気はしないな。

 いつ彼が現れるか、冷や冷やして仕方がなかった。

「大丈夫だよ」

 博士の心を見透かしたように、乃良が口を開く。

「あいつはもう、お前らの前には現れねぇよ」

 乃良もまた、この屋上に一度足を踏み入れた事のある人間(猫)だ。

 彼があの口約束を守るのだというのなら、今日ここに姿を現す事はないだろう。

 博士は乃良の言った「お前ら」のもう一人に目を向ける。

 花子はただ、目の前に広がる夜の空の虜になっていた。

「……そっか」

 博士もそう口にして、これまでの心配を一切忘れる事にした。

 ふと夜景を眺めて、聞き逃していた千尋と百舌の会話を耳に入れる。

「今年は肝試しやらないんですか?」

「合宿の項目は毎年三年生が決めるからな。今年は日にちもピッタリだったし、丁度良いだろ」

「あー、そういえば今日でしたっけ」

 思い出した博士に、千尋が首を傾げる。

「今日なんかあるの?」

「お前知らねぇのか? 流星群だよ。スペシウム流星群とかいう百年に一度の流星群が、今日の夜この空に流れるんだとよ」

 流星群のニュースは、今年に入った時からよく流れたものだ。

「あー! そういえばそんな事言ってたね!」

「だから持ち物に寝袋必須だったのか」

「快晴みたいで良かったっすね」

 博士の言う通り、空には一切の雲も見えない見事な快晴だった。

 屋上には百舌に言われて持ってきていた色とりどりの寝袋が人数分並んでおり、これで寝落ちも一安心だ。

 百舌は一人持参していた望遠鏡を調整している。

 望遠鏡に結ばれたラジオは、流星群の情報を報せていた。

「それ、望遠鏡だったんですね」

 合宿の始まった当初から気になっていた百舌の荷物の謎が解け、賢治はどこかすっきりしたようだ。

「百舌先輩、星好きなんですか?」

「いや、そこまで」

「じゃあなんで望遠鏡持ってんだよ」

「そういやもずっち先輩ん家って金持ちだったな……」

 傍から聞いていた博士と乃良は、一度訪れた百舌邸を思い出して静かに納得する。

 一方、静かとは無縁の千尋は、百舌の隣まで迫って質問した。

「流星群っていつ頃見られるんですか?」

「二時ぐらいだったっけな」

「えぇ!? まだ四時間以上あるじゃないですか!」

 全員の入浴が終わり、屋上に向かった時はまだ九時を回った頃だった。

 これから百年の一度の絶景を目の当たりにするには、あと四時間以上ここで待機しなくてはならない。

「二時って結構遅いですね。起きてられるかな」

「俺は余裕だぜ!」

「お前は夜行性だからな」

 男子達がそんな会話を楽しむも、千尋の耳には入ってこない。

「そんなに待てませんよ! ていうか、そんなに先ならもうちょっと中で待ってても良かったんじゃないですか!?」

「だったらお前一人中で待っててもいいぞ」

「一人は嫌ですよ!」

 待ち時間も、孤独には代えられなかった。

 先の長い道のりに落胆する千尋だったが、そこに乃良の声が山なりに飛んでくる。

「まぁまぁちひろん! 案外待ち時間も、皆と遊んでればあっという間に過ぎるもんだぜ?」

 乃良の周りには、既に部員達の輪が出来上がっていた。

 ふと目を凝らすと、乃良の手元には五十数枚のトランプが握られている。

「今ならちひろんがゲーム決めていいぞ」

「ほんと!? じゃああれ! 神経が衰弱するヤツ!」

「神経衰弱って言え! その言い方怖いわ!」

 千尋も小走りで向かい、乃良達の輪と同化してリクエストのトランプゲームに勤しんだ。

 トランプは異様な盛り上がりを見せ、これなら四時間も秒の様に過ぎるだろう。

 百舌は輪から少し離れたところで、ひたすらに望遠鏡を弄っていた。

 ピントをずらしては、何度も澄んだ瞳で望遠鏡を覗き込む。

 その横顔を、小春はずっと眺めていた。

 夜空に浮かぶ星達ではなく、ただ百舌の事をずっと。

 不意に輪から、こちらを呼ぶ声がする。

 百舌は望遠鏡に集中し過ぎて聞こえていないようで、振り返る事なく星を観測している。

 邪魔をするのは悪いかと、小春は百舌に声をかける事なく立ち上がった。

 もう少し百舌の横顔を独り占めしたかったという気持ちを傍に置いて。

見えないものを見ようとしてー♪

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


昨年の夏合宿を書いている時点で、一年目の夏合宿は肝試し、二年目の夏合宿は天体観測をするという事は決めていました。

同じ夏合宿を書いている訳ですが、メインイベントは変えたいと思いましてね。

そんなこんなで満を持しての天体観測でございます。


それと夏合宿編で欠かせない食事シーンですね。

花子、千尋の料理の腕前はご存じの通りでしたが、さて小春はどうしようかと。

花子と同様料理音痴にしようかと思ったのですが、ここは盛り付けは下手くそだけど味はいけるというパターンにしてみました。


合宿編もう一つのお約束である覗きも、今年も書こうと思ったのですが、流石に覗きでまた一話作る程のネタは思いつかず、今回は作戦だけ出るに落ち着きましたww


さて、そんなこんなで夏合宿編もいよいよ終盤!

果たして流星群は見れるのか!?

次回、二度目の夏合宿編最終回です!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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