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【181不思議】星合

 気付くと、そこは知らない場所だった。

 見た事のないような住宅街の景色を、七夕の夜が包み込む様に覆っている。

 時刻も随分遅いのか、家に明かりはついていなかった。

 光るのは、夜空を流れる星達だけ。

 そんな夜の中を、花子は一人歩いていた。

 真夜中を歩く制服姿の花子は、どこか景色とは切り離されている。

 ――……ここ、どこだろ?

 暗く染まった街を、花子はもう一度と見直した。

 首を二、三回回してみたが、やはりそこは見覚えのない景色だった。

 ――どうして、こんなとこに……。

 何故自分が夜も更けたこんな時間に、一人で知らない街を出歩いているのか、記憶があやふやになっていた。

 ただ足に残った疲労が、自分がこの足でここまで来た事を報せている。

 ――……私、何してたんだっけ?

 ふと自分で記憶を遡ってみる。

 今日の放課後、オカルト研究部の全員で屋外に出ていた筈だ。

 今夜の七夕の準備をして、いつも通り博士や千尋と輪になった楽しい放課後の記憶が目に浮かぶ。

 その後現れた、謎の男。

 ――!

 突如、花子に頭痛が襲い掛かる。

 気圧で長く続く痛みではなく、針で刺された様な一瞬の痛み。

 謎の男の顔を思い出そうとするのに、まるで脳が危険信号を発しているかのようだ。

 頭痛が収まり、花子は再び歩き出す。

 ――……帰らないと。

 目的地は勿論決まっている。

 ただ見覚えのないこの街からは、どこをどう行けば目的地に辿り着くかは分からなかった。

 それでも花子は歩いていく。

 心に浮かんだのは、いつもの日常の風景だ。

 ――……会いたいな。

 そう願って十字路を出た時、


 彼はそこにいた。


「………」

 思わず花子は立ち止まる。

 ほんの数秒前に会いたいと願った相手が、今こうして目の前に現れた。

 もし花子の心臓が動いていたなら、衝撃で心肺停止するレベルだ。

「……ハカセ」

 声が漏れる。

 当の相手は随分走ったのか、息は荒々しく、その足で立つのもやっとといった姿勢だ。

 眼鏡の奥の目も朦朧としていた。

 こんな夜更けに、どうしてそんな汗塗れで走っていたのだろうか。

 鈍感な花子も、それに気付ける程には成長していた。

「あっ」

 博士は自分を探してくれていたのだ。

 恐らく博士だけじゃない、今頃他のオカ研の仲間達も、汗を掻きながら七夕の夜を駆け回っているのだろう。

 そう分かると、花子は途端に申し訳なくなった。

 また自分は、皆に迷惑をかけてしまった。

「……ハカセ」

「………」

 博士は無言で花子に近付く。

 きっと制裁に、一発頭を小突かれるのかもしれない。

 それも覚悟して花子は俯き、弁解の言葉を吐きながら博士からの一発を待った。

「……そのっ、えっと、……ごめ」


 瞬間、花子の体を博士が力強く抱き締めた。


「……ハカ、セ?」

 花子の世界が揺れる。

 一発を覚悟していたところから、まさかの不意打ちだ。

 心の追いついていない花子を置いて、博士は抱き締めた腕を更に強める。

「良かった……!」

 耳元で囁く博士の声は震えていた。

 博士の腕は、まるで花子の存在を強く確かめるようだった。

「急にどこか行くんじゃねぇよバカ! 心配するだろうが!」

 聞き慣れた博士の声が荒くなる。

 しかしそれはどこか攻撃的ではなく、荒い中に確かな優しさがあった。

「……ごめん」

 花子は先程遮られた言葉を改める。

 ふと眼前まで迫った博士の顔を覗いた。

 自分の体を包み込む博士の体温は、花子には伝わらない。

 それでも花子は、自分を抱き締める博士に間違いなく『温かい』と、そう感じていた。

「……ハカ」

 突如、博士の体が引き剥がされる。

「!?」

 度重なる衝撃に、花子は混乱する。

 引き剥がした博士は、花子から視線を逸らしていた。

「……ちょっと、他の奴らに見つかったって連絡するわ」

 明らかに気の動転する博士。

 ようやく自分が感情任せに犯した行動を自覚したようだ。

 逃げるように博士はその場から数歩離れ、他の区域を探すオカ研部員達に通達する。

 どう見ても疾しさにたじろぐ博士に花子が感付く筈もなく、後ろ姿を見つめては首を傾げるだけだった。

 ただ見つめるだけ。

 それだけなのに、花子はいつも以上に鼓動が逸る気がした。

 勿論、逸る鼓動など持ち合わせていなかったが。

「はぁ……」

 連絡を終えた博士が、スマホをポケットに仕舞う。

「皆こっちに来るってよ。だからここで待っておくか」

「うん……」

 夜の街に二人きり。

 いつも基本会話のない二人だったが、先程の件も相まってどういう訳か静寂が気まずかった。

「……怪我とか、事故に遭わなかったか?」

「うん……」

「そっか……。そうだよな、お前幽霊だし……」

 会話を切り出してみたはいいものの、特に長続きはしない。

 先の静寂より、気まずさが二乗したみたいだ。

 博士は懸命に会話の糸口を探ってみるも、その糸は案外傍に伸びていた。

 顔の色がぐっと引き締まる。

「……なんで、急に出てったんだ?」

「………」

 ずっと訊きたかった事。

 見つけた瞬間はあまりに衝動的で忘れてしまったが、本当は見つけてすぐに訊く予定だった。

 その質問に、花子の無表情の影が濃くなる。

「……別に言いたくねぇんなら無理に言わなくても」

「ううん」

 博士の言葉は、花子によって遮られた。

「……あまり、覚えてないの」

 花子はそう言った。

「嘘とかじゃなくて、本当に。ただ、ハカセ達と一緒に外で七夕の飾り付けして、もう帰るってなった時に、知らない男の人が来て」

「………」

 博士の顔に、憎悪が差し込む。

「何か言われた気がしたけど、あんまり覚えてないの。とにかくその人が怖くて、走って、走って、気付いたら知らないところにいた。その人の名前も、顔も、全然覚えてないんだけど……」

