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【188不思議】プールの美女

 深夜を迎えたオカルト研究部の夏合宿。

 月明かりだけが照らすプールサイドに、部員達は集まっていた。

 プールサイドには人影がもう一つ。

 陸に打ち上がったその異形な影は、今際の際の様な息遣いで、なんとか落ち着きを取り戻していた。

 沈黙の立ち込める中、千尋が太陽の様に明るい声を発した。

「という事で! 改めまして、こちらが逢魔ヶ刻高校の七不思議、プールの人魚ことローラさんです!」

「あぁ、よろしくごふぁっ!」

「ローラさん!?」

 千尋の紹介に手を挙げたローラだったが、同時に口から水が飛び出す。

「わっ、悪い……、ちょっと水が……、変なとこ、入って……」

「大丈夫ですか!?」

 余命僅かの様なローラに、千尋は何か出来る事はないかと混乱状態だ。

 生死を彷徨う非常事態の筈なのだが、プールサイドは千尋以外誰一人その場を動こうとしない。

 顔見知りである博士達は勿論、今日が初顔合わせの一年生二人は、今がどういう状況なのか理解できていないようだ。

 辛抱できず、小春がそっと隣の博士に疑問を投げる。

「……この人、本当に人魚なんですの?」

「まぁそうなるよな」

 一年前、全く同じ疑問を抱いた事を博士は思い出す。

「残念ながら、この人は間違いなく人魚だよ」

「残念ってなんだおい」

「そんな事は、ちゃんと見てみれば分かるんじゃねぇか?」

 博士に言われた通り、小春は目の前の人魚に目を凝らす。

 プールサイドに横たわる彼女の下半身は鮮やかな鱗で覆われており、とても履物を履いているようには見えない。

 博士を睨むその顔も、噂通り美麗だ。

「……まぁ、確かに」

 小春も納得するしかなかった。

「ただこの人はカナヅチなだけだ」

「なんで人魚なのにカナヅチなんですか」

 博士の補足に、小春は意味が分からないと顔を顰める。

「おい、カナヅチな人魚がいちゃ悪いのか?」

 それに抗議してきたのは、落ち着きを取り戻したローラだ。

「いやだって、人魚って全員泳げるものじゃありませんの?」

「それはお前らの偏見だろ。お前ら人間だって走るのが苦手な奴くらいいるだろ? それと一緒だ」

「貴女の場合それ致命傷でしょ」

 小春にそう論破されても、ローラは気にしていないように腕を組む。

 話の腰を折るように、今度は賢治が身を前に出した。

「初めまして! 春からオカルト研究部に入部しました、一年の武田賢治です!」

「おぉ、よろしく」

 賢治の爽やかな挨拶に、ローラも上機嫌に声を交わす。

 すると二人は、くるりと小春に振り返った。

 突然の注目に、小春は身を固める。

 考えてみれば、挨拶の前に相手にズカズカと疑いの目を向けるなど、失礼極まりない所業だった。

「……同じく一年の板宮小春です」

「おぉ、よろしくな」

 素直に一瞥した小春に、ローラは口元を緩ませた。

「そして私が石神千尋です!」

「お前は知ってる」

 我慢できなくなったのか、急に名乗りを上げた千尋を、ローラが冷静に処理する。

「だってぇ! ローラさんと会うのなんか久し振りだったから!」

「まぁ確かに、しばらく会う事も無かったからな。見ないうちに、お前ら随分変わったもん」

 部員達に目を配っていた、その時だった。

 ローラの視界に、見覚えのあるようなないような顔が映る。

「……お前、百舌か!?」

「………」

 名前を呼ばれた百舌は、返答する事無く無言でひらりとページを捲った。

 しかし、その長身と趣味の読書が、ローラを確信させる。

「おい百舌! お前髪切ったのか! 全く、良い男になりやがって! 私はずっと気付いてたぞ! あの長ったらしい前髪の奥に、色男が隠れてるって事をな!」

「なんかこのやり取り久し振りだな」

 百舌のイメージチェンジを知らなかったのを見ると、ローラと会ってなかった歳月を思い知らされる。

 ローラは無反応で本を読み続ける百舌の肩を捕まえて、尋問に入った。

「おい、なんで急に切ったんだよ。もしかして、惚れた女でも出来たか?」

「!」

 無反応の百舌に代わって、小春の肩が敏感に反応する。

「本なんて読んでないで話してくれよー。あっ、この本私も読んだぞ」

「アンタ本なんて読んだらビチョビチョになんだろ」

