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【187不思議】男女七人夏合宿

 太陽の照り返る朝。

『百年に一度と言われるスペシウム流星群が見られるのも、いよいよ明日にまで迫ってまいりました。スペシウム流星群は翌々日の午前二時、関東上空を通過すると思われ、百年に一度の流星群を見ようと、地方からはたくさんの観光客が』

 高校生が先日から夏休みに入ったにも関わらず、テレビの中のアナウンサーは休みなど知らないというように変わりなく番組を放送している。

 そんなテレビの前の理子は、眠気眼のままいつもより遅めの朝食を取っていた。

 ホットなニュースも耳を抜け、ひたすらに納豆を掻き混ぜている。

 すると、階段から下りてくる足音が聞こえてきた。

 夏休みなのに何故か制服に袖を通した、兄の博士だ。

 手元には何やら大きなキャリーバッグが用意されている。

「それじゃあ行ってくる」

「楽しんできてね」

「理子も元気にな」

「うーん」

 兄からの挨拶も適当に、理子は納豆を混ぜながら返事する。

 博士はそのまま玄関を開け、家を出て行ってしまった。

「……ん?」

 そこでようやく、理子は違和感に気付いた。

「お兄ちゃんどこに行ったの?」

 理子の惚けた質問に、母親の麻理香は呆れて溜息を吐く。

「もう、昨日言ったでしょ?」

「?」

 そう言われても、寝惚けた頭では何も思い出せない。

 しかし麻理香は確かに言っていた。

 今日から博士は、逢魔ヶ刻高校のオカルト研究部にて――。


●○●○●○●


「お待たせぇ――!」

 待ち合わせ場所である逢魔ヶ刻高校の正門前。

 遠くから聞こえてきた聞き馴染みのある声に、乃良は顰めた顔を振り向かせた。

「遅いぞちひろん!」

 千尋はキャリーバッグを引きずりながら、集合するオカ研部員達のもとへと駆け寄る。

 合流した時には、千尋の息は切れていた。

「いやぁごめんごめん、ちょっと時間かかっちゃって」

「ったく、何やってたんだよ」

「ポニーテールのゴム、紺色にしようか藍色にしようか迷っちゃって」

「どっちでも良いわ!」

 遅刻の理由は、なんともちんけなものだった。

「それで、結局どっちにしたんですか?」

「ん? コバルトブルー」

「分かんねぇよ!」

 時間を過ぎてまで悩んだというコバルトブルーのゴムが、眩い太陽に反射する。

 千尋の笑顔は、どうも深く反省しているようには見えなかった。

 傍では賢治が「これなんですか?」と百舌に質問している。

 明らかに目を惹く縦に長い荷物を肩に提げる百舌だったが、その質問に回答する事無く本を読み解いていた。

 千尋はざっと周りに目を配る。

「それじゃ、あとはハカセだけだね!」

「俺ならいるぞ」

「えっ!?」

 声が返ってきて、千尋は思わず振り返った。

 そこには確かに、仏頂面に眼鏡をかけた博士の姿があった。

「なんでハカセいんの!?」

「なんでって、今日十時にここで待ち合わせだったからだろ」

「ハカセ普通に時間通りに来たぜ」

「まさかハカセが約束の時間に来るなんて!」

「お前俺をなんだと思ってんだ」

 完全にいないものだと思っていた博士に、千尋の向ける視線はまるで死人が蘇ったのを見つめるようだった。

「うわぁん! じゃあ私がハカセよりも遅れてきたって事!? そんなの嘘だ! 一生の屈辱だよ!」

「潰すぞ」

 好き勝手言ってくれる千尋に、博士は朝から血圧が上がる。

 随分と話が脱線しているのを思い出して、乃良が仕切り直しに咳払いした。

「それじゃあまぁ、全員揃った事だし」

 声を合図に一同顔を上げる。

 乃良は目一杯空気を吸い込むと、これから始まる二泊三日の開幕宣言を声高らかに謳った。

「行くぞ! 夏合宿!」

「「おー!」」


●○●○●○●


「……と、盛り上がってるとこ悪ぃんだが」

 逢魔ヶ刻高校、校舎裏の寄宿舎。

「今年の春にサッカー部共が色々やらかしてなぁ。ちと寄宿舎の扱いが厳しくなったんだ。夜は遅くても十一時には消灯。キッチンスペースでも、ちょっとでもゴミが残ってるようじゃ、その部は今後一切寄宿舎を使えなくなっちまうようだから、くれぐれもバカし過ぎないように」

