【158不思議】My home
天気に恵まれたGW。
いくら今日が天下の休日天国だとしても、流石に住宅街まで人の群れは見えなかった。
精々とある一軒の前に、若者が四人立つだけである。
「ちょっ、ちょっと部屋片付けてくるから! アンタ達ここで犬みたいに待ってなさいよね!」
「分かったよ」
「きょっ、今日親が出かけてるからって、へっ、変な事しやがったら承知しねぇからな!」
「いいからさっさと行って来いよ」
後ろの男子達にしつこく忠告すると、千尋は一足先に家の扉を強く閉めた。
扉から漏れる鍵を閉める音や、慌ただしく走る音を、一同は黙って聞き入れていく。
「……よくもまぁ、あんな定番な台詞を汚して言えるなぁ」
乃良は苦笑すると、顔を上げて家の全貌を眺める。
「……しっかし、結構立派な家だなー」
現在博士達が訪れているのは、正真正銘千尋の実家。
瓦屋根などのシックな雰囲気を醸し出す、ベーシックなスタイルの二階建て。
ひょんな事から訪れる事になった初めての千尋の家に、一同どこか心臓が高鳴った。
「なんかもっとしょぼい家だと思ってたわー」
「失礼だろ」
「私の家と同じ匂いがする」
「それも大分失礼だぞ」
口々に感想を零す乃良と花子に、一応博士が千尋の名誉の為制す。
「ただ待ってろって言われてもなー」
時間を有り余らせた乃良は、手持ち無沙汰に外の簡易的な塀に身を預ける。
すると頭上に名案が浮かんで、すぐに塀から体を離した。
「そうだ! 先にこっそり家入っちゃう?」
「あ?」
乃良の奇妙ともとれる名案に、博士は率直に顔を歪ませる。
「なんでだよ」
「だってここに居たって暇じゃねぇか。だからこっそり中に入って、勝手にちひろんの家探索しようぜ!」
「とんだ迷惑な客だな」
博士が止めようとはするも、乃良が実行に移るのは時間の問題だろう。
しかし、乃良が手を伸ばすよりも先に、家の扉が音を立てた。
もう片付けを済ませたのかと、一同は目を向ける。
「行ってきまー」
「「あ」」
扉から出てきたのは千尋ではなく、千尋によく似た幼さの残る少年だった。
少年と声を合わせて、博士は声を漏らす。
博士はその少年と、一度会った事があった。
「お前は……」
「ハカセさん……、ですよね?」
「あぁ」
向こうも博士を覚えていたらしい。
乃良は会った事が無かったが、状況的に推理して博士に確認を取る。
「この子って、ちひろんの弟?」
「あぁ、千尋の弟の……………………」
「覚えとけよ」
「石神仙です。初めまして」
名前が一向に出る気配の無い博士に代わって、仙が自己紹介をした。
「そっか! 初めまして! 俺の名前は乃良! ほら、花子も自己紹介しろ!」
「……花子」
乃良と花子が仙との顔合わせを終え、揃って一瞥する。
仙は顔を戻すと、一同の来訪の動機を尋ねた。
「……お姉ちゃんですか?」
「そう、さっきまで一緒に遊んでたんだけど、話の流れでちひろん……お姉ちゃんの家に行こうってなって、お邪魔させてもらった訳」
「お姉ちゃんは?」
「今頃部屋片付けてるみたいだよ」
乃良が先頭になって、仙の質問に答えていく。
仙はしばらく考え込むと、ふとこちらに顔を上げた。
「あの……良かったら中入ります?」
「え?」
突然出された提案に、博士が反応する。
「ここでお姉ちゃん待つのもあれなんで、リビングで待っててもらった方が良いかなって」
「いや、別に」
「本当!?」
博士が丁寧に断ろうとしたのだが、直前で乃良が食いついた。
「おい乃良、ここで待ってりゃいいだろ」
「なんでだよ! 家主が良いって言ってんだからいいだろ!? ほら、早く入ろうぜ! お邪魔しまーす!」
「おい!」
博士の声も聞き入れず、乃良は扉の中へと消えてしまう。
仙も乃良を追って入っていき、残されたのは博士と花子の二人。
ここで二人で千尋を待っていても仕方なく、博士も家へ上がっていき、花子もそれに続いて、結果全員が石神家に上がってしまった。
●○●○●○●
石神家のリビングは、ゆったり寛げる空間となっていた。
