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【165不思議】君の名前

 放課後のオカルト研究部部室。

 ひらりとページを捲ったのは、透いた眼差しで文字を追っていく百舌だった。

 気になる次の展開に、百舌は釘付けだ。

 しかし、放課後のオカルト研究部が優雅に本を読ませてくれる筈も無く、

「百舌せんぱーい!」

「………」

 邪魔者である後輩達が、百舌の視界に飛び込んできた。

「百舌せんぱーい! 遊びましょーよー!」

「生き残りゲームしましょー! もずっちせんぱーい!」

「ほらー! 無視しないでくださいよー!」

 無視を極めようとも思ったが、鮮明に見えるようになった瞳の前では、無視も流石に無理があった。

 仕方なく、百舌は一旦本から目を逸らす。

「……断る」

「なんでですかー!?」

 百舌の拒否にも、後輩一号の千尋は下がらなかった。

「今本読んでんだよ」

「その本より面白いかもですよー! 生き残りゲーム!」

「……その生き残りゲームってなに?」

 先程から聞こえていた聞き慣れないゲームを、後輩二号の乃良が教えてくれる。

「四人でレバーを動かしながら、四色のボールを落とし合って、最後に自分の色のボールが残ってたら勝ちのボードゲームです!」

「あれ生き残りゲームって言うのか」

 その正体自体は、百舌にも記憶のあるゲームだった。

「てかそんなのここにあったのかよ」

「ありますよ! この部室をなんだと思ってるんですか!」

「オカ研の部室だと思ってるからこその疑問なんだけど」

 確かに畳には、乃良の説明した通りのボードゲームが視認できる。

 しかし百舌は、その目を本に戻した。

「とにかくやんねぇよ」

「えぇ!?」

「なんでですか!?」

 どれだけ拒んでも、千尋と乃良は引き下がってはくれない。

「丁度今良いところなんだよ」

「良いところってどうなってるんですか!」

「主人公が最大の敵と戦ってる中、他の生命体と融合してパワーアップしようと、魔法をドラゴンに向けて撃ったところ、弾道にナメクジが飛んできて、その魔法がナメクジに当たっちゃったとこ」

