【149不思議】オカルト研究部にいらっしゃい
突然部室に現れた少年少女。
扉の前で仁王立ちするツインテールの少女が先程放った言葉に、オカルト研究部員達は言葉を失っていた。
「入部……希望者?」
確かに彼女は、そう言った筈だ。
ただしその発言は、つい先程幕を下ろした部活動紹介という惨劇からは、俄かに信じがたいものだった。
当の本人は、さも当然のように腕を組んでこちらに厳しい目を向けてくる。
「えぇ、そう言いましたわ。もしかして、貴方達の耳には聞こえなかったのでしょうか?」
「いや聞こえたけど……」
少女の姿勢は、どういう訳か喧嘩腰である。
それよりも博士は、本当に二人がこの部活の入部希望者なのか、ただ部室を間違えているだけではないのかを確認するべきだと悟った。
「あの、本当にここで」
「いらっしゃーい!」
しかし博士の確認は、飛んできた千尋の肉体に吹き飛ばされる。
千尋は少女を捕え、逃がして堪るかとがっちり抱き締めた。
「ようこそ、オカルト研究部へ! 私は副部長の石神千尋! よろしくね!」
「おい千尋!」
突飛な千尋の行動に、博士は慌てて席を立つ。
部屋を訪ねてこの急展開では、流石に入部希望者も引いてしまうだろう。
博士は千尋を引き剥がしに行こうと身を乗り出したが、聞こえてきたのは冷ややかな声だった。
「……あの」
そう言って、少女は千尋の体を無理に剥がす。
「私、ここに入部しますけど、先輩達と馴れ合うつもりはないんで」
「えっ……?」
面と向かって伝えられた言葉に、千尋は呆気に取られる。
ようやく静かになった千尋を置いて、少女は部室にいる部員達に届けるよう声を張った。
「私は、ある目的を果たす為にこの部活に来ました。別に先輩達と仲良しこよしになるつもりないんで、そのつもりでお願いします」
少女はそう言って頭を下げる。
随分と傲慢な入部希望者に、部員達はただ目を向ける事しか出来なかった。
「……ある目的?」
ただ一人、博士はその言葉に引っかかって首を傾げる。
「ちょっと春ちゃん」
「「「「「「!?」」」」」」
今まで口を噤んでいたもう一人から聞こえてきた声に、一同が肩を弾かせる。
どういう訳か、一番驚いているのは少女だった。
「その言い方は失礼でしょ」
「ちょっと! その呼び方で呼ばないでって言ったでしょ!?」
「この人達は先輩なんだから、もっとちゃんと敬わないと」
「だっ、だって、一年生だからって舐められちゃいけないと思って……」
整った前髪の少年から説教を受ける少女の姿は、今までの少女とは別人の様に萎れていた。
少年はくるりとこちらに翻ると、ペコリと頭を下げる。
「すみません、僕は一年D組の武田賢治です。こっちは幼馴染の」
「ちょっと! 自己紹介ぐらい自分でするわ!」
賢治と名乗った少年の声を、少女が横入って遮る。
どうも険悪そうなムードだったので、乃良が空気を明るく照らそうと割って入った。
「じゃあ、君の名前は?」
「……ふんっ」
しかし、少女の目付きは鋭かった。
「人に名前を訊く時は、まず自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」
「いや自己紹介するんじゃなかったのかよ!」
胸を張って口を開く少女に、乃良は思わずそう怒鳴った。
「春ちゃん!」
「ぐっ!」
また隣の賢治に諭され、少女の表情は歪む。
どうやら少女の弱点は少年らしい。
「……一年E組の板宮小春です」
「あっ! 一年E組! 私も去年そのクラスだった!」
渋々名乗った小春に、小さな共通点を見つけた千尋が過剰なまでの相槌を打つ。
しかしすぐにとある点に引っかかった。
「……ん? 板宮?」
それは彼女の名字だ。
「どうしたのちひろん?」
「いや、有名な霊媒師の家系に板宮っていう名字があるんだけど……」
「ふふっ」
上級生の会話を盗み聞き、ようやく小春は微笑する。
ただその微笑は心底笑ったものではなく、怪しげな笑みだった。
「そう! 私こそは霊媒師の板宮小春! 三百年以上前から先祖代々受け継がれる霊媒師一族、板宮一家の娘ですわ!」
「えっ!? 本物!?」
偉そうに胸を張る小春に、千尋は目を爛々と輝かせた。
傍で眺める博士は、見当もつかないような顔で呆然としている。
「……有名なのか?」
「むっ」
「有名ってもんじゃないよ!」
無知な博士に、千尋が近寄って解説する。
「日本に数多く存在する霊媒師の中でもトップクラスの霊媒師! 生まれてくる子供は軒並み霊能力者っていう、最強の霊媒師一族なんだから!」
「へー」
「へーって! たまにテレビとかでも出てるでしょ!?」
「俺テレビ見ないし」
「あーそれでなんか聞いた事あるのか、霊媒師の板宮」
博士にはピンと来なかったが、聞き流していた乃良にはどうやら思い当たりがあったらしい。
一方の小春は、博士の反応に機嫌を悪くしたようだ。
