【157不思議】Goodな町の歩き方・改訂版
シャープペンシルがノートをなぞる音がする。
窓には眩しいくらいの太陽が燦々と映っており、こちらへとこれ見よがしに日向を差し込んできた。
気付けばカレンダーも五月。
朝の情報番組ではゴールデンウィークの特集を放送しており、世界は休日気分を満喫しているらしい。
かくいう博士もそうだ。
今日も窓を閉め、自室に籠って課題三昧。
GWの作用が働いているのか、いつもよりも集中力が増している気がする。
彼なりの休日を、十分に謳歌していた。
区切りの良いところまで解答し、博士は前傾になっていた体を背凭れに預ける。
研ぎ澄まされた集中力を解除して、一つ息を吐いた。
「なんでお前がいるんだよ」
「よっしゃー! リオレウス討伐完了!」
背後からそんな雄叫びと共に、高らかなファンファーレが轟いた。
博士の部屋で寝転がって寛いでいる金髪は乃良。
自分の家の様に過ごす乃良は小型の古びたゲーム機を手にしており、そこからは耳触りな程の爆音が流れていた。
ようやく振り向いた博士に、乃良が顔を上げる。
「おっ、勉強終わったか?」
「勝手に終わらせんな。俺はなんでお前がいるんだって訊いたんだよ」
「だって今日GWじゃん?」
「理由になってねぇよ」
無機質に返してくる博士に、乃良も真面目に答える。
「だから、GWっていったらちひろんと花子、四人で遊びに行くのが恒例だろ?」
「まだ一回しか行ってねぇだろ」
「だから俺がわざわざ迎えに来てやったんだよ!」
「帰れ」
心のどこかで分かっていた乃良の答えに、博士は体を正面に向き直した。
「なんでだよ! 遊びに行こうぜ!」
「なんで行かなきゃなんねぇんだよ。俺は休日は全部勉強に捧げるって決めてんの。分かったらさっさと帰って、精々三人で遊んできな」
頑なな博士に、乃良の眉間に皺が寄る。
「あっそ! でも俺はお前の勉強が終わるまでずっとここにいるからな!」
「じゃあ一生そこにいろ」
乃良の宣言を適当にあしらって、博士は参考書の問題に戻った。
それに伴って乃良もカーペットの上にうつ伏せになり、一時停止していたハンティングゲームを再開させる。
グォオアッシャァァア!
ギェアゥウ!
チェキィィゥンゥ!
グァァアゴォォゥッジャァァァア!
「五月蠅ぇ! こんなんで勉強できるか!」
どうやら一度休憩を挟んだ事で、集中力が途切れてしまったらしい。
「おっ、終わったか?」
「もういいよ! 終わりだ終わり! 地獄でもどこでも行ってやるよ!」
「ちょっと待って、今良いとこだから」
「なんでお前待ちしなきゃいけねぇんだよ!」
こうして、いつもの如く博士は部屋から連れ出されてしまった。
博士の部屋には今日の予定を失ってしまった勉強道具達が、悲しく取り残されている。
●○●○●○●
噴水が飛沫を上げる公園。
待ち合わせスポットとして人気のあるこの場所には、GWを満喫しようとする人で溢れていた。
彼女達も例外に漏れる事無く、水のショーを一望できるベンチに座る。
視界の端に、ようやく待ち人が顔を出した。
「ハカセ」
「えっ?」
花子の漏らした名前に、千尋も顔を向ける。
そこには確かに自分達の待ち人である、博士と乃良の姿が確認できた。
「ごめんごめん! 遅くなった!」
乃良は千尋達を見つけると、申し訳無さそうに頭を下げる。
もう一人の博士は、まだ心の中で諦めがついていないのか、不服そうにそっぽを向いていた。
「もう! 本当に遅いよ!」
「ごめんって! だってハカセがなかなか行こうとしないんだもん」
「ハカセ!」
「来たからいいだろ」
立ち上がった千尋の圧にも、博士は淡白だ。
「……んで、今日はどこ連れてかれるんだよ」
何も知らされていない博士に、千尋は目をキョトンとさせる。
