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【162不思議】HIGH and LOW

 本日の六限目はLHRだ。

 精神力を磨り減らす授業は幕引きで、生徒達はどこかお気楽ムード。

 二年A組の担任である馬場も妙な緊張感は無く、黒板にスラスラと文字を並べていく。

「それでは男子と女子、それぞれ三チームずつに組んで別れてください」

 馬場の号令の下、生徒達は一斉に動き出した。

 ただ一人、黒板に目すら向けていなかった博士だけが、未だ机に開いた参考書を追っている。

 そこに一人の生徒が駆け寄った。

「ハカセ! 一緒に組もうぜー!」

 そう博士の机を叩き揺らしたのは乃良だ。

 書いていた文字が歪んだ事に苛立ちながら、博士は消しゴムを取る。

「……組むって何をだよ」

「話聞いてただろ!? チームだよ!」

「だから何のだよ!」

 全体的に無視をしていた博士に非があるのだが、博士は声を荒げて乃良に尋ねた。

 その後に返ってきた答えに、博士は全て理解した。


●○●○●○●


 魚に似た雲が泳ぐ、海の様な空。

 太陽の下の逢魔ヶ刻高校では、体操服に着替えた生徒達が縦横無尽に躍動していた。

 しかも見渡す限り女子ばかりである。

 その中のワンシーン。

「てぇい!」

 ポニーテールを靡かせた少女が、飛んできたボールを打ち上げる。

「はっ!」

 別の少女は、打ち上がったボールを優しく届けた。

 そして届け先である、打ち上げたポニーテールの少女は自分の右腕を撓らせて、そのボールを相手サイドに叩き込んだ。

「おらぁぁぁ!」

 ボールは一心不乱に走り、相手は誰も届かない。

 審判の笛が鳴り、スパイクを決めた千尋は先程までの如来の形相から、可愛らしい女子高生の笑顔に帰った。

「やったー!」

 姦しくチームメイトとハイタッチをしている。

 グラウンドにいる誰よりも、このイベントを楽しんでいる笑顔だった。

 千尋が活躍するコートの脇の観客席。

「おー! ちひろんすげぇぞー!」

 そこに乃良と博士は並んで観戦していた。

 乃良は白熱する試合に心も躍っているようだが、自棄に体操服の似合わない博士は若干引いた目で千尋を眺めていた。

「……もうこんな時期か」

 博士は堪える素振りもなく溜息を吐く。

 そう、今日は球技大会だ。

 男子は体育館でバスケットボール、女子はグラウンドでバレーボールを学年関係無しのトーナメントで争う体育会系の恒例行事。

 昨年も参加した博士だが、その時は酷い目にあった。

 今年こそは何が何でも欠席する予定だったのだが、気付けばこの服装でここに立っている始末だ。

「去年やったんだし別にもうよくねぇか?」

「毎年恒例だって言ってんだろ」

 博士の提案も乃良に即決却下され、仕方なく下げていた目を上げる。

「はいやぁぁぁ!」

 コートの上の千尋は、博士とは正反対にこの行事に全身全霊を懸けているようだ。

 不意に博士は気になって目を回す。

「……そういや、花子はどうした?」

 全員参加のこの行事は、勿論花子も参加の筈だ。

「えっ? あそこにいるぞ?」

 乃良は不思議そうにコートの方角へ指を差す。

 指の先を目で追うと、コートの上で棒立ちする花子が見つかった。

「花子!?」

 今まで注目していた筈だが、気付かないものだ。

 花子にアスリートの姿勢はあらず、ボールさえも目で追っているようには見えなかった。

「おい、こんなんだったら敵の良い的になっちまうだろ……」

 博士の読みは的中する。

 完全に戦力外となっている花子に気付いた相手の生徒は、花子をロックオンするとそちらに向けて助走をつける。

 蝶の様に舞った彼女は、花子目がけてボールを打ち込んだ。

「花子!」

 博士の声も空しく、花子は呆然とするばかり。

 流石に直撃したと思ったその時、ボールは花子の寸前で打ち止められた。

 花子の前に立っていたのは、レシーブの構えを取る千尋。

「!?」

 仲間のセッターが打ち上がったボールが、千尋のもとに戻ってくる。

 千尋は待つのではなく、跳び上がって自分から迎えに行くと、そのボールを大砲の様に発射した。

「ぐぉらぁぁぁ!」

