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【176不思議】生徒のデート勧誘講座

『お疲れ様です』

『今日聞いたんですけど、また石神達が先生にご迷惑おかけしたみたいで』

『お疲れ様です!』

『いえいえ! 迷惑だなんてそんな! 毎日助けられてばかりです!』

『本当すみません。またなんかありましたら、俺がしっかり叱りつけときますんで』

『はい! その時はよろしくお願いします!』

「……とまぁ、こんな感じで」

 ここはオカルト研究部部室。

「楠岡先生と定期的に連絡を取れるようになりました」

「「おー!」」

 久方振りに部室に訪れた馬場からの報告に、馬場の直属の生徒である二年生達は祝福の声を上げた。

 馬場の手には、証拠となる連絡履歴が握られている。

「おめでとうございます!」

「会話の内容がちょっと気になりますけど、良かったですね!」

「先生頑張りましたもん!」

 生徒達の祝福に、馬場は照れからか顔を赤らめる。

「ううん、これも一重に石神さん達のおかげだよ。本当にありがと」

「いやそんな! 私達なんて特になんにもしてないですよ!」

 深々と頭を下げる馬場の謝辞に、千尋は謙遜の姿勢だ。

「そうっすよ! お礼の品、待ってますからね!」

「アンタは本当に何もしてないでしょ!」

 隙ありと入ってきた乃良に、千尋が身動きのとれないよう羽交い絞めをかける。

 楽しそうな生徒達に、馬場の表情も綻ぶ。

 先程千尋が用意してくれた緑茶も、心なしかいつもより美味しく感じられた。

 千尋の羽交い絞めからの脱出に成功した乃良は、息も絶え絶えに話を馬場に振る。

「じゃあ、連絡も取れるようになったし」

 乃良の声に、馬場は緑茶を啜る。


「次はデートっすね!」


 ブーッと若緑色の水飛沫が、馬場の口から吹き乱れた。

 気管側に入ってしまった緑茶に馬場は咳き込み、千尋や花子が心配して近寄るも、馬場の心情はそれどころでない。

「デッ、デート!?」

「はい」

 死に際の様な馬場の声にも、乃良は平然と答える。

「そっ、それは流石にまだ早すぎるんじゃないかな?」

 緑茶をもう一度注ぎ込んで、なんとか馬場は落ち着きを取り戻す。

 しかし乃良は、馬場の思考回路に疑問符を浮かべていた。

「そうっすか? 先生もう連絡先も交換して、定期的に連絡を取り合う仲にまでなったんですから、次のステップって言ったらデートじゃないですか? 普通」

「そっ、そうかな?」

 乃良の口にした『普通』に、馬場は違う考え方で捉えてみる。

「あぁでも、デートって言い方はまだしも、二人で食事には行きたいかも……」

「二人っきりで食事なら、それはもうデートですよ!」

「そっ、それはまだ心がもたないから食事がいいな?」

 千尋の定義が正しいのかもしれないが、今はデートと名付けると、変に緊張してダメになりそうだった。

 ここは食事と名付けて、馬場は次の問題に移る。

「でっ、でもっ、食事に誘うなんて出来るかな……」

 二人で食事に行くには、まず食事に誘わなければならない。

 当然な鬼門に、馬場の腰は引けていた。

「大丈夫ですよ!」

 そんな馬場のへっぴり腰に、千尋が頼れる右手を差し伸べる。

「食事なんて、こうやって自然に誘えばいいんです!」

 千尋はそう言って、自然な食事の誘い方を馬場に手取り足取り教えていった。


 ――楠岡先生!

 仕事終わり、未だ職員室で書類を片付けていた楠岡に声がかかる。

 振り向いてみると、馬場がこちらに笑顔を向けていた。

 ――お疲れ様です!

 ――あぁ、お疲れ様です。

 馬場の挨拶に、楠岡も一瞥する。

 ――あのぉ……、良かったらなんですけど。

 改まって言い寄ってきた馬場に、楠岡は何事かと目を向ける。

 ――今度よろしければ、一緒に夜ご飯でも行きませんか?

 宣言通り、自然な食事の誘い方だ。

 ――あぁ、良いですよ。

 ――本当ですか!? 美味しいお店知ってるんですよ! 私奢りますから!

 ――いやっ、自分も払いますよ!

 ――いえいえ、日頃お世話になってますし、私年上だし! 払わせてくださいよ。

 馬場の眩しめな笑顔に、楠岡も退くしかなかった。

 予定表に楠岡の名前を書く事に成功した馬場は、念の為と楠岡に予定を確認する。

 ――じゃあ、今度マックで夜ご飯って事で!

