【152不思議】巣立ち
入学式からかれこれ一週間以上が経過し、新一年生も逢魔ヶ刻高校の地図がある程度頭の中に入ってきた。
ただオカルト研究部部室の位置まで知っているのは、ごく僅かしかいないだろう。
「ちょっと! どこ座ってんのよ!」
その部室から轟々しく声を張り上げたのは、僅かの中の一人である板宮小春。
小春に目を付けられたのは、状況に置いていかれた顔で本を開いて座っている、オカルト研究部部長の百舌林太郎だった。
「なんでアンタみたいな陰キャがテーブルのド真ん中に座ってんのよ! 陰キャなら陰キャらしく隅っこに座ってなさいよ!」
「どんな難癖のつけ方だ」
理不尽極まりない小春の言い分に、博士は口を挟む。
「良いです!? テーブルというのは、本来身分の合った人間同士が食事を取る為のもの。アンタみたいな陰キャが腰を下ろして良いものじゃないのよ!」
「この中じゃ一番立場は上なんだけどな」
「陰キャの前では立場など通用しません!」
「通用するわ」
あまりの傍若無人な小春の態度に、他の部員からもブーイングの嵐だった。
「どこに座ったって、それは人の自由でしょ!?」
「お前に立場とか言う筋合いはねぇよ!」
「春ちゃん! そんな不良みたいな事言わないの!」
「不良はアンタでしょ!」
「いや今はお前が誰よりも不良だよ」
総当たりで責めてくる部員達に、小春も身を屈める。
小春は目を逸らして、反抗の素振りの無い本人に蛇の様な睨みを送った。
百舌は自分の事だと思っていないのか、暢気に本のページを捲って次の展開を期待している。
「もとはと言えばアンタが悪いんでしょ!? そんな陰キャみたいな格好して! ほんと、なんでこの人なんかが部長なんですか!」
「春ちゃん!」
賢治が止めようとするも、拍車のかかった小春は止まらない。
「特にその髪型! 何その顔を隠すような前髪は! 自分の都合悪い事は見えないようにして、自分の事は見せないようにして! 私、そうやって勝手に自分を閉じ込めてる人、大っ嫌いなんです! 目に毒なんで、私の視界から消えてもらえます?」
「ちょっと!」
「お前それは言い過ぎじゃ」
ガタッ!と、制止の声を塞ぐ形で音は鳴った。
大きな音と一緒に立ち上がったのは、本を閉じた百舌。
「!」
立ち上がると迫力のある百舌の高身長に、小春の体は委縮した。
しばらく百舌は、立ち上がったままで硬直する。
動き出したかと思うと、出していた本を鞄の中に仕舞い、小春の方向へ歩き出した。
小春は緊張したまま臨戦態勢に入る。
どこからでもかかってこいといった姿勢の小春の隣を百舌は素通りし、百舌が向かったのは部室の外だった。
ガラッと扉が閉まり、部室に静けさが残る。
「……あーあ、もずっち先輩怒らせた」
「!?」
乃良の呆れたような視線に、小春の体が弾んだ。
「あれは相当怒ってたかなー」
「春ちゃんのせいだよ」
千尋と賢治も続いて視線を飛ばし、小春を精神面から追い詰める。
小春は何でもないような態度を装って、白を切る事にした。
「べっ、別に!? 私、何も間違った事言ってませんわ!? ただ私は、自分が思った事は言っただけで」
「髪型なんて自由だろ」
ふと零した博士の言葉に、小春の喉が詰まる。
「お前の思ってる事が間違ってるだの、否定するつもりは無ぇ。ただ、先輩には先輩の事情がある。それをとやかく言う権利は、俺達には無ぇだろ」
「………」
何も反論の言葉が出てこなくて、小春は顔を俯かせた。
その表情は、少なからず反省しているようだ。
「……明日、百舌先輩が来たら謝れよ」
「はぁ!? 何で私が!」
「悪い事したら謝んのが常識だろ」
確かに教科書に書いてなくても誰もが知っている、この世界の常識だ。
そう言われてしまったら、小春もぐうの音も出ない。
「そうだよ! 私だってこの髪型になったのには、それはそれは海の如く深い事情が」
「サラブレッド意識してんの?」
「本物の馬じゃん! そんな訳ないでしょ!」