不気味に肩を揺らして笑い出すと、鞄の中から一冊の冊子を出した。
「それはこのしおりに書いてあるよ!」
「なんでしおりまで用意してんだよ」
まるで修学旅行気分な千尋は、昨日徹夜して作っただろうしおりをペラペラと捲っていく。
「取り敢えず九時までにこの場所で集合して」
「一時間過ぎてんじゃねぇか」
公園に設置された時計は、既に十時の方向を差している。
「ハカセ達が来ないからでしょ!? とにかく行きたい場所はいっぱいあるんだから、とっとと行くよ! レッツゴー!」
千尋は号令を出して、博士達を置いて歩き出した。
花子と乃良も続いて背中を追っていき、博士だけが取り残されてしまう。
溜息を吐くのさえ疲れのもとだ。
そう感じた博士は、仕方なく千尋達に振り回される事にした。
●○●○●○●
最初の目的地は服屋。
店内は客も従業員も女性ばかりで、揃えてある服も全て女性物である。
「わー花子ちゃん! この服すごく可愛くない!?」
「うん」
「わー見て! この服絶対花子ちゃんに似合うよ! 試着してみない!?」
「うん」
明らかに気の昂揚に差のある二人だったが、千尋はお構いなしに営業妨害になる程の声量で騒ぐ。
その声は、店の端で待機する博士達にまで聞こえてきた。
「……あいつ、どこまでテンション上がってんだ」
「なー」
乃良も両手を持て余しながら、暇そうに眺めている。
ふと目を落とすと、可愛らしいフリルのついたワンピースが目に留まった。
「なぁ見ろよ! これハカセ似合うんじゃねぇか!? 試着してみろよ! 絶対面白……似合うから!」
「なんでお前までテンション上がってんだよ」
勿論博士がワンピースに袖を通す筈もなく、二人は何もしないまま女子達の買い物を待ち続けた。
●○●○●○●
次の目的地はゲームセンター。
その奥に隠れた、小さく真っ新な空間。
「ちょっと乃良! もっとそっち行って!」
「はぁ!? これ以上こっち行ったら映んなくなっちまうだろうが!」
「……んっ」
「あっ花子! カメラ独占するな!」
「キャッ! ちょっとハカセ! どこ触ってんのよ!」
「どこも触ってねぇだろ!」
ゲームセンターの中でも飛び抜けて騒々しいその場所は、プリクラの枠を越えて周囲の視線を根こそぎ奪った。
無機物なカメラマンが一同の和解を待つ筈もなく、シャッターの時は訪れる。
パシャッ!と鳴った時、まだ誰も笑顔が作れていなかった。
「よし! 出来た!」
完成した写真を手に取って、千尋は満足気な笑顔を浮かべる。
「イッヒッヒ、ハカセにいっぱい落書きしてやったぜ……!」
その笑顔は実に厭らしかった。
「はい! これ花子ちゃんの!」
「……ありがと」
千尋から受け取った初めてのプリクラを、花子は目に焼き付ける様に凝視する。
他の二人にも渡そうと思ったが、気付けばその影は消えていた。
「あれ? そういえば男子共は?」
「ハカセ達なら……」
花子はプリクラから目を離すと、二人の行方に指を差す。
「くっそー! なんで落ちねぇんだよ! 今の絶対落とせただろうが!」
「そこじゃあ力が分散されるだけだ。このフィギアの重心を考えて、恐らくもっと右奥に差さないと」
「あそこ」
「何やってんの!」
クレーンゲームに資金を費やしていた男子達を見つけた千尋は、二人を引き剥がす様に首根っこを引っ張っていった。
●○●○●○●
次の目的地に向かう最中。
多くの人々とすれ違っていく中、千尋と花子は楽しそうに町を闊歩していた。
その数歩後ろでは、二人とは全く異なるどんよりとした空気を背負い込んだ博士と乃良。
二人だけ休日に見放されたようだった。
「あーあ、なんか腹減ったなー」
乃良が腹の虫を鳴らしながら、声を零す。
時刻は十二時を回っており、町はとっくにお昼時を迎えていた。
腹が減って力が出ない状態に陥った乃良に、千尋がくるりと身を返す。