「マクドナルド!?」


 千尋のデートの勧誘術を聞き終え、馬場は堪らず声を荒げた。

「えっ! なんでマック!?」

「あっ、もしかして先生、マクド派ですか?」

「略し方の問題じゃないよ! なんで仕事終わりの大人二人がマックに夜ご飯食べに行くのよ! そもそもあそこわざわざ予定立てて行く場所じゃないでしょ!?」

 店の問題だった千尋は、拗ねて口を尖らせる。

「じゃあ先生はどこに楠岡先生と一緒に行きたいんですかぁ?」

「えっ」

 そう言われると、馬場は黙って熟考する。

 しばらく経つと、自然に答えは馬場の頭の中から湧いてきた。

「……焼肉屋」

「えっ?」

 それは千尋にとって意外な場所だった。

「なんで」

「楠岡先生、前牛肉が好きって言ってたから、一緒に焼肉とか行きたいなーって思って」

「わー……、そんなの全然覚えてないわー」

 楠岡への恋慕が生んだ記憶力だろう。

「だったら、肉食系女子はガツガツ行かないと!」

「わぁ!」

 割って入ってきた乃良の突然の迫力に、馬場は思わず身を仰け反る。

「やっぱ誘い方は、押してこそっすよ」

 乃良の提案した誘い方は、押してダメでも押してみろ作戦だった。


 ――楠岡せんせー!

 楠岡に駆け寄る馬場の周囲には、数多ものハートマークが振り撒かれていた。

「ちょっと待って!」


 度の激しい作戦に、待ったをかけずにはいられない。

「私、自分で言いたくないけどもう三十よ!? そんなキャピキャピした私見るに堪えないわよ!」

「まぁまぁ、ちょっと見てみてくださいよ!」

 荒ぶる馬場を宥めて、乃良は作戦の続行を試みた。


 ――わたしぃ、楠岡せんせーと一緒にぃ、お肉ジュージューってしたいなぁーって。だからぁ、わたしと一緒にぃ、焼肉屋さんでお肉ジュージューしてくれない?

 明らかに普段の馬場とは違う人物像。

 目の前で必要以上に好意を振り撒く馬場に、楠岡は冷視線だ。

 楠岡は返答と同時に、親指をグッと立てる。

 ――おけまる!

「アンタもかい!」


「もっと真面目に考えてよ! 私は本気で考えてるんだから!」

「まぁまぁ」

 娯楽に成り代わりつつある議題に馬場は蹲り、千尋がその背中を擦った。

 千尋はそのまま次の誘い方の提案者を見つける。

「ほらハカセ! アンタも考えて!」

「あぁ?」

 課題に身を委ねていた博士は、隠す事無く不機嫌を前に出す。

「食事の誘い方なんて知らねぇよ」

「そんな事言ってないで! ほら! ちゃんと考えて!」

「んな事言ったって……」

 愚痴を吐きつつも、博士は頭を働かせてみる。

 浮かんだのは、随分と素朴なものだった。

「……別に、変に凝らずに普通で良いんじゃねぇの?」

 こうして、博士は普通をテーマにした食事の誘い方を馬場に提案した。


 ――お疲れ様です。

 まずは定石通り、職員室の楠岡の席へと歩み寄る。

 ――お疲れ様です。

 ――もう帰りですか?

 ――はい。気付いたらこんな時間で、もうお腹ペコペコですよ。

 他愛無い話に笑いを交えながら、楠岡は帰りの支度を進めている。

 その後ろ姿に、馬場は勇気を振り絞った。

 ――あのぉ……、良かったらなんですけど。

 馬場の震え混じりな声に、楠岡は振り向く。

 ――このあと私、焼肉行くんですけど……一緒にどうですか?

 馬場の眼鏡の奥の瞳は、純に澄んでいた。

 その瞳に見つめられ、楠岡は返事が遅れる。

 ――でも……、良いんですか?

 ――勿論。

 ――だって、他の方とかもいらっしゃるんでしょ?

