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【015不思議】舞君

 SHR終了から既に大分時間が経過した放課後、耳を傾けると吹奏楽部の綺麗な音色が響いてきた。

 太陽もかなり西に傾いており、真っ暗になるのも時間の問題である。

 そんな時間帯に、博士は一人で部室棟の廊下を歩いていた。

 ――はぁ……、疲れた。

 今日、博士は日直で、今の今までその業務を熟していたのだ。

 流石に疲労が溜まっているようで、博士の肩は心なしか垂れ下がっている様に見える。

 ――畜生、二度と日直なんかやって堪るか。

 重い足取りのまま、博士はようやく部室前まで到着してドアを開けた。

「……あれ?」

 そこはまるで部室を間違えたと思う程に静かで、もぬけの殻となっていた。

 しかし、壁に貼られた装飾品からその場所はオカルト研究部部室で間違いなく、博士は未だ困惑したまま部屋へ入っていく。

 椅子に腰を下ろして、音一つ無い部屋をじっくり見渡す。

「……本当に誰もいない」

 博士のポツリと零した言葉にも誰かが拾う筈は無く、空気に溶けていった。

 慣れない部室の空気に博士はソワソワし、いつになく緊張して椅子に座り込んでいる。

「……ここにいるけど」

「うわああびっくりしたああ!」

 突然発せられた言葉に博士は飛び上がって驚いた。

 未だ心臓が大太鼓の様に音を立てる中、博士は何とか声のした方へ目を向ける。

 そこには斜め前の椅子に座って本を読んでいる先輩の姿があった。

「もっ、百舌先輩……」

 博士はその先輩の名前を言うも、百舌が博士に目を向ける事は無く、本のページを捲っている。

「いつからいたんですか?」

「ずっとここにいたけど」

「……すみません」

 博士は『しまった』というのが顔に出ているが、百舌がそれについて気にする様子はない。

「いいよ別に。よくある事だから」

 ――……そうか?

 博士はそう思ったが、これ以上失言するのはまずいだろうと寸前のところで思いとどまった。

「……他の人達は?」

「皆なら缶ケリするって言って中庭に行ったよ」

 ――何やってんだアイツら!

 他の部員達の缶ケリする様子を想像して少し納得すると、博士は疑問を見つけて百舌に尋ねた。

「……百舌先輩はやらないんですか?」

「……俺はそういうの苦手だから」

 百舌はそう言うとそれ以上の言葉を告げなくなった。

 博士も特にこれといって話す事も無く、百舌に話しかけるのを止める。

 聞こえるのはたまに擦れる紙の音だけで、自分の心拍音が嫌に耳に入ってきた。

 ――……気っ、気まじぃぃぃぃぃぃ!

 博士は思わず心の中でそう叫んでいた。

 ――えっ、何この空気? 超絶気まずいんですけど! これ何か話しかけた方が良いのかな? でも話題なんて何一つ無いし。そもそも百舌先輩と話したの初めてだし!

 博士の顔色は少し悪くなっており、体もどこか震えているように見えた。

 思い悩んで頭を掻き毟ると、チラリと百舌の方へ目を向ける。

 百舌はいつもと変わらず、黙々と読書を続けていた。

 身長はかなり高くガタイが良さそうに見えるが、制服から覗く腕は病気なのではないかと疑うぐらいに白く細い。

 表情は特有の長い前髪のせいで読み取る事が出来ず、逆にあんな前髪で本当に本が読めているのかと心配になる程だった。

 一頻り百舌を観察し終えると、博士は再び頭を抱え込んだ。

 ――どうする? 話しかける? 何を? あぁ何で誰もいないんだよ! いつも通り五月蠅くあれよ!

「別にいいよ」

「!」

 博士があれこれ悩んでいるのを見透かしたように百舌が口を開く。

「変に気遣われてもこっちが困るし、俺は本読んでるから。他に誰もいないし、別に今日は帰ってもいいんじゃない?」

 百舌の言葉に博士は拍子抜けして、口が開いたままの状態になっていた。

 しばらくそのままの状態でいると、博士は少し微笑んで百舌に話しかける。

「……本、好きなんですね」

「あー、まぁそれが目的でこの部活に入ったみたいなもんだし」

「?」

 百舌の答えに博士が疑問に思っていると、それに気付いたように百舌が回答を付け足した。

「俺はただ静かに本が読みたかったからこの部活に入ったんだ。まぁ実際は五月蠅くて本に集中できないんだけどね。オカルトとかにも興味無いし。文芸部もあるみたいだったけど、俺は本を『読む』専門なんでね」