「それは確かに気になる!」

 読んでいないこちらまでウズウズする展開だったが、それでも二人を引き返す材料にはならなかった。

 畳スペースに引きずろうとする二人に、百舌は苛立ちを募らせる。

 そんな光景を、傍から小春はぼんやりと眺めていた。

 視線の先は、なんとも不機嫌そうな百舌。

 その不機嫌さえも絵になる百舌に、小春は無意識に目を奪われていた。

 そんな小春の視線に気付いてか否か、ふと千尋が振り向く。

「小春ちゃんも一緒に遊ぼ!」

「えっ!?」

 突然名前を呼ばれ、小春の心臓は飛び跳ねる。

 部室中の注目が一斉に小春に注がれ、勿論百舌も小春に目を向けた。

 小春はしどろもどろになりながら言葉を探す。

「やっ……、そのっ……、もっ……、私……はっ」

 ただそれは、とても言葉とは言えない言葉。

 顔が真っ赤に染まっていく小春を見て、血の下がっていった百舌の頭はふと思い出した。

「あっ、そういや俺、楠岡に呼ばれてたわ」

「えっ!?」

 百舌はスッと掴まれていた腕を抜け、自分の鞄を漁る。

「ちょっと書類頼まれててな。そういう訳だから、ちょっと出てくる」

「「えー」」

 鞄の中からファイルを取り出すと、百舌はそれを抱えて扉を目指す。

 見上げる小春の傍まで来ると、ポンッと肩に手を置いた。

「んじゃ、任せた」

 そう一言だけ残して、百舌は部室を後にした。

「ちぇー、百舌先輩行っちゃった」

「じゃあハカセでいいや」

「ムカつくなおい」

 百舌のいなくなった後でも、部室はいつも通り五月蠅い日常を送る。

 それでも小春は、少し前の自分を思い出して俯いていた。

 その小春に、賢治が気付く。

「……春ちゃん」

 名前を呼ばれた方向に、小春は顔だけ向けた。

「……名前、呼びたいの?」

「!」

 核心を突いてきた賢治に、飛び出してしまいそうな心臓を喉に詰まらせた。

「どしたー?」

 慌ただしく揺れた小春に、他の部員達も目を向ける。

 小春は取り繕うように視線を逃がした。

「べっ、別にそんなんじゃ!」

「名前って特別だもんね」

 しかし、幼馴染の賢治には下手な取り繕いも無駄なだけらしい。

「呼べばいいじゃん」

「そんな簡単に呼べないわよ!」

 簡単な口で言ってくる賢治に、小春は声を荒げた。

 会話の交わし合いで大体を汲み取った乃良は、厭らしく会話に介入する。

「どうせ、まだ先輩の名前覚えてないんだろ?」

 冷やかしに投げた言葉だったが、小春は蛇の如く乃良を睨みつけた。

「名前など疾うの昔に覚えていますわ。あまり適当な事言わないでもらえます? 加藤乃良先輩」

「……悪ぃ」

 小春の鋭利な目付きに、乃良もこれ以上口を開くのをやめる。

 ただ乃良の言葉は、小春の胸に届いていた。

「……いえ、当然ですわ。少し前の私は、本当に名前を覚えていなかった。覚えようともしてませんでしたわ。それなのに、今更先輩の名前を呼びたいとか……、そんなの……」

 小春の顔に、心から漏れた影が差す。

「……呼べないわよ」

 息の詰まった小春に、部室の空気も重くなる。

 一同小春にどんな言葉をかけようか探してみるも、上手く見つからない。

 そんな中、口を開いたのは賢治だった。

「あっ!」

「?」

 わざとらしく声を出した賢治に、一同は不思議そうに目を向ける。

「あれって、楠岡先生に提出しないといけないっていう書類じゃないですか!?」

「えっ!?」

 賢治の説明紛いな発言で、一斉に振り向く。

 それは確かに百舌の几帳面な文字で書かれた、部長の仕事の雰囲気を漂わせる書類だ。

 残すところは顧問の印鑑だけだろう。

「そうだ! でもなんでこんなところに!?」

「さっきもずっち先輩ファイル持ってってたよな!?」

「部室に来た時提出しようとファイルから出したのに、本読み出してから忘れて、そのまま置いてっちゃったんですよ」

「なにやってんだあの人!」

「ていうか賢治君も教えてやってよ!」

「てかその本が無ぇぞ! あの人書類忘れたのに本はちゃっかり持っていきやがった! 職員室で読むつもりなのかよ!」

 随分と部長の仕事が板についていない百舌に、後輩達の暴言は止まらない。

 その隙に、賢治はペラリと書類を手にした。

 賢治はその書類を、そっと小春のもとへ届ける。

「はい、春ちゃん」

「!」

 賢治の顔は、幼さの残る笑顔だった。

「百舌先輩に届けてあげて」

 目の前に出された書類を、小春はじっと見つめる。

 耐え切れず、不意に目を逸らした。

「なっ、なんで私が」

 素直になれない自分の心に、チクッと何かが刺さったのが分かった。

「春ちゃんなら呼べるよ」

 その一言が、小春の顔を持ち上げる。

 幼さの残るその笑顔が、小春の心から棘を抜いた。

「………」

