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【185不思議】文藝少女の処女作

 いつものオカルト研究部部室。

 そこからは日の照り返る屋外とはまた違った熱気が、部室の外へと溢れていた。

「行けぇ! そこだぁ!」

「今! 今ですよ!」

「花子ちゃん頑張ってぇ!」

 焦げる様な熱で、観客達の声援もつい荒くなる。

 観客達の見つめる試合会場には、博士と花子が見合って立っていた。

 二人は互いに両の掌を小さく見せている。

 その催しは、紛う事なく手押し相撲だ。

「ハカセ! 攻めなきゃ勝てる試合も勝てねぇぞ!」

「分かってるよ!」

 観客席の乃良からの野次を、博士は雑に返り討つ。

 博士の表情は、どうも調子が狂ったようだった。

 対峙する相手に目を向けると、一瞬の瞬きも許す事なくこちらを見上げる花子の姿。

 その純粋な瞳に、博士の頬が赤らむ。

 ――……くっそ!

 博士は覚悟を決めると、一思いに花子の掌を弾き飛ばした。

 そのつもりで両手を前に突き出したのだが、掌にぶつかった衝撃が返ってこない。

 何度挑戦しても、掌は花子の掌を通り抜けていった。

「お前なに幽体化してんだよ!」

 それは幽霊の透過能力だった。

「おいなにやってんだよ!」

「出した手が通り抜けられるんだよ! こんなの反則だろ!」

 相手の反則負けを申し出た博士だったが、生憎ここに正規な審判は存在しない。

 その隙に幽体化を解いた花子の掌が、博士の体を襲った。

「わっ!」

 完全に不意を突かれた博士は、為す術もなく転倒。

 花子も一緒になって床に倒れ、二人分の転がる音が部室に響いた。

 傍から眺めていた小春は、呆れたように息を吐く。

 そんな中、ガラリと扉の開く音がした。

 部室を訪れたのは、小春のよく知っている同じクラスの友人だった。

 友人は開いた部室の光景を見て、言葉を失う。

 床に大の字で倒れる男子生徒と、その男子生徒に馬乗りになる女子生徒。

 問題だったのは、その男子生徒が自分の兄であり、馬乗りにあった女子生徒が自分の宿敵だった事だ。

 少女の顔色は、氷水を被ったかの様に真っ青だった。

「……最低!」

「待て理子!」

 部室を訪れた妹の理子に、博士はまず誤解を解くところから始めた。


●○●○●○●


 なんとか誤解を解いた博士は、理子とはす向かいに座って安堵の息を吐く。

「……それで、なんの用だ?」

「!」

 いきなり確信を突かれて、理子の肩がビクつく。

 差し出された緑茶に手も付けないまま、理子は早速部室に訪れた要件を口にした。

「実は……お兄ちゃん、それと小春ちゃんに相談があって……」

「私も?」

 不意に名前を呼ばれ、博士の隣に座っていた小春も顔を向ける。

「うん……、実は私、文芸部に入ってるんだけど」

「文芸部?」

「小説を読んだり、自分で小説を書いたりする部活ね」

「そう。それで今度、一年生が書いた小説を部員全員で読み合うって事になったんだけど……」

 理子の体は、羞恥心からか捻っていた。

「私、小説なんて書いた事ないからどうしたらいいか分かんなくて」

「じゃあなんでその部活入ったんだよ」

「だから! お兄ちゃんと小春ちゃんに、なにかアドバイス訊こうと思って! 出来たら冒頭部分だけでも一緒に考えて欲しいの!」

 要件を訊いた博士と小春は、そっと顔を見合わせる。

「……んな事言われても」

「私達だって書いた事ないし」