壁や床から漂う木々の香りが鼻を擽り、一同は今日溜まった疲労を他人の家で癒していく。
キッチンからは氷の踊る音が聞こえ、仙が麦茶を注いで持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがと! 仙君小学五年生だっけ? まだ小学生なのに気遣いできてすごいね!」
「いえそんな!」
乃良からの絶賛に、仙は顔を赤らめた。
紅潮した顔を紛らわそうと、仙は話題を変える。
「皆さんの話は、お姉ちゃんからよく聞いてますよ」
「本当!?」
話題の変換は、大成功だったらしい。
「ねぇ、ちひろんなんて言ってんの!?」
制御できない好奇心を剥き出しにして、乃良は一心不乱に答えを尋ねた。
「えっと、『花子ちゃんは可愛いー』とか、『ハカセはムカつくー』とか、こんな感じですかね」
「俺の事言ってねぇじゃん!」
自分の名前が欠片も現れず、乃良は落胆した。
「何が皆さんだよ! 俺は!? 俺の事はなんか言ってなかったの!?」
「乃良さんはー……、えーっと……」
「思い出すのが困難な程なの!?」
「あっ、『乃良はこの前、髪にバランつけてたー』とか言ってました!」
「いつの話だよ! てか直接言ってくれよ!」
数時間後に鏡の前で気付いた事実に、乃良は心が傷つくだけだった。
博士はそんな乃良をつまみに麦茶を啜りながら、ふと疑問を口にする。
「……そういや、どこか出かけるところじゃなかったのか?」
仙と対面したのは家の外だ。
もしかしたら予定を二の次に、自分達の対応をしてくれているのかもしれない。
「あぁはい、友達とあっち向いてほいの約束を」
「それ約束してまでする事か?」
思わず余計な事を言ってしまったが、大事なのは約束の中身では無い。
「行ってこいよ」
「いえ良いですよ! ちょっとぐらい遅れても」
「良い事はねぇだろ。俺達ならここでダラダラ待ってるから」
博士がまた麦茶を啜ると、仙は顔を俯かせる。
そこに荒々しく階段を下りてくる足音が飛んできた。
一同近付いてくる足音に肩を弾ませると、リビングのドアが足音の主によって勢いよく開け放たれた。
息を荒くして現れたのは、右手に掃除機、左手にバケツを装備した千尋だった。
「あれ!? 皆どうしてここにいるの!?」
「ちょっと片付けてくる格好じゃねぇだろそれ」
家政婦の様な出で立ちの千尋に、質問など吹き飛んでしまった。
「まさかアンタ達、勝手に家ん中入ったんじゃ」
「違う違う! 仙君が中に入れてくれたの! なっ!?」
「うっ、うん!」
「お前は勝手に入ろうとしてたけどな」
博士の余計な言葉に、乃良はなんとか遮って口元に人差し指を当てている。
仙は叱られると思っているのか、妙に肩に力が入った。
しかし、千尋は顔をパッと明るくさせた。
「そっか! ありがと仙! あれ? 仙ってこれから遊びに行くんじゃなかったっけ?」
「うん……」
「じゃあ行ってきな!」
先程の博士と同じ言葉。
ただ姉の言葉は先程よりもずっと説得力があり、仙は大きく頷いた。
「うん!」
こうして仙は慌てて家を飛び出していった。
まだまだ子供らしい無邪気な背中を見送って、石神家にはオカ研部員四人が残った。
●○●○●○●
「「「おぉ……」」」
三人は訪れた部屋を見回して、そう声を漏らした。
夜に眠り、朝に起き、その生活を繰り返す千尋の部屋。
オカルト好きな千尋を彷彿とさせるグッズは意外にも見当たらず、可愛らしい家具などが部屋をデコレートしていた。
「なんていうか……、女の子みたいな部屋だな」
「当たり前でしょ!」
「なんかもっと、禍々しい部屋だと思ってたわ」
「どういう意味だ!」
失礼極まりない感想を並べていく一同に、千尋は頭に血を上らせた。
一頻り目を回した乃良は、疲れたのかふと息を吐く。
「さて、と……」
すると乃良は何の躊躇もなく、千尋が毎夜を過ごすベッドへと飛び込んだ。
「おやすみなさーい!」
「はぁぁぁ!?」
突然の奇行に千尋は顔を赤くしながらも、乃良をベッドから引き剥がそうとする。
「ちょっと! アンタいきなりなにしてんの!」
