【166不思議】人生は紙飛行機
天気は快晴。
本日も天候に恵まれた放課後のオカルト研究部部室からは、とあるアカペラが聞こえてきた。
「でーんでん、出ーてこい、立ーて籠ーもーりー」
歌声を披露するのは金髪の乃良。
乃良は気持ちよく歌を口ずさみながら、密やかに両手を動かしていた。
「今月金利はどーこにーあーるー?」
楽しそうに歌う乃良とは打って変わり、千尋の目は冷ややかだ。
「面出せ、金出せ、表ー出ろー」
「物騒だな!」
どこか聞き覚えのあるメロディの不穏な歌に、千尋は最後まで聞いたところで限界を迎えた。
「何その歌! 私が知ってる歌と全然違うんだけど!?」
「地域差かな?」
「ドロケーの事ケードロって言うかみたいな地域差と一緒にされて堪るか! そんな借金取り立て屋みたいな童謡嫌でしょ!?」
千尋が異議を申し立てるも、乃良の耳には届いていない。
それどころか片手間に動かしていた手元に折り合いがついたようで、輝いた目をそれに落としていた。
「出来た!」
会話をかなぐり捨てた乃良に、千尋も目を向ける。
乃良の手元にあったのは、色鮮やかな紙で作られた飛翔体。
「紙飛行機?」
俗にそう言われるものだった。
乃良は自分の手によって生まれた紙飛行機を手にすると、それを水平に優しく空に放った。
手を放れた紙飛行機は、緩やかに部室を探訪する。
風に煽られる事も無く、紙飛行機は対面の壁の際でゆっくりと着陸した。
「よっしゃー! 最高記録!」
航空を見届けた乃良は、惜し気もなく拳を握る。
そんな乃良に、千尋は呆れた溜息を吐いた。
「高校生にもなって何やってんだか」
「なにぃ!?」
喧嘩を買おうとした乃良だったが、先に千尋が行動に出る。
「ちょっと待ってて、私のがもっとすごい紙飛行機作るから」
「お前も作るんじゃねぇか」
どうやら千尋の子供心も擽られたらしい。
鞄を漁っている千尋に、乃良は持参した折り紙の束を差し出そうと用意する。
「折り紙ならここに」
「あぁ大丈夫。紙ならあるから」
千尋はそう言うと、鞄からとある用紙を取り出した。
なにやら活字が印刷された用紙を、千尋は躊躇なく折り畳んでいく。
目を凝らすと、赤いペンで『0』と表記されているのが確認できた。
「それ今日の小テストじゃねぇか」
問題文には、乃良も既視感があった。
「お前0点の小テスト紙飛行機にしてんじゃねぇよ! ちゃんと親に見せろ! どんだけ折ったって0点には変わりねぇんだよ!」
「五月蠅い! もうこんなの、こうしてこうだ!」
千尋は怨念を込めて、紙飛行機を仕上げてみせた。
「行っけぇ!」
勢い任せに投げられた紙飛行機は、そのまま空へ飛び立つ。
しかし搭乗した怨念は航空を暴走させ、紙飛行機は針路を乱すと、畳スペースにいた博士の後頭部に突き刺さった。
「痛ぇなこの野郎!」
博士は突如襲ってきた紙飛行機を捕え、憤りを上らせた。
「なんだお前らさっきから室内で紙飛行機飛ばしやがって! 危ねぇに決まってんだろ!」
「ちょっとハカセ! アンタのせいで私の紙飛行機止まっちゃったじゃんか!」
「なんで俺が怒られてんだよ!」
理不尽な千尋の怒りに、博士の頭は混乱する。
「あー! ハカセに邪魔されてなきゃ、乃良の紙飛行機越えてたのに!」
「あぁ!? どういう意味だよ!」
頭を抱えて悔しがる千尋に、異議有りだと乃良が食いかかった。
「俺の紙飛行機がちひろんのに越される訳ねぇだろ!?」