 楠岡の心配事に、馬場は一つ笑いを入れる。

 ――大丈夫ですよ。

 馬場は一頻り笑い終えると、楠岡に向けて向日葵の様な笑顔を向けた。

 ――元々一人で行く予定でしたから。

「一人焼肉!?」


「なんで元々私一人焼肉行く事になってるの!? 私一人で焼肉なんて流石に行けないわよ!?」

「えっ、三十越えた独身女性って皆一人で焼肉とか行ってるんじゃないんですか?」

「なにその捻じ曲がった偏見! そういう人もいるけど! 皆が皆一人焼肉行ける訳じゃないからね!?」

 博士の偏見から着想された誘い方には、まだ続きがあった。


 ――すみません、今日は先約がありまして。お気持ちだけ頂いておきます。

「しかも断られてるじゃん!」


 完全に蛇足なエピローグだ。

 心の許容を大幅にオーバーした馬場は、教師らしからぬ人の性を生徒達に発散する。

「なんでそんなふざけた事ばっかするの!?」

「俺は別にふざけた訳じゃ」

「お願いだから皆真剣に考えてよ!」

「なんですか、さっきから俺達に頼ってばっかで! 少しは自分も考えてくださいよ!」

「うっ!」

「てか、二人で食事はまだ早かったんじゃないですか?」

「そっ、それは! 加藤君がデートとか言うから!」

「食事もデートも一緒でしょ!?」

「そうですよ馬場先生!」

 数的有利と若さ故の度胸の座った生徒達に、馬場は毎度の如く押され気味だ。

 もう泣き寝入りする寸前まで来ていたその時。

「よぉお前ら、バカやってるか」

 部室の扉を、黒いジャージを身に纏った男性がスライドした。

「楠岡先生……」

 ヒーローの様なタイミングで現れた自身の王子様に、馬場は今までの苦悩も忘れて楠岡に釘付けだった。

 楠岡も名前を呼ばれ、馬場の存在に気付く。

「馬場先生? どうしてここに……」

 馬場を壁に追いやるような陣形に座る二年生達に、楠岡は目を細める。

「おいお前ら、また馬場先生に迷惑かけてんのか」

「違ぇよ!」

「私達は馬場先生の味方になって話してたんですよ!」

「そんなの信用できるか」

「ほっ、本当ですよ」

 突然悪役を押しつけられ、二年生達は非難の声を上げた。

 馬場も一同の冤罪を解こうとするも、楠岡の中で判決は既に下されたようだ。

「とにかく、お前らもう二度と馬場先生の事振り回すなよ」

「なんだよ! どっちかって言ったら馬場先生の事振り回してんの楠岡先生の方だろ!」

「あぁ!?」

「ちょっと!」

 そんな中、激化する戦況を一人の少女が歩いていく。

 少女は楠岡の目の前に辿り着くと、持ち前の無表情で楠岡を見上げた。

「……ん? どうした零野。お前もなんか文句あんのか?」

 花子はその質問に答えない代わりに、楠岡に全く違う内容を口にした。


「馬場先生が一緒に焼肉行きたいって」


「「「「「!?」」」」」

 突然口走った花子に、両者空襲を食らったような衝撃だ。

 最も衝撃をもろに食らったであろう馬場は、走馬灯でも見ているのか焦点は一切合っていない。

「馬場先生が、俺と焼肉?」

 そう確認した楠岡に、花子は一つ頷いた。

 楠岡はそっと馬場に目を向ける。

 ようやく焦点を取り戻した馬場は、楠岡からの視線とただ交わらせるだけだった。

「……良いですよ」

「「「「!」」」」

 そっと呟いた一言に、今度は一斉に楠岡に注目を向ける。


「行きましょうか、焼肉」


 楠岡の笑顔は、この人物が所謂イケメンという分類に括られる人物だと思い出させる笑顔だった。

「えっ……、えっ?」

 目が回る程の展開に、馬場の頭は追いついていかない。

 それでも現実は馬場の事などつゆ知らず、急激に加速し出した。

 という事で、

 馬場、楠岡とデートに行く!

先生回、急展開!?

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は毎度お馴染み、一定周期でやってくる先生回でした。

毎回少しずつ進展を見せる先生回なのですが、今回はどうしたものかと。

前回は先生達が連絡を取り合うところまでこぎつけましたが、その次のステップとは一体なにか。

色々考えたんですけど、「あれ、これもう次デートじゃね?」という結論になった訳です。


という事で今回は、馬場が楠岡をデートに誘う!という話になりました。

オカ研部員に馬場が振り回されるのはもうお馴染みですねww

あれこれ試行錯誤しながら部員達の策を考えたのですが、最後の花子は作者も予想外の展開でした。


さて、花子のファインプレーにより遂にデートまでこぎつけた馬場先生!

気になる先生回デート編ですが、これを書くのは随分先になりそうです。

先に書きたい話が幾つかあるので。

いつか書くその日まで、先生達のデートをしばしお待ちいただけたらと思います!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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