「はぁ? 何って、俺はこれから寝るんだよ」
「なんで!」
「だって今日疲れたんだもん。ちょっとぐらい横にさせろよ」
「そんなの知らないよ! いいからとにかくそこから退きなさいよ!」
なかなか離れない乃良に苦戦するも、刺客は次から次に現れる。
「千尋、俺勉強するから参考書とノートと筆記用具貸してくんない?」
「貸す訳ないでしょ!」
「………」
「花子ちゃん! 無言でクローゼット開けないで! 今こいつらいるから!」
止まらない三人の暴走に、千尋は振り回されるばかり。
何も他に手が浮かばず、為す術の無くなった千尋は頭を抱える。
「ああああああああああああ!」
最終手段として、千尋は絶叫を上げながら暴力に身を任せる事にした。
●○●○●○●
千尋の鉄拳の餌食となった乃良と博士、ついでに花子は正座で千尋の部屋に腰を下ろしていた。
「さて……」
乃良は未だ走る頬の痛みを感じながら、ふと口にする。
「これからどうしようか」
「知らないよ!」
乃良の率直な疑問に、千尋は苛立ちを剥いて声を荒げた。
「アンタら何しに来たの!? 私の家好きなだけ荒らして! やる事ないんだったら帰ってよ!」
「まぁそう言うなって」
心の底から家に招いた事を後悔するように、千尋は蹲っている。
はす向かいの乃良は、あっけらかんと案を探っていた。
「そうだ! ちひろんの卒業アルバム見せてよ!」
「はぁ!? 嫌だよ!」
乃良の名案だと言わんばかりの案を、千尋はバッサリ切り捨てた。
「えぇ!? なんでだよ!」
「ダメに決まってるでしょ! なんでアンタ達に私の卒アル見せなきゃなんないの!」
「良いじゃねぇかよ! 中学のでいいから!」
「一番嫌だわ!」
懇願する乃良に、千尋は頑なに首を振る。
その首が縦に振られない事を悟ると、乃良はどこか吹っ切れたように腰を浮かした。
「あーそうですか! じゃあ勝手に探して勝手に見ます!」
「はぁ!?」
「えーっと、どこにあるかな?」
「ちょっと! 勝手に探さないでよ!」
四つん這いになって部屋を探索し出した乃良に、千尋は捕えようとする。
しかし今度は、花子が千尋の行く手を阻んだ。
「……千尋」
「えぇ!?」
名前を呼ばれて、千尋は勢い任せに顔を向ける。
「……これ何?」
そう言って、花子は人差し指を差す。
花子が立っていたのは、千尋の部屋の勉強机の前。
勉強机とは名ばかりで、机がその実力を発揮した事は恐らく数度しかないだろう。
その勉強机の壁際に置かれたフォトボードが、花子の指差したものだった。
「これ?」
「うん」
フォトボードには、何枚もの写真が飾られていた。
千尋や見知らぬ友達、中には花子やオカ研部員、沙樹などの見知った顔も映っている。
ただ全員共通して、幸せそうな笑顔を見せていた。
「……これはね、私の宝物」
写真を見ているとなんだか心が温かくなって、千尋の口元が緩んだ。
「宝物?」
「うん、大事な大事な宝物」
花子は千尋の表情をしばらく眺めると、再び写真達に目を戻す。
写真の群れの中、自分だけが無表情なのがどこか心に引っかかった。
「全部ピースサインじゃねぇか。レパートリー少なっ」
「五月蠅いな!」
こっそり後ろから覗いていた博士が、全ての写真で二本指を立てる千尋に一言添える。
それを火種に、千尋は羞恥心を隠すように博士と口論を発展させた。
一方の乃良は未だ卒業アルバムを捜索している。
「無い事は無い筈だからー、どこにあるんだー?」
女子の部屋にも関わらず、躊躇無しで採掘する乃良。
目に見える場所を一通り探し終えると、乃良は先程花子が止められていたクローゼットに手をつける。
中は薄暗くよく見えなかったが、卒業アルバムらしきものは見えない。
ただそれよりも、目を惹くものがそこにはあった。
「……なんだこれ」
クローゼットを開けた足元に置かれた段ボール。
中を漁ってみると、包帯に巻かれた猿の手や、解読不能の呪いのお札など、ありとあらゆる魑魅魍魎が顔を出した。
「うわっ、ここに隠してあったのか……」
