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【163不思議】汗なし役なし球技大会

 軽快に弾むボールの音がこだまする。

 体育館で稲妻の様なドリブルを見せた少年は、相手のプレスを物ともせずにボールを宙に放る。

 ボールは美しい弧を描き、見事リングの中にホールインワンした。

 同時に巻き起こる歓声と拍手の嵐。

 そして試合終了のホイッスルが響き渡った。

「乃良ー! 流石ー!」

 名前を呼ぶ声がして、乃良は首を伝う汗を拭いながら振り向く。

 応援席には球技大会に熱狂する千尋と、正反対にクールな花子がこちらに視線を送っていた。

「ちひろん! 花子!」

 乃良も二人のもとへ駆け寄る。

「応援ありがとな!」

「やっぱり乃良、運動神経だけは良いよね!」

「だけってなんだよ!」

 乃良は怒鳴りながらも、表情は穏やかだ。

 得点差は歴然で、たった一瞬目を向けただけでも、どちらに軍配が挙がったのかは明白である。

 勝利の最大の貢献者である乃良には、観客席から賛辞が送られていた。

 しかし花子の視線は乃良を通り過ぎており、もう少し奥の少年に注がれている。

「……ハカセ」

 その名前に、乃良と千尋も目を向ける。

 博士も自分の名前に気付いて、こちらへとゆっくり歩いてきた。

 そして、千尋は慎重に尋ねる。

「……アンタ、試合いた?」

「いたわ」

 即答だった。

「お前見てなかったのかよ。ずっとコートの中にいただろうが」

「いやっ、全然印象に残ってなくて……。試合中にボール触ってた?」

「触ってただろ」

 未だ疑ってくる千尋に、博士は自分の言葉に嘘偽りはないと証明する。

「ボールがコートの外に出た時、率先して拾いに行ってただろ」

「試合としては触ってないじゃん!」

 嘘偽りはなかったが、二人の価値観の間にはちょっとした齟齬があったようだ。

「やっぱり触ってないじゃんか! 乃良が一生懸命頑張ってたってのに、アンタ何やってたの!」

「バカ、俺だって一生懸命やってたっての」

「じゃあなんで汗掻いてないの!? 乃良はこんなにダラダラ汗掻いてるのに!」

「そういう体質だよ」

「最早病気だよ!」

 フルセットで試合に挑んだにも関わらず、千尋と口喧嘩する気力があるのが何よりの証拠だった。

 博士の肩を持つように、水分補給を終えた乃良が割って入る。

「まぁ、ハカセはうちの最終兵器だから」

「最終兵器?」

 少年心を震わせる言葉に、千尋は首を傾げる。

「そっ! 頼りにしてるからな!」

「俺、最終兵器なのか?」

「本人自覚ないらしいんだけど!?」

 どこまでも不安の晴れそうにない博士に、千尋は堪らず溜息を吐いた。

「まぁ、乃良がいるんなら十分優勝は狙えそうだね」

「おぅ! 勿論そのつもりだ! 去年は苦い思いをしたからな!」

 昨年、決勝戦まで駒を進めた乃良は、あと一歩のところで優勝を逃した。

 敗北の味を知ったあの日から今日まで一年、あの雪辱を果たす事だけを考えてここまで生きてきた。

 それと負けられない理由がもう一つ。

「焼肉の命運はアンタにかかってるんだからね!」

「お前それ目当てだろ」

 優勝したクラスは、担任の自腹によって焼肉を振る舞われるというのがこの学校の慣習だ。

 幾つもの理由が相乗して、負ける訳にはいかない。

「今年こそ、優勝するぞ!」

「おー!」

 高らかな勝利宣言に水を差すように、ネットを揺らす音が耳に届く。

 音がしたのは別の試合会場。

 サラサラヘアーを靡かせた少年は、こちらと目が合うと優しくその目を細めた。

「けんけん……」

 観客の大歓声でこちらの声が聞こえたかは不明だったが、賢治の声はここまで届いてきた。

「僕らが試合でぶつかるのは、決勝戦ですね」

「へへっ、今年も簡単には優勝させてくれないか」

 口ではそう言いながら、乃良はどこか楽しんでいるようだ。

「面白ぇ、決勝戦で待ってるぜ!」

 乃良が拳を突きつけると、賢治は一礼してチームメイトのもとへ戻っていった。

 先の決勝戦に、乃良は今から心を踊らせる。

「おいおい、随分余裕ぶっこいてくれるじゃねぇか」

 背後から圧力を感じて、乃良は振り返る。

 そこには如何にも力で捻じ伏せてきそうな巨漢の男達が、乃良達を囲むように並んでいた。

「次の俺達は眼中に無いってか」

 どうやら次の対戦相手らしい。

「今に見てろ。お前達に本当のバスケットボールってのは何か、叩き込んでやるよ!」

 上から告げられた宣戦布告に、乃良は身が震えるのを感じた。