千尋と乃良が漫才みたいな会話を送るが、観客席で笑っているのは賢治のみ。
花子はいつも通りの無表情で、小春はどうも笑う心情になれなかった。
また博士は、窓の外に目を向けながら、一足早く部室を出て行った先輩の事を少し考えていた。
●○●○●○●
まだ日の明るい帰り道。
開いた本に書かれた活字が、まだ読みやすい。
百舌は我が家へと足を進めながら、手元の物語を目で追っていた。
しかし物語に夢中という訳にもいかず、思い出すのはたった数分前、後輩に吐かれた言葉。
『自分の都合悪い事は見えないようにして、自分の事は見せないようにして! 私、そうやって勝手に自分を閉じ込めてる人、大っ嫌いなんです!』
何も言い返さなかったのは、ただ単に大人を気取っていたからではない。
言い返せなかっただけ。
全く以て、小春の言う通りだったからだ。
百舌は人付き合いの苦手な少年だった。
誰かと一緒に遊んでいてもストレスが溜まっていくだけで、一人で遊んでいる方が余程楽しかった。
中でも一人遊びのお供は本である。
たった一冊の本から、この世界と同じ程の規模の世界が溢れてくる。
百舌は、本の世界に夢中になった。
しかし無数の世界を教えてくれた本は、逆に百舌から人間関係を更に奪った。
登校から下校まで、一人で本に取り憑かれている百舌に、周囲の生徒達は異質だと感じるようになった。
百舌は常に一人になった。
友達と呼べる人など、誰一人いなくなった。
でも、それでいい。
もう誰かがこちらに向けてくる蔑みの目なんて見えなくていい。
真下にある本の文字が読めるだけでいい。
そう思って、百舌は髪を切るのをやめた。
思い出せば思い出す程、おかしいくらいに小春の言っている事は全て正しかった。
「………」
しかし、今は違う筈だ。
そんな自分でも不思議な考えが過って、百舌は足を止める。
「………」
パタンッと本を閉じる。
ふと顔を上げると、前髪でほぼ何も見えなかったが、空の懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
そっと百舌は、止まっていた足を一歩前に出す。
目的地は一分前とは変わっていた。
●○●○●○●
太陽が西に沈んでいく夕暮れの空。
アスファルトに城の様な影を作るのは、紛れもない豪邸である百舌の家だった。
家に帰った百舌は、靴を揃えてリビングを通る。
「あっ、おかえり」
「……ただいま」
リビングのふわっふわなソファーには先客がいた。
百舌と変わらない巨躯に、整った髪型で整った顔を晒す、正真正銘百舌の実兄である森之介だ。
森之介は百舌に顔を向けず、ずっと本に目を落としている。
「今日兄さん早く学校終わってさ、暇だったから本でも読もうと思って、林太郎の部屋から一冊借りてきたよ。勝手に入るのは悪いと思ったけど、別に変なのは見つけてないから安心し」
と、世間話がてら百舌に目を向けた瞬間、森之介の体は凍り付いた。
「あぁ、別に良いよ。読み終わったら戻しに来て」
「うっ、うん……」
「じゃあ、晩ご飯出来たら呼んで」
そう言って、百舌は自分の部屋へと階段を上って向かっていく。
平常運転の、いつもの弟。
その中に何事もなくぽっかりとある違和感が拭い切れず、森之介は百舌がさっきまでいたその空間から目を離せずにいた。
「……失恋、か?」
●○●○●○●
翌日、学校は早朝にも関わらずお祭り騒ぎだった。
「ねぇ、あれ誰!?」
「あんな人見た事ねぇぞ?」
「すごいカッコ良くない!?」
「転校生?」
「高校三年になって?」
「やだイケメーン!」
廊下を歩くだけでこの騒ぎ。
通り過ぎていく女子達の目は蕩け切っており、黄色い歓声が上がっていた。
先輩達の甲高い声は、登校したばかりの千尋の耳にも届く。
何事かと目を向けてみるも、噂の彼はどこにも見えない。
まだ早朝で頭の回らない千尋は首を傾げるも、取り敢えず皆の待っている自分の教室へ向かう事にした。
