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【171不思議】雷の落つる日に蕾一粒

 窓の外は、鉛色の空模様に幾つもの斜線が降り注いでいた。

 気付けば逢魔ヶ刻高校も雨季に突入。

 少しでも外に出ればずぶ濡れになりそうな豪雨に、部室の窓越しから眺めていた博士の心も快晴とはいかなかった。

「雨だー!」

 しかし耳に飛び込んできた声は、妙に晴れやかだった。

「ねぇ見て! 雨! 雨だよ!」

「朝から降ってたじゃねぇか」

 隣で一人騒ぐ千尋に、博士は鬱陶しそうに耳を塞いだ。

 千尋は子供番組でも見る様な輝かしい瞳で、窓に映る雨模様を眺めている。

「うわー! すごい降ってる!」

「ったく、なんで雨なのにそんなテンション上がってんだよ」

「なんで!? 雨ってテンション上がるもんでしょ!?」

「雨でテンション上がるのなんてお前か蛙ぐらいだよ」

「誰が蛙だ!」

 博士の暴言に腹を立てながらも、耳を澄ませば聞こえる雨音に、再び千尋は目を奪われた。

 鼻を突く雨の匂いが、更に千尋を安らがせる。

 不信に目を向ける博士に、そっと乃良が近付いた。

「そういや今日、これから雷だってよ」

「まじかよ。帰るまでにはやんで欲しいな」

 今日の雨足ではその願いも無駄に終わりそうだが、願うに越した事はないと願っておく。

「大丈夫だって! いざとなりゃ学校(俺ん家)泊まればいいんだから!」

「頼むからやんでくれ」

 博士は願いに込める力を、更に強くした。

 その願いに反発したのは千尋だ。

「はぁ!? なんでやんで貰うようお願いしてるの!?」

「いやだって、帰りに濡れたら嫌だろ」

「あっそ! だったらこっちだって雨乞いするんだから! ざーぴっちょん、ざーぴっちょん、じょんげーじょろげーざーぴっちょん」

「悪かった。悪かったからその変な歌とダンスやめてくれ」

 謎の儀式を決行した千尋を、博士は見ているこっちが恥ずかしいと止めた。

 どっと疲れが押し寄せて、ふと溜息を吐く。

「お前、そんな雨好きだったか?」

 不意に口をついた質問に、千尋は微笑む。

「そりゃあ、お出かけとかの日は雨降ったら嫌だよ? でも雨降ってる時しか出来ない事だってあるでしょ?」

「ん?」

 そう言うと、千尋はポケットから布を取り出した。

 可愛らしい色に化け物のマスコットが描かれた、お気に入りのハンカチだ。

「それじゃ、雷が落ちる前にこっちはハンカチ落としやろっか!」

「いつでも出来んじゃねぇか」

 それは天候関係無く、ハンカチさえあれば可能なゲームだった。

「なに雷に対抗してんだよ」

「えっ、やらなかった!? 小学校の昼休み、雨の日はクラスの皆で集まってハンカチ落としとか」

「いややったかもしんねぇけど。そんなの学校によって差あるだろ」

 幾つか議論を交わすも、千尋は耳を貸しはしない。

 今はとにかく、皆で輪になって一緒に遊びたかった。

「まぁいいじゃん! ほら! 早く遊ぼ!」

「やんねぇよ」

「はぁ!?」

 即決された却下に、千尋の顔は歪む。

「なんで! 遊ぼうよ!」

「遊ぶ訳ねぇだろ。そんな子供みたいな遊び。大体ハンカチ落としなんて二人や三人で出来る遊びじゃねぇだろ」

「勿論! 皆で遊ぶに決まってるでしょ!」

 そう言って、千尋は目を苛立つ博士から逸らす。

 逸らした先は、博士よりも素直で従順な後輩達がくつろいでいた。

「ねっ! 小春ちゃん達もやるでしょ!?」

 先輩からの勧誘に、後輩は目を顰める。

「やる訳ないじゃないですか」

 後輩の鋭利な返答が、千尋の胸に突き刺さる。

 なかなか抜けない千尋の胸の針を余所に、小春は言葉を更に突き刺していく。

「なんで私がそんな地べたに這い蹲って、落とし主を追いかけ回すような下賤な遊びをしなくてはならないんですの? そんな事をする暇など、今の私には到底ありはしな」

 瞬間、窓から青白い光が襲った。

「「「「「「「!」」」」」」」

 数秒遅れて、どこか遠いところからゴゴゴッと轟音が聞こえてくる。

 一同の視線は、一斉に窓の外に向けられた。

「……落ちてきたか」

 こちらの準備など待ちやしないと、雷が嘲笑っているようだ。

 これは早急に帰り支度をするべきかと悩んでいると、また轟くような音が耳に飛んでくる。

 ドガシャアッ!