 百舌がそう言い終えると、博士は固まってしまったかの様に動かなくなってしまった。

 百舌も何の返答も無いのに違和感を覚え、視線を本から博士へ向ける。

「……同志よ」

「は?」

 突如溢れた博士の言葉に、百舌はすかさずそう訊き返した。

 博士はというと感無量とばかりに表情が崩れてきていた。

「まさか、この部活でオカルト嫌いの人と出逢えるなんて……!」

「いや、嫌いっていうか興味無いっていう」

「俺! この部活に来てから今まで一人ぼっちで!」

 ――泣いてる……。

 目から零れだす涙を腕で拭っている博士に、百舌は呆れたように口を開けている。

「同じ部活に同志がいるなんて心強いです! 一緒に頑張りましょう!」

「あぁ、うん」

 博士から勢いよく差し出された右手に、百舌は戸惑いながらも右手を出して握手を迎え入れる。

 依然目に溜まっている涙を博士は左手で拭うと、明るい笑顔を見せた。

「あっ、その本何読んでるんですか?」

 博士は身を乗り出して、百舌の読んでいる本の題名を確認した。


 そこには、『東京地下帝国の謎』と大々的に書かれていた。


「おい嘘だろ」

 決して先輩に対して言う台詞では無いものを口にした博士に、百舌はどこか固まっているようである。

「……何が?」

「オカルト嫌いって事だよ! めっちゃ好きじゃねぇか! 思いっきりそういう系の本読んじゃってんじゃねぇか!」

「だから嫌いじゃなくて興味無いってだけで」

「興味津々じゃねぇか!」

 立ち上がって大声を浴びせる博士に、百舌は至って冷静に博士を見ていた。

「そもそも何ですか! その胡散臭い本!」

「むっ、その言葉をちょっと聞き捨てならないな」

 前髪で目の部分は見る事が出来ないが、百舌の眉毛が少し顰めているように感じた。

 百舌は開いていたところにスピンを挟み、パタンと閉じると博士に表紙を見せつける。

「言っておくけど、この本はお前が思ってるようなオカルト本じゃないよ?」

「そうなんですか?」

「そう、立派な小説だ」

 そう言うと今度はページをペラペラと開き、簡単なあらすじを紹介していく。

「日本最大の都市、東京にて度々現代人とは思えない謎の人間が確認されていた。主人公達はその人間達の謎を追う最中に東京の地下に巨大な帝国がある事を知り、そこへと迷い込んでしまう。その帝国は現代の技術では考えられないものばかり存在し、その独自の王政によって主人公達は」

「それオカルト本だよ!」

「因みに著者はオカルト研究家の」

「著者思いっきりオカルトの専門家じゃねぇか!」

 淡々と話す百舌に博士は張り裂けそうな程に声を上げていた。

「やっぱりオカルト好きじゃないですか!」

「いやだから、好きでも嫌いでも無いって」

「好きでもない人はそんな本読んだりしませんよ!」

 博士は高らかにそう言うと、「じゃあ」と前置いて百舌に質問を投げた。

「百舌先輩は幽霊をどう思いますか!?」

 オカルトの鉄板ともいえる議題、幽霊。

 それを投げかけられた百舌は本を机に置いて、しばし黙って考え込む。

「……いるでしょ」

「ほらー!」

「だって花子いるし。あんなの見ちゃったら否定なんて出来ないでしょ」

 ごもっともな百舌の意見であったが、博士は納得がいっていない様子で体を捻っている。

「そっ、そうですけど……」

「ていうか、何でお前はそんな頑ななの? 幽霊はいる、それでいいじゃん。証明だとかそんな面倒臭い事しないでさ。何? そうでもしないと怖いの? 腰抜け(チキン)かよ」

「いやアンタ確か多々羅先輩初めて見た時卒倒したんだよな!?」

 多々羅から聞いた昔話を思い出して博士はそう叫ぶも、百舌は聞こえていないふりをする。

 そんな百舌に博士はガクッと膝を曲げ、床に項垂れてしまった。

「あぁ! やっと味方が出来たと思ったのに!」

「いや勝手に思われても迷惑なんだけど」

「なんか上げて突き落とされた分相当ショックなんですけど!」

 泣いているのか濡れている地面を博士が叩くが、百舌は読書の続きを開始しており、そちらに目を向ける様子はない。

 すると博士は急に立ち上がって、椅子にもたれさせていた鞄を肩にかけた。

「先に帰らせてもらいます!」

「気を付けて」

 百舌の言葉を背に受けて、博士は勢いに任せドアを開けようとした。

 しかし、博士がドアに手を付ける前にそれは開かれ、博士は驚きのあまりに目を丸くする。

「おーハカセ! いるじゃねぇか!」

 そこにいたのは中庭から帰ってきた多々羅を先頭にした部員一同であった。

「ハカセ―、缶ケリしよー」

「はぁ!? 嫌だよ! 俺はこれから帰るの!」

「はぁ? 何でだよ」

「これからはちゃんと部活に来るんじゃなかったの? もしかしてあれはその場任せのでまかせだったの?」

「来てんじゃねぇか! 今日は色々あったから帰るんだよ! 大体部活って言ってお前ら遊んでんじゃねぇか!」

「バカ野郎! これも立派なオカルト研究部の活動だ!」

「どこがだよ!」

「ほら! もずっち先輩も行きましょー!」

「もずっち!?」

「いや俺は……」

「本ばっか読んでたってつまんねぇだろ!? たまには体動かせ!」

 突然として現れた多々羅達はまるで台風の様にその場をかき乱していき、博士と百舌を連れ出して消えていった。

 誰もいなくなった部室には、百舌の置いていった本だけが取り残されていた。

読書家、百舌林太郎君の紹介回でした。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


前回に引き続いての先輩紹介回、今回は百舌先輩です。

百舌に関しては今までもなかなか触れてこなかったので、ほとんど初登場と言っても過言ではないですねww

作中ではあまり書かれていませんが、大体彼は部室のテーブルで本を読んでいます。

無口であまり会話に入ってこないけど、たまに入って掻き乱していくぐらいの丁度良いキャラになれればいいかなと思っています!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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