【018不思議】オカルト研究部の恋愛事情
いつもの放課後、オカルト研究部部室から千尋の割れんばかりの声が漏れて聞こえてきた。
「三年A組、男子バスケットボール優勝おめでとうございます!」
千尋はそう言って、目の前に座る斎藤と西園を祝福した。
「ありがとう、千尋ちゃん」
「僕達は何にもしてないけどね」
斎藤が小さな声で備考を加えるも、二人は笑顔で千尋の祝福を受け止める。
先日行われた球技大会では女子バレーボールは他の三年のグループが優勝し、男子バスケットボールでは見事斎藤達のチームが優勝したのだった。
「俺は認めてねぇっすからね、あれ」
千尋の隣に座っている乃良はそう言って口を窄める。
「まぁ確かに、あれはちょっとダメだよね」
「ちょっとの問題じゃねぇっすよ! あれが無かったら絶対俺が勝ってたのにー!」
悔しそうに目を瞑る乃良の瞼に、決勝戦終了間際で多々羅が見せた巨人化した手が浮かび上がる。
頭を抱えて項垂れる乃良に、斎藤は申し訳無さそうに笑った。
しばらくして乃良は目を開けると、いつもと違う違和感に気付いて口を開いた。
「……あれ、そのタタラ先輩は?」
見渡してみても多々羅の姿は見当たらない。
乃良達とは離れたところに座って読書をする百舌と、畳スペースでたった二人でかるたをする博士と花子が見えるだけだ。
不思議そうに眺める乃良に、斎藤は優しく答える。
「あぁ、多々羅ならクラスの皆と一緒に焼肉に行ったよ」
「あー、なんか前にそんな事言ってましたね」
優勝したチームのクラスは担任の先生に焼肉を奢ってもらうというのがこの学校の慣習。
生徒達にとっては万々歳であろうが、担任の先生の懐事情を考えると少し悲しい慣習である。
「二人は行かなくていいんですか?」
「ん? 僕は後から行くよ。ちょっと部室の方に顔出しておこうかなと思って」
「私も生徒会の仕事があるから、それが終わったら行くよ」
千尋の質問に二人はそう答えを返し、千尋は成程と首を縦に動かす。
そんな目の前に座る二人の姿を、乃良はじーっと観察していた。
そして、斎藤がお茶の入った湯飲みを口に付けたのに合わせて二人に質問を投げかける。
「……お二人って恋人とかいないんですか?」
ブーッとお茶が噴射される音が部室に響く。
音のする方へ目を向けると、お茶が変なところへ入ったのか咳き込んでいる斎藤の姿があった。
斎藤は何とかして呼吸を整えると、真っ赤な顔で乃良に目を向ける。
「何って!?」
「いやだから、お二人に恋人はいるんですかって」
明らかに動揺している斎藤に対して、乃良の顔は冷静であった。
「そっそそそそんな事!」
「いないよ」
「!」
一人慌てる斎藤を置いて、隣からそんな声が聞こえてきた。
「私はいないよ」
何を隠そう、西園である。
西園はそう微笑んで質問に答えると、少し言葉を強めて口を開いた。
「斎藤君はどうか知らないけど」
「!?」
そう言われると斎藤は驚いた表情を見せ、大袈裟に首を横に振る。
「いいいないいない! 僕だっていないよ!」
「……ふーん、そうですか」
必死にそう叫ぶ斎藤を、乃良は変わらない冷静な表情で見つめる。
「じゃあ好きな人は?」
「へっ!?」
「だから、好きな人はいるんですか?」
立て続けに並べられた乃良の質問に、いつもの穏やかな斎藤の表情はどこへやら飛んでいってしまった。
「それは……、えぇっと……」
「どうなの斎藤君」
「えっ!?」
そう追い打ちをかけにきたのはまさかの西園であり、斎藤は更に表情を固める。
「そのぅ……、僕まだ子供だし、恋愛とかはまだ難しいっていうか……」
「いや、十分大人っしょ」
「高校三年生だしね」
「そんな事言ってたらいつまで経っても結婚できませんよ」
「へっ!?」
何とか取り繕うとすると三人から容赦なく言葉を浴びせられ、斎藤は怯んでしまった。
しかし何とかしようと、乃良と千尋を指差して大きな声を上げる。
「そっ、そういう君達はどうなの!?」
「え?」
「俺らですか?」
「そう! 君達ももう高校生なんだし、お付き合いしてる人とかがいてもおかしくないよね!?」