●○●○●○●
時は流れて放課後、オカルト研究部部室。
「イケメン転校生?」
朝三年生の校舎で見かけた出来事を、千尋は今になって部員達に報告した。
「うん、女子の先輩達がキャッキャ言ってたよ」
「三年生で?」
「多分」
「どんぐらいイケメンなんだよ」
「それが、私見れてないんだよねー……」
あと一歩早く学校に来ていれば見られたかもしれないと、千尋は自分の所業を惜しむ。
乃良も頭の上で話題の彼の顔を描いていった。
「どんなのだろうなー、小栗旬みたいな?」
「いや、佐藤健みたいなのじゃない?」
「それともオーランドブルームみたいな帰国子女とか?」
「分かった! 小栗旬と佐藤健を足して2で割って、そこに0かけて、オーランドブルームを足したような人だよ!」
「それただのオーランドブルーム!」
乃良と千尋の妄想は夢の様に膨らみ、傍で聞いていた博士は溜息を吐く。
ふと隣の後輩に目を向けた。
「……ちゃんと謝れよ」
「!」
小春は博士の言葉にギクッと体を弾かせると、目を不自然に泳がせる。
「……解ってますよ」
どうも素直な顔持ちではないが、これなら心配はいらなさそうだ。
花子も賢治も部室に座っている。
あと部室に来ていないのは、残すところ百舌だけである。
そこに、ガラガラッと扉が音を立てて開いた。
「「「「「「!」」」」」」
全員体を反応させて、部室の扉へと目を向ける。
刹那、その目と体の自由は一斉に奪われた。
最初自分の目が何を映しているか解らず、それは今でもあまりよく解っていない。
いや、恐らく答えは解っている。
ただそれを乗り越えるには違和感が大きすぎて、立ち尽くしたままだった。
しかし、どれだけ考えてもそれ以外の解答は見つからず、一同足並み揃えて、自然とその答えに辿り着いていた。
扉を開けた百舌の前髪はざっくり切られ、美しい瞳がこちらと視線を交わした。
「どうも」
「……どうも」
その口から出た声は、紛れもなく百舌の声だった。
この巨体だって、百舌以外に考えられない。
しかし重苦しかった前髪を裂いて見えたその瞳は、予想していたよりもずっと澄んでいた。
透明で、美しかった。
ふと博士は百舌の素顔に気を取られて、大事な事を忘れていた事に気付く。
博士はゆっくりと後ろを振り向く。
「おい板宮」
後ろに座っていた板宮は、顔を真っ赤にさせて百舌の瞳の虜になっていた。
「あっ……、あっ、あぁっ……、あっ……」
声にならない声。
何一つ意味を為さない声が、不思議と理解できる。
他の部員達も、小春の今にも沸騰しそうな真っ赤な顔色を、全てを納得したような顔で見つめていた。
――これは……。
オカルト研究部に、新たな事案が生まれた瞬間だった。
空に羽ばたけ。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回はみんなにスポットライトを当てていこう第六弾に当たる、百舌編でした!
しかし百舌編、これにて完結ですww
本当はみんなみたいに三話ぐらいにしたかったんですが、ストーリー構成的に一話で完結した方がしっくりきたんです。
次回は百舌編蛇足回なんで、実質二話構成という事でお願いしますww
そんな訳で、百舌がまさかのイメチェンしました!
実はこれ、完全なる後付けなんです。
元々百舌というキャラクターを作った時にはこんな話を書く予定なくて、二年目からのストーリーを考えていった時に「あれ、これ百舌髪切ったら良いんじゃね?」みたいなww
そんなノリで、百舌編が完成してしまいましたww
完全なる後付けですが、僕はこの後付けとても気に入っています。
そして気になる小春ですが……。
小春に関しては、また次回の後書きで書こうかなと思います。
とにかく今回は、一歩踏み出した百舌にエールをよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!