「……そっか」

 花子の言葉を疑う気など、博士には微塵も無かった。

 今博士が憎むべき相手は、七番目の禍こと逢魔。

 花子の証言や逢魔の自白から鑑みて、博士の推理は大方間違いなかったと言えるだろう。

 今も屋上で夜空を独り占めしているだろう逢魔に、博士は怨みを倍増させていく。

「……私、怖かったの」

 花子の言葉に、博士は顔を上げる。

「全然知らない場所で、もしかしたら、もう帰れないんじゃないかって。もう皆に会えないんじゃないかって」

 花子はそう口にしながらも、相変わらずな無表情だ。

 しかし博士には分かる。

 その無表情の奥の、確かな恐怖の感情が。

「でも、ハカセが来てくれた」

 その時、花子の無表情も華やかになる。

「ハカセを見つけた瞬間、なんか心の中が、ぶわーって明るくなった気がした。もう大丈夫だって、そう思った」

 博士はただ黙って花子の言葉を聞く。

 眼鏡の奥の瞳は、花子に釘付けだった。

「ハカセはいつもそうだよね。何かあった時、一番に私を見つけてくれる」

 林間学校の時も。

 クリスマスの時も。

 今日だって、一番に博士が見つけてくれた。

 花子は博士に、最大限の感謝を持って、満開な笑顔(・・)を送った。


「ありがと、ハカセ」


 その笑顔は、博士の胸に深く突き刺さった。

 花子はすぐに無表情に戻っていたが、博士はしばらく花子の笑顔の虜になり、頭の中は辺り一面黄金色のお花畑だ。

 博士に理性が戻ってきたのは、もうしばらく経った後だった。

「あっ、いやっ、俺は別に……」

 手を首に当てたりと平静を装いながら、早打ちになった心拍数を整えていく。

 その乱れた心拍のせいか、博士は気付けなかった。

 二人を目指して猛ダッシュする、とある足音に。

「花っ!」

 その少女は二人の傍に辿り着くと、

「子っ!」

 急ブレーキが間に合わず博士と衝突し、

「ちゃーんっ!」

 博士を突き飛ばしながらその座を奪い取った。

 何を隠そう、千尋の登場である。

「良かったぁ! 花子ちゃんが無事で! 私心配で心配で!」

「千尋」

「何か酷い事されてない!? 怪我とかしなかった!? 悪い人達に連れてかれそうにならなかった!?」

 千尋は大粒の涙を流しながら花子を抱き締める。

 さながら、親子の感動の再会だ。

 ただその感動的なシチュエーションに、アスファルトに追いやられた少年が一言申したいようだ。

「何するんだテメェ……」

「あっ! 悪い人!」

「誰が悪い人だ!」

 千尋は花子を悪人から守るように、両腕で花子を覆っている。

 過保護な千尋に、花子は為されるがままだった。

「あっ! いた!」

「本当だ!」

「おーい! 花子ー!」

「ちょっと……、アンタ達、もうちょっとゆっくり走りなさいよ……」

 他の部員達も、続々と集まってくる。

 気付けば、オカ研メンバー総出演だった。

「花子!」

 千尋に捕まっていた花子を、乃良が一発喝を入れる。

「俺達に何も言わずにいなくなりやがって! 勝手にいなくなったら心配するだろうが! タタラも他の七不思議も、全員走り回って探してたんだぞ!?」

 乃良は本気で花子を叱りつけている顔だ。

 その顔に、花子も本気で反省する。

「……ごめん」

「後で他の奴らにも謝っとけよ」

「うん……」

「よし、じゃあ許す!」

 乃良はそう言うと、昼と錯覚するくらいの眩しい笑顔を向けた。

 笑顔に照らされる花子の頭を、乃良は少し乱暴に撫でる。

 花子の髪型はぐちゃぐちゃになって、どちらが前か後ろか分からなくなるくらいだ。

「ちょっと何してんのよ!」

「ぐへぇ!」

 千尋の鉄拳を乃良は顎に食らい、花子は乃良の手から逃れられる。

 髪を整えて見えたのは、部員達の顔だった。

「……皆も、ごめん」

 花子は今一度部員達に深く頭を下げる。

 一同花子の謝罪に、目を離せないでいた。

「……もう二度と探させんなよ」

 最初に口を開いたのは百舌だ。

 花子が頭を上げると、百舌はいつもの如く本を栞から開いて読み出している。

 素っ気ない態度からも、全て伝わってくるようだ。

「良いですよ、全然」

 賢治は花子の顔を覗くようにして、そう微笑む。

「春ちゃんも、零野先輩の事、一生懸命探してましたよ?」

