【168不思議】七番目の禍
放課後に慌ただしく混戦中の音が鳴る。
オカルト研究部部室の机に広げられたのは、とあるテーブルゲーム。
向かい合うのは乃良と千尋。
季節は着実に夏へと歩み寄っており、二人の腕を通すシャツは半袖に変わると、それが更に二人の熱狂的な雰囲気を加速させる。
二人の前に置かれたそれは、どこかの決勝戦の様な盛り上がりを見せるサッカーのスタジアムを模していた。
所謂、テーブルフットボール。
乃良が自陣の棒をこちらに引くと、金のユニフォームの選手は果敢にボールをゴールに運び、千尋が棒を逆に押すと、赤のユニフォームの選手はゴールを死守する。
一進一退の攻防戦。
両者一歩も退かない戦いは続き、からくり仕掛けの音だけが目立った。
そんな中、反射したボールが最前線に立つ金のユニフォームの選手の足元に転がってくる。
正真正銘、千載一遇のチャンスだ。
「行っけぇぇぇぇぇぇ!」
乃良は死力を尽くして、選手の右足を振りかぶる。
シュートは目にも止まらぬ速さで駆けていき、キーパーも為す術ないままネットを揺らした。
「よっしゃぁぁぁ!」
ようやく点数を決めた乃良は、魂の咆哮で勝利を喜んだ。
「悪ぃなちひろん! 長く険しい試合だったが、勝利は俺が頂いた!」
好試合を共に演じた千尋に、賞賛の声をかけたつもりの乃良だったが、千尋の表情を俯いていてよく見えない。
口を開いたかと思えば、よく聞き取れなかった。
「……イド」
「あ?」
耳を傍まで聞こうとした矢先、千尋は机を両手で叩いて立ち上がった。
「オフサイドだよ!」
「はぁ!?」
どうやら千尋は、未だ敗北を認めていないらしい。
「んな訳ねぇだろ! お前オフサイド知ってんのか! オフサイドって攻撃側が相手の最終ディフェンスラインを越えた状態でパスを貰ったらダメっていう反則だろ!? このゲームじゃお前のディフェンスライン動かねぇんだから、そんな反則ある訳ねぇだろ!」
確かに千尋の最終ディフェンスラインは、キーパーと同じ棒で繋がれている。
天地がひっくり返ろうと、そんな反則は不可能だった。
「いいや! 今のは絶対オフサイドだった!」
それでも千尋は、頑なに敗北を認めようとしない。
「こうなったら主審に判断を任せよ!」
「あぁそうだな! どう足掻いてもお前の負けだけどな! おい主審!」
どこまで行っても平行線な論争に、第三者を介入させようと二人は主審に事態の解決を要求する。
しかし主審は、一向にこちらに目を向けなかった。
まるでどこか考え事をしているような、そんな横顔を見せながら。
「主審! 主しーん! おいハカセ!」
「……あ?」
名前を呼ばれ、ようやく博士は振り向いた。
「ねぇ! 今の絶対オフサイドだったよね!?」
「んな訳あるか! ディフェンスライン繋がってんだからオフサイドなんてある訳ねぇっつーの! なぁハカセ!」
「あぁ……」
棘のある二人の言い合いに、博士は雰囲気だけだが把握した。
しばらく時間を置くと、自分の胸元にまで持ってきた両人刺し指で、ゆっくりと長方形を描く。
「ビデオ判定なんてある訳ねぇだろ!」
動きの意味を理解した乃良が、更に声を荒げた。
「なんでこんなゲームにビデオ判定取り入れるんだよ! そんなのある訳ねぇだろ! 大体こんなのビデオ判定使うまでもなく分かるだろ! 面倒臭がるなよ!」
そうは言っても、博士が乃良に味方になる気配は見えない。
納得のいかない乃良は、次の助け舟を探した。
「そうだ花子! 花子の奴はどこだ!」
「花子ちゃんなら今日、真鍋さんと一緒にプリン飲みに行ってるよ」
「プリンって飲み物なの!?」
「もうしょうがないから、今日のところはドローって事にしてあげるよ」
「なんでだよ! どう考えても俺の勝ちだろうが!」