 その入り口で待ち構えていた楠岡が、ドスの効いた低音でそう忠告した。

 先程まで有頂天だったテンションが、まるでジェットコースターの様に急降下している。

 部員達の纏う空気は、とてもこれから夏合宿を楽しむ者達のものではない。

 意気消沈する部員達に、楠岡がもう一度口を開く。

「とは言っても俺も一緒に泊まるし、なんかあってもそうバレやしないから、お前らはいつも通り五月蠅くバカやってろ」

「じゃあなんで脅しみたいに言ったんだよ!」

 楠岡の暢気な発言に、乃良が声を荒げる。

「なんでって、大事な連絡事項だろ」

「結局いつもと変わんねぇなら言わなくても良いじゃねぇか! 折角ウッキウキだったのにテンションだだ下がりだよ! どうしてくれんだよ!」

「んなもん知るか」

 乃良の悲痛な叫びにも、楠岡は素っ気無かった。

「じゃあ荷物は自分達で適当に運んどけ。後はお前達に任せるよ」

 楠岡の言葉通り、博士達は持ってきた荷物を寄宿舎の中に適当に放る。

 荷物を手放し身軽になった千尋を止める事など、最早誰にも出来なかった。

「よーし! いよいよ夏合宿の始まりだよ! 花子ちゃん! なにからしよっか!?」

「?」

「いやお前らは」

 しかし、千尋と花子の肩に手が乗る。

 千尋が恐る恐る振り返ってみると、そこには鬼の形相をした楠岡がこちらを見つめて離さなかった。

 顔を正面に戻した千尋の血行は、どうも良さそうに見えない。

 瞬間、千尋と花子の襟元は楠岡によって掴まれ、そのまま教室へと連行された。

「うわーん! 助けてー! 補習受けたくないよー!」

「またねハカセー」

 哀れにも泣き喚く千尋とは対照的に、花子は気楽に博士へ手を振っている。

「……なんか既視感あるな」

 昨年も同じような景色を見た事があるような気がしながら、博士は引きずられる二人を見送った。

 完全に見えなくなった二人に、博士は深く溜息を吐く。

「……それじゃあまぁ」

「始めますか!」

 博士と乃良は目を合わせると、それだけで意志を疎通する。

 傍から眺めていた夏合宿初参加者である小春と賢治は、内容が汲み取れず二人して首を傾げる。

「「?」」

 その答えが分かったのは、今から十分後の事だった。


●○●○●○●


「キャァァァァァァァァァァァ!」

 突然耳を劈く断末魔が、オカルト研究部の部室から轟いてきた。

 声の主は紛れもなく小春である。

 小春の手にはハンドルを模したリモコンが握られており、目の前のブラウン管には四区画に分けられたレースゲームの映像が映し出されていた。

「もう! さっきからなんなんですのこのコース!? 落ちてばっかりじゃない! これじゃあちっとも進めないじゃないですの!」

「いや単純にこはるんの操作が下手なだけだろ」

「五月蠅いですわ!」

 華麗に挑発してくる乃良に、小春は堪らず声を荒げた。

 一方の賢治は安全運転を進めながら、穏やかに世間話を広げる。

「しかしこんな懐かしいゲームあったんですね。時代は今やSwitchですよ」

「Switch!? なに言ってんだ! いつの時代もゲームと言ったらマリカだろ!」

「Switchにもマリカありますよ」

 乃良の見当違いな回答に、賢治は冷静に対処した。

「いやっ! ちょっと! 待っ、待って!」

 小春は一人声を吐き散らしながら、必死でハンドルを操作する。

 しかし空しくも、小春の操作する可愛らしいキノコのキャラクターは再び奈落に落ちてしまった。

「キャァァァァァァァァァァァ!」

「五月蠅ぇなさっきからお前!」

 レース開始から何度もサイレンの様な断末魔を隣で聞いていた乃良の猫耳は、もう限界を迎えていた。

「黙ってゲームできねぇのかよ!」

「勝手に出ちゃうんだから仕方無いでしょ!?」

「春ちゃん、ゲームする時体ごと動いちゃうタイプの人だもんね」

 子供の頃、小春と一緒に遊んでいたゲームを、賢治は思い出していく。

「小学生の時、春ちゃんゲームに夢中になりすぎて、気付いたら隣の部屋まで行ってたぐらいですから」

「流石に動き過ぎじゃねぇか!?」

「余計な事言わないでよ!」

 躊躇なく告白された恥ずかしいエピソードに、また小春の操作が乱れる。

 一方乃良は、黙々と赤帽子のキャラクターを操作するもう一人のプレイヤーに目を付けていた。

「んでお前は黙ってやり過ぎだろ!」

「五月蠅ぇな。こっちは集中してやってんだよ」

 博士の画面に向ける視線は、まさに真剣そのものだ。

 慎重にハンドルを動かしながら、博士はアイテムの入ったブロックに衝突する。

