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【155不思議】Re:先生

 本日の最終授業である、六限目の終了を報せるチャイムが校舎中に鳴り響いた。

 残すところは帰りのSHRのみとなり、生徒達の心は一足先に放課後状態となっている。

 廊下にはトイレ休憩などを済ませる生徒の姿も見えた。

 そして、もう一人。

 ――……私、馬場文子。

 馬場、逢魔ヶ刻高校に勤務する教師である。

 ――三十歳。

 約四ヶ月前、節目の年を迎えた。

 ――新学期を迎えて辺りは皆幸せそうだけど、私には一つ悩みがあった……。

 生徒に配る為のノートを両手で抱えて、馬場はとある教室を目指す。

 眼鏡の奥に映る表情は、確かに苦悩を滲ませていた。

 ――それは……。

「馬場先生ー!」

 心の中で正体を打ち明けようとすると、そんな声が聞こえてくる。

 今時の甲高い女子高生の声に、馬場は警戒心を最大限に高めてゆっくり振り返る。

 そう、その女子高生こそ、馬場の悩みの種。


 ――石神さん達オカルト研究部の担任に配属されてしまった事……!


 馬場の内情も知らないまま、千尋は尻尾でも振る様にポニーテールを揺らして駆け寄って来る。

 すぐ隣にはおかっぱ頭の花子もいた。

 なんの害も無さそうな無表情の少女だが、彼女も馬場の天敵の一人に他ならない。

「もうすぐSHRですよ? 教室に戻ったらどうですか?」

 馬場は溜息を吐いて、千尋達から逃げるように歩き出す。

「一緒に行きましょーよ! どうせ私達同じ教室なんだし!」

 距離を置こうとする馬場を、千尋は逃すまいとピッタリくっついていく。

 馬場は「そういえばそうだった」と振り切る術を失った。

 新学期、願わくばオカルト研究部員の、最悪でも千尋の担任にはなりたくないと祈った馬場だったが、その祈りは全て裏目に出た。

 やはり自分にはとことん運が無いのだと、新学期早々どん底に落ちた気分である。

「荷物持ちますよ!」

「あっ、いいですよ」

「いいからいいから!」

 千尋は強引に馬場からノートの束を半分奪うと、満足気に隣を歩く。

 後ろの花子も一緒についてきて、一行は二年A組へ向かっていた。

「……そういえば、あれからどうなったんですか?」

「? あれって?」

 急な話にあっけらかんとした馬場へ、千尋は細い目を向けた。

「楠岡先生の事ですよ」

「!」

 途端に馬場の心臓がグッと締め付けられる。

「その感じだと、まだ全然発展してないみたいですね。全く、もうすぐ一年ですよ!? いつになったら発展するんですか!」

 一回り年下の生徒に怒鳴られるも、何も言い返せない。

 馬場は心を持ち堪えるのに、必死だった。

「うぅ……、私なりに一応頑張ってるんだよ……」

「へー、例えばどんな?」

 こちらを試すような視線を向けてくる千尋に、この前楠岡との間で起こった展開を思い返す。

「……れっ、連絡先交換したりとか」

「連絡先!?」

 馬場の答えに、千尋は意外だと仰天した。

「連絡先交換したんですか!? すごい発展じゃないですか! どうしてそんな急展開に!?」

「そっ、それは……、石神さんのおかげだったり……」

「えっ、私?」

 思わぬところで自分の名前が出てきて、千尋は首を傾げる。

 何はともあれ、今はそれよりそこからの展開だった。

「で! 連絡先交換して、どんなやり取りしたんですか!?」

「………」

 馬場は、千尋の視線から逃れるように目を背ける。

 全く交わらない二人の瞳。

 それだけで、千尋は全て理解した。

「何も連絡してないんですか?」

「!」

 真の髄を突かれて、馬場の体は飛び跳ねた。

「もう! 折角連絡先交換できたのになんで連絡しないんですか!? それじゃ意味ないでしょ! 宝の持ち腐れってヤツですよ! そんなんだから先生は発展できないんですよ!」

「そっ、そんなに言わないでよ!」

 一回り年下の生徒の言葉は、一つ一つが馬場の傷を抉った。

 馬場は何も言い返す事も出来ずに、ただ傷口を撫でるだけである。

 そんな情けない先生に、千尋は溜息を吐いた。

「しょうがないなぁ……」

 千尋の溜息に、馬場が振り返る。

 ドンと効果音が目に浮かぶ程に胸を張った千尋は、渾身のドヤ顔で馬場の前に立った。

「私達が一肌脱いであげますよ!」

 その千尋と後ろを歩くだけの花子に、馬場は良い未来など見えなかった。


●○●○●○●


 放課後、オカルト研究部部室。

「………」

 じっと百舌に向け続けられる熱視線。

 百舌は気にも留めないように本の文字を追っていたが、とても常人が気にせずにはいられない。

 視線の主、それはオカ研顧問の楠岡だった。

「……気に食わねぇ」

 楠岡は百舌の顔をじっと見つめたまま、不満を漏らす。

「なんだ、髪切ったらイケメンでしたって。結局世の中顔かよ。世間にはあまり顔のよろしくない人間だっているんだ。それをお前は、そいつらを嘲笑うかの様にイメチェンしやがって。楽しいか? あ? 下の人間を嘲笑うのはよぉ」

