【154不思議】音楽室の臆病者
二日連続の休日を終え、平日がまたやって来た。
久々の学校だった生徒達は疲れ果て、放課後になるとダラッとした様子で家路や部室へと向かっていく。
ただオカルト研究部部室では、平日のジンクスなど無用らしい。
「板宮小春! 武田賢治!」
部室に響くような声を上げたのは千尋。
名前を呼ばれた一年二人は、それぞれ千尋に向かい合って立っていた。
「二人は本日で仮入部期間を終了し、晴れて正式なオカルト研究部員となります!」
そう、本日は二人の正式な入部記念日だった。
仮入部期間は先週の間に終了しており、本日からオカ研部員の後ろについていた(仮)から卒業となる。
千尋の後ろから拍手や歓迎の言葉が上がっていた。
「ありがとうございます! 改めて、これからよろしくお願いします!」
「ふんっ」
正式な部員となった二人は、それぞれの形で歓迎を受け止める。
「ところでハカセ」
「ん?」
不意に振り返った千尋に、博士が反応する。
「今日って何曜日だっけ?」
「あ? 昨日まで休みだったろ。お前そんな事まで分かんなくなったのかよ」
「違うよ!」
素直に答えず嫌味を吐く博士に、千尋は頭から怒りの煙を吹かせた。
「今日は月曜日だろ?」
博士の代わりに、乃良がそう答える。
「正解!」
「って、事は……」
「うん」
「ひっひっひ、ちひろんも悪よのう」
「いえいえ、御代官様こそ」
距離を縮めてコソコソと密談する二人の顔は、随分と厭らしかった。
怪しい二人に、賢治と小春は首を傾げる。
「さて、オカ研部員の二人!」
千尋は背を向けていた二人に腹を返して、大きく手を広げた。
「今日は二人の入部記念って事で、新しい七不思議に会いに行こうと思います!」
「おー!」
千尋の宣言に、賢治の目が輝く。
対する小春は、どうも怪訝な顔持ちだった。
「一体どの七不思議ですか!?」
好奇心が抑えられず、賢治が心の行くままに質問する。
千尋はその質問を心待ちにしていたのか、大層隠し切れない感情がはみ出した顔で、ふっふっふっと笑ってみせた。
「それは――」
●○●○●○●
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
夜の逢魔ヶ刻高校から、そんな悲鳴が轟いてきた。
悲鳴が聞こえたのは音楽室。
防音性の壁では塞ぎ込めなかった悲鳴の他、音楽室にはオカルト研究部の部員達が勢揃いしている。
「ハカセ君! 女子! 女子がいるよ! 助けてハカセ君!」
「悲鳴そっちかよ」
情けない声で博士に助けを乞うのは、悲鳴の主であるヴェン。
ヴェンは博士の体を盾にして、初めて出会った新しい天敵の女を前に恐れ慄いていた。
初対面のヴェンに、小春と賢治はまだ状況に置いていかれたままだ。
「この人が音楽室の伴奏者こと、ヴェンさんです!」
「ひぃぃぃ! 石神さん!」
「ちょっと! 私にまでビビらないでくださいよ!」
「来ないでぇぇぇ!」
説明役の千尋も、ヴェンの畏怖にショックを受けて、使い物にならなくなってしまう。
顔合わせの筈だったが、気付いた時には賢治と小春は蚊帳の外だった。
「なっ、なんか、個性的な人だね……」
「………」
賢治がなんとか笑顔を繕って隣の小春に声をかけるも、小春はヴェンを見下したような視線を送るだけだった。
賢治は一つ咳払いをすると、意を決して名乗り出る。
「初めまして! 本日から正式にオカルト研究部に入学させていただく事になりました! 一年の武田賢治と申します! よろしくお願いし」
「よろしく」
「うわっ!」
賢治の挨拶の最中、ヴェンの顔は賢治の目と鼻の先まで来ていた。
「武田賢治……、良い名前だね。君にピッタリだと思うよ。名前はその人の人生を示すとも言う。君の名前のような聡明な人生を、僕も一瞬でも一緒に歩めると思うと、すごく幸せな気分だよ」
「はっ、はぁ……」
ヴェンから漂う謎の煌びやかなオーラに、賢治は思わず愛想笑いした。
「ほら、春ちゃんも!」
「!」
賢治はヴェンの標的を自分から移すように、小春に目を向ける。
小春は躊躇う素振りを見せたが、ここは賢治の言う通り自ら名乗る事にした。
「……同じく一年の板宮小春です。よろしくお願」
「ひぃぃぃ!」
「えぇ!?」
小春の自己紹介は句点まで辿り着く事なく、ヴェンの悲鳴に遮られた。
再び博士の影に隠れるヴェンに、こんな事なら自ら名乗るんじゃなかったと激しく苛立つ。
「なっ、なんですか!? 人の自己紹介の間に悲鳴なんて上げて! 失礼なんじゃありませんの!?」
「ハカセ君! 女子! 女子が喋った!」
「そら喋るだろ」
どれだけ抗議しても、返事どころか目も合わせてくれない。
会話する余裕も無いヴェンの代打に、乃良が抗議の対応に当たる。
「あいつ、かくかくしかじかで女が大嫌いなんだよ。女性恐怖症。男相手だと持ち前のナルシストが発動するけど、相手が女になるとただのグズになるって訳」
「なんですかそのキャラ設定!」
「気持ち悪いだろ」
「えぇ!」
小春の迷いのない肯定が、ヴェンの体を貫く。
「うぅ、申し訳ないとは思ってるんだ。ちゃんと女子の皆とも、男子と同じように目を見て話したいと」
「いや、私はそうは思わないんで勝手にしてください」
「ぐはっ!」
更なる追撃が、ヴェンをノックアウトした。
「ヴェンさん! 私はヴェンさんと目を見て話したいと思ってますよ!」
「近付かないで!」
「理不尽!」