どこか混乱状態に陥っている様子の斎藤に対して、乃良と千尋は淡々と答えを返す。
「いや、私はオカルト関連で忙しいのでそういうのは全然」
「俺も別にいねぇっすよ」
「何なの君達!?」
そんな二人の答えにそう声を上げる斎藤に、乃良は容赦なく追及する。
「というか、話ずれてきてますよね? さいとぅー先輩に好きな人がいるのかどうかっていう話でしょ?」
「! それはだから……、そのぅ……」
乃良に言われて瞬間、さっきと同じような声の小ささに逆戻りし、斎藤はモジモジと言葉を漏らしていった。
そんな斎藤を見てなのか、西園は溜息を吐いて時計を見た。
「私そろそろ生徒会の方行かなきゃ」
西園はそう言って、椅子から立ち上がる。
斎藤が小さく「あっ」と声を漏らすが聞こえていないようで、するりとドアの前まで歩いていった。
「それじゃあね」
そう言葉を残して、西園は部室を出ていった。
残された斎藤はあからさまに大きく溜息を吐き、ぐったりと体を椅子に預ける。
「……さいとぅー先輩って」
さっきの大声で喉を枯らしたのか、湯飲みで喉を潤そうとする斎藤に向かって、乃良はそう口にした。
「ミキティ先輩の事好きっすよね?」
「はぁ?」
そう代わりに口を開いたのは博士だった。
当の斎藤は再び口からお茶が噴射されており、喋る事が許されなかったのだ。
咳き込んで呼吸を整えた後に、やっと斎藤は口を開く。
「何で!?」
「何でって……」
「普通に見てれば解るよね」
淡々とした調子で言う二人に、今度は博士が畳スペースから声を上げる。
「普通に見てればって、お前らどんな目してんだよ」
「逆にハカセの目が節穴なんだよ」
「はぁ?」
冷静に言う乃良に、博士は眉間に皺を寄せながら言葉を返す。
「俺はお前と違って恋愛とは無関係だからそういうのがちょっと解んねぇだけだっつーの」
「ハカセ、『ぬ』がない。『ぬ』が見つからないよー」
「隣見ろよ」
絶賛博士に片想い中の花子を隣にそう言う博士に、乃良は呆れた様子でそう言った。
博士が再びかるた遊びに勤しみだすと、次に口を開いたのは斎藤だった。
「……僕、そんなに解りやすいかな?」
「「はい」」
口を揃えて肯定する二人に、斎藤は口を閉じてしまう。
そんな斎藤を見据えて、千尋は笑顔を作ると斎藤に質問をした。
「いつから好きなんですか?」
「……ずーっと前からだよ」
斎藤はそう言うと、瞳の向こうにまだまだ初々しかったあの頃を思い描く。
「多々羅との約束通りに僕がこの部活に見学しに行った時に西園さんと会って……」
そう言って斎藤は今から約二年前の出来事を口にしていった。
●○●○●○●
二年前の四月、当時新一年生だった斎藤は多々羅と一緒に部活動見学の為、オカルト研究部部室へ向かっていた。
斎藤にとってオカルト研究部の部室は、十年前に兄が部長をしていた時に遊びに来た以来である。
「わーっ、なんか緊張してきたよ」
「そんな力むなって! あっ、俺が体育館の巨人っていう事は他の一年にはまだ内緒に」
「わっ、解ってるよ!」
道中にそんな会話をしていると、あっという間に部室の前に着いた。
そこにはドアの前でぼーっと立っている少女一人の姿が見えた。
「ん? 誰だあいつ」
「僕達と一緒の一年生なんじゃない?」
二人の声が耳に届いたのか、少女は綺麗で長い黒髪を靡かせながら二人の方に振り向く。
たった数秒だったその時間が、斎藤は数時間と思える程に見惚れていた。
「どうも、一年の西園美姫です。もしかしてオカルト研究部の方ですか?」
「いや、俺らも一年生だ! 俺は多々羅剛臣! ようこそ俺のオカルト研究部へ!」
「俺の?」
二人が気さくに話し合うも、斎藤は声を出すのも忘れてただ西園を眺めている。
「貴方は?」
「ほぇ!?」
思わずそんな声を出してしまうが、西園は何も言わずに斎藤の答えを待つ。
「いっ、一年の斎藤優介です! よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「おい、さっさと部室ん中入るぞー」
