表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/243

【186不思議】また夏が始まる

 随分と皮膚に感じる熱気が暑くなったと思えば、もう七月も中旬になっていた。

 窓を全開にして防暑対策を取るオカルト研究部部室では、屋外の熱気も物ともしない部員達が高揚に体を震わせている。

「来週からぁ……」

 千尋は限界まで高揚を内に留めると、それを解き放つように万歳した。

「夏休みだー!」

「だー!」

 決まりの合図に合わせ、乃良も共に両手を掲げた。

 千尋の興奮がこれしきで収まる筈もなく、来週からの長期休暇に今から息が荒くなる。

「ほんと待ちに待ってたよ! もう私去年の夏休みからずっと待ってたもん!」

「お前の一年って夏休み中心に回ってんのか?」

 昨年も似たような事を聞いた気のする博士は、参考書の片手間呆れ顔を向ける。

 当然、千尋がその顔に振り向く筈もない。

「どうする!? やっぱ海行く!?」

「海は去年行っただろ!? 今年はやっぱ山だろ!」

「嫌だよ山なんて! あんなの虫がいるだけでしょ!? 夏って言ったら海でしょ!」

「夏って言ったら山だろ!」

「海!」

「山!」

「よし! じゃあここは間をとって岬にしよう!」

「どこがだよ! 思いっきり海じゃねぇか!」

 夏休み満喫計画は加熱するも、なかなか予定表は埋まらない。

 しかし計画を立てる以前に、既に予定表に埋まっているものがあった。

「まぁでも、その前にあれだよね!」

「だな!」

 口を揃える千尋と乃良に、賢治が首を傾げる。

「あれってなんですか?」

 その質問を待っていたと言わんばかりに、千尋の眼光が鋭く光った。

「それはね……」

「夏合宿だ!」

 千尋が口を開こうとしたその矢先、乃良の口からその言葉が勢いよく飛び出した。

「夏合宿?」

「ちょっと乃良! なんでアンタが言ってんの! 私が言いたかったのに!」

「ごめんごめん」

「こういうのは普通副部長の私の仕事でしょ!?」

「普通部長の仕事だよ」

 当の部長である百舌は、今日も活字の中の世界に夢中だ。

 価値のない言い争いに嵌る二人に、賢治は乃良の口から聞こえた言葉について詳細を尋ねる。

「夏合宿があるんですか?」

 健気な後輩の質問に、今度こそは千尋が一つ咳払いする。

「そう! 夏休み始まってすぐ、皆で集まって二泊三日で合宿するの!」

「なにするんですか?」

「それは勿論! 喋ったり、遊んだり、ゲームしたり!」

「普段とさほど変わりありませんわね」

 傍から聞いていた小春が、面倒そうに口を挟む。

 しかし賢治の心は、早くも夏合宿の魅力に取り憑かれていた。

「楽しそうですね!」

「でしょ!? もうスーパー楽しいから!」

 まだ夏休みすら始まっていないにも関わらず、一同は既に浮足立っているようだった。

 浮いた足で、輪になって踊りすら踊っている。

 踊りを蚊帳の外から眺める博士は、細めた目で念の為釘を差す。

「……忘れてねぇだろうが」


「期末試験で赤点取ったら、補習と被るからな」


 ドサッと人の倒れる音がする。

 目を向けると、ほんの数秒前まで上機嫌だった千尋が泡を吹いて床にうつ伏せになっていた。

「……ちひろん?」

 乃良が名前を呼んでみる。

 しかし応答する気配はない。

 最悪のケースを予期しておきながら、乃良はそっと自分の右の二本指を千尋の首元に忍ばせる。

 瞬間、乃良の瞳孔は開かれた。

「……死んでる」

「死んでねぇよ!」

 危うく死亡認定されるところだった千尋が、血相を変えて息を吹き返した。

「こんな事で死ぬ訳ないでしょ!? なに死因『期末テストと聞く』って! そんなしょうもない死に際嫌だわ!」

「午後四時四十六分……」

「ちょっと聞きなさいよ! 私、喋ってるでしょ!? アンタ死人がこんなに喋ってるとこ見た事あんの!?」

「隣見ろよ」

 隣で無表情に座る花子など、今の千尋の視界には入らなかった。

 千尋の激昂を余所に、とある疑問が賢治の脳裏を過る。

「赤点取ったら、合宿行けないんですか?」 

「いや、学校の寄宿舎でやるから、合宿自体は参加できるぞ。ただ、日の昇ってるうちはずっと補習に缶詰め状態だけどな」

「そうなんですね」