瀕死のヴェンに駆け寄ろうとした千尋だったが、ヴェンの拒否によりその手が届く事は無かった。
心の折れた千尋に代わって、乃良が本題の指揮を執った。
「さて、これで新入部員の顔合わせは終わりかな」
「え? もう終わりかい?」
「ん? そうだけど」
「じゃああそこの彼は……」
ヴェンはそう言って、音楽室の壁際に立っていた一人に目を向ける。
見た事ない顔だったので、新入部員だと思っていた。
しかしよく見れば見覚えのある身長、顔の下半分を隠すブックカバーに、ヴェンは恐る恐るその正体の名を口にした。
「……もしかして、百舌君?」
名前を呼ばれて、ようやく百舌が顔を上げる。
「……はい」
「えぇ!?」
以前見た時と随分見違えた百舌に、ヴェンは声を抑えられなかった。
「えっ、なんで!? だって……、えぇ!?」
「なんですか」
「その髪どうしたの!? イメチェン!?」
「……まぁそんな感じです」
「嘘!?」
適当に答えた百舌とは対照的に、ヴェンは未だ信じられないと口をぽっかり開けていた。
徐々に現実を噛み締めるヴェンは、グッとそれを呑み込む。
「そっか……、百舌君も変わったんだね。人間、生きていくには必ず変わらなければならない。例えそれが、悪い方向に変わったとしても。百舌君が良い方向に変わったのかどうかは、僕には分からない。でも僕は、君の変化が良い方向に向かうようにと祈る事にするよ。神様に僕なんかの祈りが届くとは思わないけど、君が幸せになるなら、僕はそれで」
百舌の手にした本が、ひらりとページを捲った。
「聞いてよ!」
ヴェンの長い祈りは、百舌の心でさえ届かなかったらしい。
「うっざ」
「!」
小春の心から漏れた独り言は、静寂な音楽室では嫌に目立ち、ヴェンの心を躊躇なく抉る。
ヴェンを慰めるように、千尋は先程のヴェンの話題に触れた。
「まっ、まぁ! ヴェンさん幽霊だから変わるとかないですもんね!」
「えっ、幽霊?」
千尋の口にした言葉に、小春の体は凍りつく。
「あれ? 言ってなかったっけ? ヴェンさんは花子ちゃんと同じ幽霊だよ」
驚いた様子の小春に、千尋が念の為紹介する。
音楽室に妙な静けさが漂い、一種の膠着状態に陥る。
しばらくヴェンを凝視していた小春は、急に思い出したかのように大声を上げた。
「やっ! やはりそうだったか幽霊!」
「嘘吐け!」
白を切るには、流石に無理があった。
「この悪霊め! 今から板宮一家の霊媒師、板宮小春が成仏させてやる!」
「成仏!?」
霊媒の構えに入る小春に、ヴェンは身の危険を感じて、早急に博士の背後へと避難した。
「ちょっ、ちょっとハカセ君! 彼女何者!?」
「あーなんか、有名な霊媒師一族の娘らしいですよ」
「霊媒師!? ちょっとそれ、本当に成仏させられちゃうんじゃないの!? 助けてよ!」
「大丈夫ですよ」
「なんで!?」
「あいつ霊感ないんで」
「えぇ!?」
小春の紹介を聞いて、ヴェンは今一度小春に目を向ける。
右手に数珠を垂らして解読不能な文字を並べる姿は、素人目ではよく解らないが、何やらそれらしい雰囲気は醸し出していた。
「色不異空、空不意色、色即是空、空即是色、受・想・行・識・亦復如是」
「なんかそれっぽい事言ってるよ!? 本当に大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。……多分」
「多分!?」
小春に霊感が無いのは間違いないが、この念仏の効力までは知らなかった。
ヴェンはこの世に姿を残す為、小春に頭を下げる。
「君はなんだ! 僕を滅ぼす為に現れた黒き魔女か!? それとも僕を救う為に現れた白き巫女か!? どっちでもいい、魔女だろうが巫女だろうが、どっちも願い下げだ! 僕はまだここにいたいんだ! 君が何者だろうと、僕を陥れる運命の女である事には変わりないよ!」
「きっも! 魔女でも巫女でもない! 私は霊媒師だ!」
小春は念仏を中断して、ヴェンに思いの丈を暴露した。
どうやらヴェンの命乞いは、小春の胸に渦巻く成仏欲求を促進させたらしい。
「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」
「嫌だぁぁぁ! ハカセ君助けてぇぇぇ!」
「うぜぇ……」
二人に挟まれた博士は、隠す事無くそう口にした。
結局霊感のない小春に成仏させる力などなく、ヴェンは無事この世に姿を残した。
ただ二人の関係が発展する事は無かった。
女嫌いの幽霊であるヴェンにとって、霊媒師一家の娘として生まれた小春は、本当の意味での天敵なのかもしれないと感じた博士達であった。
因縁のライバル現る。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回は七不思議であるヴェンさんと一年の顔合わせ回でした!
昨年のハカセ達との顔合わせ回からは、例によって三年前になります。
前回は驚かされる側だったハカセ達が、今度は先輩として動いていく姿は、似たようなシーンでも新鮮に書いていく事ができました。
ヴェンも幽霊な訳ですから、当然小春の成仏対象になります。
しかも小春は女子なので、ヴェンにとって悪魔の様な存在。
これ、全然予期してなかったんですけど、書いてみたらとても面白そうな組み合わせになりましたww
この二人のコメディチックな話も、また書けたらなと思いました。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!