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【174不思議】狂った

 朝日が顔を出し、校舎にはたくさんの生徒達が集まり出した。

 教室から生徒間の細やかな挨拶が聞こえる中、一年E組では異様な賑わいが目立っている。

 生徒達がとある席を中心に渦を巻いていたのだ。

 その付近には小春も立っていた。

「………」

 小春はその中心部に、冷徹な視線を送っている。

 そこに少し遅れて到着したのは理子。

 理子は教室の空気を不審に感じながらも、小春の隣にそっと近寄って肩を叩いた。

「おはよう小春ちゃん!」

 元気な挨拶に、小春は無反応だ。

「なにかあったの? 朝からこんな騒いで」

 渦の中心に目を移したその時、理子の喉は詰まる。

 そこは小春の席だった。

 ただ昨日までなんの変哲もなかったその机は、『死ね』だの『ブス』だのと、思いつく限りの悪口でデコレートされている。

 その文字はどす黒く、消しゴムで消せそうにない。

「……なにこれ」

 一目見ただけで分かる、典型的なイジメだ。

「酷い……!」

 あまりに凄惨な光景から目を逸らし、理子は腫れ物見たさに集まっていた群衆に睨みを効かせた。

「誰!? こんな事やった人!?」

 群衆は辺りを見回すだけで、誰も手を挙げたりしない。

 影に隠れた女子三人組が小さく笑うも、今の理子の視界は狭まっていた。

「こんな事して良いと思ってるの!? いいからとっとと出てきて! それで小春ちゃんに謝って!」

 理子の叫びは、ただ教室に空しく響くだけ。

 暖簾に手を押した様な手応えに、理子は負けじと声を荒げようとする。

 それを遮るように、深い溜息が聞こえた。

「いいよ理子」

 口を開く小春に、理子は振り向く。

「良くないよ!」

「いいの。別になんとも思ってないし。それに、誰がやったか大体の目星はついてるから」

「「「!」」」

 言葉と共に向けられた視線に、三人の背筋は凍りつく。

 それでも小春は、図星な三人から目を逸らした。

「こんな程度の低い嫌がらせ、誰がやったか一目瞭然でしょ? こんなので私が参るとでも思ったのかしら?」

 悠々と語る小春に、三人の苛立ちは積もっていく。

「ほら、もうすぐHRが始まるわよ? 席について準備しましょ」

 悲惨な席に躊躇いもなく腰を下ろした小春に、観覧の熱も次第に冷めて、方々の席へと散らばった。

 ただ一人残った理子は、未だ小春の背後で立ち尽くしている。

「小春ちゃん……」

「……ありがと理子。本当に大丈夫だから」

 小春は理子に目を向けず、正面のまま口にした。

 それでも納得のいかない理子は、小春の傍まで近付こうと一歩足を前に出す。

 しかし同時に、扉の開く音がした。

「はーいお前らー、席につけー」

 担任の教師の登場だ。

 理子の足は止まるしかなく、仕方なく自分の席に座る。

 ふと小春を覗いてみた。