 答えてくれた乃良に、賢治は爽やかな笑顔を送る。

 そんな後輩を見て、千尋はふと疑問を持った。

「……そういえば、賢治君と小春ちゃんって勉強の方はどうなの?」

 千尋からの質問に、小春の顔が歪む。

「先輩、私が勉強できないとでも思ってますの?」

「まぁ赤点の心配はいらないかと」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

 随分と余裕そうに語る二人に、千尋は人目も気にせずぎゃん泣きした。

「石神先輩は、勉強苦手なんですね……」

 訊こうとも思ったが、訊くまでもなく周知の事実だった。

「なんで皆そんな勉強できるんだよ! 普通勉強なんてできないもんでしょ!?」

「こっちが普通だろ」

 床に躊躇なく項垂れる千尋に、博士が気に掛ける訳も無く息を吐く。

 千尋の惨めな姿を、小春は椅子に座ったまま眺めていた。

「というか、この程度の試験で赤点を貰う人の意味が分かりませんわ」

「ぐっ!」

「校内の試験なんて、教科書を開いておけば分かるものばかりでしょ?」

「うっ!」

「それさえも出来ないなんて、そんな哀れな人間居る筈もありませんわ」

「ぐはぁっ!」

「春ちゃん!」

「お前わざとやってんだろ」

 瀕死の状態に更に刃を突き刺され、今度こそ千尋の命は朽ち果てようとしていた。

 賢治に制され口を閉ざした小春だったが、それでも千尋の寿命は近い。

 乃良がなんとか千尋に肩を貸して、千尋を立ち上げる。

「ほら、泣いてたって仕方ないだろ? 今年は夏合宿、悔いなく参加できるように今から勉強頑張ろうぜ」

「うぅん……」

 千尋の顔は涙でびっしょり濡れており、喜怒哀楽のどれを表しているのか遠目でも一瞬で分かる程だった。

 乃良は蚊帳の外に座るもう一人の赤点候補にも声をかける。

「ほら! 花子もだぞ!」

「?」

 話を聞いていなかったのか、それとも自分が赤点を取ると思ってもいないのか、花子の頭に疑問符が踊る。

「なに他人事な顔してんだ。冬休み赤点回避したくせ、春休みでしっかり赤点取ってたじゃねぇか。お前もハカセと夏合宿楽しみたいんなら勉強しろ!」

 博士の名前が引き金になったのか、花子はぐっと体を立てる。

 乃良は千尋を連れて机スペースに寄ると、小春と賢治に頭を下げた。

「悪ぃ、こはるんとけんけんも二人の勉強手伝ってくれないか?」

「はい?」

 想定外の頼みに、二人は目を開かせる。

「あの、僕達一年なんですけど……」

「大丈夫、こいつらそういう次元にいないから」

「それはどういう」

「小春ちゃぁぁぁん!」

「うわっ!」

 まるで魚雷の様に胸に飛んできた千尋に、小春は思わず声を荒げる。

「うぅ! 小春ちゃぁん! お願い! 助けてぇ!」

「分かりました! 分かりましたから! そのぐちゃぐちゃに濡れた顔を私の制服で拭わないでください!」

 小春の切な願いも無残に、千尋の顔を既に小春の胸に埋まっていた。

 これでは洗濯が面倒になると、小春は歪んだ口から溜息を吐く。

「それで、なにからやるんですか?」

「んー、なにしよ」

「まずは今回のテストの範囲がどこからなのか確認した方が良いんじゃない?」

「そこから!?」

「零野先輩は数学やりましょうか」

「数……学?」

「やっぱり算数からやりましょうか」

 こうして部員達は机で輪になり、主に千尋と花子の赤点克服に向けての勉強会を始めた。

 二人の顔は真剣そのもので、教壇に立つ側も気合が入る。

「おーいハカセー!」

 ふと乃良が、離れた席に座る博士に手を振った。

「なにやってんだよ! お前もこっち来い!」

 気配を消していれば気付かれないと身を潜めていたが、考えが甘かったようだ。

 ここまで来て、今から逃げられるとも思っていない。

 観念して博士は立ち上がると、勉強会の催される机へと歩き出す。

 ――あーあ、今年も始まんのか夏合宿。

 昨年の夏合宿を思い返して、重い息を吐き出した。

 ――別に合宿ったって何も変わんねぇじゃねぇか。ただ二泊三日こいつらと一緒に過ごすだけ……。

 そこで博士の足は止まる。

 ――……待てよ。

 そう、博士は気付いてしまった。

 昨年の夏合宿とは、決定的に違うところを。

 ――三日間……、花子とずっと……一緒?