「電子書籍で」

「文明の利器」

 博士が離れた場所からツッコミを入れるも、当の本人の百舌は一切見ようとしない。

 顔が擦れるまでローラが迫っているにも関わらず、驚異の集中力だ。

「おい百舌」

 百舌は応答しない。

「おいって」

 肩を揺すっても、百舌は振り向かない。

「おーいー」

 仕舞いには百舌はまたページを捲ってしまい、ローラの質問を返そうとする素振りは欠片も見られなかった。

「………」

 ローラは質問をやめると、百舌の胸倉を掴む。

 そしてそのまま、読書を続ける百舌をプールサイドの金網に投げつけた。

「おらぁ!」

「「えぇ!?」」

 突如視線を攫った衝撃映像に、一年二人は目を疑った。

 衝突した金網は衝撃に耐えられずひしゃげており、百舌は再起不能の状態でプールサイドに突っ伏している。

「テメェ、私を無視しようとは良い度胸じゃねぇか。ちょっとカッコ良くなったからって調子乗ってんじゃねぇぞおらぁ!」

 眉間に皺の寄るローラは、茨城の不良そのものだ。

 このままでは百舌の命が危ないと、博士達が仲裁に入る。

「ちょっ、ちょっとローラさん!」

「落ち着いて!」

「テメェの本プールに沈めんぞ!」

「そっ、それはやめたげて! あれ、あの人の命みたいなもんだから!」

「テメェは黙ってろ!」

「ひぃ!」

 目が合うだけで恐ろしいローラの眼光が、今度は博士に降りかかる。

「つーかよ、久し振りなんて言ったけど、本当に私の出番久し振り過ぎなんじゃねぇのか? あぁ? 私メインの回何話振りだよ!? もっと出番あっただろうがおらぁ!」

「んな事俺に言われても……」

「捌くぞこの野郎!」

 堪りに堪った怒りをぶつけられた博士は、為す術もなくローラの怒りの捌け口と化している。

 一方、安全な場所から眺めていた乃良は、一年達に悠長に説明していた。

「このように、ローラは怒らせると手がつかないから気をつけるように」

「……はい」

 友人の犠牲を省みない乃良に、小春は呆れながらも頷いた。

「まっ、まぁまぁ! ローラさん落ち着いて!」

 怒りに荒れまくっていたローラを、なんとか千尋が宥めすかす。

「……あぁ、そうだな。すまない。取り乱した」

「死ぬかと思った……」

 久々に死の恐怖に直面した博士を、花子が優しく擦る。

 ローラの怒りをもろに食らった百舌は、乃良が介抱していた。

「あのぅ……」

 事態の収束に努めていたプールサイドに唐突にそんな声がして、一同は振り向く。

「一つ質問なんですけど、良いですか?」

 そう手を挙げていたのは賢治だ。

 生まれて初めて人魚という生物を前にすれば、質問の一つや二つあって当然だろう。

「あぁうん、良いですよね?」

「勿論構わないが」

 千尋がローラに確認すると、ローラは快く受け入れてくれた。

 そんな寛容なローラに、賢治は朗らかな笑みを浮かべる。

「じゃあ、ローラさんはお手洗いの時どうしてるんですか?」

「ちょっと何訊いてんの!?」

 賢治の迷いない質問に、声を荒げたのは千尋だった。

「えぇぇぇ!? 訊きたい事ってそれ!? この状況でよくそんな事訊けたね!? もっと他に訊きたい事ないの!?」

「だって気になるじゃないですか。人魚って下半身がお魚だから、和式でも洋式でも用を足せない訳だし、どうしてるんだろうって子供の時から疑問に思ってたんです」

「他にも気になるとこあるでしょ! なんでよりによってそこなの!?」

 幼少期の疑問点とは、どうにも不思議なものだ。

「どうなんですか? 教えてください!」

「ダメだよ! ローラさんは女の人だよ!? そんな事教える訳ないでしょ!」

「別に私は構わないが」

「ダメですよローラさん!」

 当人は答えても問題ないようだったが、千尋の徹底した防御壁がローラへの質問を許さなかった。

 長年の疑問が解けず、賢治はどこか肩を丸めている。

 落ち込んでいるのは賢治だけではなかった。

「なんだ、教えてくれねぇのか」

「アンタ何しようとしてたの!? もしメモなんてしようとしてたら私殴るからね!?」

 右手にペン、左手にメモ帳を携えていた博士に、千尋は今までにない程の憤りを見せる。

 このままでは千尋が爆発しそうなので、博士は速やかにペンとメモ帳を片付けた。

 一方のローラは、もう一人の初対面の相手に目を向ける。