「よし」

 何のアイテムが来るのか、期待に胸を膨らませる。

 しかしそのアイテムが判明する事は無かった。

「は?」

 後ろから加速してぶつかってきたキノコのキャラクターに、奈落へと突き落とされたからだ。

「はぁぁぁ!?」

 堪らず博士は悲鳴を上げる。

「おい板宮! お前なんて事してくれてんだ! 折角調子良かったのにお前のせいで最下位じゃねぇか!」

「ちょっと話しかけないでくだっ!」

 小春の声も途中に、小春の分身はまた奈落へと身を任せてしまった。

「ほらぁ! 先輩のせいで私まで落ちたじゃないですか!」

「お前は俺関係なくさっきから落ちてたじゃねぇか!」

「なんです!? 私このゲームやるの小学生以来なんですから仕方ないでしょ!?」

「俺は去年以来二回目だよ!」

 レースもそっちのけで、博士と小春は言い争いを始めてしまった。

 醜い下位争いに、乃良は溜息を吐く。

「ったく、これだから初心者共は。この勝負は俺の独走で決まりかな?」

「あっ、ゴール」

「「「はぁ!?」」」

 ポロリと零れたようなその声に、乃良だけでなく博士と小春も一斉に口を歪ませた。

 画面では、確かに賢治の操る恐竜のキャラクターが、勝利の凱旋を行っている。

「ちょっと待て! けんけんいつの間にそんなとこいた!?」

「お前普通に喋ったりしてたよな!?」

「えへへへへ」

「えへへじゃないわよ気持ち悪い!」

 どうも賢治は喧嘩だけでなくゲームも強いらしい。

 未だ信じられないというガヤを余所に、賢治は振り返って百舌にハンドルを渡す。

「次、百舌先輩やります?」

「いや、今ちょっと良いとこだからまだやってていいぞ」

「そうですか」

 賢治はそう微笑むと、ハンドルを持ったまま画面に向き直った。

「くっそぉ! けんけん覚えとけよ!」

「ここから立て直すぞ!」

「ちょっ、ちょっと待っ! あっ! キャァァァァァァァァァァァ!」

 画面の中は勝者が決まって尚、波乱の盛り上がりを見せている。

 いくら見ていても飽きないデッドヒートに、賢治は釘付けになっていた。


●○●○●○●


「たっだいまー!」

 日も沈んだ夏合宿初日。

 補習を片付けた千尋と花子が、元気よく部室の扉を開けた。

「おかえりー!」

「あっ、やっぱりマリカやってる! いいなー! 私もやりたかったなー!」

「お前が赤点取ったのが悪いんだろ」

 畳スペースに腰を据えたブラウン管の画面に、千尋は赤点を取って補習を受講している自分を恨むばかりである。

「石神先輩もやりますか?」

 賢治は千尋に、そっとハンドルを差し出す。

「んー……、いいや!」

「えっ?」

 しかし返ってきたのは、予想外の拒否だった。

 疑問の残る賢治に、千尋はニヤッと口角を吊り上げる。

「だって今から――」


●○●○●○●


「ごべっぶがばっばがっべごぶばべっだっだれっだずけっ」

 真夜中のプール。

 夏の月夜に照らされたのは、水の満たされたプールで藻掻いている一人の女性だった。

「乃良! 浮き輪!」

「あいよ!」

 千尋の号令に、乃良は慣れた手つきで彼女に浮き輪を投げる。

 水中の彼女は、飛んできた浮き輪に必死で捕まっていた。

 そんな光景に一年生達は言葉を失う。

 賢治は驚きのまま口をあんぐりと開け、小春は薄らと目を細めていた。

 何から手を付けていいのか分からなかったが、一先ず小春が、

「……なにこれ?」

 と、この怪奇現象に言葉を吐いた。

夏合宿開始!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回より、夏休み恒例夏合宿編の開幕でございます!

今回は夏合宿の導入回になりますね。

夏合宿自体は昨年にも書いた事なので、今回はテンポを重視してサクサクと書いてみました。


実は今回のサブタイトル、昨年の夏合宿編に思い付いたものなのです。

当時に使おうとも思ったのですが、昨年はオカ研に八人いたのでお蔵に。

でも来年のオカ研は七人の予定だったので、来年の夏合宿編で使おうと、昨年の夏合宿編からひっそりと温めていました。


さて、何はともあれ始まった夏合宿!

昨年とは違った夏合宿をお届けできるよう、次回からも精進してまいります!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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