「気付いちまったか」

「!」

 いつの間にか背後に立っていた乃良の囁きに、博士の紅潮していた顔が一気に青ざめる。

「そう慌てんなよ。一緒ったってずっと傍にいる訳じゃねぇ。そもそもお泊りも今回が初めてじゃないだろ? 去年の夏合宿も、林間学校だって一緒だったじゃねぇか。折角好きな人と一つ屋根の下でいられるんだ。今回は思う存分楽しもうぜ」

 こちらの内情を全て読み解いたように、乃良は笑う。

 先程まで火照っていた顔も、今はすっかり冷静を取り戻していた。

「………」

 博士はくるりと振り返って、また歩き出した。

 残された乃良は、疑問に思いながらも博士の背中を見守る。

 目的地に辿り着いた博士は、彼女の肩に手を置く。

 勉強に必死になっていた花子は、肩に置かれた手に振り向いて顔を上げた。

「ハカセ」

「花子……」

 見上げた博士の顔は、どうも神妙だった。

「?」

 花子が首を傾げると、博士は意を決したように口を開く。


「赤点取ってくれ」


「はぁ!?」

 博士の口から飛び出した衝撃の発言に、その場にいた全員が驚愕を露わにした。

「ちょっ、ハカセ! アンタ今なんて言った!?」

「おい! なんでそうなるんだよ!」

「頼む……!」

 乃良が乱暴にシャツを掴んでくるも、博士は前言を撤回しようとしない。

 真っ直ぐに見つめてくる博士に、花子も真っ直ぐ見つめ返した。

「いいよ」

「良くない!」

 快く引き受けた花子を、乃良が棄却する。

「なぁハカセ! 年に一度の夏合宿だぞ! 思うがままに楽しめよ!」

「ダメだ! 花子とずっと一緒とか楽しめるもんも楽しめねぇ!」

「思春期の中学生か!」

「ちょっとハカセ! どういう意味!? 私と花子ちゃんに赤点取れって言ってんの!?」

「いや、お前はどうでも良い。とにかく花子が赤点取ってくれれば、お前は別に」

「意味分かんないけどなんか腹立つ!」

 博士の謎の発言を巡って、その日の勉強会は大いに荒れ、勉強どころではなくなってしまった。

 時は流れ翌週。

 花子は博士との約束通り、千尋は辛くも赤点を獲得してしまった。

 隣でペケ塗れの解答用紙を握り締めながら泣き喚く千尋を余所に、花子は無表情で千尋よりもペケ塗れの解答用紙を握り締めている。

 残念にも、今年の夏合宿も補習決定だ。

 何はともあれ、待ちに待った、年に一度の、夏休みが始まった。

夏休み開始!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は夏休み開始!の前の導入回になります。

昨年にも夏休みの導入回は書いたんですけど、とても反省の多かった回なので、今回はシンプルにまとめてみました。


今回小春と賢治の成績が少し垣間見えましたね。

補足をしますと、小春は百舌と同じぐらい、賢治は乃良よりも少し優秀なぐらいになります。

二人を比べると、小春の方が少し成績は上になります。


昨年も書いた夏休みですが、やはり昨年との違いといえばハカセの心情でしょうか。

今年はそんな昨年と違ったオカ研の夏休みを皆さんに届けられたらなと思います!

という事で、次回からは作中でも言っている通り、夏休み突入直後恒例のあの話が始まります!

お楽しみに!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 新作楽しく読ませていただきました!! 去年の夏の悲劇、再び・・・。 というか、一年前にそういうことがあったんだから何で忘れていたのかがすごく疑問です、はい。千尋さんと花子さん、本当に無事…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