 無論、相手は為す術も無かった。

「やったー!」

 また表情をくるりと入れ替えると、可愛らしく仲間達とハイタッチを交わす。

 その中には、勿論花子もいた。

「うぉー! ちひろんほんとすげぇな!」

「……あいつってあんな体育会系だったか?」

 あまり見た事のない千尋の意外な一面に、博士は退いていた。

 ふと博士はある事に気付く。

「……あれ?」

 それは不可解な事だった。

「おい乃良」

「ん?」

「なんかこっちの得点、千尋が打ってる割には少なくないか?」

 博士が注目したのは試合の得点板。

 千尋の活躍によりリードしていると思われたが、得点板に記された点数は相手チームが圧勝していた。

 千尋の打ったスパイクの数も、辻褄が合わない筈だ。

 しかし乃良は軽く笑った。

「なんだハカセ、お前バレーのルール知らないのか?」

 学校で行われるルールぐらいは把握しているつもりだが、博士は黙って聞き入れる。

「バレーってのは、ボールを相手コートの中に入れないと得点になんねぇんだよ」

「入ってなかったのかよ!」

 どうやら千尋のスパイクは、どれも相手陣地の枠を外していたらしい。

 全ての謎が解けた時、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。


●○●○●○●


「悔しい!」

 滝の様に汗を垂らした千尋は、博士達に向けて慙愧の念を惜し気もなく晒していた。

「絶対勝ったと思ったのに! どうしてこんな結果になったの!?」

「お前のせいだよ」

「いやー惜しかったねー」

 涙ながらに悔しさを訴えていたが、もう涙と汗の区別はつかない。

「花子ちゃん! 来年こそは優勝目指そうね!」

「うん」

「お前何もしてねぇだろ」

 千尋の熱い声かけにも、花子は冷たく無表情だった。

 鬱陶しい汗をタオルで拭うと、千尋は気分も転換して話題をケロッと変える。

「さて、どうする? ハカセ達の試合まで時間あるよね?」

「多分な」

「自分の試合の時間ぐらい把握しときなさいよ」

 そうは言っても、この行事に対する博士の関心など皆無だ。

 これからの暇をどう持て余そうかと悩む一同だったが、そこに一つの名案が乃良の口から降り注がれた。

「あっ、なら、これから体育館で面白い試合が始まるぞ」

 興味を引かせるその言葉に、一同は顔を寄せた。


●○●○●○●


 少し離れた別のコート。

「わっ!」

 こちらに目がけて飛んできた驚異的なボールに、ツインテールは届かずただ体操服を汚しただけに終わった。

 無慈悲に鳴る試合終了のホイッスル。

 試合を挨拶で終えると、小春は砂塗れの体操服を手で払った。

 気休めにもならない事に不機嫌になっていると、傍に理子が寄ってくる。

「あーあ、負けちゃったね」

「……運動は苦手ですわ」

 どうやら小春も、博士と同じで気は乗っていないらしい。

 理子は愛想笑いをすると時計を確かめる。

「んー、これからどうしようね」

 どこかに落ちていたりする事はないが、理子はグラウンドを見回して予定を探す。

 すると別のものが見つかった。

「あっ、お兄ちゃんだ」

 理子の目に留まったのは、花子達と行動する博士。

 どれだけ手を振っても、博士はこちらに気付きそうもない。

 仮にも後輩である筈の小春は、明後日の方向を向いたままで振り向こうとしなかった。

「えっ!? 百舌先輩の試合!?」

 瞬間、小春の首は百八十度回った。

「そう! これからその筈だよ」

「えっ、絶対見に行きたい! 百舌先輩の試合見に行こ!」

「おぉ! 行こ行こ!」

 筒抜けな会話をしながら、博士達はそのまま体育館の方向へと足を向ける。

 理子は博士の背中を見送った後、小春に目を戻す。

 小春の心は、どうもここには無さそうだ。

「……体育館、行く?」

「!?」

 理子の声に心の返ってきた小春は、顔を赤らめる。

「いっ、いやっ、別に私は……!」

 なんとか取り繕おうとした小春だったが、理子の厭らしい目はどうも兄よりは鋭いようだった。


●○●○●○●


 体育館ではボールの弾む音が何重にもなって聞こえた。

 博士達が体育館に着くと、先程までとは違う熱量が一気に体に襲い掛かってくる。