一向に敗北を認めない千尋に、乃良は自身の勝利を立証するべく立ち上がる。
つられて千尋も席を立ち、危うく一触即発な展開に、傍に座っていた賢治がどうにか場を収めようと奮闘する。
ただ目の前の博士は、先程中断された考え事に、また身を落としていた。
一人で考えてもキリがないと、博士は声をかける。
「乃良」
「あぁ!?」
大分頭に血が上っている乃良に、博士は淡々と考え事の発端を口にした。
「七番目の七不思議と会った」
あれだけ騒がしかった部室に、静寂が訪れる。
血の逆上していた乃良も、「……あ?」と情けない声が漏れるだけだった。
部室にいる全員を巻き込んで、博士の言葉が脚光を浴びる。
「……それってほん」
「本当!?」
餌にかかったのは千尋だ。
千尋はポニーテールを興奮する犬の尾の様に揺らしながら、博士に前のめりで身を乗り出す。
「それっていつ!?」
「昨日」
「どこで!?」
「校庭。お前らが紙飛行機追いかけてった時、向こうから声かけられたんだよ」
「えぇ!?」
度重なる衝撃に、千尋は意識が吹き飛んでしまいそうだった。
失神気味になる千尋だったが、痺れを切らした小春が千尋に尋ねる。
「あの、七番目って?」
「あぁそうだよね。えーっと……」
未だ五つの七不思議としか出会っていない小春と賢治からすれば、当然の質問だ。
足りない頭で必死に答えを探すも、博士は待ってくれない。
「正体について色々訊きたかったんだけど、気付いたらいなくなっちまって。直接は訊けないにしろ、乃良の知ってる限りの事を教えてくれないかって」
「あぁ……」
博士の訊きたい事を把握した乃良は、体を椅子に預ける。
その表情は、どこか複雑な色をしていた。
「……大変言いづらいんだけど」
乃良はそう前置くと、博士の顔色を窺うように恐る恐ると口にした。
「七不思議も、最後の七不思議と会った事ないんだ」
「……は?」
言っている言葉の意味が分からず、博士は声を漏らす。
自分の中で咀嚼して、一度呑み込んでからもう一度反芻して咀嚼してみても、その言葉の真意には辿り着けなかった。
「会った事ないって……、だってお前ら七不思議だろ?」
解けなかった謎を、博士は直接ぶつける。
乃良はその謎の真実を素直に打ち明かす事はせず、そっと話題を逸らしてみせた。
「……ちひろん、最後の七不思議の怪談、分かる?」
「えっ? 分かる……けど」
千尋は混乱しながらも、自分の知っている逢魔ヶ刻高校最後の七不思議の物語を読み上げた。
●○●○●○●
七番目の禍
これはとある人物が実際に体験した物語の記録である。
この逢魔ヶ刻高校に語られる六つの怪奇現象。
その全ての怪奇現象に立ち会った人物には、口では言い難い程の恐ろしい禍が訪れると言われている。
その禍の正体は、生徒も、先生も、誰も知らないという――。
●○●○●○●
「色々調べてみたんだけど、最後の七不思議だけはこれだけしか分かんなかったんだよね」
今までの七不思議の怪談とは、比較するまでもない程の情報の少なさ。
事前に情報収集していた博士も把握済みの知識だ。
ただ乃良はこれが全てだと、千尋の怪談を聞き終えた上で口を開く。
「俺もこの怪談に書いてある以上の事は何も知らないんだ。なんせ会った事がねぇ。この学校にいるとは聞いてるけど、俺も二十年以上ここにいてまだ会えねぇんだから、そもそもいねぇんじゃねぇかと思ってたくらいだ」
乃良の話にいつもの胡散臭さは匂わない。
恐らくこれが虚構ではないという事は、腐れ縁である博士には伝わっていた。
「そうか……」
頼みの綱も断たれた博士は、背凭れに体を預ける。
七不思議でさえ会った事がないとすると、自分の出逢った最後の七不思議は偽物だったのだろうか。
どれだけ考えても、答えが見つかる予兆はない。
