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【019不思議】春の嵐

 ガラガラと音を立てながら、オカルト研究部部室の扉が横にスライドされる。

「よぅ、バカやってるか」

 扉の方から聞こえてきた声に、部員達は一斉にそちらへ目を向ける。

 そこには黒いジャージ姿の見覚えのある男性が突っ立ていた。

「楠岡!」

「先生付けろって言ってんだろ」

 すぐ隣にいた多々羅に呼ばれた楠岡は、手にしていた書類で多々羅の頭を軽く叩く。

「痛っ! 体罰だ!」

「こんな時にだけ先生扱いってのは都合が良いんじゃねぇか?」

 多々羅の必死の訴えも、楠岡は笑って除け払った。

 そんな光景を前に、西園が楠岡に向かって口を開く。

「楠岡先生、何か用事ですか?」

「ん? あぁそうだ。部長いねぇか?」

 用事を思い出した楠岡はそう言うと、部長である斎藤の姿を探して辺りを見渡す。

 しかしいくら探しても、部室に目立つ銀髪の姿は見当たらなかった。

「斎藤君はまだ来てませんよ。もうすぐ来ると思いますけど」

「あぁ……、そうか」

 楠岡はそう言って考え込むように静かになると、呆れた様に言葉を吐いた。

「……んじゃ、あいつが来るまでここで待つか」

「「「!」」」

 その言葉に反応するように、この部室にいる二、三年生の三人がピクリと体を震わせた。

「あぁ西園。茶ぁ注いでくれ」

「……はーい」

 西園が生返事を返して体を動かすと、楠岡は疲れた様子で椅子に腰を下ろす。

 西園から茶飲みを差し出されると、「どーも」と小さく言葉を漏らし、音を立てながら喉を潤した。

 そんな楠岡を眺めながら、畳スペースで寛いでいた一年生達が声を潜める。

「……あの人って、楠岡先生……だよな?」

「さっき多々羅先輩と西園先輩がそう言ってたでしょ」

「この部活の顧問……なんだよね?」

「にしては全然部室来ねぇけどな」

「ハカセ、あの人誰?」

「今その話してんだろうが。お前本当話聞いてねぇな」

 輪になっている博士達の瞳に映る楠岡は、正真正銘のオカルト研究部の顧問である。

 見た目は二十代前半で、長めの黒髪から見える顔は俗にイケメンと呼ばれる類のものだった。

 しかし、博士達が楠岡に向ける視線は、どこか警戒心が籠っている。

 それもその筈、博士達は部室に来ない楠岡とはあまり接点が無く、廊下ですれ違う事はあっても、こうして同じ部屋にいるのは初対面以来だった。

「世界史の先生なんだっけ?」

「三年D組の担任らしいよ」

「独身だって」

「割とイケメンなのにねー」

「外面だけだろ? 中身はどうなってるか知らねぇぜー」

「大量の借金抱えて、取り立て屋に追われてるらしいよ」

「昔悪の秘密結社に身を置いていて、命狙われてるらしいよ」

「噂飛躍しすぎだろ」

 根も葉も無い噂話に博士が切り込むと、違うところから割って入ってくるように声が聞こえてきた。

「しかも何人もの女子高生を手にかけてきて、ついたあだ名が『セーラー服の殺人鬼』だって」

「「えー!?」」

「アンタどこから入ってきた!?」

 輪になっていた一年生達の間に無理矢理侵入するようにしていた多々羅に、博士は思わず声を上げる。

 博士の大声を耳に入れつつ、乃良は多々羅に問い掛けた。

「楠岡先生ってどんな先生なんすか?」

「ん? ……んー」

 そうして多々羅は黙り込むと、閃いた様にして答えを口に出した。

「……嵐」

「「「嵐?」」」

 博士達はそう声を揃えると、ゆっくりと楠岡の方へと視線を戻す。

 するとそこには、隣に座って読書する百舌に話しかける楠岡の姿があった。

「なぁ百舌、何読んでんだよ」

「………」

「うわっ、お前またこんな陰気臭い本読んでんのかよ」

「………」

「もっとさー、そんな堅苦しい本じゃなくて漫画読めよ、漫画」

「………」

 ――なんか親戚のおじさんみたいになってるー!