そう言って部室のドアを開ける多々羅に、西園は楽しそうな表情で後に続いて中へと入っていった。
斎藤はしばらくの間何もする事が出来ず、ただ西園を目で追う事しか出来なかった。
●○●○●○●
「キャー一目惚れですかー!?」
「何が恋愛は難しいですか! 簡単に恋に落ちちゃってんじゃないですか!」
「五月蠅いなー!」
急にからかいモードに転換した二人に、斎藤は頬を赤らめながらに声を上げる。
しかし、そんな斎藤の事など気にもせず、二人のニヤケ顔は止まらない。
「でー、西園先輩のどこが好きなんですかー?」
「どこって……、そりゃあ最初は外見で好きになったけど、それから接していくうちに、内面も良い人なんだなぁって。……だから」
「全部って欲張りか! ヒューヒュー!」
「ヒューヒュー!」
「いい加減にしてくれないかな!?」
斎藤の反応に笑っている乃良は何とか心を落ち着かせ、不意に確信を訊いた。
「それで、告白しないんですか?」
その言葉に、斎藤の心臓は釣り上げられた魚の様にピクリと跳ねる。
「そっ、そんなの、出来る訳無いじゃんか!」
「えっ!? しないんですか!?」
斎藤の答えにそう声を上げたのは千尋だった。
当の斎藤は体を縮ませて、顔から血の気を引かせながら喋り出していく。
「だっ、だって、あれから西園さんは有名人になっちゃって、たくさんの男の人に告白されて、その上全員フラれてて、学園のマドンナなんて呼ばれて、今じゃ生徒会副会長になって……、僕なんかと釣り合う訳ないじゃんか!」
流れる様な勢いで並べられていく理由に、斎藤自身が潰される様だった。
「釣り合う釣り合わないの問題じゃないでしょ?」
「でっ、でも……」
「最終的に決めるのは西園先輩です。告白しなかったら、西園先輩が先輩をどう想ってるかなんて解りっこないですよ?」
「………」
乃良と千尋の訴えも斎藤の胸に刺さる様子は無く、斎藤はもう何も喋る気は無さそうだ。
そんな斎藤を見て、二人は目を見合わせて、それ以上口を開くのを止めた。
そんな中、次に口を開いたのは花子だった。
「何で優介は告白しないの?」
「「「「!?」」」」
花子の予想外の台詞に一同は一斉に花子の方へと視線を向ける。
「花子ちゃん……、話聞いてた?」
「うん」
「斎藤先輩は西園先輩からどんな返事が返ってくるのかが怖くてできないって」
「何で?」
「何で!?」
「花子、誰もがお前みたいに考えなしに告白できると思うなよ」
花子の不思議な疑問に静まり返っていた部室の空気は一気に騒々しくなっていった。
――……でも、ミキティ先輩ってこういうのすぐに解りそうだけどなぁ。
乃良がそんな事を頭に過らせるも、花子に必死に語りかける斎藤を見て、それを心の奥に閉じ込めた。
●○●○●○●
部室から溢れる声が別の話題にすり替わっているのを聞くと、部室のドアにもたれていた背が離れていった。
そのまま廊下を歩いていく人影であったが、ふと立ち止まり、部室の方へ振り返る。
「私は待ってるからね」
西園はそう言って微笑むと、向き直って生徒会室へと歩いていった。
高校生だもん! 恋愛だってするよ!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
前回までの白熱した展開とは打って変わり、いつものように部室でグダグダ回です。
という事で前から書きたくてやっと動き出した斎藤と西園の恋愛模様の話でした。
ほんと最初っから決まっていた関係だったんですけど、ここはしっかり書きたいと思って今まで我慢してました。
やっとここから二人の恋が動きだします! ……動くのか?ww
この二人の恋は考え過ぎの斎藤がメインとなってくるので、考えなしの花子の恋愛とは違う感じで書けると思うので今から楽しみです。
西園は……、どう思ってるんでしょうねーww
これからどうなっていくのか、僕自身楽しみにしていきたいと思います。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!