万事休すかと、博士が匙を投げようとした瞬間、
「まぁ、最後の七不思議の事を知ってる奴なら知ってるけど」
投げようとした博士の手が、ピクリと止まった。
●○●○●○●
「よぉ! 久し振りだなお前ら!」
空も薄暗くなり、がらんどうになっていた体育館。
その奥の倉庫から、体育館の屋根を吹き飛ばす程の歓喜の声が轟いてきた。
声の主は無論多々羅。
久方振りに顔を見せに来た博士、千尋、ついでに乃良を前に、多々羅は緩む頬を隠し切れなかった。
「全く、お前ら全然来ねぇんだから退屈してたんだぞ! もっと遊びに来いよ! さぁどうする!? あっ、色鬼でもするか!? ここ色んなビニールテープ貼ってあるから、基本どんな色言っても大体あ」
「七番目の七不思議と会った」
燃え上がっていた多々羅の熱が、急激に冷えるのを感じる。
「昨日の放課後会ったんすけど、こいつに正体について訊いたら知らないって言うから、多々羅先輩に訊こうと思って」
「どんな格好だった!?」
「あ?」
「どんな格好だったって訊いてんだよ!」
両肩を掴んで問い詰めてくる多々羅に、博士は一瞬気圧される。
眼前まで来た多々羅の顔は、切羽でも詰まっているようだ。
「どんなって……、黒いスーツ着た二十代ぐらいの男の人で、正直普通の人にしか見えなかったですけど」
博士の口から出た最後の七不思議の全貌に、多々羅は息を吐いた。
力の抜けたように両肩から手を放すと、適当に積み重なったマットの上に腰を下ろす。
自分達が知っている多々羅とはかけ離れた仕草に、一同はただ目を向ける事しか出来なかった。
「くっそ、こっちには関わるなってあんだけ言ったのに……!」
囁きに近いその声は、誰の耳にも届かなかった。
「……お前が会った七番目は、間違いなく本物だ」
「「「!」」」
断言された言葉に、博士の疑問は加速する。
「じゃあ、あの人は一体何者なんですか!? ただの人間にしか見えなかったあの人の正体は何で、七番目の禍ってのはなんなんですか!?」
捲し立てるような質問を、多々羅は黙って聞き入れる。
奥底に溜まっていた疑問を曝け出した博士は、思わず息を荒げる程だった。
その息遣いを耳にしながら、多々羅はゆっくりと口を開く。
「……驚くんじゃねぇぞ」
可笑しな前置きに、博士は鼻で一笑する。
「今まで幽霊や巨人、化け猫なんかと相手してきたんだ。今更何が来たって驚きやしねぇよ」
目を逸らしながら吐いた博士の言葉に、俯いていた多々羅の口の端が少し吊り上がった。
ただその口はすぐに引き締まる。
自分の中で下した覚悟を世に放つような顔持ちで、多々羅はその正体を口にした。
「……いいか」
「七番目の七不思議は……人間だ」
七番目の正体とは。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
前回最後の七不思議が登場したという事で、今回は七番目の正体に迫る回になりました。
勿論これは投稿当初から考えていた回になります。
ただ七不思議当人である乃良も知らないというのは、ちょっと意外だったのではないでしょうか?
気になる正体については、次回明かされると思います。
この七番目編で気をつけているのが、七番目の表記方法ですね。
『七番目』と書くか、『最後の七不思議』と書くか、どっちでも良いんですけど割と丁寧に書いていますww
そして! 作中は今回から七月に入り、制服が夏服仕様の半袖になりました!
相変わらず小説は分かりづらい!ww
現実はまだ少し肌寒いですが、これから少しずつ熱くなっていくマガオカをどうぞお楽しみに!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!