 興味の無さそうな相手に鬱陶しく絡んでくるそれは、正しくそれそのものだった。

「なんなら俺の持ってる漫画貸そうか? 面白ぇぞ」

「………」

 ――それでいて百舌先輩は無視貫き通して本読んでる!

 ――あの人スゲェな!

 完全に楠岡をシャットアウトして読書に熱中する百舌に、博士達は感心すらしていた。

 楠岡はというと、相手にしない百舌に飽きたのか、標的を百舌から西園にへと変える。

「西園、最近部活どうだ?」

「いつもと変わらず、楽しくやってますよ」

 西園はそう言葉を返して、減っていた楠岡の茶飲みにお茶を注ぐ。

「おー、そうか」

 楠岡は茶飲みに注がれた熱いお茶を啜りながら、そう言葉を垂れ零した。

「今は新人さんもいますからね」

 西園はそう言うと、目線を一年生達のいる畳スペースへと向けた。

 その視線誘導につられて、楠岡も一年生達を視界に捕える。

「あぁそうか、一年か」

「「「!」」」

 楠岡の標的が西園から一年生に見事にすり替わってるのに気付いて、一年生達は西園にへと視線を向ける。

 ――あの人ぉ……!

 西園はその視線に気付くも、こちらに微笑んでくるだけである。

「よぅ、その……、悪ぃ、まだ書類に目ぇ通しただけで名前が憶えられてねぇんだ」

「加藤乃良っす」

「石神千尋です」

「……箒屋博士です」

 渋々といった様子で名乗った博士に、楠岡は首を傾げる。

「ヒロシ? ……あぁ、あれヒロシって読むのか。てっきりハカセかと」

「ヒロシです」

「ハカセ、それちょっと意味変わってくるよ?」

 無自覚にそう言った博士に乃良はそう指摘するも、博士はよく解っておらず疑問を浮かばせた。

「えぇっと、あとは……」

 楠岡はそう言って花子の方を見つめる。

「……花子、名前」

 博士のかけた言葉にぼーっとしていた花子はようやく今の状況を理解したようで、ゆっくりと口を開いていく。

「……花子です」

「……苗字も」

「……何だっけ」

「零野」

「零野花子です」

 あまりにも不自然な自己紹介にも楠岡は触れる様子は無く、一年生の名前を口ずさみながら指差し点検を始めた。

「加藤、石神、箒屋に零野だな……。解った」

 楠岡はそう確認すると、博士達に向かって話しかけてきた。

「どうだ、部活にはもう慣れたか?」

「いやまぁ、慣れないっていうか、慣れる気がしないっていうか……」

 博士の正直な回答に、楠岡は首を傾げて追及する。

「あれ? 楽しくない?」

「めっっっっちゃ楽しいです!」

 そう大声を上げて返事をしたのは、紛れもない千尋だった。

「いやーやっぱり最高ですよこの部活! この学校で生活するだけでも幸せだったていうのに、まさか七不思議と一緒に青春を送れるだなんて! 幸せなことこの上無しですよ!」

「そうか、それなら良かった」

 楠岡はどこか安心したようにそう言うと、ズルズルとお茶を啜って語り出した。

「俺はたまにしか来ねぇが、この部活に来るヤツは皆バカみたいに今を楽しんでやがる。俺はガキ共にはそういう場所が必要だって思うんだよ。だからお前らも、この場所を楽しんでくれているなら、それで何よりだ」

