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【167不思議】遭遇

 芝生の揺れる快晴の下。

 遠くでグラウンドから運動部の掛け声合唱が聞こえる中、校庭に立っていたのはたった二つの影だった。

「……今、なんて言った?」

 博士がもう一人の影に、眼鏡の奥の瞳を凝らしながら問い詰める。

 見覚えのない、黒のスーツを纏った男性。

 まるでこちらを嘲笑っているかのように口角を吊っていた。

 男が博士の質問に答えないのは、恐らく博士の答えが既に胸中にある事を見透かしての事だろう。

 ――この人が……、七番目の七不思議?

 そう、確かに男はそう言った。

 ――本当にか? 見たところ人ならざるような気配は見えないが……?

 博士は男をくまなく調べる。

 雑誌のモデルの様な高身長が羽織ったスーツは、下ろしたての様に皺がなく、様になっていた。

 顔も清潔感があり、髪は整えられている。

 とてもじゃないが、「人間ではない」と打ち明けられても信じられる要素は欠片も無い。

 ただ、博士は違った。

 ――いや、そもそも七不思議の存在はオカルト研究部にしか明かされてないんだ。しかもこの人は自分で『七番目の』と言った。それは俺達が既に他の七不思議達とコンタクトを取っていると知られている証明書。つまりこの人は、

 博士は再度、男の顔を訝しげに見つめる。

 ――本物の、最後の七不思議……!

 飄々とした態度の男は、警戒心を剥いてくる博士を鼻で吹き飛ばした。

「もしかして、信じられない?」

「………」

 答えは出ているものの、博士は無言で男を突き返す。

 男は息を吐くと、一歩博士に近寄った。

「寂しいなぁ。僕は全てを曝け出して、君に会いに来たっていうのに」

 傍まで歩み寄ろうとした男に、博士の体は無意識的に後方へと下がる。

 それに気付き、男も足を動かすのをやめた。

「……安心しなよ、別に取って食いやしない。僕はそんな野蛮な化け物じゃないからね。それともなに? 僕はまだ信用できないと」

「いや」

 男の言葉を遮るように、博士が口を開く。

 それでは一体どうして警戒を解かないのか、男は博士へと顔を上げる。

 博士の口は、酷く歪んでいた。

「……臭いんですよね?」

「……え?」

 それは予期せぬ言葉だった。

「多々羅先輩から聞いたんです。最後の七不思議は極度の方向音痴で、足の裏が床掃除に使った雑巾を賞味期限三日切れの牛乳に付けて一週間干し、更に牛乳に付けたような臭いがするって」

