表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/243

【164不思議】耳をすすげば

 鳥のさえずりが聞こえてくる、陽だまりの心地良い放課後。

「悔しい!」

 オカルト研究部から突如として聞こえた怒号に、鳥達も驚いて一斉に飛び立ってしまった。

 窓越しの事情など知る筈もなく、乃良は机に突っ伏している。

 感情が昂っているせいか、猫の耳も金髪からピンッと立ち上がっていた。

「くそっ! 絶対勝ったと思ったのに! なんであそこから負けちまうんだよ! おかしいだろ!」

 部員達は聞き慣れたようで、嘆きには無関心だ。

「もういい加減諦めなよ。球技大会なら昨日終わったでしょ?」

 乃良を宥めるように、千尋が背中を擦る。

 千尋の言った通り、球技大会は先日幕を下ろし、学校にはいつも通りの日常が戻ってきた筈だ。

 しかし乃良の熱情は昨日に残ったままで、千尋の宥めも届かない。

「皆頑張ってたよ? でも賢治君達もすごかったし、しょうがないよ。MVP、賢治君が取ったんでしょ?」

「そんな制度あったのかよ」

「うん。賢治君すごい活躍だったし、納得だよね」

「俺だって活躍してただろ! 俺達が優勝してたら間違いなく俺がMVPだったっつーの! それなのに……それなのによぉ!」

 些細な会話でも、乃良の心は堕ちていく一方。

 千尋がどうしようかと頭を悩ませていると、流石に聞き堪えた博士がフッと息を吐いた。

「なんだよ未練がましいな。みっともねぇぞ」

「お前のせいで負けたんだろ!」

 博士はただ火に油を注いだだけだったようだ。

「畜生! けんけんどこだ! 俺ともう一回勝負しろ!」

 じっとしたままではいられず、乃良は勢いに任せて席を立つ。

 しかしどこを見回しても、賢治の姿は無かった。

「あいつならクラスで焼肉行くって言ってましたよ」

「あー優勝クラスの恒例だもんね」

 見事優勝に輝いたクラスは、担任の財布によって焼肉をご馳走になるというブラックな慣習。

 今頃賢治は、優勝の優越感にどっぷり浸っているのだろう。

「いいなー、私も焼肉食べたかったなー」

 賑やかそうな祝勝会に、千尋は夢を見る。

「ミノにセンマイ、ハチノス、ギアラ! あぁ、想像しただけでお腹空いてきた」

「なんで全部牛の胃袋なんだよ」

 王道を外していく千尋を、博士は丁寧にツッコむ。

 ただ今の乃良に、些細なネタに構っていられる余裕は微塵もなかった。

「あーもう! なんでいねぇんだよ!」

 怒りの行き場を完全に見失った乃良は、どうする事も出来ずにその場で蹲ってしまった。

 千尋は言葉を探すも、良い言葉は見つからない。

 探して、探して。

 探した末に、奥底に隠れていた妙案を引っ張り出した。

「そうだ乃良! 占いしよ!」

「はぁ?」

 返答はしたものの、乃良の声に活力は無い。

「悪いけど、今占いなんて楽しめる自信、俺には無ぇよ」

「大丈夫! すっごい当たるって評判だから!」

 千尋は自信あり気に胸を張ると、その占いの名前を口にした。

「耳の穴占い!」

「耳の穴占い!?」

 聞き馴染みのない占いに、乃良は思わず聞き返した。

「耳の穴って、えぇ!?」

「そう! 耳の穴占い! 耳の穴を見て、その人の運勢とか未来を当てちゃうの!」

「耳の穴で!?」

「うん!」

 どれだけ疑問符をぶつけても、実直な返答のみしか返ってこない。

「ほら! 良いから耳の穴見せてみて!」

「おい! ちょっと! 引っ張るなって!」

「どれどれ……」

 千尋は半ば強引に乃良の耳を顔元まで持ち寄せて、穴の奥を覗こうとする。

 しかし直前で、千尋の暴走は止まった。

 視界の端に、SOSだと叫ぶ様に荒ぶっている猫耳が現れたからだ。

「……乃良の場合って、どっちの耳見ればいいんだろ?」

「知らねぇよ!」

 気を逸らした隙に千尋から離れた乃良は、思いのまま声を荒げた。

「勝手に耳の穴覗こうとしてんじゃねぇよ! こっちが落ち込んでるっていうのに無理矢理耳の穴覗こうとするとかどういう心情!?」

「んー、猫耳じゃあ占えないしなー」

 乃良の直訴も、マイペースに悩む千尋の耳には届かなかった。

 すると千尋はとある答えに辿り着く。