「なんだとぉ!?」
「分かった! そこまで言うんなら誰の紙飛行機が一番飛ぶのか勝負しようじゃねぇか!」
「その話乗った!」
荒々しい二人の喧騒の中、一同は危うく聞き逃しそうになった発言に引っかかる。
「おい皆! 紙飛行機作って外に集合な!」
「全員強制参加だからね!」
自分の紙飛行機を手にした乃良と千尋は、部室の扉を勢いよく開けた。
喧騒の消えた部室は、ぽっかりと穴の空いた様な静寂が漂ったという。
●○●○●○●
快晴直下。
「第一回!」
「二回以降やらせて堪るか」
「チキチキ紙飛行機選手権!」
外靴に履き替えた部員達は、全員芝の生い茂る校庭に集合した。
全員手には早急に折った紙飛行機を持っているが、揃った顔付きはどれも不満気だ。
それとは場違いに明るい乃良は、今選手権の概要を語る。
「ルールは簡単! この線から選手一同自分で用意したジェットを発射し、一番遠くまで飛んだジェットが優勝です!」
「紙飛行機の事ジェットって言うな」
この選手権の専門用語らしい。
「それじゃあまず、トップバッターは俺から行きましょー!」
意気揚々と声を上げた乃良は、自分のジェットを愛でながら既定の発射ラインまで足を運んだ。
「エントリーナンバー1、加藤乃良。ジェットネーム、B‐100」
「紙飛行機に名前付けんのかよ」
博士の野次も耳に入れず、乃良は瞼を閉じる。
しばし意識の海を揺蕩うと、目を開き、意を決してB‐100を離陸させた。
B‐100は初めての空を楽しむ様に舞い飛び、大分離れた芝生に機体を下ろした。
「よっしゃー!」
すぐさま計測係の花子が動き出す。
メジャーを片手に持った花子はB‐100のもとまで駆け寄ると、伸びていたメジャーの数値に目を落とした。
「……B‐100、10m28」
「よし!」
悪くない記録に、乃良は早くも勝利を確信した様子だ。
「次は私ね」
喜ぶのも束の間、次の挑戦者が発射ラインに向かう。
「エントリーナンバー2、石神千尋。ジェットネーム、リアルエスケープ」
「現実逃避じゃねぇか」
赤の添削が垣間見えるリアルエスケープに願いを託し、千尋は空へ放り投げた。
リアルエスケープは風に揺られながらも、B‐100の傍で着陸する。
「どうだ!?」
計測係の花子が動く。
「……リアルエスケープ、9m92」
「嘘でしょ!?」
どうやらあと一歩及ばなかったようだ。
「なんで!? 私の紙飛行機のなにが乃良より負けてたって言うの!?」
「多分点数じゃねぇかな」
「くそっ! いっその事どっか誰にも見つからないところまで飛んでって欲しかったのに!」
「現実逃避するな」
千尋の怨念は芝生に不時着したままだった。
未だ暫定一位を保っている乃良は、残る挑戦者へと振り返る。
「よし! 次は誰だ!?」
しかし誰も発射ラインに立とうとはしない。
それもその筈、部室で紙飛行機に夢中になっていたのは、エントリーナンバー2までだ。
問答無用で引っ張り出そうともしたが、寸でのところでその必要は無くなった。
「じゃあ僕が行きましょうかね」
そう言って出たのは賢治だ。
「エントリーナンバー3、武田賢治。ジェットネーム、威怒羽紙」
「漢字表記怖っ」
賢治はエントリーして、威怒羽紙を手に発射ラインに立つ。
準備を整えると、威怒羽紙は大空に飛び立った。
その名の通り猛々しく空を飛ぶ威怒羽紙は、B‐100よりも遠く離れた位置にその身を下ろした。