 あっさり吐かれたその答えに、理子はガーンッと落胆を露わにする。

「……そうだよね」

 二つの頼みの綱を断ち切られた理子は、そのまま机に項垂れた。

 寝込む妹を、博士はそっと見守る。

「……なんかテーマとかねぇのかよ」

「うん……、一応『学園恋物語』っていうテーマなんだけど」

 ぼやいた理子の言葉に、千尋の目が光る。

「だったら私の出番ね!」

「えっ!?」

 意気揚々と名乗りを上げた千尋に、理子が顔を上げる。

「こういうの得意なんですか!?」

「勿論! 学園恋物語において私の右に出るものはいなくってよ!」

 随分と調子良く語る千尋に、理子の目は期待に満ちていた。

 一方の博士の目はみるみるうちに冷めていく。

「……おい、適当な事言うなよ」

「なにが適当な! 今から私がラブストーリーとはなんたるかを教えてあげる!」

 博士に失礼なと印を押すと、理子に早速恋物語をレクチャーしていく。

「いい? まず最初はね……」


●○●○●○●


 お日様の元気な月曜日の朝。

 制服を着た少女は、スカートを靡かせて一心不乱に路地を走っていた。

 ――いっけなーい! 遅刻遅刻!

 少女の口元にはトーストが咥えられており、髪もまだ寝癖が残っている。

 それでも今は足を止める訳にはいかなかった。

 ――もう! どうしてママ起こしてくれなかったの!? これじゃあ間に合わないよー!

 モノローグも程々に、少女は十字路に差し掛かる。

 すると曲がり角から、同じく走ってきた男子と衝突してしまった。

 ――キャッ!

 衝撃で彼女は転倒。

 アスファルトに倒れたお尻は、後に残るような痛みがした。

 ――いてててて。

 少女はお尻を擦りながら、ぶつかってきた男子の方を見る。

 男子も倒れていたようだが、既に立ち上がっていた。

 ――痛ぇな! ちゃんと前見て歩けよ!

 それだけ言うと、男子はそのまま走り出してしまった。

 こちらに「大丈夫ですか?」の一言もかけないまま。

 突然の展開にしばらく放心状態だった少女だが、お尻の痛みの次に込み上げてきたのは湯が沸きそうな程の怒りだった。

 ――なにあいつ!

「ちゃおか!」


 何度も耳にしたようなテンプレートに、博士は思わず物語を中断させる。

「なんだその使い古した冒頭! その冒頭もう聞き飽きたんだよ! もっと新しい発想ねぇのかよ!」

 情緒の荒れる博士だったが、千尋はどこか冷静だった。

「まぁまぁ、まだ続きがあるから」

「どうせ定番だろ!」

 博士の決めつけも聞き流して、千尋は先程の物語を続きから語っていく。


 ――なんて事があったんだよ!?

 なんとか朝のHRの時間までに間に合った少女は、今朝の出来事の不満を友人に発散していた。

 話を聞く友人の顔は、どうも厭らしく笑っている。

 ――へぇ、そうなんだー。

 ――ちょっとちゃんと聞いてる!?

 友人を問い質したいところだったが、扉の開く音が響く。

 担任の先生が、教壇にやってきた。

 皆自分の席へと戻っていく中、少女は一つ気になる部分を見つける。

 先生の後ろに、見慣れない男子がついてきたのだ。

 ――今日からこのクラスに、新しい仲間として転校生が加わる。皆、仲良くするように。

 転校生の登場に、教室は異様な盛り上がりを見せていた。

 そんな中、少女は目を凝らす。

 転校生である筈の男子に、彼女は何故か既視感を覚えていた。

 体のあらゆる部位を凝視し、吟味する。

 ただ――、

 ――……誰だろ?

