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【169不思議】七番目の禍の正体

「七番目の七不思議は……人間だ」

 誰もいない筈の学校。

 不思議と照明が目を焦がす体育館倉庫にて、多々羅の口からそう告白された。

 七番目の七不思議の正体とは。

 聞きたかった筈の疑問の答えが返ってきたにも関わらず、その場のオカルト研究部員達は中身を失った入れ物と化していた。

「……は?」

 辛うじて博士が間抜けな声を漏らす。

 それでも頭は今も錯乱状態だった。

「いやっ、待て。人間って、そんなバカな……」

 口に出たのは、頭を駆け巡る文字群のほんの一部。

 よく声に出してみれば解決するなんて聞いたりもするが、出せば出す程謎は深まるばかりだった。

 謎の奈落に落ちていく博士に、多々羅が厭らしい目を向ける。

「今更何が来たって驚かねぇんじゃなかったのかよ」

「だって!」

 剥きになって語調の強まる博士を、多々羅は嘲笑った。

「不思議なもんだよな。最初はオカルトなんて信じないって言ってたお前が、今じゃ人間さえ信じられないでいる」

 確かに滑稽かもしれない。

 それでも解けない謎が、多々羅の答えにはあった。

「……勿論、ただの人間じゃねぇよ」

 七番目について口を開き出した多々羅に、全員が注目する。

「俺があいつと初めて会ったのは、今から百年以上も前の事だ」

「百年!?」

 易々と出てきた規格外の数字に、千尋の声は裏返った。

「それからあいつの姿は、今と一つも変わっていない」

 昨日出逢った自称最後の七不思議を、博士は思い浮かばせる。

 黒いスーツの良く似合う二十代ぐらいの男で、百年もの歳月を歩んできているとは到底思えない出で立ちだった。

「そんな……、なんで……」

 七番目の謎に取り憑かれる千尋に、多々羅はもう一つ口を開いた。

「……昔、とある製薬会社があってな」

「?」

 今までとは随分と毛色の変わった話に、博士は首を傾げる。

「全国の病に悩む人々を救う、結構大手な製薬会社だったんだけど、実はその会社、世間には発表していない、とある薬を開発してたんだ」

 多々羅の目の色が、ぐっと深くなる。

「それは、誰もが憧れる夢の薬」

 その副題で、博士はなんとなく薬の内容を把握した。

「不老不死の薬だ」

「!?」

 全く予想だにしなかった千尋は、そう聞いた瞬間体を海老の様に弾かせた。

 多々羅は千尋の驚きを視界の隅に入れながら、昔話を続ける。

「製薬会社は、飲めば誰もが不老不死になれる薬を秘密裏に開発してたんだ。不老不死ってなるとそりゃあ劇薬で、法律で禁じられているような薬物や、人体実験なんかも密かにやっていたらしい。結局それが政府の目に見つかり、開発に携わっていた研究員、主要人物達は軒並み逮捕。会社は倒産に陥り、夢の薬も世間に出回る事は無かった」

 どこの教科書でも読んだ事のない歴史だ。

 恐らく薬の件が世に広まるのを恐れた政府が、事件ごと揉み消したのだろう。

 その全貌を多々羅が何故知っているかまでは謎だが。

「だが、政府は知らなかった」

 多々羅の声色が引き締まる。

「いや、開発者達でさえ知らなかった」

 人を惹きつける多々羅の声に、一同も釘付けになる。

「薬は、既に完成していたという事を」

「「「!?」」」

 耳を疑う事実に、一同は鳥肌が立った。

「政府が開発現場を取り押さえるたった数日前、そこではいつも通り志願者を使用した人体実験が行われていた。その結果が出る前に政府によって回収されてしまったが、その時、薬は既に完成していた」