 楠岡のその言葉を一年生達は聞き入り、楠岡の確かな教師の一面に感動すらしていた。

 当の本人はどこか恥ずかしそうに頭を掻き毟っている。

「なぁんて、柄にもなく教師らしい事言っちまったな。……ん? 七不思議?」

 すると楠岡はさっきの千尋の言葉にようやく違和感を覚え、思わず口に出してしまった。

「? はい、花子ちゃんとか多々羅先ぱ」

「ゴホッゴホッ」

 千尋が話している最中に、多々羅がわざとらしく咳払いをし、千尋の台詞は中断してしまう。

 中断された話題を千尋が言おうとするも、その前に楠岡が声を出した。

「何それ?」

「え?」

 一瞬、楠岡の言っている意味が理解できず、部室に沈黙が流れる。

 そんな中、博士が恐る恐ると口を開く。

「七不思議って、この学校にあるらしい有名な怪談の事で」

「いやだから、そんなの知らねぇよ」

「「「!?」」」

 予想外の楠岡の返答に、博士は多々羅に向かって声を潜めて、しかしすごい剣幕で言葉を投げかける。

「おい! どういう事だよ! 何で顧問が七不思議の事知らねぇんだよ!」

「七不思議の事は機密事項だって言ったろ! 知ってんのはこの部活に所属していた生徒だけだ!」

「つーかそもそも俺オカルトとかそういうの信じないし」

「「「はぁ!?」」」

 またもや飛び出した楠岡の爆弾発言に、いよいよ一年生達は楠岡の元へと駆け寄っていき、質問攻めを繰り出した。

「じゃあ何でこの部活の顧問やってるんですか!?」

「色々あってな。成り行きだよ、成り行き」

「って事は先生もオカルト嫌いなんですか!?」

「いや、嫌いと信じないは違うだろ」

「先生! 何人もの女子高生を手にかけて、ついたあだ名が『セーラー服の殺人鬼』って本当ですか!?」

「は? 何それ」

「本当な訳ねぇだろ!」

 突如開催された楠岡への質問コーナーに部室が盛り上がってくると、それに水を差すように扉が開かれた。

 楠岡が待ちかねていた斎藤である。

「どうもー。……あれ、楠岡先生? 何でいるんですか?」

「おっ来たか。ちょっとお前に用があってな」

 斎藤に気が付くと、楠岡は目の前に迫ってきている博士達を華麗に無視し、斎藤の元へと歩いていく。

「僕にですか?」

「そう、部長のお前に」

「……あぁ、これですか」

 楠岡から手渡された書類に斎藤は納得すると、楠岡に連れられ、入って早々に部室から出ていってしまった。

 楠岡はくるりと振り返って、ぶっきらぼうに声を投げかける。

「んじゃお前ら、楽しくバカやれよ」

「それじゃ、ちょっと行ってくるね」

 バタンと扉が閉まり、さっきまであんなに騒がしかった部室が嘘みたいに静まり返った。

 一同は異常に疲労しており、楠岡の出ていった扉をじっと眺めている。

 そんな中で沈黙を破ったのは、博士だった。

「……なんか、嵐みたいな人でしたね」

「な? 俺の言った意味解っただろ?」

「根は良い先生なんだけどね」

 散々に掻き回し、いなくなったら急に静かになるそれは正しく嵐だった。

 博士達は突然として現れた嵐への警戒心は無くなったものの、どことなく満腹状態になった気がしていた。

待望のハリケーン先生、暴れまわりました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は初登場三話にも関わらず、今まで放置されていた楠岡先生の紹介回でした。

今までほったらかしにしといてごめん。

部活モノをする時点で顧問役は必須で、でも生徒中心にしたかったのでどうしようかと考えた結果、普段部室に来ないけど来たら掻き乱す迷惑な顧問になりましたww

先生としては非常に良い先生なので……、なんだかんだで生徒達は皆慕ってます。

顧問がいるからにはちゃんと楠岡先生にも見せ場を作りたいので、楠岡先生の今後の活躍にご期待下さい!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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