「あっ! じゃあハカセの占えばいっか!」

「はぁ?」

 完全に物語の範囲外にいた筈の博士が、不意に名前を呼ばれ口を歪ませた。

「なんで俺が占われなきゃいけねぇんだよ。俺関係無ぇだろ」

「関係無くないよ! 乃良と同じチームだったでしょ? なんならアンタのせいで負けたんだし、さっさと耳晒しなさいよ!」

「ちょっやめろ!」

 千尋が問答無用に襲いかかり、博士は必死で抵抗する。

 しかし抵抗も空しく、博士の耳は千尋の両手によって囚われてしまった。

 博士の耳の穴に括目すると、目を見開く。

「……汚っ」

「はぁ!?」

 またしても間抜けな声が出てしまった。

 解放された耳を抑えながら博士が千尋に目を向けると、その顔はどこか青ざめていた。

「いや、なんか、思ったよりも汚くてビックリしちゃった……。アンタちゃんと耳の中掃除してる?」

「勝手に耳の穴覗いた上に勝手に引くなよ!」

 博士は得体の知れない羞恥心に晒された。

「ちょっと無理! ハカセ! 耳掃除しよ! このままじゃダメだ!」

「いいよ別に! 家帰った後一人でするよ!」

「いいやダメ! 今しよ! 今すぐに!」

 すると千尋に名案が訪れる。

「そうだ! 花子ちゃん!」

「?」

 部室の隅でぼーっとしていた花子は、名前を呼ばれて振り向いた。

「ハカセの耳掃除してみる?」

「はぁ!?」

 千尋の暴言に、今日一番の歪んだ声が博士の口から轟いた。

「なんでそうなるんだよ! こいつに耳掃除なんて出来る訳ねぇだろ!」

「大丈夫だって! 私が教えるから!」

「そういう問題じゃねぇっつーの! 大体耳かきなんてどこから用意すんだよ! 流石にこの部室にもねぇだろ!」

「そういえば」

 博士の反抗を遮るように、小春がふと口を開く。

 目を向けると、どういう訳かそこには端に白い綿毛のついた耳かきが携えられていた。

「あいつがMVPの副賞に貰ったけどいらないって言って私に渡してきたんですけど、使います?」

「都合が良すぎねぇか!?」

 何はともあれ、これで全ての準備が整ってしまった。


●○●○●○●


 舞台は広々とした畳スペース。

 畳に正座している花子の膝には、ぎこちなく横になっている博士の頭が置いてあった。

 どうも膝枕に乗っている成人男子の顔持ちではない。

「それじゃあ花子ちゃん! さっき教えた通りにね!」

「………」

 机スペースから声を飛ばす千尋に、花子は無言で返事を返した。

 右手にはMVP副賞の耳かき。

 花子は無表情のまま、恐らく初めて触ったであろうそれを博士の耳へと忍び込ませていった。

 迫りくる恐怖に、博士の表情も硬くなる。

 耳の穴への侵入に成功した花子は、続いて中に蔓延る不純物の撤去に移る。

 その時、耳かきが博士の耳を刺激した。

「んっ」

 思わず声が漏れる。

 しかし痛くはない。

 どちらかといえば心地の良い刺激だ。

 花子はなんの躊躇も見せないまま、不純物の撤去に勤しんだ。

「んっ……、あっ……、うぅっ……」

 我慢しようとしても、あまりの快感に声は溢れてしまう。

 もしかすると、花子は天からその才能を授かった耳掃除のスペシャリストなのかもしれない。

「そう! 良い感じ! 優しくね! まるで赤ちゃんに産湯をかけてあげる様な優しさで!」

「ちひろん何言ってんの?」

 畳の外からセコンドの様に飛んできた千尋の野次も、二人には届かない。

 今の二人は、遠く離れた極楽にいた。

 ――あぁ……、なんか、悪くねぇな……。なんていうか……、気持ち……良い……。

 顔も綻んで、膝枕も首に馴染んできた。

 その時だった。

「!?」

 途端に博士の耳の奥に、槍で貫かれた様な衝撃が走る。

「ああああああああああああ!」

 花子の膝枕から転げ落ちて、急所を突かれた左耳を抑える。

 先程とは全く違った意味で声が漏れてしまった博士に、部員達は体を弾かせた。

「いってぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ハカセ! どうしたの!?」

「痛ぇなぁおい! 花子! どこまで掘ってんだよ! 鼓膜ぶち破るつもりか!」

 博士は声を荒げて、花子に問い詰める。

 しかし被疑者は、容疑をかけられたにも関わらず無表情だった。