「「「「「「!?」」」」」」

 しかしそれは先程とは違う物音で、部室の中から聞こえてきた音だった。

 一同は、音のした方向へゆっくり首を回す。

 そこにいたのは、本の敷き詰められた棚に震えるようにしがみつくツインテールの少女。

「………」

 するとまた、窓の外から稲妻が走った。

「!」

 小春はその光に当てられると再び暴走し、今度は別の棚に倒れ込む。

 体はまるで、生まれたての小鹿の様だった。

「……小春ちゃんもしかして」

 千尋は小春を傷つけないように、慎重に言葉を選ぶ。

「……雷苦手?」

「そっ、そんな訳ないでしょう!?」

 小春は持ちかけられた疑惑を払拭する為、震える足を抑えながら立ち上がった。

「私は先祖代々受け継がれる霊媒師一族、名門・板宮一家の娘ですわ! 霊媒を生業にするこの私が、雷なんぞに怖気づく訳」

 ゴゴォ!

「キャァァァ!」

 振り絞った言い訳も、雷の前に影も形も粉々に打ち砕かれた。

 床に蹲る小春に、賢治は呆れたように息を吐く。

「別に隠さなくてもいいのに」

「やっぱり雷怖いんだね」

 何を言っても否定し続けそうな小春に代わって、賢治が「はい」と包み隠さずに告白した。

「小学生の時は今よりもずっと怖がりで、遠くで雷の音がしたら、いきなりアスファルトにうつ伏せになって、雷が落ちてこないようにって出来るだけ平らになろうとしてたぐらいですから」

「アンタ勝手に何言ってんのよ!」

 小学校時代の小春を想像して、千尋は膨れる顔を堪える。

 一方博士は呆れていた。

「ったく、高校生にもなってなに怖がってんだか」

「なんですって!?」

 感情的になる小春とは対照的に、博士は至って冷静だ。

「最初に落ちた雷の光と音の間に十秒くらいのラグがあったろ? つまり最初の雷が落ちたのは三キロ以上離れた場所って事だ。そもそも雷が直撃する可能性は、隕石が直撃する可能性よりも低いなんて言われてる。こうやって建物の中にいれば怖がる必要なんてないだろ。なぁ乃良」