 それは彼女の気のせいに終わった。

「気のせいかよ!」


「全然知らねぇ奴じゃねぇか! じゃあ最初のぶつかった相手じゃねぇのかよ!」

「だっていつも定番じゃ味気ないでしょ?」

「だからってそこ変えんじゃねぇ! なら最初のシーンいらねぇじゃねぇか! 最初のぶつかった相手ただの嫌な奴で終わりかよ!」

 言いたい事は他にも山程あったが、乱れた息がそれを許してくれなかった。

 理子も今のアドバイスを鵜呑みには出来ないようだ。

 定番ド直球の冒頭を満足気に語り終えた千尋だったが、その冒頭を乃良は鼻で吹き飛ばした。

「分かってないなぁちひろんは!」

「なにぃ!?」

「小説とはなんなのか、この俺が教えてやるよ!」

 頭に血の上った千尋を、乃良が悠然と笑う。

 一方の理子も、その表情は出し惜しみする事なく歪んでいた。

「えー……、アンタに教えてもらうの?」

「任せろって!」

 理子の不満も余所に、乃良は自分流の恋物語を読んでいく。

「いいか? まずは……」


●○●○●○●


 私には、気になっている人がいる。

 その人はいつだって別の事に夢中で、私の事なんて気付きそうにない。

 今だって、私がここにいる事にも気付かず、ずっと空のなにかを見上げている。

 別に気付いて欲しい訳じゃない。

 寧ろ、ずっとこうして、その横顔を見つめていたかった。

 これが恋なのか、それはまだ分からない。

 今は分からなくて良かった。

 この気持ちが、いつか壊れてしまうまでは。

 これは、私がこの気持ちを恋だと気付く物語だ。

 ――博士君!

「俺じゃねぇか!」


「登場人物俺じゃねぇか! なんで俺が出てくるんだよ! 架空の世界なんだから、もっと個性ある架空のキャラクター作れよ!」

「いやお前相当個性強いぞ?」

「自分のお兄ちゃんの恋物語なんて書きたくないよ!」

 箒屋兄妹に板挟みにされてしまい、乃良の恋物語は破綻してしまった。

 乃良は特に悔やみもしないまま、とある相手に標準を定める。

「じゃあ次はこはるんな!」

「はい?」

 突然の指名に、話から外れていた小春が声を漏らす。

「なんで私が」

「元はといえばこはるんとハカセに来た相談だろ? だったらお前も一つ手を貸してやれよ」

「……そう言われましても」

「大切な友達の助けに応えてやんねぇと」

 乃良の言葉を否定する事など、小春には毛頭出来なかった。

 仕方ないと小春は諦めをつけると、ふと目を閉じて想像力を豊かにさせる。

「……分かりました」


●○●○●○●


 時は安政。

「なんで!?」

 その時代、俗に『妖怪』と呼ばれる異形が国を跳梁跋扈していた。

 空は曇天。

 今にも雨の降り出しそうな空に躍るのは、八つ首の獣。

 人はそれを、八岐大蛇と呼んだ。

 ――父さんも……、母さんも……、兄さんも……! 貴様に殺された!

 丘の上に立つ、一人の少女。

 震える手を抑えるように握られたのは、肉塊を切る包丁だった。

 少女の声が、空を舞う大蛇に届く事は決してない。

 それでも少女は、確かに口にした。

 自らを鼓舞する為。

 そして、自らの退路を断つ為。

 ――家族の仇……、ここで果たす!

「黙ってろ!」


「学園恋物語だって言ってるだろ! なんで舞台が江戸の末期なんだよ!」

 ずっと堪えていた博士だったが、遂にタガが外れて言葉を矢継ぎ早に投げ出す。

「『学園恋物語』ってテーマがあんだから、少なくともそれには従順でいろよ! 大体これのどこが恋物語なんだ!」

「恋の形は多様ですわ」

「恋っていうか怨んでるだろこれ!」

 博士からの評価にヘイトを募らせた小春は、耐え切れず博士に指を差す。

「じゃあ貴方もやってごらんなさいよ!」

「あぁ!?」

「貴方も理子に直接相談を受けた身でしょ!? 私もやったんだから、貴方だって応えるべきですわ!」

 小春からの指名に、博士の口が止まる。

 ふとはす向かいの席に目を向けてみた。

 そこには純朴な瞳でこちらに助けを求める理子の姿。

 今年で十六年も見る事になる、妹の姿だ。

「……分かったよ」

 そんな妹の姿を前に、兄が匙を投げる訳にはいかなかった。


●○●○●○●


 夕暮れの教室。

 少女は一人、教室の隅の席でシャープペンシルを走らせていた。

 ――あれ?