 小春は立ち上がると、目の前に靡いていた書類を乱暴に奪う。

「……分かったわよ」

 強気にそう言った小春は、部室の扉を開けて廊下を駆け鳴らした。

 ぶっきらぼうに見えたその表情からも、幼馴染の賢治には全て見透かされていたようだ。


●○●○●○●


 夕陽の差し込んでくる部室棟の廊下。

 職員室にいるであろう楠岡のもとへ、百舌は本を開きながら亀の様な歩みで歩いていた。

 本の世界に入った百舌には、どんな音も聞こえない。

 こちらに向かって走ってくる、荒っぽい足音さえ。


「百舌先輩!」


 名前を呼ばれ、ようやく百舌は振り向いた。

 そこにいたのは、後輩である小春。

 部室で一旦別れた筈の小春が、どうして息を切らしてここに現れたのか、百舌には見当もつかなかった。

「……これ!」

 離れた距離から差し出してくる小春に、百舌は目を凝らした。

「……あっ」

 その紙の正体に気付くと、ファイルの中身を確認する。

 数分前の記憶は、すぐに蘇った。

 百舌は踵を返し、ゆっくり小春のもとへ歩み寄る。

「悪ぃ、すっかり忘れてた」

 手の届く位置にまで近付くと、小春の届けてくれた書類をそっと受け取った。


「ありがと、板宮」


 夕焼けに染められた百舌は、世界中の誰よりも美しかった。

「んじゃ」

 百舌はそのまま、職員室を目指して歩き出してしまう。

 顔を薄紅色にした小春は、引き止める事も出来ず、呼び止める事も出来ず、ただ魅了されてしまっていた。

 瞼を閉じれば今も浮かぶ、百舌の瞳に。


●○●○●○●


 オカルト研究部部室への帰り道、その道中。

「!」

 目と鼻の先といったところで、賢治がこちらに手を振ってくるのが見えた。

 小春はそのまま歩く足を進めていく。

「書類渡せた?」

「当たり前でしょ」

「それは良かった。ありがと春ちゃん」

「なにそれ」

 賢治を通り過ぎた後も、小春は歩き続けた。

 しかしその足は、部室の目の前で動きを止める。

「……賢ちゃん」

 久し振りに呼ばれたその呼び名に、賢治は振り向く。

「賢ちゃんの言った通りだった」

 小春の表情に先程までの曇りがかった模様は見当たらず、とても清々しい横顔だった。

 視線を天井に仰がせながら、小春は声を紡ぐ。

「名前って、ちょっと特別かもね」

 しばらく天井を見上げると、今度はその目を賢治へ向け直した。

「……ありがと、賢ちゃ」

 小春が目を向けると、どういう訳か賢治は両腕を駆使して笑いを堪えるのに精一杯だった。

 理解に苦しみ、小春は首を傾げる。

 すると、ふと視線に気付いて、小春は目を部室の扉に向けた。


 部室の扉からは、こちらを愉快そうに見てくる先輩達の厭らしい目が覗いていた。


「!?」

 そこで小春は気付く。

 今まで注意していたにも関わらず、今になって意識が緩んでいた事を。

「へぇ、賢ちゃんって呼んでるんだぁ」

「可愛いとこあるねぇ」

「別に隠す事なんてねぇだろ」

「可愛い」

 聞こえなかったという淡い期待を打ち砕くように、先輩達は声を揃えて感想を述べていく。

 小春の顔は、爆発寸前まで赤くなっていた。

「いやっ! ちっ、違っ! こっ、これはっ!」

 何をどう言い訳しても、誤魔化せる策など見つからない。

 全てを悟った小春は、最後の足掻きとでも言うように、喉を締め上げた絶叫を校舎に轟かせた。

「ああああああああああああ!」

 その絶叫は職員室の百舌にまで聞こえたとか、聞こえなかったとか。

幼馴染の呼び方って難しい。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は小春と百舌をメインに書いてみました。

どういう話にしようか考えたんですが、まだ小春が百舌を先輩と認めたはいいものの「先輩」って呼んでないなということで、名前をテーマにした話になりました。

小春もいい感じにときめけたし、久々に王道を書けた気がしますww


最後のオチは早めに書きたかった内容でした。

小春が人前では呼ばずとも、賢治を「賢ちゃん」て呼ぶのは決まっていたので、早いうちにお披露目したいなと。

今回テーマともあって、自然に入れる事が出来たので良かったです。


僕も幼馴染いましたけど、確かに高校生ぐらいになってから、どうやって呼べばいいか大変でした。

頭の中では子供の頃と変わらない呼び方なんですけど、成長して自分のキャラも変わっちゃってどう呼べばいいか分からないみたいな。

これって結構あるあるなんじゃないでしょうか?

ちなみに僕の解消法は、『呼ばない』でした。

最低だね!ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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