恐らくここに詰め込まれたものが部屋に飾られたのが、本来の千尋の部屋なのだろう。
顔を青ざめながら漁っていると、ふと気になるものを見つけた。
「……ん?」
それは本屋で買ってきたようなノート。
なんの変哲もないノートが、奇奇怪怪の中に五冊も紛れていた。
「なんだこれ?」
謎を解く為、乃良はノートをひらりと捲る。
「あっ!」
瞬間、ようやく千尋が段ボールを漁る乃良の姿に気付いた。
ノートを開こうとする乃良を、千尋は慌てて止めようとする。
「ダメ!」
しかし、時既に遅し。
『○月×日。目覚めると、得体の知れない違和感があった。体の中に、何か別の存在が蠢いているような……。そこで私は気付いた。あぁ、これは封印だと。私達が生きる別の世界線、そこで猛威を振るっていた悪き魔神、『ダークマター』が私の中に封印されたのだと。今の私はダークマターと同じ力を持つに等しい。ここから私の、悪と正義の物語が始まった……』
乃良の筋肉は一気に硬直する。
ノートの中身はおどろおどろしい文字達が、ビッシリと犇めいていた。
冒頭に記された日付から推測すると、千尋が中学生の頃に書き上げたものだろうか。
ページを捲っても、光景はほぼ変わらない。
これが五冊とも全て同じ内容と考えると、背筋が凍るのさえ感じた。
ふと乃良は、視線の感じる方向へ目を向ける。
こちらにじっと向けてくる千尋の視線は、瞳をウルウルと潤わせ、今にも大粒の涙が溢れそうだった。
「帰れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
黙っていられなかった千尋は、瓦屋根を吹き飛ばす勢いの絶叫を轟かせて、乃良達を家から追い出したのだった。
●○●○●○●
その日の夜。
一人になった千尋の部屋は、随分静かに感じられた。
段ボールに隠していた魑魅魍魎達も解放され、部屋は本来の姿を取り戻していた。
まだ傷の癒えない千尋は、勉強机に突っ伏して項垂れている。
こんな事なら焼却処分すれば良かったと、何度後悔しただろう。
「……?」
ふとポケットに違和感がして、千尋は手を入れる。
出てきたのは、一枚の写真だった。
「あ……」
今日の午前中、皆で撮ったプリクラ。
写真にも関わらず五月蠅く感じる千尋。
そんな千尋に怒鳴り返す博士。
画面から見切れて顔半分しか映っていない乃良。
ちゃっかりピースまでしている花子。
その写真はあまりにも酷かったが、どういう訳か嫌な気分には欠片もならなかった。
「……ふふっ」
千尋は笑みを漏らすと、勉強机のロッカーを漁った。
取り出したのは一つの画鋲。
それでプリクラをフォトボードの空いたスペースに張りつけ、千尋は全体を眺めた。
「……よし」
大事な宝物に、新たな仲間が加わった。
これからも大事な宝物が永遠に増え続けますように。
そんな淡くも切な願い事を星にしながら、千尋は今年も楽しいGWだったと席を後にした。
今年も波乱のGWでした。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
という事で、GW編でした!
いやー大変だった!
前回でも書きましたが、GW編の内容についてすごく悩んでいたんです。
外出とかだと、もうある程度のスポットは行き尽くした感あるし、それでふと思ったのが「あれ、千尋の家まだ行ってねぇな」でした。
元々千尋の家に行く話は書く予定なかったのですが、大体皆行ったし、千尋の家も行くべきだと!
こうしてGWに千尋の家に行く事になりました。
千尋の家に行くって決まってからは、ある程度スムーズに決まった気がします。
ただ少し長くなってしまいましたね。
GW感もあまり感じられないとは思いますが、個人的には納得のいく回に仕上がりました。
これからはこの回を糧に、読者の皆さんにもっと読みやすく、読み応えのある話を提供できればと思います。
さて、次回からは通常運転!
しばらく登場しなかった彼女達が出てきますよ!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!