「えっ、なに? どういう情報?」

 初めて聞いたのか、男は混乱状態だった。

 博士は多々羅から聞いた言葉を鵜呑みにしているようで、鼻を制服で必死に庇っている。

 余程多々羅を信用しているようだ。

 混乱に落ちていた男だったが、吹っ切れたのかいきなり笑い声を上げた。

「アッハッハッハ!」

「!?」

 突然の笑い声に、博士は顔を顰める。

 しかし今の男の目に、博士は映っていないようだ。

「……タタラ、随分と強引な手を使ってくるじゃないか。余っ程僕と会わせたくなかったみたいだね」

 男の独り言はよく聞こえず、空に溶けていく。

「安心して、それはタタラのデタラメだ。何一つ真実じゃないよ」

「……そうなんですか?」

 博士の疑問に、男は大きく頷く。

 鼻の防御を恐る恐る解いてみると、確かに異臭は鼻を襲ってこなかった。

 また適当な嘘を吐いたなと、多々羅に苛立ちが募っていく。

「すみません、変な誤解して」

「いやいいよいいよ」

 博士の折り畳んだような謝罪に、男は手首を振る。

「……それより」

 改まって口を開いた男に、博士は顔を上げた。

「屋上に行きたいんだけど、ちょっと迷っちゃって。良かったら道教えてくれるかな?」

「真実じゃねぇか」

 どうやら多々羅の言葉も、全て虚言という訳ではないらしい。

「何がデタラメですか。紛れもなく方向音痴じゃないですか。何十年も住んでんのになんで迷子になれるんだよ」

「いやーこればっかりはどうも……。あそこはお気に入りの場所なんだけど、どうも行き方が毎度分からなくてね? 空の見える場所って事でこうして校庭に出てみたんだけど」

「寧ろ遠のいてるよ」

 これは筋金入りのようだ。

「屋上なら職員棟三階の階段からそのまま行けた筈ですよ。まぁ普通鍵が掛かってる筈ですけど……、そこら辺は七不思議なんだからどうにでもなるんでしょ」

 博士は呆れながらも、親切に道案内をする。

 その案内に、男も理解出来たらしい。

「あぁ階段ね。ありがとう」

 男は屈託の無い笑顔で、そう博士に感謝を伝えた。

「……それじゃあ、俺あっちなんで」

 会話の折り合いを見つけたところで、博士は一瞥すると男に背を向けて歩き出した。

 二人の距離が、段々と離れていく。

「えっ、待って」

 躊躇いもなく邁進していった博士を、男が堪らず呼び止めた。

 博士は振り返るも、その表情は冷徹だ。

「もう行っちゃうの? 屋上まで連れてってよ」

「いや俺も行かなきゃいけないんで」

「じゃあちょっとだけ話そ? 僕ずっと退屈なんだよぉ」

 どこか甘えた様子の男に、博士は拒絶反応な表情を隠さなかった。

「ね? ちょっとだけでいいから」

 博士の顔を覗き込むように、男が目線を上げる。

 男の退屈しのぎに博士が付き合う義理など一つも無かったが、男の話というのに興味が無い訳でも無かった。

「……分かりましたよ」

 七番目の七不思議との対面に、博士はもうしばらく時間を費やす事にした。


●○●○●○●


 校庭の脇には、簡易的な日光浴を楽しめるベンチがある。

 二人はそれに腰を下ろす事にした。

「……博士君はさぁ、好きな子とかいるの?」

「はぁ?」

 開口一番に出てきた質問に、博士は思わず顔を歪めてしまった。

「なんですかその質問」

「なんでって、博士君も高校生でしょ? だったら好きな子の一人ぐらいいるのかなーって」

 男の横顔を見るに、どうも純粋に会話を楽しんでいるようだ。

 博士は顔を正面に戻して、真面目に回答する。

「……いませんよ」

 不意にチラついた彼女の顔は、すぐに頭から振り落とした。

「えー、つまんないなぁ」

「つまんないって」

「好きな子でもいてくれれば、僕の退屈もちょっとは無くなるのになぁ」

 どうやら男は、いつも退屈しのぎの方法を考えているらしい。

 身勝手な男に、今度は博士が質問する。

「……その」

「ん?」

「俺の名前って、多々羅先輩とかから聞いたんですか?」

 当たり前の様に名前を呼んで話しかけてきた男。

 個人情報の出どころは、普通に考えれば多々羅しか予想できなかった。

「いいや、タタラは君達の事何も教えてくれないからね。自分で調べたよ」

 しかしその予想はハズレだったようだ。

「じゃあどうやって」

「名簿だよ。夜も深くなった学校の警備は大して厳しくないからね。職員室にそーっと侵入して、オカルト研究部員の名簿をちょちょっと見せてもらったんだ」

「プライバシーもあったもんじゃねぇな」

 この学校は、今しばらく警備の見直しをした方が良さそうだ。

「いやー博士君を見つけた時は最初ビックリしたよ。……あぁ、顔じゃなくて名前ね?」

「顔で驚かれたと思ってねぇよ」

「博士って書いてヒロシって読むなんて珍しいよね。あれはあだ名がハカセになっても仕方ないよ」

「ちょっと待て、なんであだ名まで知ってるんですか」

 学校の名簿でも、流石にあだ名を表記される事は無い筈だ。