●○●○●○●


 それから乃良率いる二年A組A班は順調に駒を進めていき、

「えっ、勝ったの!? あんな強そうだったのに!? なんだったのあいつら!」

 遂に決勝戦まで辿り着いた。

 そして、その対戦相手は――。


●○●○●○●


「それではこれより二年A組A班と一年D組C班による決勝戦を行います。礼!」

 審判の命に従い、選手達はセンターラインに揃って握手を交わす。

 乃良の手を熱く握ったのは賢治だ。

「優勝は渡しませんよ?」

「後輩が生意気言ってんじゃねぇよ」

 二人は短い言葉を交わすと、口角を吊り上げて所定のポジションへと戻っていく。

 観客席は決勝戦という事もあって、体育館を埋め尽くすような超満員だった。

 まるで全校生徒が軒並み揃っているようだ。

 その中でも試合を目の前で観られる特等席に、千尋と花子は陣を取っていた。

「乃良ー! ついでにハカセもー! 死ぬ気で焼肉掴んできなさいよー!」

「お兄ちゃーん! 頑張ってー!」

「「え?」」

 聞き覚えのある声が真横から聞こえて、一同は一斉に振り返る。

 千尋の隣には理子、その隣には小春が立っていた。

「理子ちゃん!? それに小春ちゃんも!」

「……どうも」

「おかっぱ女……」

「………」

 女子達がそれぞれの思惑を視線に孕ませ、複雑に絡んでいく。

 勃発も悪くないが、今は決勝戦だ。

「小春ちゃんは賢治君の応援?」

「そっ、そんなんじゃないですよ。ただ理子がどうしてもって言うから……」

 花子と距離を取る為、小春を身代わりにした理子により、小春は千尋の隣に入れ替わる。

 傍に来た小春の顔は、なかなか素直だった。

「ふーん、そっか」

 深くは追及せず、千尋は試合会場に目を戻す。

「あっ、もう始まるよ!」

 千尋の言う通り、試合開始はすぐそこだった。

 中央に立つ審判が手にしていたボールが、膝を伸ばしたと同時に宙に舞う。

 瞬間、巨体同士がボールを取り合って激しくぶつかった。

 肉弾戦を制したのは二年A組で、ボールを手中に収めた生徒が間髪入れずにパスを繰り出した。

 パスの先は勿論乃良だ。

 乃良は目にも止まらぬドリブルでコートを駆け抜け、相手のリングに跳ねる。

 レイアップシュートを見事決め、先制点を奪った。

「おぉぉぉ! いきなり入れやがった!」

「あの金髪! 去年も決勝戦まで残ってた奴だよな!?」

「確かオカ研の加藤って奴!」

「今年も決勝戦を掻き回してくれんのか!?」

 昨年の鮮烈な記憶を覚えていた観客席が一斉に湧き上がる。

 乃良もその歓声に酔い痴れているようだ。

 ふとコートの中の賢治と目を合わせる。

「………」

 乃良は口を開かないままこちらを手招いて、賢治を挑発する。

 しかし賢治は挑発に乗る事もなく、寧ろどこか余裕を思わせる微笑みを浮かべていた。

 すると、そんな賢治にボールが飛んでくる。

 賢治はそのままドリブルしていくと、上級生のブロックを見事掻い潜って、相手のリングにボールを届けた。

『えっ』

 さながらそれは、乃良のレイアップの模造である。

『えぇぇぇぇぇぇぇ!?』

 突然の出来事に、観客席は目で追えていなかったようだ。

「えっ、なに今の!? レイアップ!?」

「さっきの加藤の真似か!?」

「いや真似しようと思って出来るドリブルじゃねぇだろ!」

「おい! 誰だあいつは!」

「オカルト研究部の武田だって」

「またオカ研かよ! なんなんだよオカ研! なんでオカ研ばっか決勝戦勝ち残ってんだよ!」

「バスケ部は何やってんだよ!」

 観客達は衝撃に囚われたままで、考察の声が鳴りやまない。

 その観客の中には、勿論千尋も含まれていた。

「賢治君って、運動神経良いんだね……」

 千尋の独り言とも取れる声に、小春は律儀に答えた。

「……別に、運動神経だけは良いってだけですよ」

 どこかで聞いた事のあるような言い回しも、千尋は何一つピンと来ていないようだ。

 コートの上では、賢治が乃良と目を合わせる。

「………」

 すると、賢治は乃良同様にこちらを手招いて挑発する。

 なんとも生意気な後輩だ。

「……へへっ」

 先輩である乃良は、その挑発にわざと乗ってやる事にした。


●○●○●○●


 それからの試合展開は一進一退だった。

 乃良率いる二年A組が点を取れば、すぐに賢治率いる一年D組が点を取り返す、まさに点取り合戦。

 試合は動かないまま、最終局面を迎えた。

 シュッ、とボールがネットを無駄なく揺らす。

 点を奪ったのは賢治だ。