「よくもまぁ自分の生徒にそんな悪口が言えるもんだ」

 楠岡の減らず口は、文字通り減っていく気配がない。

 しかし言い返すどころか目さえ合わせない百舌は、正に鋼の心の持ち主だった。

 喧嘩売りを諦めた楠岡は、視線を逸らして部室を見回した。

「……それより、一年達は?」

「一年生なら林間学校に行ってますよ!」

「あぁ、そんなのあったな」

 意気揚々と答えた乃良の答えに、楠岡は教師とは思えない返答を聞かせる。

 机に肘を乗せて頬杖を突くと、気怠げに顔を弛ませた。

「全く、一年の顔一目見てみようと思って来たっていうのに」

「一年生を動物園の動物みたいに言うな」

「楠岡先生はどこの学年担当になったんでしたっけ?」

「あ? 俺はまた三年の担任だよ。三年は進路関係でめんどくせぇんだけどよ」

 彼に教師としての外面は無さそうだ。

「ん? てか石神と零野もいねぇじゃねぇか」

「あっ、本当だ」

「どっかで遊んでんじゃないですか?」

 確かに一年と千尋、花子のいない部室は随分と広く感じられた。

「くそっ、石神もいねぇんじゃ漫画借りる事も出来ねぇじゃねぇか」

「まだ続いてたのかあの漫画」

「バカ、セカンドシーズンだよ」

「海外ドラマか」

 今日の部室での予定が一気に破綻した楠岡は、仕方なく机に突っ伏す。

 するとポケットに仕舞った電子機器が震えた。

「ん?」

 楠岡は徐にスマホの画面を確認する。

 瞬間、楠岡の指は止まった。

「? どうしたんですかー?」

「わっ! 勝手に見んな!」

 背後から迫ってきた乃良から画面を守ろうとしたが、時既に遅し。

 しかとその目に焼付いたメッセージに、乃良も体が硬直した。

 楠岡のスマホに突如届いたのは、一通のメール。

『今日の朝、めざまし占いで一位取っちゃいました! 楠岡先生は何座でしたっけ? 一体何位でしたか?』


 放課後、職員室。

「おっ、おおおおおっ、送っちゃった!」

 オカルト研究部の部室で楠岡の体が硬直した同時刻、職員室では真逆に荒ぶっている馬場が座っていた。

「どっ、どどどうしよう! 送っちゃったよ!」

「当たり前でしょ! 連絡先交換したのに連絡しないでどうするんですか!」

「でっ、でも! こんな意味のない話!」

「メールってのは、意味がないからこそ楽しいもんなんですよ!」

 馬場の隣に座るのは千尋と花子。

 明らかに職員室から浮いている三人に、他の先生達は怪訝な目でこちらを見つめていた。

 しかし、今の馬場に気付く余裕はない。

「さて、これからどんな返信が来るか……」

 一石を投じた千尋は、これからの展開に胸を馳せつつも不安を織り交ぜて返信を待つ事にした。


 一方のオカルト研究部部室では、一同謎に頭を悩ませていた。

「……なんだ、このメール」

「先生って、馬場先生とメル友だったんですか?」

「いや、初めて来た」

「というか、馬場先生ってこんなビックリマークたくさん使うようなキャラだっけ?」

「ビックリマークじゃなくて、エクスクラメーションマークな」

「細かいな」

「にしてもなんだ、この意味のない内容は」

 楠岡、乃良に加えて博士もメールの内容を熟読している。

 読めば読む程に謎が深まり、一種のSOSの暗号の様な気さえし出した。

「……まぁいい、後で何かしら返しとくか」

 楠岡は考えるのを放棄し、スマホをポケットの中に仕舞おうとした。

 その時、乃良の脳裏に光が走る。

 馬場の気持ち。

 そして何故かこの場にいない千尋と花子。

 それらが重なり合って一つの答えを導きだし、今楠岡に返信させるのが自分の使命だと思い立った。

「いや! 今返しましょう!」

「は?」

 突然楠岡の腕を掴んだ乃良に、楠岡は顔を歪める。

「なんでだよ」

「すぐ返すべきですよ! すぐに返信するのが大人としての礼儀でしょ!?」

「いやそんな事」

「いいから早く!」

 使命に実直に動いていく乃良の姿は、恐怖を感じるぐらいまで達していた。

 乃良に圧倒され、楠岡は再度スマホを取り出す。

「……分かったよ」

 楠岡はそう呟くと、返信の言葉を考える。

 考える時間はたったの数秒で、思いついた言葉をそのまま打ち込んでいった。


 ピロリンと馬場のスマホから通知音が鳴る。

「「来たぁ――――――――!」」

 職員室に馬場と千尋の声が二重奏となって響き、先生達は一斉にそちらに振り向いた。

 その視線に気付いたのは花子だけで、二人はたった今来た楠岡からの返信に夢中である。

「ほら! 来ましたよ馬場先生!」

「どっ、どうしよう、緊張する……」

「ほら早く! メール開いて!」

 千尋は戸惑う馬場を誘導して、メールの確認を促す。

 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じながら、馬場は意を決してメールを開示した。

『すみません、俺ZIP派なんです』

 ――ZIP派!