 演説の後、博士は乃良に同意を求める。

 しかし乃良はビクビクと体を震わせており、猫耳もパッタリと閉じていた。

「………」

 数秒前とは様変わりした友人に、博士は目を疑う。

 そこに本日何度目かの雷が襲った。

「ニャァ」

 雷轟が鳴ると、乃良は聞いた事も無いような情けない声を出した。

 部員全員が乃良に疑惑の目を向ける。

 行動に移ったのは千尋だった。

「……ドッカーン!」

「ンニャアッ!」

 乃良の耳元で大爆発した千尋に、乃良は全身の毛を逆立たせながら打ち上がった。

 まるで花火の様だった乃良に、千尋は両手で腹を抱えている。

「なにするんだよ!」

「アハハハハハッ!」

「そういやお前も雷苦手だったか」

 博士も中学生の記憶を思い返して、どこか納得している。

「今までで一番猫みたいな声出してたぞ」

「五月蠅ぇな! 仕方ねぇだろ猫なんだから!」

 確かに猫が雷を苦手なのは有名な話だ。

 化け猫とはいえど、乃良が雷を苦手とするのも必然と言っていいだろう。

「男の癖になに怖がってるんですか」

「お前にだけは言われたくねぇよ!」

 小春にまでは蔑んだ目で見下され、乃良のプライドはズタズタに引き裂かれた。

 乃良を憐れみながらも、博士はふともう一人の怪奇現象に目を向ける。

「お前は怖く……」

 無表情にこちらを見つめる花子と、数秒視線を合わせる。

「……ないよな」

「?」

 一人で勝手に解決した博士に、花子はコロッと首を傾げた。

 蹲って怯える乃良を慰めようと、千尋がそっと近付いて背中を擦る。

「まぁまぁ、私も気持ち分かるよ? 私も昔は雷苦手だったから」

 千尋はそう言って、一人昔話を始めた。

「幼稚園ぐらいの頃ね? 雷の日の夜にお腹出したまま寝ると雷様がおへそを取りに来るって聞いて、すっごく怖かったの」

「ただの作り話じゃねぇか」

「返してくれたから良かったけど」

「一回取られたのかよ」

 千尋の昔話に、博士は耐えられず口を挟んだ。

 小春にも思うところがあったのか、弱々しい声で千尋に一言申し出る。

「なにが雷様よ! そんなの、私が祓ってみせますわ!」

「そこじゃねぇだろ」

 見当違いな申し出に、博士は更に訂正を重ねた。

 その刹那。

 ゴゴゴゴォッ!

「「「「「「「!」」」」」」」

 今までで一番の稲光と轟音が部室を襲った。

「「「うわぁあっ!」」」

 雷恐怖症である小春と乃良は、落雷と同時に呻き声を上げ、昔は苦手だったと豪語する千尋でさえ絶叫していた。

「おおおお前雷平気なんじゃねぇのかよ!」

「いいい今のは平気でもちょっとダメなヤツでしょ!?」

 二人は震える体を抱き合い、お互いに宥め合っている。

 博士も二人程震える事は無かったが、額には薄らと冷や汗が滲み出ていた。

「確かに今のは大分近かったな……」

 音も光もほぼ同時に訪れた。

 軽く暗算で距離を計算してみても、相当至近距離に落雷した筈だ。

 雷に免疫のある人でもゾッとしてしまうのだから、免疫のない人は正気ではいられなかった。

 小春は突撃した腕にしがみついて震えている。

「うぅっ……、賢ちゃん……」

 最早人目を気にする余裕も無かった。

 しかし、小春をとある誤算が待ち受ける。

「春ちゃん」

「?」

 ふと小春は、声のした方向へ目を向ける。

「それ、僕じゃないよ?」

 そう、確かにこちらを見てそう口にしているのは賢治だ。

 それでは自分が今しがみついている相手とは。

 小春は加速する心拍数を抑えながらも、ゆっくりとしがみつく腕の持ち主へ顔を上げていく。


 目に映ったのは、こちらを不思議そうに眺める百舌の瞳。


「……邪魔なんだけど」

 小春の絡む腕とは逆方向に用意した本を読破したいのか、百舌はどこか恨めしそうだ。

 しかし今の小春はそれどころではなかった。

「キャァァァァァァァァァァァ!」

 小春は雷が落ちたどの時よりも高い悲鳴を上げ、感情任せに掴んでいた百舌の腕を振り投げた。

 百舌は為す術無く畳に転倒。

 それでも暴走の止まらない小春に、賢治や千尋がやむなく出動する。

「ちょっ、ちょっと小春ちゃん!」

「春ちゃん落ち着いて!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ふと現場を見守っていた花子が、博士に目を向ける。

「……私達もくっつく?」

「なんでだよ」

 下校時刻、土砂降りだった雨は嘘の様に晴れ渡った。

 取り返しのつかない過ちに下校中終始俯く小春を、アスファルトに溜まった水溜まりが覗いていた。

皆さんは雷苦手ですか?

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


相も変わらず分かりづらいですが、作中では三話程前から六月に移っております。

しれっとハカセ達の袖を通る制服もカッターシャツですからね。

という事で、今年も梅雨にまつわる話を書こうかなと思ったのが最初でした。


しかし梅雨の話は昨年に書いてしまっている。

今年は梅雨はノータッチでいこうかなと悩んでいたその時、「そういえばこの世界まだ雷落ちてなかったな」と。

なので今年は雨超えて雷にまつわる話を書く事になりました。


僕は雷全然平気なんですけど、苦手な人はやはり身近に結構いました。

雷苦手な人ってこんな反応してたなーとか思い出しながら、この回を書いていた気がします。

ちなみにハンカチ落としは実際小学校でやってましたww

他の学校でも、雨の日やってたんじゃないかな?


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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