「ハカセ、反対」

「させねぇよ! なんでお前人の耳痛めつけといてもう一回耳かきぶっ込もうとしてんだよ! そんなの絶対させないからな!」

 先程までの甘い雰囲気から一転、部室には殺伐とした空気が漂っていた。

 憤りを露わにする博士に、無表情な花子。

 二人の喧嘩を仲裁する為、千尋も慌てて畳スペースへと向かった。

「……あの人達って、いつもこんな感じですの?」

「……まぁな」

 小春と乃良はそんな言葉を交わしながら、呆れた目で事件現場を眺めていた。


●○●○●○●


 なんとか博士の怒りも収まり、千尋もポンッと手を鳴らす。

「それじゃあ、今度はハカセが花子ちゃんの耳掃除しよっか!」

「はぁ!?」

 収まりつつあった感情の波が、再び荒々しく波打つ。

「なんで俺がこいつの耳掃除しなきゃいけねぇんだよ! そもそもこいつに耳掃除なんて必要ねぇんじゃねぇか!?」

「まぁまぁ、掃除して貰ったんだからお礼は必要でしょ? ほら、花子ちゃんも横になって!」

 どれだけ異議を唱えても、千尋の意志が揺れる事は無さそうだ。

 無駄を悟った博士は、不機嫌のまま腰を下ろす。

「………」

 花子は無言のまま博士と目が合う。

「……さっさとしろ」

 博士の目は鋭かったが、それでも花子にとっては安心できた。

 花子はそっと横になって、博士の膝に頭を乗せる。

「……行くぞ」

 一言博士は言うと、洗ったばかりの耳かきを花子の耳の中へゆっくり忍び入れた。

 不慣れな上に不器用な博士だったが、出来る限りの丁寧さで耳を弄る。

 すると博士の耳かきが、花子と接触した。

「んっ」

 花子は声を漏らす。

 それが何を意味する声かまでは分からなかったが、拒否反応を起こした訳では無さそうだ。

 博士はそのまま花子の中を探索する。

 花子も博士に全てを預けていた。

 博士の膝の上の乗った花子は相変わらずの無表情だったが、その奥にはどこか幸福感が垣間見えた気がした。

 そして――。

「……うん、汚れてねぇな。おい花子。もういいだ……ん?」

 花子に声をかけた途中で、博士は気付く。

 眼下で瞼を閉じたままの花子は、こちらの声に反応する事無く横になっていた。

「おい花子。おいって」

 体を揺さっても、目を開けようともしない。

「……まさか」

 間違いない。

 花子は正真正銘、博士の膝枕で眠りに落ちていた。

「嘘だろ!?」

 膝元で眠る花子などお構いなしに、博士は声を張り上げた。

「なに勝手に寝てんだよ! 俺の膝で寝てんじゃねぇ!」

「ちょっとハカセ! そんなに叫んだら花子ちゃん起きちゃうでしょ!?」

「起こすんだよ! おい花子! 起きろ! このままじゃ俺動けねぇじゃねぇか!」

 博士がどれだけ叫んでも、どれだけ乱暴にしても、花子は全く目を覚まそうとしない。

 挙句の果て、花子の寝顔を守るべく立ち上がった千尋により、箝口令を敷かれた博士は全ての発言を禁止された。

 結果、博士は花子の専用枕と化した。

 博士の膝枕に眠る花子は、余程良い夢でも見ているのか、博士とは正反対の穏やかな表情でぐっすりだった。

耳を掃除し合うだけの話。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


作品名は忘れたのですが、とある作品で男女が膝枕で耳掃除をするみたいな話があったんです。

それをハカセと花子の回を考えている時にふと思い出しまして、今回メインカップルが耳掃除をし合うだけという歪な回が出来上がりましたww


書いていて思ったのは、ちょっと辻褄の合わせ方が無理矢理すぎましたかね?

まぁでもこれぐらい不自然な方が逆に面白いかなと、自分的には寧ろ合点がいっていますww


作中では普通に耳掃除していますが、他人に耳を掃除してもらうのって相当の信頼が必要ですよね。

僕は身内ならまだしも、他人には任せられません。

でも人にしてもらう耳かきって、すっごく気持ちいいんですよね。

ハカセと花子は自然と任せられる、そういった意味では強い信頼関係が出来ているって事でしょうか。

まぁハカセの耳は急所を突かれましたがww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