「安心なされ!」
「あ?」
「次はお楽しみのランチタイムだよ!」
「マジで!?」
その一言で、乃良の心は簡単に息を吹き返す。
「何料理!? 鯖の塩焼き? それとも味噌煮? もしかして鯖缶!?」
「全部お前の好物じゃねぇか。昼飯鯖缶て」
「ここだよ!」
千尋の到着宣言に、一同の足は止まる。
そのまま目の前に聳え立つ目的地へと、ゆっくり顔を上げた。
そこに建っていたのはオシャレなカフェ。
店の外には尻尾が見えない程の長蛇の列が出来ており、その列は十割女子によって編成されていた。
「ほらー! 早く並ぼ並ぼ!」
千尋は花子の手を引くと、こちらを手招いて最後尾へと足を踊らせる。
しかし博士と乃良は、まだ足を動かせずにいた。
「「えー……」」
密かに寄せていた昼食の淡い期待は音もなく崩れ、諦めた二人は潔く長蛇の尻尾へと転生した。
●○●○●○●
それから何周短針が回った事だろう。
「あー……、やっと入れた……」
「どんだけ時間かかってんだよ畜生……」
ようやく店内に入って注文を終えた男子達は、燃え尽きた様に椅子に項垂れていた。
はす向かいに座る女子達は、未だ無尽蔵な元気を振りまいている。
「このお店、今すっごい人気なんだよ! 女子の間で、可愛くて美味しいって!」
「へー……」
千尋の言葉も九割が耳を通り過ぎた。
明らかに差の激しい食卓に、溌剌とした声の従業員が割って入ってくる。
「お待たせしましたー! こちらパニパニパンケーキになりまーす!」
給仕されたのは何段も重なったふわふわパンケーキ。
たっぷりのハチミツや山盛りの生クリームなど、如何にも女子が好きそうな一皿だ。
メニューを開く気力も湧かず、千尋と同じ品を注文したが、それは間違いだったかもしれない。
圧倒される男子達を置いて、対面は幾度となくフラッシュを焚いた。
「可愛い! これは映えるよー! ねっ、花子ちゃん! これはフィルムに収めなきゃ!」
「うん」
二人の連写の勢いは止まる事を知らない。
いつもなら真っ先にフォークに手が伸びる花子だったが、彼女も千尋に毒されてきたようだ。
目の前の女子達に、男子達は呆気に取られていた。
「……まぁ、腹も減ったし」
「美味しいって人気らしいし食べるか」
流石に空腹の限界だった二人は、揃ってナイフとフォークを取る。
弾みそうなパンケーキにナイフを入れ、挿したフォークを口の中まで運んでいった。
瞬間、二人は衝撃を覚える。
「「!?」」
それは決して、良い衝撃では無かった。
「……ねぇ、これって」
「あぁ、なんかうまく言えねぇんだけど……」
「女子ってこういうのが好きなのかな?」
「……そうかもな」
従業員には聞こえないように、こっそりと感想を口にする二人。
一頻り写真を撮り終えた千尋も、いよいよスマホをテーブルに置いた。
「よし! それじゃあ私達も頂くとしますか!」
「うん」
千尋と花子もナイフとフォークを手に取り、ナイフを入れて、フォークで運ぶ。
途端、千尋の目は極限に開かれた。
「うん! 別に美味しいって訳じゃないけどいい感じ!」
「美味しくないのかよ」
素直にレビューする千尋は、それでも落ちそうな頬っぺたを両手で受け止めていた。
花子の舌は唸ったようで、黙々とパンケーキを頬張っていく。
自由気ままな二人に、博士は堪らず溜息を吐く。
ただ隣に座る乃良の堪忍袋の緒は、流石に限界を迎えてしまったらしい。
●○●○●○●
「なんなんだよ!」
店を出ると、乃良が人目も気にせず大声を吐き散らした。
「自分達が楽しいだけで進めやがって! 俺達は全然楽しくなかったっつーの! 自分だけじゃなくてもっと俺達の事も考えながら計画しろ!」
「ごっ、ごめん……」
溜まっていた鬱憤を一身に食らった千尋は、反省して身を縮ませていた。