「まさか板宮の名前を知らない人がいたなんて……、この部活、少し質が低いのではありませんか?」
「あ?」
「ごめんね! この人頭がちょっとおかしいだけだから許してあげて!?」
「……分かりました」
「分かるな。おい千尋、今の言葉取り消せ」
前言撤回を要求する博士だったが、千尋は今それどころではなかった。
手にはどこからか取り出した色紙とペンが握られている。
「あっ、あのっ、サインとか貰っても」
「……良いですよ」
「キャー!」
小春が色紙にペンを滑らせると、千尋は感動のあまり絶叫していた。
直筆サインを描く小春も、満更でもない表情だ。
「はい」
「キャー! 板宮一家のサイン! 本物だ! キャー!」
「ただの一般人と変わんねぇだろ……」
耳を塞ぎたくなるような千尋に目を細める博士は、一つ小春に聞きたい事があった。
「……一ついいか」
「なんですか」
「お前の目的ってのは、その霊媒師一族と関係あんのか?」
先程小春の口にした言葉。
それがずっと博士の頭の中から離れなかった。
小春は博士の質問を訊くと、どこかおかしかったのか鼻で笑った。
「ふっ、愚問です」
「あ?」
「私の目的は、この学校に棲みつくという幽霊共を追い祓う事です!」
「「「「「!?」」」」」
小春の白状した目的に、一同は硬直する。
「この逢魔ヶ刻高校には有名な七不思議というものがありますよね? 私はそれを見つけ出し、ここに棲む全ての霊を根絶やしにする! この部活に入れば、少しは七不思議の情報が得られるかと思いまして」
ふと小春の顔に影が差す。
「私はここの幽霊を祓って一人前の霊媒師になる。この部活は、目的の為に利用させてもらうだけです」
その瞳に映る光は、どうも冗談を言っているようなものには見えなかった。
きっとこれは、彼女の本心だろう。
凍りつく部室の空気の中、千尋が副部長として静寂を打ち破った。
「……でっ、でもっ、優しい幽霊だっているかもしれないし、ほらっ、部活動紹介でもあったでしょ!? 幽霊と友達になったゴーストマスターとか」
「あれずっと思ってたんですけど、なんですかあの茶番」
「!」
小春の言葉が、千尋の心にクリーンヒットする。
「幽霊と友達になるなんてバカバカしい。そもそも幽霊はこの世にいるべき存在じゃないんです。人間の害になる前に、私達霊媒師が祓わなくちゃならない。だから私達がいるんです。それなのになんですかあの劇は。幽霊と友達なんて、生温いにも程がある」
「うぅっ!」
観客からの酷評に、もう千尋のHPは0だった。
「私はっ、ただ幽霊と友達になれる楽しい部活ですよって事を伝えたくて……」
「まぁ俺もあの劇は最低だったと思うけどよ」
泣き崩れる千尋を宥める素振りも見せず、博士は小春の前に立ち塞がった。
「そもそも俺は霊媒師なんて職業、信じちゃいないから」
「!?」
博士の発言に、小春は眉を吊り上げた。
「まず大前提に、俺は幽霊なんて信じちゃいねぇんだ」
「ハカセ」
「それを幽霊が見えるやら、幽霊と話せるやら、挙句の果てに幽霊を追い祓う? 胡散臭いったらありゃしねぇ。バカバカしさでいえば、俺達の劇と良い勝負だ」
言いたい放題言い終えると、博士は小春の様子を窺う。
小春は顔を真っ赤にして、ツインテールを天井に突き差す様な勢いで、こちらに指を差してきた。
「なんです! 霊媒師の能力を信じないっていうのですか!? 貴方よくそんな考え方で今まで生きてこられましたね!?」
「結構いるだろこの考え方の人」
「いいですわ! 分かりました! では今から、ここで本物の霊能力ってのを見せて差し上げましょう!」
「おぉ見せてみろ見せてみろ。でも霊能力って見えないものじゃねぇのか?」
博士に焚きつけられ、小春の血は随分逆上せているようだ。
小春は目を閉じ、何かを唱えながら、部室の中をゆっくり回っていく。
何を話しかけても気付かなそうな、限界的な集中力。
すると小春はふと足を止める。
目を開けると、真正面に立つおかっぱ頭の花子と目が合った。
「……貴女」
「「「「!」」」」
ピンポイントに花子の前で止まった小春に、一同は鳥肌が立つ。
向かい合う幽霊と霊媒師。
一歩間違えれば成仏させられるかもしれない距離感に、千尋は黙って見ていられない様子だった。
しかし一方の花子は何の緊張感もないまま、いつも通りの無表情を送る。
伸びる小春の人差し指。
その指は花子の胴体から顔を通過し――、遥か花子の後方を指差した。
「貴女の後ろ、霊が取り憑いていますわ!」
「「「「「………」」」」」
思っていた展開とは違う展開。
拍子抜けしてしまった一同は、緊張が解けて緩み切った顔をしていた。
「……えっ、後ろ?」
「えぇ、背後にぴったりと。先輩動かないでくださいね。今祓いますから!」
念の為確認した博士だったが、どうやら花子が幽霊と診断された訳ではないらしい。
「観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空……はぁ!」