「おぉ!」
花子の移動距離も、その分最大だ。
「……威怒羽紙、15m02」
「やった!」
「すごい! 15mだって!」
「くそっ! 負けちまった!」
過去最高の記録を叩き出した賢治に、一同の心は躍る。
暫定一位の座に輝いた賢治は、次の挑戦者を挑発するかのように指名した。
「次、春ちゃんね」
指名され、小春の目が賢治とぶつかる。
対抗心を剥いた賢治の目に、小春は黙っていられる程大人でなかった。
「……良いわ、見てなさい」
自分のジェットを用意し、発射ラインに立つ。
「エントリーナンバー4、板宮小春。ジェットネーム、冥府を舞い飛びし聖なる方舟」
「厨二病か」
小春はその名を口にすると、冥府を舞い飛びし聖なる方舟を空に解放した。
冥府を舞い飛びし聖なる方舟は、冥府ではなく校庭を舞う。
そんな中、冥府を舞い飛びし聖なる方舟を、突然の突風が襲った。
「!?」
突風に抗う術も無く、冥府を舞い飛びし聖なる方舟は道半ばにして芝生に転倒した。
「そんな……」
「冥府を舞い飛びし聖なる方舟、4m43」
現実を受け入れられないと、小春は落胆を露わにする。
そこに、無情にも笑い声が響いた。
「アッハッハ! こはるんダントツ最下位じゃねぇか!」
腹を抱えてこちらを嘲笑ってくる乃良に、小春は顔を紅潮させながら人差し指を向ける。
「なっ、なにを紙飛行機如きで笑ってらっしゃいますの!?」
「だっ、だってよぉ!」
「春ちゃん、紙飛行機の才能も無いんだね」
「もってなによ! もって! 貴方達まとめて呪いますわよ!」
頭に血の上った小春は、二人に世にも恐ろしい呪文を唱え出した。
その光景を博士が呆れて眺めていると、千尋に声をかけられる。
「次、ハカセね!」
「あ?」
とは言ってみたものの、今更逃げられるなどとは夢にも思っていない。
博士は反抗も程々にして、足取り重く発射ラインに向かった。
「……エントリーナンバー5、箒屋博士。ジェットネーム、博士号」
「「博士号!?」」
一同がジェットネームに気を取られる中、博士は手っ取り早く博士号を空に放った。
博士号は空を飛ぶと――、くるりと上下反転し、博士の横を通り過ぎる。
「「「「「「「!?」」」」」」」
気付けば博士号は、博士の数歩後ろに横たわっていた。
「……博士号、マイナス2m89」
「マイナス!?」
誰も予想だにしなかった記録に、博士は眼鏡の奥の目を疑った。
一方の乃良の腹に、またしても強襲が襲い掛かる。
「アッハッハッハ! ハカセ、お前紙飛行機下手くそすぎだろ!」
「ちょっと待て! 紙飛行機下手だからってあんな事になんのか!? こちとら初挑戦なんだよ!」
「ハカ先輩、下手過ぎですよ」
「流石にそれは引きますわ……」
「五月蠅ぇなお前ら!」
乃良だけでなく後輩達にも軽蔑され、博士に先輩としての尊厳は捨て去られた。
気を逸らそうと、博士は次の挑戦者を指名する。
「おい花子! お前も測定ばっかせずにとっととやれ!」
「………」
計測係に回っていた花子だったが、ふとメジャーから手を離す。
発射ラインに歩いていく花子に、一体どんな紙飛行機を生み出したのかと、一同が注目していた。
花子はポケットからジェットを取り出す。
しかし取り出されたのは、なんとも歪な紙の玉だった。
「……エントリーナンバー6、零野花子。……ジェットネーム、紙飛行機だったもの」
――過去形!?