それでも乃良の気は晴れず、未だ千尋に怒りを続投する。
「全く……」
注目の的になった二人に目も当てられず、博士は目を塞いだ。
「……ハカセもつまんなかった?」
「あ?」
すぐ傍まで寄っていた花子の声に、思わず声を漏らす。
「……まぁ」
「……そっか」
「……お前は楽しかったのかよ」
「私はハカセがいるならなんでも楽しい」
「……あっそ」
聞かなければ良かったと、博士は目を逸らす。
逸らした先は、千尋のダイナミックな土下座が展開されていた。
「ごめんって! もうこれからの予定全部無しにして、次は二人の行きたい場所にどこでも行くから!」
「えっ」
千尋の土下座に、乃良は声を詰まらせる。
「行きたい場所……かぁ」
そう言われても、咄嗟に行きたい場所など浮かばない。
乃良は憤るのも忘れて、頭を悩ませてしまった。
「俺ん家」
「却下」
乃良が悩んでいる隙に博士が答えたが、それは千尋によって秒速で断られてしまう。
「なんでだよ」
「アンタ勉強したいだけでしょ!? そんなの絶対させないから!」
「帰るのはダメ」
二人がかりで止められ、博士の勉強復活大作戦は失敗に終わった。
「……家、か」
ただその会話が、乃良に名案を生ませた。
「そういえば、ちひろんの家って行った事なかったよね?」
「え?」
乃良からの突然の質問に、千尋は目を開かせる。
「俺達の家は言うまでもなく毎日来てるし」
「え?」
「俺の家だって勝手に何度か来てるよな」
「え?」
「林太郎の家にも行った事ある」
「え?」
不思議とテンポよく交わしていく会話に、千尋は目で追うのに精一杯である。
一同の間に静寂が漂う。
その数秒間の静寂で、一同の答えは決した。
「よし! んじゃ行くか!」
「えっ、ちょっと待って!」
「別にいいだろ? お前がどこでも行くって言ったんだし」
「それはそうだけど!」
「私も千尋の家行きたい」
なんとか考え直させようと試みるも、一度固まった意志はなかなか変わりそうにない。
三人は千尋を置いて、そのまま足を踏み出してしまった。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!」
千尋の絶叫がGWにこだまする。
一同は彼女のしおりに書かれた計画と逆行し、千尋の自宅へと向かう事となった。
毎年恒例(?)GW編!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回より作中では暦が五月に突入しまして、五月初旬といえば? そうゴールデンウィーク!
という事で、今回よりGW編になります!
このGW前編、実は恐らく今までで一番書くのに時間のかかった回になりました。
まず何が大変かってテーマ決めです。
本当はこのGW編、斎藤と西園のデートを主体に書こうと思ってたんですが、流石に再登場早すぎかなという事で却下に。
それで今まで考えてたテーマがなくなったんでもう大変です。
しかも同じメンバーで昨年GW編書いてるんで、話の構成にとても時間がかかりました。
しかしそれよりも筆が進まなかった。
実は二話程前からスランプみたいなのが来てまして、書きたい事が全然書けなくなってしまったんです。
初めて気分転換にコンビニとか行きました。
その苦労の成果あってか、見返すと自分でも笑ってしまう回になりました。
こんな苦労話は置いといて、明けましておめでとうございます!
マガオカは三周年達成、私事の話をしますと二十歳になりました。
これからどうなっていくのか分かりませんが、マガオカは是が非でも書いていくつもりなので四年目もよろしくお願いします!
取り敢えず次回のGW後編を是非!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!