 現実とは思えない話に、博士の額に汗が伝う。

「そして生まれたんだよ」

 多々羅が改めて向け直したその瞳は、化け物でも恨むような瞳だった。

「決して死なない、老いもしない、不老不死の人間が」

 今もその人間は、この学校のどこかにいるんだろうか。

 夢みたいな話の登場人物が今までずっと近くにいたと考えると、どこか不思議な感覚が体にくっついていた。

「……それが、七番目の七不思議」

「……あぁ」

 博士の囁きに、多々羅が頷く。

「いいか、つまり七番目の七不思議の正体は」


「昔、非合法に開発されていた薬によって不老不死の体を手に入れた人間。そして、この学校の創設者であり理事長の、逢魔(おうま)創人(いつと)だ」


 それが七番目の禍の名。

「逢魔……創人」

「ちょっ、ちょっと待て!」

 博士が脳内で描いていた逢魔の姿をぶち壊す様に、乃良は前に出て多々羅に問い詰める。

「今、この学校の創設者とか言ったか!? あと理事長とか!」

 確かに多々羅はそう口にした筈だ。

 昂る乃良とは対照的に、多々羅は落ち着いた様子で返答する。

「あぁ、逢魔がこの逢魔ヶ刻高校を建てた創設者だ。一応今も、肩書き的には理事長になっている筈だ」

「マジかよ……」

 乃良は力が抜けた様に、マットに腰を下ろす。

「じゃあこの学校は、七不思議が作ったって訳かよ……」

 重くなっていく頭を、乃良は両手で抱えた。

 同じ七不思議である乃良でさえ、今の話は知らない事のオンパレードだったようだ。

 博士は乃良に目を向けていると、ふと多々羅の声が耳に入ってくる。

「んじゃ、俺が話せるのはここまでだ」

「えっ」

 その言葉に博士は引っかかった。

「ちょっと待てよ。まだ話は終わってねぇぞ」

 博士は多々羅に歩み寄り、話を続行させる。

「七番目の七不思議、逢魔創人が何故『七番目の禍』と呼ばれているのか。どんだけ調べてみたってこの怪談の詳細だけは分かんなかった。なぁ、アンタなら知ってんだろ? 教えてくれよ。七番目の禍ってなんなんだよ」

