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【151不思議】nuts

 今日も今日とて、部室には放課後が訪れていた。

「問題です!」

「デーデン!」

 部室から聞こえてきたのは、二人がかりで上機嫌なタイトルコール。

「この先輩の名前はなんでしょう!?」

 名司会者役の乃良が手で差したのは、何も状況を分かっていない花子だった。

 花子に何の意図も伝える事無く、出題された賢治は顎に手を添えて深く考えている。

 答えを出すのに、そう時間はかからなかった。

「零野花子先輩」

「「おぉー!」」

 賢治の導いた答えに、乃良と千尋は思わず答え合わせを忘れて感心した。

「すげぇなお前!」

「よく覚えてるね!」

「いえ、名前覚えるのちょっと得意なだけですよ」

 先輩からの褒め言葉にも、賢治は低姿勢だった。

「じゃ、じゃあ! 私の名前は!?」

 千尋は剥き出しの好奇心で、賢治の口から自分の名前が出てくるのを待ち望む。

「石神千尋先輩、副部長ですよね?」

「うわーすごい! 私まだ君の名前覚えてないのに!」

「そこは覚えてやれよ」

「武田賢治です」

 千尋に博士が制裁を加えるも、賢治はにこやかに名乗った。

 賢治は続いて、他の部員にも目を回していく。

「他の先輩も箒屋博士先輩、加藤乃良先輩、部長で唯一の三年生の百舌林太郎先輩ですよね?」

「うおーすげぇ!」

「コンプじゃん! もうコンプじゃん!」

 湧き上がる拍手に、流石の賢治もどこか照れたように後頭部を掻いた。

 ただそれを不満気に見つめるのは、もう一人の新入部員。

「……何よ。人の名前覚えたくらいで舞い上がって」

 歓声に包まれた部室が、ピタッと静まる。

「私は別に先輩達と仲良しごっこする為にこの部活に入ったんじゃありません。でももう一週間も一緒にいますもの。名前なんて嫌でも耳に入ってきますし、そんなエンターテイメントになる程のものじゃありませんわ」