 不意に振り向いた賢治に、小春はビクリと肩を弾ませた。

「わっ、私はただ! 貴女みたいな悪霊を世に放っては他の人々に迷惑がかかると思っただけで! 別に貴女を心配して探していた訳ではなく!」

 慌ただしく口を動かす小春の顔は、林檎の様に赤かった。

 花子には伝わらなかったが、部員達は意地悪に口角を吊り上げている。

「またまたー、そんな事言ってー」

「なっ、なによ!」

「ほんとは花子ちゃんの事心配してた癖にー」

「そんな訳ありませんわ! なに言ってるんですの!?」

「素直になれよー」

「口を慎みなさいこのドブ猫!」

「なんだとオラァ!」

 口を開くごとに一つ二つと盛り上がり、気付けば部室のワンシーンの様な盛況だった。

 部員達の笑い声が、夜の街に響いていく。

 その笑い声に、花子は実感する。

 やはり自分は、この場所が好きだと。

「……皆、ありがと」

 花子の一言に、部員達は声をピタッと止めて聞き入れる。

 返答の代わりに返ってきたのは、愉快な笑顔だった。


「じゃあ帰りますかー!」

 夜更けの立ち話も程々にして、一同はそれぞれの帰路について歩き出した。

 空を仰いでみれば、美しい天の川が見渡せる。

「あっ、見て! 天の川!」

 千尋の指差した声に、一同も一斉に夜空を見上げる。

「あっ、本当だ」

「綺麗ですね!」

「そういえば今日七夕だって事忘れてたよ!」

「忘れてたのかよ」

「お前が一番気合入ってたのに」

「だって! 花子ちゃんがいなくなったって聞いてそれどころじゃなかったんだもん!」

 日付も差し迫った頃、ようやく部員達は七夕の本番に腰を落ち着かせたようだ。

 花子も見た事のないような絶景に、目を奪われる。

 ふと視線をすぐ横に向ける。

 博士も夜空を流れる天の川に、すっかり見惚れているようだ。

「……願い事」

「ん?」

 小さく呟いた花子に、千尋が気付く。

「もう叶ったかも」

「えっ、嘘!?」

 花子の告白に、千尋は全身の毛が逆立つ勢いで驚愕した。

「花子ちゃんの願い事ってなんだったっけ!?」

「さぁ?」

「知らね」

 話題を花子の願い事に換えて、一同は帰り道の話に花を咲かせていく。

 その夜の中、花子はこっそり口元を緩ませる。

 人知れず生まれた花子の微笑みは、誰にも気付かれる事なく、天の川の夜に溶けていった。


●○●○●○●


 夜風がさらさら葉を撫でる。

 少し熱気の感じる夏の夜に吹く爽やかな風は、逢魔ヶ刻高校にも届いていた。

 校庭に立て掛けられた竹の飾りも、さらさら風に揺られている。

 その中の一つ。

 不器用な字で書かれた、桃色の短冊。


『明日もハカセと一緒にいられますように』


 その短冊も、例外なく風に揺らされていた。

 さらさら、さらさらと。

二人の星合。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で、今回でハカセ編完結になります!

いつかは書くと心にしていたこのハカセ編。

今までのマガオカの中でもトップと言えるぐらいのターニングポイントとなった筈ですが、いかがだったでしょうか?


この回、思い描いていたシーンはハカセが花子を抱き締めるシーンだけでした。

それ以外は、その場の成り行きで完成した感覚です。

当初は無理に花子に笑ってもらう必要はないなと思って、花子が笑顔を見せるシーンは無かったんですけど、

物語を書いていくにあたって、「あっ、これは笑うな」って。

こうして花子の笑顔のシーンが、自然と生まれたのでした。


急遽追加した七夕要素も、変に邪魔にならず、良いアクセントとしてまとめられたので良かったかなと思います。

今回のサブタイトルもピッタリだし。


さて、ハカセ編も終わったし、次回からは日常回!

……という訳にはいきません。

ハカセ編は今回で完結となりますが、次回もハカセ編の話がちょろっと続きます。

ハカセ編の後日談、是非ともお楽しみください。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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