 やはり目立つのは机の落書きで、担任はそれに気付いていないのか、小春に声をかけようとはしない。

 ただ決して屈さない凛とした横顔に、理子も口を噤むしかなかった。


●○●○●○●


 窓の外も静かな夜。

「板宮がいじめられてる?」

 箒屋宅の自室で突然告げられた事実に、博士は眉を歪ませた。

 しばらく静寂が訪れる中、博士はそれよりも気になった部分を相手に尋ねてみる。

「……ていうか、お前板宮と仲良かったのか」

「今更!?」

 そういうところも鈍感なのかと、理子は声を荒げる。

「ていうか! 今はそんな事どうでもいいでしょ!?」

 勢い余って殴りかかってきそうな理子に、博士も悪かったとなんとか妹の心を宥めようとした。

 事の発端は数分前。

 理子が突然部屋をノックしてきたかと思えば、「相談がある」と言って博士の部屋に入ってきたのだ。

 普段勉学で頼られる事はあっても、改まって相談事など幼少期の頃しか記憶にない。

 何事かと訊いてみれば、自分の後輩でもある板宮小春が、数日前からいじめられているという衝撃の事実だった。

「しっかし、板宮がいじめられてるねぇ……」

 俄かには信じ難いが、理子の話が事実なら、世間一般的にそれは『イジメ』と呼ばれるもので間違いないだろう。

「なんか部室で様子変だったり、おかしなとことかなかった!?」

「んー……」

 身を乗り出して訊いてくる理子に、博士は今日の放課後を回想する。

 今日も千尋が問題を起こし、それを見た乃良が腹が捩れる程大笑いし、その間に花子がなんの脈絡もなく寄ってくるという、変哲のない放課後だった。

「……うちは毎日おかしいからなぁ」

 それでも小春に特段変わった様子は無かった筈だ。

「別に普通だったと思うけど」

 記憶を捻り出して答えた博士に、理子はそっと力を抜く。

「……そっか」

 理子は博士から離れると、小さく床に正座した。

「……教室でもそんな感じなんだよね。明らかに嫌がらせされてるのにさ、本人はそんなの気にしてないみたいで、平気で私と話してくれるから、なんか私、実は小春ちゃん一人で苦しんでるんじゃないかと思って……」

「………」

 博士からすれば、目の前の理子の方が余程苦しんでいるように見えた。

 ふと目を逸らすと、先輩目線として小春を語る。

「……まぁ、あいつそういうのあんま気にしなさそうだしな。寧ろ原因もあいつにありそうだし」

 強情な小春なら十分に有り得る可能性だ。

「イジメってのも複雑で、全部ワンパターンって訳にはいかねぇんだろ。……俺が知ってるパターンは、いじめられてるのを誰にも言えずに一人で抱え込むってのだったんだけど、多分今回はそういうんじゃねぇ」

 以前の件を思い出して、博士は後味が悪くなる。

「多分板宮は、本当になんとも思ってねぇんだよ。ちょっと意地悪されてるぐらいで、あとはいつも通り。だから、お前が気にする必要もねぇんじゃねぇか? 本人が気にしてないのに、他人が気にすんのもバカらしいだろ? もし板宮が本気で困ってたんだとしたら、そん時助けてやればいい」