「………」

 こちらに掛けてくる博士だったが、多々羅は目を合わせようとしなかった。

 僅かな隙間を縫って、博士の疑問から逃げようとする。

「さぁな」

「おい!」

「話は終わりだ!」

 突如、多々羅の怒鳴り声が体育館倉庫に響く。

 否、倉庫を飛び出して体育館中に響いただろう。

 滅多に聞かない怒気の籠った多々羅の怒鳴り声に、一同の喉は詰まる。

「……いいかお前ら。これからもし逢魔に会ったとしても、絶対話したりするんじゃねぇぞ。詮索も無しだ。他の奴らにも言っとけ。絶対あいつに、関わるんじゃねぇと」

 マットに深く腰を下ろすと、多々羅は用心深く警告した。

 その警告は、とても有無を言わせてくれるような雰囲気では無かった。

「……分かったら今日はもう帰ってくれ」

 多々羅は疲れたのか、適当に博士達をあしらう。

 以前体育館倉庫に遊びに来た際、こちらが帰りたくても一向に帰してくれなかったあの頃の多々羅とは別人の様だ。

 ここに残る理由もなく、一同の足取りは出口へと向かう。

「……アンタ、なんでそんなにあの人の事嫌ってんだよ」

 最後にどうしても気になって、博士は別れ際に尋ねた。

「………」

 多々羅は黙ったままだったが、博士が倉庫を出て扉を閉める直前、

「あいつは……、ダメなんだ」

 と、拙い声で一言聞こえた気がした。


●○●○●○●


 体育館倉庫からの帰り道。

 窓に映った夜は静かで、聞こえるのは廊下を歩く三人の足音のみ。

「いやぁ、まさか最後の七不思議が人間なんてねぇ」

 先程聞いたばかりの衝撃の事実を、千尋は興奮冷めやらぬままに口にしていた。

「いいなー! ハカセ会えて!」

 その興奮は、博士への羨望に姿を変える。

「ねぇ! 今度私にも会わせてよ!」

「はぁ?」

 随分と無茶な要望に、博士は顔を歪ませた。

「会わせろったって、俺だって偶然会っただけだっつーの。そもそも多々羅先輩に言われただろ。あいつとは関わるなって」

 博士は少し前を歩いたまま、千尋に丁寧に断りを入れる。

 表情は見えないが、今頃フグの様な膨れっ面になっているだろう。

「ふんっ! なに良い子ぶって! ハカセの助けなんかなくても、そのうち自力で会ってみせるんだから!」

「だから会うなって言われてんだろ」

 多々羅の忠告など耳に入れず、千尋は是が非でも会うつもりのようだ。

「まぁでも、どんな奴なのか気にはなるよな」

 乃良も千尋程ではないが、少しの興味はあるらしい。

 後ろで盛り上がる千尋と乃良を蔑ろにする中、博士は乃良のとある言葉に人知れず共感していた。

 ――……まぁ、確かに気になるな。

 ただ気になるシーンが、乃良とは違う。

 博士が気になっていたのは『七番目の禍』の由来。

 そして、多々羅の血相だった。

「あっ、そうだ!」

 博士の心境を掻き乱すような声が飛んできて、博士は迷惑そうに振り返る。

「ハカセ似顔絵描いてよ! そしたらどんな人なのか大体イメージつくから!」

「はぁ?」

 千尋のアイデアは、実に突飛なものだった。

「いやそれは無理だろ! ハカセが描いた似顔絵なんて絶対似てねぇよ!」

「絶対ってなんだお前」

「あぁそっか! ハカセ絵下手くそだもんね!」

「お前のが下手だろ!」

 他愛もない笑い話をすれば、気付けばオカルト研究部の部室まで辿り着いていた。

 博士は苛立ち任せに、扉をガラッと開ける。

「あっ、おかえりなさい!」

「ハカセ」

 まだ明るい部室からは、こちらを出迎えてくれる言葉が聞こえる。

 そこには花子の姿もあった。

 博士達が体育館倉庫に行っている間に帰ってきたのだろう。

「よっ」

 博士に向かってとことこと歩いてくる花子は、まるで好意剥き出しなペットだ。

「楽しかったか?」

「うん」

 花子は無表情に頷いたが、博士にはその無表情から真鍋との思い出が伝わってきているようだ。

 ふと博士の脳裏に思考が過る。

「……花子」

「?」

 名前を呼ばれた花子は、博士を見上げて首を傾げる。

 その瞳は、無垢で無知な瞳だ。

「お前」

「無駄だよ」

「!」

 そう食い気味に博士の言葉を止めたのは花子ではない。

 割って入ってきた乃良の目は、まるで博士の胸中を全て見透かしているようだった。

「花子は七不思議の中でも確かに古株だけど、こいつが知っているような事はないって」

 確かにその通りだろう。

 例え花子が逢魔と面識があったとしても、大した情報は得られなさそうだ。

 千尋に忠告した自分も、往生際が悪いらしい。

「……そうだな」

 博士は自分にそう頷かせて、もう一度花子と向き直る。

「悪ぃ、なんでもない」

「?」

 花子は不思議に思いながらも、一分もしないうちに綺麗サッパリ忘れていた。

 最後の七不思議については、これで終わり。

 そう自分の胸に強く刻みながら、博士はいつもの日常にその身を落としていった。

 そんな簡単に諦められないと、どこかで分かっていながら。

一先ず一区切り。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


数回に渡ってお届けした七番目編、今回で一応完結です!

まだ謎は残ったままですが、一旦ここで一区切りとさせていただきます。


今回ようやく七番目――逢魔の正体が明かされました。

第一話を書き始める前、七不思議一人一人を考えている時、七番目のキャラクターだけ簡単には決まりませんでした。

何故七番目は『七番目の禍』。

七不思議を全て巡った者の前に現れるというお決まりの七不思議をキャラ化するのは、とても難しかったです。


そんな時、ふと『七番目の禍』の正体が不老不死の人間という案が浮かびました。

同時に浮かんだのは、今回の冒頭のシーン。

これは面白いと確信し、逢魔創人という七不思議が誕生したのです。

ちなみに『創人』は普通には読めませんが、芸人の板尾創路さんの名前を借りて『いつと』と強引に読ませることにしましたww


さて、『七番目の禍』の謎はいずれに置いといて、次回からは日常回に戻ります!

また愉快に騒がしいマガオカを楽しんでもらいつつ、これからの逢魔の行動にもご注目いただけると幸いです!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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