衝撃の名に、一同心の中で声を揃えた。
恐らく数分前は紙飛行機の形を模していた紙玉を、花子は下から放り投げる。
コロコロと芝生を転がると、力尽きた様に制止した。
花子はそれを、自分で計測しに動く。
「……3m15」
「何やってんだ!」
しばらく静観していた博士が、耐え切れずに声を荒げた。
「ずっと一人で何やってんだ! 一人だけ開催してる選手権違うんだよ! なんだそれ! 紙飛行機選手権なんだから紙飛行機投げろよ!」
「それでもハカセよりは記録良いんだけどな」
「黙れ!」
博士の暴言も、花子は効果の無いような無表情だ。
奇妙な挑戦者達の結果が続いたが、紙飛行機選手権も気付けば終盤へと向かっていた。
「このまま行けば僕が優勝かな」
現在一位に腰を下ろす賢治が、その瞬間をまだかと待っている。
「いや、その前に最後の一人だぜ」
乃良はそう言って、最後の挑戦者に目を見やる。
目を向けられた百舌は、出来れば最後まで本に夢中のフリのままやり過ごそうと思っていたようだが、観念してその本を閉じた。
最後のジェットを手に、発射ラインに辿り着く。
「エントリーナンバー7、百舌林太郎。ジェットネーム、舌切り雀」
百舌はそのまま、何の思考の隙もないまま空に飛ばした。
舌切り雀は校庭の空を優雅に飛んでいき、今までのジェット達を軽く凌駕するペースで宙を泳ぐ。
最高記録だった威怒羽紙を越えた後も、舌切り雀は飛び続けた。
それでも舌切り雀は飛んでいき、気付けばその姿は見えなくなる程小さくなっていった。
「「どこ行った!?」」
完全に姿を晦ませて、ようやく一同は声を上げた。
「えぇ!? ちょっと百舌先輩! 飛ばし過ぎですよ! どこまで飛ばしてるんですか!?」
「いや、普通にやっただけなんだけど」
「もうこれぶっちぎりの優勝じゃないですか! 今までの選手権なんだったんですか!」
千尋が問い詰めるも、百舌もこんなつもりでは無かったようだ。
「なぁ! 取り敢えずあの紙飛行機どこまで行ったか追いかけてみねぇ!?」
「賛成!」
「よし行くぞ!」
「春ちゃんも行こ!」
「えっ! ちょっと!」
「花子ちゃんも!」
「うん」
こうして、部員達は校庭を駆け出した。
遠い空の彼方に消えた、一つの紙飛行機を追いかけて。
百舌の紙飛行機を追いかけて走っていった部員達の背中を眺め、博士は溜息を吐く。
校庭に残されたのは博士一人だけ。
一人部室に帰っても良かったが、博士はその背中をゆっくり追う事にした。
「博士君」
しかし、博士の足は止まった。
突如として呼び止められ、博士は振り返る。
立っていたのは黒いスーツ姿の男性。
見た目はなんとなく真面目そうだったが、博士の知った顔では無かった。
「博士君……だよね?」
向こうも完全にこちらを知っている訳ではないのか、語尾に疑問符が付いている。
「…どちら様ですか?」
博士は警戒した目で男を見る。
校内に見知らぬ男性など、不審者以外の何者でもない。
「あぁそうだよね。ごめんごめん」
男も博士の反応で自覚したようで、博士との距離を気持ち離す。
「んー、そうだなー……」
疑問の答えを空に探すと、見つけた答えを口にした。
「七番目の七不思議……って言ったら、分かるかな?」
「!?」
博士は驚愕する。
そんな博士を嘲笑うかのように、スーツの男はニヤッと口角を上げた。
彼が現れる……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
さて、今回のラストどうでしたでしょうか!
次回気になりません!?
ワクワクな展開ですが、しばし次回は来週までお待ちください!
という事で、今回はこのラストに繋がる為に書いたお話です。
部員全員が外に出て、最終的にハカセが一人残される話。
あれこれ紆余曲折を経た結果、気付けば全員で紙飛行機を飛ばすという話になりました。
全員で紙飛行機の飛距離を争う話になり、それを書くのは案外苦労したのですが、一番力を入れたのはジェットネーム!
これを考えている時が一番長く、一番楽しかったですww
正直順位なんておまけww
さて、こんな話を並べ立てたところで、気になるのは次回でしょう!
来週、乞うご期待!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!