【173不思議】木の実
放課後のオカルト研究部部室。
部員達の集まったその場所は、相も変わらず奇想天外だった。
「今日こそは覚悟しろこの悪霊!」
覇気の籠った小春の声が、部室中に轟く。
「ここにありますこのお札は、先代の霊媒師がその祈りを捧げたという清めのお札! この札を対象に貼り付ける事で、悪霊を見事天に還す事が出来る! さぁ悪霊! 大人しく成仏しろ!」
そう言って、小春は札を握る手に力を入れる。
札には何やら筆で呪文の様なものが記されており、確かに除霊の効力を感じさせる雰囲気を醸し出していた。
対象である筈の花子は、他人事の様な無表情だ。
「キャー! やめて! 花子ちゃんを除霊しないで!」
花子の感情をまるで千尋が代弁しているかの様に、千尋が花子を懸命に庇う。
しかし小春の足は止まらない。
「石神先輩! そこをお退きなさい!」
「嫌だ!」
千尋は花子から離れまいと必死である。
ただ割って入った乃良が、千尋の腕を引っ張って花子から引き剥がした。
「ちひろんちょっと退いてろって」
「なにすんの! このままじゃ花子ちゃんが!」
「大丈夫だから」
無理にでも抜け出そうとする千尋を、乃良は冷静を保ちながら捕える。
一歩ずつ近付いてくる小春に、花子は一歩も退きはしない。
二人の距離は縮まる一方で、ちょっと手を伸ばせば触れる程になっていた。
「不生不滅、不垢不浄、不増不減……!」
小春は経を唱え、札に自分の霊能力をありったけ込めていく。
「これで終わりだ!」
そしてその札を花子の額に力強く貼り付けた。
「てぇい!」
「ダメェェェェェェェ!」
札は花子の額からひらりひらりと宙を舞い、床にそっと落下した。
「「「「「「「………」」」」」」」
全員が言葉を失い、ただ床に寝そべった札を見つめている。
先程まで劈いていた千尋も、今じゃあんぐりだ。
小春は数秒落ちた札を見守っていると、何も言わないままそっと札を拾い上げる。
ふと周りを見渡して、部室に置いてあったセロハンテープに手を伸ばすと、小春はそれを札に付着させ、改めて花子の額に貼り付けた。
「てぇい!」
「いや意味無いでしょ!」
黙って見ていた千尋が、堪らず声を上げる。
千尋を雁字搦めにしていた乃良も、「やっぱり」と予想通りだった現場を冷やかな目で見ていた。
「お札テープに貼り付けたって流石に意味無いでしょ! 霊能力で貼り付けないと!」
「うっ、五月蠅い! どういう形であれ、貼りさえすればいいんですわ!」
「花子ちゃんすごい元気みたいだけど!」
当の幽霊はしばらく硬直していると、思いついたように駆け出して、博士に「似合う?」と乙女な質問をしている。
博士は顔を歪ませながら、「あぁ、似合ってるよ」と適当に返事をした。
それでも花子は満足いったのか、無表情の背景にパッと花が咲く。
そんな青春の一ページに、小春はただ頭を抱えた。
「あぁ! どうしていつまでもあの悪霊を祓えないんですの!?」
頭を抱える小春に、賢治がそっと答える。
「それは、春ちゃんに霊能力が無いからだよ」
「黙らっしゃい!」
賢治の回答は聞こえなかった事にして、小春は憎き悪霊に睨みを効かせた。
「今に見てなさい! 今度こそ貴様を成仏させてみせるんだから!」
小春の宣戦布告も、花子には理解されずに首を傾げられる。
その弾みで札はまた額から外れ、ひらりひらりと宙を舞っては床に流れ落ちた。
●○●○●○●
翌日。
授業が終了し、数分間の小休憩が訪れた。
一年E組では教室の後方の席にて、小春がじっと机に開いたノートとにらめっこをしている。
――んー……、なんとかしてあの悪霊を成仏させる術を見つけなくては……!