小春は何やら難しい漢字を並べて、幽霊に立ち向かう。
しかし対する花子はノーダメージだった。
「はぁ! ……はぁ!」
どれだけ念を送っても、花子が成仏される事はなさそうだ。
「ねぇ、これって……」
「……あぁ」
短い会話の中で、千尋と博士はお互いの持っている疑念を結び付ける。
「その辺にしときなよ。春ちゃん霊感ないんだから」
「はぁ!?」
黙って眺めていた賢治が、二人の疑念を確信に到達させた。
一方の小春は大層ご立腹である。
「れっ、霊感あるわよ! なに適当な事言ってるの!?」
「もうやめようよ。おばさんだって、春ちゃんには違う道があるって言ってたでしょ? 何も霊媒師にならなくても」
「なるとかじゃない! 私は霊媒師なの!」
「でも春ちゃん」
「だから! その春ちゃんって呼び方やめてって言ってるでしょ!?」
「えっ? だって春ちゃんは春ちゃんじゃん。春ちゃんもいつもみたいに賢ちゃんって呼べば」
「あーあーあーあー!」
子供の様な二人の言い合い。
それを見ているだけで、二人の関係性が聞かずとも伝わってくるようだった。
「……どうする?」
「……まぁ一応な」
入部希望者二人の言い争いに隠れて、部員達は小さく密談する。
止まる気配のない二人に、博士は溜息を吐いた。
「……お前ら、今日の夜予定あるか?」
「「?」」
二人は言い合いを中断して、こちらに顔を向ける。
「……いえ」
「特にないですけど」
「んじゃ行くぞ」
「はぁ?」
「行くってどこに」
当然の質問に、博士は丁度一年前の自分達を思い出して、なんだか懐かしい気分に浸りながら口にした。
「どこって」
「逢魔ヶ刻高校」
●○●○●○●
夜、逢魔ヶ刻高校、体育館。
「ハハハハハハッ!」
眩しいくらいの光に照らされた体育館からは、溢れんばかりの高笑いが響いてきた。
巨大化した多々羅の笑い声は、校舎にこだまする勢いだ。
多々羅の足元には、こちらの顔を見上げる小春と賢治。
声にはなっていなかったが、その表情から「信じられない」と台詞を口にしているようだった。
「アハハッ! やっぱりこの瞬間が一年で一番楽しいぜ!」
「歪んだ性格だ」
相変わらずな多々羅に博士が呟く。
ようやく声を取り戻した二人は、遅れながらも驚きを声に出していった。
「きょ、巨人……!?」
「この人、もしかして幽霊!? もしかして私にもとうとう霊能力が!?」
「おいおい、俺をそこら辺の幽霊と一緒にするんじゃねぇよ。俺はただの生きた巨人だっつーの」
「ただのって……化け物じゃないの!」
「あぁそうさ、化け物さ。七不思議ってのは化け物集団みたいなもんだ」
愉快に笑う多々羅だったが、二人に笑っていられる余裕はない。
目の前の現実を処理するのに手一杯だ。
そこに追い打ちをかけるように、部員二人が手を挙げる。
「ちなみに俺が化け猫で」
「私は幽霊」
「「えぇ!?」」
立て続けに起こる告白に、二人の脳味噌は爆発寸前だった。
これはつまらない嘘ではないと念押しするように、乃良の金髪からは猫耳が生えている。
ただ小春にとって、重要なのは乃良ではなかった。
「幽……霊?」
見つめ合う二人。
小春の視線は随分荒々しかったが、花子はそんな事気付かないように首を傾げる。
目の前にいるのが、本物の幽霊。
数時間前、彼女に言った言葉を思い出すと、今にも死んでしまいそうだった。
「ああああああああああああ!」
耐え切れず、小春は絶叫する。
この体育館を破壊するような勢いで、甲高く、劈く様な声で。
そんな小春を、博士は眼鏡の奥で見守っていた。
一年前は自分もあの場所にいた。
痛い程分かる彼女の気持ちに同情こそするが、小春にかけてやる言葉なんて一つも見つからなかった。
オカルト研究部に、新たな仲間が二人。
きっと今日の夜、二人は最悪の夢を見る事になるだろう。
待望の新入部員です!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
いや嬉しい!
作中では新キャラとしてハカセ達と出会っていますが、実はキャラクターが生まれたのは元々のレギュラーメンバーとほぼ変わらない時期でした。
つまり、実質二人は新キャラではないのです!
執筆当初から「二人の登場はまだかなー、まだかなー」と思いながら約三年、ようやく日の目を浴びる事が出来ました!
もう嬉しいが止まらないですよ!
今回どこか見覚えのある懐かしい展開を挟みながら、新入部員との初顔合わせ回になったのですが、勿論これだけで全てを書き上げた訳ではありません。
約三年間積み上げていたキャラクターは、まだまだあります。
これから新しいオカ研部員としてどんどん書いていく予定ですので、板宮小春、そして武田賢治のこれからを、どうぞよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!