 二人の頭上の空から、雷鳴が聞こえた様な気がした。

 予想していなかった展開に、自分達の爪の甘い計画性を強く痛感する。

 すると千尋は馬場のスマホを奪って、自らタイピングをし出した。

『あっ、そうだったんですか! 私もたまに見ますよ! もこみちカッコいいですよね!』

「ちょっ、ちょっと! 嘘は良くないよ!」

 勝手に文字を打ち込んでいく千尋に、馬場はスマホを取り返そうとした。

「大丈夫です! 任せてください! 私がちゃんと上手く処理しますから!」

 力強く語る千尋に、馬場も手が止まる。

 為す術なく座り込んでいる馬場を置いて、千尋は文字を並べ終えると送信ボタンを押した。


「「「………」」」

 馬場から返ってきた文章に、男三人は頭をぶつけ合って画面を覗いた。


 ピロリンと再び通知音が鳴る。

「来た!」

 千尋が手にしたままのスマホに馬場、蚊帳の外に座っている花子も顔を覗かせる。

 妙な鼓動の高鳴りの中、千尋はメールの内容を表示した。

『MOCO‘Sキッチンなら終わりましたよ?』

 頭上の空から、紛れもなく雷が雷鳴を孕んで三人の体に落雷した。

 心臓は焦げる様に熱く、体は痺れ、脳味噌はショートして上手く働かない。

 馬場は最期を覚悟したのか、肌から色素が薄れていった。

 しかし、千尋はまだ諦めていなかった。

『……録画! 録画してるんですよ! 今までの放送分!』

「石神さん!?」

 暴走にも似た千尋の返信に、馬場は流石に止めに入った。

「録画って、朝の情報番組だよ!? 情報番組録画してる人なんている!?」

「もうこうなったら辻褄合わせるしかないでしょ!? どうとでもなれです!」

 馬場の制止を振り解いて、千尋は文章を送信する。

 先程の見苦しい言い分が自分の名前で楠岡のもとに届いたかと思うと、不安で堪らなかった。

 すると返信は秒速で来た。

『あー俺もたまに見返します。男が一人暮らししてると、結構役立つんですよね』

「アンタも録画しとるんかい!」

 まさかの賛同意見に、メッセージを綴った千尋が思わず声を上げてしまった。

 こうなれば自棄だと返信を打ち込んでいく。

『やっぱ良いですよね! 先生は何の料理が好きですか!? 私は野菜をたくさん使った料理が好きです!』

『ヘルシー良いですよね。俺は魚料理かな』

『あー魚料理良いですね! あとオリーブオイル! オリーブオイルを使った料理はどれも美味しそうでした!』

『もこみちと言えばオリーブオイルですからね』

『はい! 最近の広辞苑だとオリーブオイルの欄に速水もこみちって書いてありますからね!』

『そうなんですか?』

 それから楠岡の返信は寸分の隙も有らずと返ってきて、千尋も画面に吸い込まれる程に文章を書き上げていく。

 最早それは、二人だけの世界の様に見えた。

 千尋の視界の端で残された馬場。

 ――これって……、もう石神さんと楠岡先生が連絡取ってない?

 本軸から根本的にズレてしまった現実に、馬場は力尽きたように机へと倒れ込んだ。


 ただ、一方のオカルト研究部部室――。

「アハハ! オリーブオイルの欄に速水もこみちって書いてあるってよ! 国語の先生が何言ってんだ!」

 楠岡のスマホを握っていたのは乃良だった。

 乃良は馬場から返ってきた文章に腹を抱えると、自分の思うがままに指を動かしていく。

「あーあ、これは後から馬場先生に謝らなきゃな……」

 スマホを乃良に取り上げられた楠岡は、困ったように頭を抱えた。

 子供が親の携帯で遊ぶ様に、勝手に送信ボタンを押す乃良。

 そんな乃良に、博士はスマホの先の宛先まで見据えた様な、冷ややかな視線を向けていた。

「……いや、案外向こうも同じ様な気がするけど」

 この状況を、博士だけがなんとなく察していた。

 馬場と楠岡の名を借りた、ただの千尋と乃良の会話は、これからしばらく続いたのだった。

先生はメルアド世代。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は新年度入ってから初の先生回になりました!

前回からそこまで間空いてないよなーと思って前回見たら二十話以上経ってました。

あれー?ww


そんなこんなで前回が連絡先を交換して終わったという事で、今回はメールを送りあってもらいました。

まぁ最後は乃良と千尋のメールで終わったんですけどww

いつも無計画で書き始める先生回ですが、今回は書いてて楽しかったです。

ちなみに僕はZIP派です。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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