ノートに書かれていたのは、花子を除霊する為の作戦候補。
先程の現代文の授業の間も、板書も程々にほとんどの時間をこちらに費やしていた。
しかしなかなか名案は生まれない。
授業が終了した休憩時間の今も、小春の手は止まらなかった。
――やっぱりもっと強力な除霊道具を持ってくるべき? でも力の強い道具は霊媒師の腕がないと暴走する危険性も、
「いったみーやさーん」
そこに声がかかる。
聞こえてきた声色に、小春の持ったシャーペンの動きは止まった。
「次、移動教室だよ? 良かったら私達と一緒に行かない?」
――………。
傍にやって来たのは、小春と同じクラスの女子三人組だった。
小春の鼻元を、独特な匂いが掠める。
恐らくは小春の机に躊躇なく体を預けた彼女のものだろう。
肩まである髪はクルッと内側に巻かれている。
学校に来るにも関わらず熟れた果実の様な香水を振り撒く彼女は、小春にとって苦手な部類の人種だった。
無論、小春が名前を覚えている筈もない。
「ねぇ、何書いてるの?」
「うわっ、なんか悪霊とか書いてるよ」
「怖ーい」
耳元に響く幼稚な会話にも、小春の集中力は途切れない。
「そんな怖い事書いてないでさ、もっと可愛い事しようよ。板宮さん、ツインテールとか似合ってて結構可愛いんだからさ」
間違いなく小春にかけられた言葉。
しかし小春は、女子三人がまるで見えないようにノートと対面していた。
「……板宮さん?」
名前を呼んでみても、小春から応答はない。
「……あれ、これもしかして無視されてる?」
小春の異様に気付いた彼女は、そう呟いた。
「えっ、なんで?」
「私達なにかした?」
三人で話し合っても、特に心当たりは見当たらない。
机に乗りかかった彼女は、無理にでも小春の視線をこちらに向けさせようと髪に手を伸ばした。
「ねぇ、板宮さんったら」
瞬間、彼女の手を小春がバッと払う。
「「「………」」」
彼女達の小春に向ける目の色が、一瞬にして変わった。
「貴女達、耳触りだからそろそろ消えてくれないかしら?」
小春も歯に衣着せぬ言い方で、彼女達を睨む。
一同の隙間に、冷たい火花が散った。
「……なにそれ」
「行こ」
女子三人は小春を置いて教室を後にする。
これでようやく集中できると、小春は溜息を吐いてノートに向き直った。
こうしてクラスの女子とぶつかるのも、小春にとっては大して珍しい事でもない。
幼少の頃から強情で、遠慮のない性格だった小春は、先程のように生徒間で亀裂が走るのもしばしば。
去っていった彼女達の事を考える余地など、有りはしなかった。
教室に残ったのは小春一人。
集中力を研ぎ澄ませていた小春はその事に一切気付かず、ただひたすら花子を成仏させる策を練り続けていた。
「……るちゃん! 小春ちゃん!」
「!」
ようやく気付いて、小春は顔を上げる。
どこか心配したような顔の理子が、こちらを見つめていた。
「どうしたの小春ちゃん!? 次移動教室だよ! 早くしないと授業始まっちゃう!」
「えっ」
慌てて時計を確認する。
まだ大丈夫だと読んでいたのだが、授業開始まで残り三分を切っていた。
移動教室までの道のりをざっと計算すると、走っても三分はかかる筈。
「ごめん、ちょっと悪霊退散について考えてて」
「え?」
「取り敢えず行こ!」
小春は急いで授業に必要な荷物を揃えると、理子と一緒に急ぎ足で教室を飛び出す。
二人の駆ける足音が、廊下にこだました。
そんな二人の後ろ姿を眺めるのは、先程の女子三人組。
「……なんなのあいつ」
「何様のつもり?」
「自分が一番とでも思ってるのかしら?」
三人が小春に向ける視線は、どれも厳しかった。
「あっ、でも私達も早く行かないと授業遅れちゃう」
「良いでしょ別に遅れたって。どうせ行ったって真面目に受けないんだし」
「まぁ、そうだけど……」
果実の匂いを漂わせる彼女の声に、隣の少女は委縮する。
どうやら彼女が親玉のようだ。
「私達を敵に回した事、後悔させてやりましょ」
そう言って小春を狙う彼女の目は、どうも凶暴だ。
猟奇的な彼女を筆頭にして、女子三人組は時間も気にせずゆっくりと移動教室へ歩き出す。
同じ目的地を目指す、小春に狙いを定めて。
そんな彼女達を影で観察していた第三者が一人。
「………」
第三者は悠然と歩いていく三人の後ろ姿を、目に焼き付けていた。
「賢治ー!」
「!」
名前を呼ばれ、賢治は三人に向けていた目をふと逸らす。
声の主は同じクラスの男子生徒だ。
「なにやってんだよ、もうすぐ授業始まるぞ」
「あっ、うん。今行くよ」
賢治はフッと笑顔を作って、教室へと戻っていった。
しかしその直前で、賢治は目を廊下に戻す。
そこに賢治のいつもの朗らかな笑顔はどこにも有りはしなかった。
賢治は知っていた。
彼女達がそこで話していた全ての内容を。
そして、小春が幼少の頃から強情で、遠慮のない性格だという事を。
賢治が教室に入って席に着いたところで、丁度次の授業開始を報せるチャイムが校舎中に鳴り響いた。
小春……ではなく賢治編です。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回からみんなにスポットライトを当てていこう第七弾! 賢治編になります!
今のところ小春の方が出番は多いですがww
これから賢治が大活躍していく予定なので、よろしければ是非その賢治の活躍を括目してください!
……と、後書きが少し短すぎるので今の作者の近況報告を少し。
実は先々週から実家を引っ越しまして、前回の後書きから新居で書いていたりします。
随分と空気の悪い時代になっていますが、僕はこの新居から変わらず明るいマガオカを発信していきます!
なので是非! おうちでマガオカ読んでこの時代を乗り越えましょう!
てか読んで!ww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!