 静まり返る部室。

 この静けさに悪気もなく、小春はふんぞり返って自分の鞄を漁り出した。

「じゃあ君は名前覚えてるの?」

「え?」

 乃良の実直な問いに、小春の背中にギクッと文字が映る。

「いやっ、それはその」

「問題です!」

「デーデン!」

「効果音五月蠅ぇな」

 小春の誤魔化しも通用せず、乃良と千尋がグッと迫ってきた。

「この先輩の名前はなんでしょう!?」

「俺かよ」

 問題に出されたのは博士。

 不機嫌そうに眼鏡の奥からこちらを見る博士に、小春は眉間に皺を寄せていた。

 たった数分前に賢治が答えたばかりなのだが、数秒の後、小春はあっさりと答えを口にした。

「眼鏡先輩」

「殴る」

 席を立とうとした博士を、慌てて千尋が食い止める。

「ちょっ、ちょっとハカセ落ち着いて!」

「おい放せよ千尋」

「私、興味ある事しか覚えられないんですよね」

「よし殴る」

「ちょっと!」

「別に名前なんてどうでもよくないですか? 相手が誰か分かればなんでも」

 先輩の名前を覚えていないにも関わらず、小春の態度は大きかった。

 いがみ合う二人の間に、乃良が無理矢理介入する。

「ブッブー! 正解はハカセでしたー!」

「それも間違えてんだよ!」

 見当外れな模範解答を見せる乃良に、博士の睨む標的が変わった。

 解き放たれた小春は、他の部員にも目を回していく。

「他の先輩だって巨乳先輩、前髪、悪霊、化け猫としか思ってないですよ」

「化け猫!?」

「後半先輩すらつけてねぇな」

 とても後輩とは思えない態度に、流石の乃良が怒りを上げる。

「おい! お前後輩だろうが! 先輩を化け猫呼ばわりなんてもっての外! ここは一人の人として、ちゃんと先輩呼びで敬え!」

「ふんっ」

 乃良の説教にも、小春はそっぽを向くだけ。

 それが更に乃良の頭に血を上らせた。

「春ちゃん!」

「もういい! けんけんもあんな奴放っといてあっちで遊ぼうぜ!」

「けんけん!?」

「はっ、はい……」

 突然のあだ名呼びに戸惑いこそしなかったが、賢治は小春を不安気に見つめていた。

 畳に靴を脱いで上がった賢治を、傍の先輩が眺める。

「いやー、賢治君は良い子だね」

「確かに、どっかの問題児と比べると余計にな」

 博士の皮肉めいた言葉に、小春が薄らと目を向ける。

 視線を送る先は、畳スペースの賢治。

「よしけんけん! かるたしよう!」

「えっ、二人でですか?」

「二人で!」

 どこからどう見ても純朴そうで、大人しい雰囲気の少年。

 それが一般の賢治のイメージ。

「……一応言っときますけど」

 ふと口を開いた小春に、博士と千尋が振り向く。

「あまりあいつに良い印象持たない方がいいと思いますよ」

「「?」」

 意味の不明な言葉。

 一方、小春の声の届かない畳スペースには、一匹の蠅が侵入していた。

 蠅は自由奔放に部室を回ると、かるたを懸命に並べる乃良の耳元を浮遊する。

 その蠅を、賢治の目は捕えた。

 そして次の瞬間、


 賢治は華奢なその腕で、乃良の耳元に右ストレートを撃った。


「「「「「!」」」」」

 あまりに突然で、部員達は声を失う。

 頬を翳めるくらいの距離にいた乃良は、恐る恐るとその右腕に目を落としていた。

 賢治は右腕を引っ込めると、握っていた掌を開ける。

 彼の笑顔は、眩しいくらいに輝いていた。

「虫、いましたよ」

 そう言われても、語彙力を瞬間的に欠如した乃良は「おっ、おぅ……ありがと」としか言えない。

 畳の外にいる部員達も、それは一緒だった。

 ただ一人、平常心を持っていた小春は、そっと前の言葉の続きを話す。


「あいつ、元不良なんで」


「ふっ、不良!?」

 まだよく事態を把握できていない千尋は、一先ず言葉を反芻する。

「だっ、だって! 賢治君あんな髪型だよ!?」

「髪型関係ねぇだろ」

「そんな賢治君が不良なんて……」

「髪型は関係ないです。けど……」

 前髪パッツンを推してくる千尋を、博士と共に一刀両断しながらも、小春は言葉を濁していた。

「あいつの場合、性根が腐ってた訳じゃなくて、寧ろ良い不良だったというか」

「良い不良ってなんだ」

「あいつあんななりですけど、さっきの通り喧嘩は強くて、そのせいで結構地元の不良達に目ぇ付けられてたんです」

 小春は脳裏に焼き付いた、賢治の中学時代を思い出していく。


●○●○●○●


 それは中学校からの帰り道。

 家が隣というベタな幼馴染ではなかったが、同じ方向の小春と賢治は一緒に帰る事が多かった。

 現在と変わらず、前髪パッツンの優しい風貌の賢治。

 そんな賢治の前に、学生服を着たスキンヘッドの男が立ち塞がった。

「おい」

 賢治が立ち止まり、後方を歩いていた小春も立ち止まる。

「お前が親中の武田だな? ちょっとツラ貸せよ」

 中学生とは思えない男からの果たし状に、賢治は今日と変わらない柔和な笑みを浮かべていた。

「……春ちゃん、ちょっと待ってて」

「あっ、ちょっと!」

 小春が止めようとするも、時すでに遅し。

 五分後、スキンヘッドがその太陽に反射する頭をアスファルトに突きつけていた。

「よし、それじゃあ帰ろっか」

 返り血を浴びた賢治の笑顔に、小春も表情を引きつらせていた。


 後日の帰り道。

 二人で帰っていると、賢治の二倍程の巨漢が道を塞いでいた。