 聞こえてきた声に、少女は振り向く。

 同じクラスの生徒である、野球部所属の男子だ。

 ――なにやってんの?

 ――学級日誌。

 ――あぁ。

 適当に会話を挟みながら、男子は教室の中へと入っていく。

 ――そっちこそなにしに来たの?

 ――忘れ物。

 ――そ。

 男子は自分のロッカーから忘れたそれを取ると、女子のもとへそっと近寄った。

 ――手伝おうか?

 ――ううん。もうこれ書いて先生に渡すだけだから。

 ――そっか。

 ふと男子は窓の夕空を覗く。

 ――あっ、そういえば今日雨降るんだっけ。

 ――えっ、本当?

 ――うん、確か天気予報でそんな事言ってた。

 ――うわぁ、今日傘持ってきてないわ。

 ――ドンマイ。

 ――もう部活終わり? 良かったら傘入れてよ。

 ――俺も傘忘れたの。

 ――なにそれ。

 会話も程々にして、男子は扉へと歩き出す。

 ――じゃ、日直頑張れよ。

 ――うん。

 そう言って、男子は教室を後にした。

「「「しょーもなっ!」」」


 エンドロールまで聞き終えた一同は、声を揃えてそう叫んだ。

「えっ!? なに今の!? なんだったのそのしょうもない話! なんにも面白くないよ! ただクラスメイトの会話聞かされただけだよ!」

「よくそんなので人にあーだのこーだの偉そうな口叩けましたね!」

「フィクションなんだからよ! もっとドラマのあるストーリーにしないと話に惹き込まれないだろ!」

「五月蠅ぇなぁ! 俺だって書いた事ねぇんだから分かるかよ!」

 売り言葉に買い言葉で、部員達はとうとう溜まった怒りを乱闘に勃発させる。

 賢治がなんとか宥めようとするも、最早声は届かない。

「ちょっと皆さん! ……えへへ、ごめんね理子さ」

 蚊帳の外となってしまった理子に、賢治がそう気に掛ける。

 しかし理子は、それどころではなかった。

「新しい発想……、個性あるキャラクター……、テーマには従順……、ドラマのあるストーリー……」

「……理子さん?」

 賢治が声をかけるも、どうやらこちらにも声は届かなかったようだ。

 それ程理子は集中していた。

 後日、オカ研で得たアドバイスを基に、理子は人生初の物語を書き上げた。

 その評判はどれも称賛に値するもので、文芸部で行われた新人読み合わせ会では一番の優秀作と評価された。

 理子は博士に「お兄ちゃんありがと! お兄ちゃん達のおかげで優秀作品に選ばれたよ!」と感謝を伝えた。

 勿論博士には、心当たりなど無かったという。

理子先生の次回作にご期待ください。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


この話を思いついたのは百五十九話を書いた時ですね。

『除霊同盟』というサブタイトルで、小春と理子が初めて絡んだ回になります。

その時に話の流れで理子が何部に入ったか書く事になったんですけど、どうせなら今後一話に出来そうな部活にしようと。

そうして理子が文芸部となり、今回の話が誕生したのです。


今回はオカ研部員達がそれぞれ物語を考えるという事で、珍しく執筆の前に一枚の紙にどんな話にしようかまとめてみました。

その為、割と綺麗にまとまった話になったかなと思います。


実は僕も中学時代は文芸部に所属していました。

中学を卒業した五年後でも僕はこうして小説を書いているので、理子にも是非小説を書き続けて欲しいものですね。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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