 これが男子と女子の迫力の違いだろうか。

 一同は体育館を見渡して百舌を探す。

「あっ、もう試合始まってるっぽい!」

「えっ!?」

 一足早く百舌を視界に捕えた乃良は、一人走り出してしまった。

 まだ百舌を確認できていない博士達だったが、一先ず乃良の後に続いて人の群れを掻き分けていく。

 辿り着いたのはとある試合の観客席。

 前に躍り出た一同は、ようやく目の前で百舌を見つける事が出来た。

「本当だ! 百舌先輩だ!」

 コートの上でその巨体を遺憾なく発揮する百舌は、嫌でも注目の的だった。

 整った顔立ちの額からは、爽やかな汗が流れている。

「百舌先輩ー!」

 千尋の歓声も、今の百舌の耳には届かない。

 よく耳を澄ませば、他の女子からも百舌に向けての黄色い歓声が上がっていた。

「百舌君ー!」

「頑張ってー!」

「キャー!」

「カッコ良いー!」

 この数週間で、すっかり学校の有名人になってしまっていた。

 心無しか、観客席も他の試合よりも混み合っている。

「……人気だな」

「頑張ってー」

 たった数週間の付き合いの人間には負けないと、花子の応援にも熱が入る。

「しかし、すげぇな」

 博士の脳内には、昨年の惨状が浮かんでいた。

「ねっ! 去年は試合始まってすぐに退場したのにね!」

「その後すぐにハカセも退場したよね」

「いらん事思い出すな!」

「人間髪切ったらここまで変わるもんなのかな」

 括目して走る百舌に、昨年の面影は全く見当たらない。

 汗を滴らせる表情も、どこか様になっていた。

 ふと体育館の扉が重く開いて、小春と理子が遅れながらも百舌の試合会場へとやってくる。

「先輩……」

 小春は百舌を見つけたその目を、外せやしなかった。

 すると仲間がシュートしたボールが、相手のリングに弾かれる。

 皆一斉にリバウンドを狙って跳び上がる中、頭一つ抜けたのは無論百舌だった。

「!」

 百舌はボールを手中に収めると、止まる事無く宙を浮く。

「えっ、もしかして!?」

「ダンク……!?」

 常人離れした動きを見せる百舌は、そのままボールを相手のリングに直接――、


 届く筈もなく、百舌は体幹を崩して床に崩れ落ちた。


『………』

 突然として起きた悲劇。

 歓声に包まれていた試合会場に静寂が訪れ、ボールが無力に弾むだけである。

「もっ、百舌!?」

「だっ、誰か! 先生!」

 倒れたままピクリとも動かない百舌に、慌ててチームメイトが介抱する。

 騒ぎを聞きつけた先生が担架を運んでくると、百舌はそのまま保健室へと連行された。

 一瞬の内に起こった事件に、観客達は展開に追いつけていないようだ。

 扉の傍の小春も、空虚を見つめるだけである。

 ただ昨年似たような事件を目の当たりにしている博士達は、不思議にもどこか穏やかだった。

「……やっぱり」

「髪切っただけで運動神経が良くなる事なんて無いよな……」

「あぁ……」

「………」

 後で保健室にお見舞いに行こうと決めた後輩達であった。

HIGE(排球)andLOW(籠球)。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


五月もすっかり中旬。

という事で、今回から球技大会編! 今回はその前編になりました!


昨年も全く同じネタを書いた球技大会編ですが、その時から少しだけですがぼんやりと考えてはいました。

そのシーンが、後半の百舌の試合。

髪を切ってギャラリーも増えた百舌ですが、まぁ運動能力が変わる筈もないと。

そんなこんなで、百舌が試合中に倒れるのは、実は三年前から確定事項でしたww


今回書く上で考えたのは、前半の千尋と花子のシーンです。

昨年は男子達メインで女子の試合はあまり書けてなかったので、今回書けて満足でした。


しかし今回一番満足いったのはサブタイトル!

思い付いた時は天才かと思いましたww

さて、次回は球技大会後半戦です! 今年の優勝は誰だ!?


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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