 実際、博士の言っている事は正しかった。

 小春は今回の一件の事など、蚊に刺された程度にしか思っていない。

 幾度も修羅場を潜ってきた小春にとって、これしきのイジメの耐性は構築済みだった。

 それでも態度を改めなかったのは、強情で遠慮のない小春の性格に『竹を割った様』というのも加えられるからだろう。

 性格以外に落とし込まれた事もあったが、小春の気にする事ではない。

 友人である理子も、薄々分かっていた事だった。

 それでも――、

「……でも」

 小さく口を開いた理子に、博士は目を向ける。


「友達がいじめられてるのを見るのは、辛いよ……」


 理子の目は薄ら滲んでいた。

 耐え切れず零れた雫を理子は袖で拭い、鼻をズズッと鳴らしている。

 そんな妹に、博士はわざと目を逸らした。

 ――……まぁ、そらそうだよな。

 夜景の窓に映った博士の顔は、随分と考え込んだ顔をしていた。


●○●○●○●


 それから博士は、いつもの放課後も、自然と小春を目で追うようになっていた。

 小春は視線に気付かないまま、今日も平常通りの生活を送る。

「こはるぅん!」

 そこに怒鳴り声を浴びせてきたのは乃良だ。

「なんだお前! 人が話してる時にずっとピーナッツ食いやがって! 舐めてんのか! 俺先輩だぞ!」

 怒りの内容は、どうも薄っぺらかった。

「先輩って、たった一つ年上なだけでしょ?」

「俺はお前より何百歳も年上だ!」

「化け物じゃないですか」

 血の逆上する乃良の説教の間にも、小春はピーナッツを食べる手を止めない。

「とにかくいいからピーナッツ食べるのやめろ! やめろって! やめろって言ってんだろ!」

「だって止めたくても止まんないんですもん」

「いや分かるけど!」

 小春の言い訳に、乃良は頷いてしまった。

「てかお前さっきからピーナッツばっか食い過ぎだろ! ちゃんと柿の種も食べろよ! 片方ばっか食ってたら偏るだろうが!」

「私辛いの苦手なんで」

「好き嫌いすんな!」

「まぁまぁ! 乃良落ち着いて!」

 このままでは血の上り過ぎで爆発しそうなので、千尋が慌てて宥めに入る。

 それでも退けない乃良は、最終手段に移り出た。

「……お前、相手がもずっち先輩でも食べ続けるのか?」

「うっ!」

 途端に小春の頬が柿の種色になる。

「お前もずっち先輩が話してる時でも、そうやってピーナッツ食べ続けんのかって訊いてんだよ!」

「それは……ないですよ」

「はぁ!?」

 小春の回答に、乃良は顔を歪めた。

「なんで俺の時はピーナッツ食って、もずっち先輩の時はピーナッツ食わないんだよ!」

「そっ、それはっ、百舌先輩は先輩だからっ!」

「俺だって先輩だろ!」

「百舌先輩は二つ年上でしょ!」

「お前の中で一つと二つの格付けどうなってんだよ!」

 どれだけ言っても小春の論理が変わる気配はなく、小春はそっぽを向いた。

 話題の百舌も本に夢中で聞いていない。

 我慢し切れなかった乃良は小春に手を出しそうになったが、それは千尋が全力で阻止する。

 照れと興奮で赤くなった小春は、とてもイジメの被害者に見えない。

 博士は心配するのもバカらしく思え、そっと目を伏せる。

 ただ小春を観察していたのは博士だけではなかった。

 もう一人の観察者である賢治は、それからも小春から目を逸らす事なく、じっと小春を見つめ続けていた。


●○●○●○●


 辺りは大分暗くなり、校舎に人の影が無くなった頃。

 何故か一年E組からは甲高い笑い声が溢れてきた。

「アハハッ! なに書いてんの!? 最低!」

「アンタだって最低でしょ!」

「なによあんな強がっちゃって! 本当は苦しいくせに! 精々一人で苦しんでればいいのよ!」

 一つの席を囲んで、女子三人は随分楽しそうだ。

 とても秘密のお菓子パーティーをしているようには見えない。

 傍の机にはマジックペンが寝転がっており、それを気分上々に滑らせている。

 その異様なまでの盛り上がりに、誰も寄ってくる足音に気付かなかった。

「なにやってるのー?」

「「「!」」」

 突然声が聞こえて、一同は慌てて顔を上げる。

 そこにいたのは中性的な少年だった。

 前髪はパッツンと切られており、体格も決してガタイが良いとは言えない。

 少年は三人が驚きのあまり動けないのを良い事に、ゆっくりと教室の中に入っていくと後ろのロッカーに腰を下ろす。

「どうも、こんばんは」

 いつも通り微笑んだ賢治の笑顔を、月明かりが不気味に照らした。

賢治の本性が明かされる……。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


お送りしている賢治編ですが、どちらかというと小春の方が大変な目に合っていますね。

作中でもハカセが少し触れていますが、マガオカでイジメの描写を書くのはこれで二度目です。

一度目はそう、千尋編の時ですね。

イジメを題材にするのは二度目という事で、今回は一度目とは変わったものにしようと考えました。


大々的に変わったのは被害者側の気持ちですね。

千尋の時は心身共に致命傷を負いましたが、今回の小春はほとんどノーダメージです。

作中でも語っている通り、小春の性格ならこれまでもクラスメイトの嫌がらせなど茶飯事並に浴びていただろうと。

またイジメの原因が小春にも一理あるというのが、小春の無感傷、それと千尋との違いに直結するでしょう。


とは言っても、どんな理由であれイジメは絶対にいけません。

例え本人が気にしてないとはいえ、それを見過ごす訳にはいきません。


小春のイジメを、賢治はどう対処するのか。

次回、賢治編完結です!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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