「お前が親中の武田か。困るなぁ、俺の縄張りで勝手やってくれちゃあ。この縄張りの番長は、俺様だぁ!」

 三分後、巨漢はあらゆる関節をおかしな方向に曲げられていた。

「じゃあ帰ろっか」


 また後日の帰り道。

 今度はモヒカンに革ジャンといったクレイジーな格好をした男がやってきた。

「ヒャッハー! ケンジィィィ! ここは通さねぇぞぉぉぉ!」

 一分後、子供番組では見せられないような姿形で、地面には血の海が生み出されていた。

「終わったよ春ちゃん、じゃあ帰ろっか」

 そう笑って、賢治は何事もなく歩いていく。

 ただ賢治が返り血を浴びる度、小春は笑顔で帰り道を歩く事が出来なかった。


●○●○●○●


「とまぁこんな感じで、あいつから売った事は無いんですけど、ほぼ毎日喧嘩の日々で。まぁあいつが負けたとこなんて一度も見た事ないですけど」

「いやそれよりなんか世紀末みたいな奴いなかったか?」

 賢治の過去を報せる回想だったが、それよりも博士には気になるところがあった。

「はい?」

「ほら、なんか世紀末の雑魚キャラみたいな奴出てきただろ。それが気になって後半話入ってこなかったっつーの」

「そんなの覚えてませんよ」

「嫌でも記憶に残るだろ」

 どうやら興味のある事しか覚えられないという小春の告白は本物らしい。

 引っかかりの残る博士だったが、解答は畳の方から聞こえてきた。

「彼は聖木間中の(さこ)君ですよ。あれからちょっと仲良くなって」

「名前までそれっぽいのかよ」

 答えたのは賢治。

 小春の回想は、畳スペースにまで届いていたらしい。

 まだ話の途中だった小春は、話題を賢治の中学時代まで再び遡らせる。

「地元で最強になったあいつを不良界隈で知らない人はいなくなって、付いたあだ名が『親中のシマリス』」

「可愛いな」

「ちなみに表記は、死魔栗鼠(シマリス)です」

「漢字怖っ」

 なんとも愛らしい名前だったが、その背景には不気味に学生服を靡かせる賢治が映っているように見えた。

 しかしこんな優しい少年が不良とは、どうも合点がつかない。

 未だ信用できない千尋は、本人に問い詰める事にした。

「本当なの?」

「………」

 千尋の質問に、賢治は顔を俯かせる。

 その顔色は目の前の乃良にも読めなかった。

「……はい、昔はちょっとやんちゃしてました」

 出てきた声は、少し弱々しかった。

「でも、今はどれだけ挑発されても、喧嘩しないようにしています」

 そう顔を上げると、賢治はとある方向を見つめた。

 視線の先に映ったのは、幼馴染の小春。

「手を上げるだけじゃダメだって事に気付いたんで」

 目が合う二人だったが、小春は特にその視線の意味に気付いていないようだった。

 しばらく静かになった部室に、博士の溜息が聞こえる。

「まぁ、別に今改心してるんだったらいいんじゃねぇか? そもそもその頃を不良と言っていいかも怪しいし。大事なのは今だろ」

 それは博士なりの、賢治を慰める言葉だった。

 たった一週間ばかりの付き合いだが、その優しさに気付いた賢治は、顔をパーッと明るくさせる。

「ありがとうございます、ハカセ先輩!」

「おい、その呼び方やめろ」

 感謝とは裏腹に、博士に嫌悪感を与えてきた。

「んー、ハカセ先輩ってなんか語呂悪いですねぇ」

「そうだな、セが二回も続くからな」

「いや箒屋先輩でいいだろ」

 博士の提案を華麗に無視し、賢治は乃良と一緒に腕を組んで考える。

 すると、賢治の頭上にライトが点いた。


「ハカ先輩!」


 名案だとばかりに出てきた言葉に、博士は一瞬口をあんぐり開けた。

「はぁ!?」

「おぉ! 良いじゃねぇかハカ先輩!」

「はい! これしかないと思いました!」

「良かったなハカセ! 良い名前ができて!」

「良くねぇよ! なんだハカ先輩って!」

「名前呼んでもらえるだけ有り難く思いなさいよ」

「お前は早く名前覚えろ!」

「これからよろしくお願いしますね! ハカ先輩!」

 博士がどれだけ抵抗しても、賢治が呼び方を訂正する素振りは無い。

 これからも賢治が訂正する事は無さそうだ。

 部員達の声や笑いに包まれる部室。

 賢治が不良だったのか、そうでないのかは曖昧なままだったが、今は間違いなく、オカルト研究部の仲間だろう。

新入部員№002、武田賢治。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回も前回に引き続き新入部員紹介回!

もう一人の新入部員である武田賢治の紹介回になりました!


賢治の当初の段階では、『小春の幼馴染』というだけでした。

ただ幼馴染ってだけじゃキャラ薄いなと思ったので、試行錯誤キャラ付けしていった結果、元ヤン爽やか野郎になりましたww

ちょっとキャラ強すぎるかなと思ったんですけど、登場までの三年間で「いや、寧ろ今までのキャラ付けじゃギャグ小説として薄すぎたんだ!」と答えに行きつき、そのまま採用となりました。

ハカ先輩という呼び方も採用しようか悩んでたんですけど、今回の話の流れでしっくり来た気がします。


しかしもっと強すぎる小春のせいであまり出番の無い賢治ですが、彼も正式なオカルト研究部員。

これからの活躍にご期待ください!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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