『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 白熱する決勝戦に観客席のボルテージは最高潮。

 それと引き換えに、コートの上に立っている人達は随分とやつれているように見えた。

 ボールを手にした乃良は、チラッと電子得点板を確認する。

 残り時間は一分、得点は二点差。

「……ふっ」

 思わず吹き出してしまった。

 この展開は、丁度一年前の同じ舞台で既視感があったからだ。

 勝利するには、3Pシュートを決める他無い。

 ――上等だよ!

 乃良は前を向き直して、最後のドリブルの一歩を踏み出そうとする。

 しかし行く手を阻むように賢治が立ち塞がった。

「そうはさせませんよ」

 賢治の息も上がっているのは見て分かった。

 それでも甘いシュートを撃とうものなら、簡単に賢治の手に防がれてしまうのは明白である。

 それはパスも同じだった。

 どこを見回しても仲間達にはマークが付いており、正に鉄壁の布陣だった。

 カウントダウンは進んでいくばかり。

 しかし、乃良の口角はクイッと上がった。

「……悪ぃな」

 不意に呟いた乃良に、賢治は首を傾げる。


「今年の俺には、最終兵器があるんだよ」


 そう笑って、乃良はボールを放った。

 賢治の頭上を通るロングシュートではない、付近を狙ったただのパスだ。

 ただそのパスは、最終兵器こと博士の腕に届く。

「!?」

 今まで微塵も試合に関与していなかった事により、博士の存在が試合上にいる賢治達でさえ薄れていた。

 それにより、博士のマークがいつの間にか剥がれていたのだ。

 よって今、博士はフリー。

 博士を邪魔するものは何一つない。

「嘘!?」

「そんな……」

「ハカセ」

「行けぇぇぇぇぇぇぇ!」

 千尋、小春、花子、乃良、その他全員まとめて、博士に釘付けになっていた。

 博士はシュートを構えて、両手で相手陣地のリングに投げ込む。

 ボールは美しい放物線を描き、そして――、


 バックボードとは見当違いの方向へと飛んでいき、それから帰ってくる事は二度と無かった。


『………』

 あれだけ盛り上がっていた体育館が、刹那にして静寂に変わる。

 何が起こったのか、誰一人分からなかった。

 観客席に座る生徒達も、乃良も、賢治も、博士でさえも。

 ただ思い出したかの様に響いたホイッスルが、決勝戦の幕引きを伝えただけだった。

「……勝っ……た?」

「ごらぁ!」

 現実味のない勝利に呆然とする賢治を置いて、乃良は博士のもとへ駆け寄った。

 床に尻を落とした博士を、グッと胸倉で持ち上げる。

「なんであそこで決めないんだよ! 絶好のチャンスだっただろうが!」

「仕方ねぇだろ!? んな事言ったって、今日一回もボール触ってなかったんだから感覚もクソもねぇんだよ!」

「ああああ! 今年こそ優勝だと思ったのによぉ!」

 乃良の絶叫が体育館中に轟く。

 その絶叫が、決勝戦の勝敗に現実味を味付けしている様な気がした。

「……まっ、ハカセがそんな事出来る訳ないよね」

「でしょうね……」

「お兄ちゃんですから……」

「ハカセ……」

 観客席に位置取っていた女子四人も、訪れた現実にどこか納得しているようだ。

 こうして今年の球技大会、男子バスケットボールトーナメントは、賢治率いる一年D組C班の優勝で幕を下ろした。

 二年A組A班に所属していた乃良は、二年連続の準優勝。

 博士には後にきついお仕置きが課せられたという。

乃良、堂々の二年連続準優勝。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


前回に引き続き、球技大会後編!

今年の男子バスケットボール優勝は、賢治率いる一年D組となりました!


今回の球技大会、乃良vs賢治を書く事はまぁ決めていたのですが、当初は乃良が勝つ予定でした。

そもそも決勝戦の予定でもなく、順当に勝ち上がっていき、見事乃良が昨年の雪辱を果たして優勝を飾るという予定だったのです!


しかし同じチームのハカセによって、その予定もキャンセルに。

ハカセと乃良が同じチームになるというのも決まっていて、話を組み立てている間に「あれ、これハカセいたら負けるな」と、こんな試合結果になりました。

結果個人的に満足いったので良かったです!

乃良ごめん!ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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