「あー、ちょっとお手洗いを探してグルグル回ってる時に、君達が話してるところを偶然見かけた事があるんだよ」

「迷子じゃねぇか」

「本当は輪に入りたかったんだけど、君達と会うのはタタラに強く止められてたから」

 男は苦笑しながら、思い出話を語っていく。

 相槌を打ちながら耳にしていく博士だったが、とある箇所に博士は引っかかっていた。

「……なんでそんな多々羅先輩に嫌われてるんですか?」

「え?」

 博士の率直な疑問に、男は声を漏らす。

「あっ、いえ。話を聞いてると、多々羅先輩が貴方の事をずっと敵対視しているように思えて」

「………」

 男は博士の疑問を一心に受け止める。

 そして、視線を前へと逸らした。

「んー……、どうしてだろうね」

 本当に分かっていないのか否か、心中は博士には読めなかった。

「……ただ、心当たりがあるとすれば」

 口を開いた男へ、博士は目を向ける。

「タタラの白のTシャツを真っ赤なジャージと一緒に洗濯したり、タタラの靴の裏を接着剤で固定したり、タタラが寝ている間にこっそり部屋の壁中にボディビルダーのポスター張り付けたり……」

 しばらく思い出していると、男は無邪気な笑顔に戻った。

「……うん、やっぱり分かんないや」

「いや結構あるじゃないですか」

 どうやらこの男は、相当の前科者のようだ。

「なにやってんですか。悪戯の範疇越えてるでしょ。そりゃ先輩にも嫌われますよ」

「いやーだって、タタラは良い退屈しのぎだもん」

「玩具か」

「でもタタラはあんなので怒ると思えないんだよな。他なにやったっけ?」

「まだ他にやってんのかよ」

 男と多々羅の因縁は、博士が思っている以上に根深いらしい。

 随分と会話が盛り上がってしまったが、博士が本当に聞きたいのはこんな事では無かった。

「ってこんな事聞いてる場合じゃねぇ。すみません、話が遅くなりましたが、貴方は一体何者ですか? ていうかお名前は」

「おーい! ハカセー!」

 博士が核心を突こうとしたその時、後方からこちらを呼ぶ声が飛んでくる。

 煩わしくも振り向くと、乃良がこちらに駆け寄ってきた。

「何してんだよ! 早く行こうぜ!」

「分かってるよ。ただ今ちょっと」

 一先ず乃良をいないものと考え、博士は体を向き直す。

 しかしそこには、もう誰の影も無かった。

「……えっ?」

 博士はベンチから立ち上がって、深くその場所を見回してみる。

 ただそこに、先程まで目の前に座っていた黒いスーツの男の姿はどこにも見当たらない。

 探している間に、乃良が博士のもとまで辿り着いていた。

 不自然な博士に、乃良は声をかける。

「……どうしたんだよ」

「……いや」

 もしかして自分は夢でも見ていたのだろうか。

 そんな博士らしくもない非科学的な妄想が頭を過る。

「……まぁいいや! 皆待ってるぞ! ハカセも早く行こうぜ!」

「……あぁ」

 胸に靄のかかったまま、博士は乃良の後を追って歩いていった。

 二人の体温の残ったベンチも、今ではもぬけの殻だった。


 ふと木の影が揺れる。

 博士達がいなくなった事を確認して、黒いスーツの男はゆっくりと木陰から顔を出した。

「……博士君、ありがと。良い退屈しのぎになったよ」

 男は見えなくなった博士の背中にそう言うと、体を翻す。

 数分前、博士に教えてもらった案内を頼りに、屋上へと踏み出した。

 ただ、その足は一歩で止まる。

「……しっかし、間近で見たけど、本当にそっくりだったなぁ」

 男は空を見上げる。

 空はどこまでも澄んでおり、真っ青のキャンパスの様だった。

 そのキャンパスに、男はとある人物を描く。


「ねぇ……、ノリ君」


 その声はただ空に溶けるだけで、男はまた屋上へと歩き出した。

謎が謎を呼ぶ。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は前回の続き、ハカセと七番目の七不思議の遭遇を書きました。

七番目は初登場という訳ではないですが、こう全面的に登場したのは今回が初めてという事で、マガオカでもとても重要な回になります。


七番目(まだ名前が出てないのでこう省略)は、大分後半になって決まったキャラクターです。

根本は書き出した当初から決まってたのですが、方向音痴などの設定は、実はもけじー登場後の百十六話でようやく決まったのです。

今回はそういった七番目の人柄を分かっていただけたら幸いです。


結局分からなかった七番目の正体については次回以降書いていきます。

題して七番目編、お楽しみください。

最後の一言に関しては……、もうしばらくお待ちくださいww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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