「お前は何かないのか?」

「えっ?」

 突然声をかけられ、小春は顔を上げる。

「私に答えられるものならなんでも答えるぞ。まぁ、そこの石神が答えさせてくれるかどうかは別だけど」

 ローラが目を向けた千尋は、まだ興奮冷めやらないように鼻息を荒くしている。

 滅多にない人魚への質問コーナーに、小春も頭を働かせた。

「……じゃあ」

 率直に浮かんだ質問を、小春は淡々と吐いた。

「貴女は幽霊じゃありませんか?」

「……ん?」

 質問の意図が分からず、ローラは首を傾げる。

「それはどういう意味だ?」

「いや、もし幽霊でしたら私の対応も変わっていきますので……」

「?」

 意味を訊き返しても、さっぱり答えが見えてこない。

 頭上に大量に疑問符を踊らせるローラに、博士が助け舟を出した。

「あーこいつ、なんか有名な霊媒師の家系らしいんすよ。んで、この学校の幽霊を全部追い祓うだとかどうだとか」

 博士の説明を聞いても、ローラの疑問は尽きなかった。

「霊媒師なら私が幽霊じゃない事くらい分かるんじゃないか?」

「それがこいつ、霊媒師の癖に霊感無いんすよ」

「!?」

 さらりと吐かれた衝撃発言に、ローラの疑問は爆散する。

「ちょっと! バカな事言わないでください! 霊感ぐらいありますわ!」

「なに強がってんだ。無いものは無いで良いだろ」

「あるって言ってるでしょ!」

 頑なに認めようとしない小春に、博士は呆れながら適当にあしらう。

 博士の説明を聞いたローラは、やっと納得に成功したようだ。

 その証拠に、ローラはプッと息を漏らす。

「霊感の無い霊媒師なんていんのかよ」

「泳げない人魚に言われたくありませんわ!」

 鼻で嘲ってきたローラに、小春が頭に血を昇らせて指を差す。

 対するローラも、小春の暴言に何かが千切れたようだ。

「あ? お前それはどういう意味だ?」

「どうもこうもありません! 貴女みたいな中途半端な生物に笑われる筋合いなどないって言ってるんですよ!」

「んだとおらぁ! もっぺん言ってみろ!」

「何度だって言って差し上げますわ! この半人半魚!」

「んな事言ってなかっただろうが! おいお前ら! 刺身包丁持ってこい! 今ここでこいつの解体ショー開催してやる!」

「やれるもんならやってみなさい! 私だって今からここで貴女に泡沫の呪いをかけてみせますわ!」

 暴言を重ねるにつれてヒートアップする二人に、部員達はすかさず仲裁に入る。

 二人は大乱闘の一歩手前まで来ており、仲裁にもなかなかに手を焼いた。

 なんとか抑え込んだ一同だったが、その時はローラと小春も含めて全員が体力を消耗し切っていた。

 その後、寄宿舎に帰った一同は、皆転がるように眠ったという。

 幽霊ではなかったローラだったが、小春の味方となったかどうかは判断しかねるところだった。

ローラ、久々再登場。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


前回から始まった夏合宿、今回は一年生とローラの初対面を書きました!

作中でも言っていますが、ローラ本当に久々ですねー。

メインの回だとどれぐらい前なんだろうと遡ってみると、なんと一年以上経っていました!

そら久々だわww


実は夏合宿の前にローラのメイン回を書こうかと思ってた時もありました。

一年生との初顔合わせは夏合宿ですが、それまでローラはどうしてるのか?みたいなのを二年生中心に書こうと。

しかし先に登場させると、夏合宿でのインパクトが薄れるかなーとお蔵入りにしていました。

でもハカセ編の最後に七不思議全員集合したんで、結局登場してましたね。

で、ローラ回がお蔵入りになった代案の回が、実はヴェン回という……。

これヴェンが知ったら恐怖のあまり失神してしまいそうなので、ここだけの秘密という事でww


更にぶっちゃけると、今回もローラと一年生の初絡みはカットしようと思ってたんですが、それは流石にローラが可哀想なので、こうして丁寧に書き上げたのでした。

結果的に面白い話が書けたと思うので、良かったかなと思います!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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