【146不思議】Aprilfools
鶯のさえずる春の歌。
朝の情報番組でも花見シーズンの話題が出てくる程、世界は春に包まれていた。
近所の花見スポットでも、桜が見頃を迎えている。
カレンダーは捲られて四月。
今日から四月の門出、朔日だった。
そんな春の日和にも関わらず、窓を閉めて部屋に閉じ籠る眼鏡の少年。
鳥の歌声も垂れ流し、部屋にはシャープペンシルの滑る音だけがやけに耳に残った。
勿論、正体は博士である。
家族が桜を一目見てくると言っていたが、そんな言葉は置いといて、博士は一人家に残って学習机の前に座る選択肢を選んだ。
月日が変わっても、博士の価値観が変わる様子はない。
博士は一つの問題をQEDまで終わらせると、予習用の参考書のページを捲って、新しい問題と向き合った。
そこにポップな音が一つ鳴る。
机に置いたスマートフォンから鳴った、LINEの新着メッセージの音だ。
その音に博士の手は止まる。
今届いただろうそのメッセージに、良い予感など一つもしなかった。
一先ずペンを置いて、博士はスマートフォンを手に取る。
差出人は千尋だった。
『ハカセ……』
そんな冒頭で始まったメッセージは、本題に続く。
『私、超能力に目覚めちゃった』
「………」
画面を覗く博士の顔は、微動だにしなかった。
『あっそ』
適当にそう返して勉強に戻ろうとしたところ、すぐさまに返信が飛んできた。
『ちょっと! 何その返信!』
『超能力だよ!?』
『もっとすごいとか! そういうリアクションしてよ!』
音の一つもない文面だったが、何故だか五月蠅く感じる。
博士は耳を塞ぎたくなる衝動に駆られたが、なんとか抑えて確信を突く事にした。
『だってお前、それ嘘だろ』
『え』
千尋の返信に動揺が垣間見える。
『エイプリルフールだろ?』
『その名の通りバカみたいなイベントに流されやがって』
『流行に乗って嘘なんて吐いたら、それが嘘だって言ってるようなもんじゃねぇか』
『そもそもエイプリルフールなんてただのバカ騒ぎだぞ? フランスの嘘の新年とか、インドの揶揄節とか色々由来の説があるけど、実のところはずっと不明なままだし。特に起源も解ってないような意味不明なイベントで盛り上がんな』
博士はいつもの様に、自分の言いたいままに文章を打ち込んでいく。
しかし千尋はそれどころではないようだ。
『べっ、別に嘘なんて吐いてないし?』
文面からでさえ、千尋の下手くそな誤魔化しが簡単に分かる。
博士は呆れながらも、その設定に乗ってやる事にした。
『超能力って、何出来んだよ』
すると返信は、準備していた様にすぐ返ってきた。
『未来予知にテレパシーでしょ?』
『あとサイコキネシスにテレポート、千里眼と、ドラゴンにだって変身できるよ!』
『欲張りすぎだろ』
『てかテレパシー使えるんだったらLINEいらねぇだろ』
どうやら予想以上に、千尋はスーパーウーマンになっていたらしい。
博士は文章を薄い目で見ながら、更に仕掛けてみた。
『じゃあ俺が今何やってるか当ててみろ』
『え』
『いいから』
『そんぐらい簡単だろ?』
博士の挑発のような返信に、千尋はノッてしまう。
『とっ、当然でしょ!?』
『ちょっと待ってて』
画面の向こうの千尋は、博士の今の状況を覗く為に集中しているようだ。
『むむむむむむっ』
『はっ!』
『それ打つ必要あんのか?』
『分かった!』
千里眼に成功した千尋は、博士に覗いた結果を報告した。
『ズバリ、勉強してんでしょ!』
『当たんのかい』
まさか正解するとは博士も予想外だった。
『やったー!』
『やっぱり! 博士なら絶対勉強してると思ったもーん!』
『当たって良かった!』
『あっさり自白してんじゃねぇか』
博士の的確な返信に、千尋自身勘の当たった事を打ち明けてしまった事に遅れながら自覚する。
『あっ! 違う!』
『今の嘘!』
『エイプリルフール!』
『千里眼で見ただけだから!』
『はいはい、そういう事にしてやるよ』
博士は適当に切り上げて、スマートフォンを机に置く。
それから数件新着の音が聞こえてきたが、博士は無視して勉強に取り組む事にした。
しかし、そこにまた一つの新着メッセージが届く。
何事だと目を向けると、そこには千尋ではない別人からメッセージが来ていた。
『ハカセ、助けてくれ』
差出人は乃良である。
『歩いてただけなのに警察に職質かけられちまった』
『なんか万引きの容疑かけられてるらしい』
『ちょっと来て助けてくんない?』
「………」
博士はしばらくその文面を眺める。
観賞した挙句、満を持して乃良に返信を打っていった。
『嘘かどうか微妙なラインついてくるな』
『嘘だよ!』
返ってきた返信は、潔い自白だった。
『なんで嘘かどうか微妙なんだよ!』
『俺が職質かけられた事なんて一回もねぇだろ!』
『いや、とうとう目ぇつけられたのかと思って』
『なんで俺警察にマークされてんだよ!』
『万引きもいよいよバレちまったんだな』
『やってねぇよ!』
博士を翻弄してやろうと吐いた嘘だったが、結果翻弄されたのは乃良だった。
『嘘に決まってんだろ!』
『今日はエイプリルフールだ!』
『ほら、ハカセもなんか嘘吐けよ!』
『あ?』
乃良の返信に、現実の博士の眉が八の字になっていく。
『なんで俺が』
『いいから!』
『午前までに嘘吐かねぇと死んじまうんだぞ!』
『そんな言い伝えねぇよ』
『何でもいいから早く吐け!』
随分変わった強要に博士は呆れながらも、しばらくしてホラを吹いていった。
『分かったよ親友』
『複雑だわ!』
博士の嘘に、乃良のヒットポイントが削れていく。
『なんで今のタイミングで親友なんて言うんだよ!』
『ちょっと嘘っぽいじゃねぇか!』
『バカ、嘘っぽいじゃねぇ』
『精一杯の嘘だ』
『嘘じゃねぇだろ!』
『真実だろ!』
『五月蠅ぇなぁ』
『五月蠅くねぇよ!』
『俺はお前が今の嘘撤回するまで許さねぇからな!』
一つの返信に、何倍にもなって乃良の通知が飛んでくる。
それが鬱陶しくなって、博士はスマートフォンを机に放棄した。
今度こそ勉強に取り組もうとした矢先、三度スマートフォンに新着メッセージが入る。
この流れで来れば、次の差出人は予測可能だった。
『ハカセ』
案の定、花子である。
「………」
大方千尋辺りに今日のイベントについて教えてもらったのだろう。
博士自身これからの展開に内心興味があって、博士はじっと返信を待つ事にした。
先の二人とは随分スローペースで、メッセージが来る。
『今から』
『嘘を吐きます』
「!?」
早速の予報外れ。
テンプレートを外してきた展開に、博士も目が離せなかった。
花子の返信はゆっくりで、慎重に文字が綴られる。
『バナナは』
『丸いです』
『何がしたいんだお前は!』
予想の斜め上をひた走る花子に、博士も文面上ではあったが黙っていられなかった。
『嘘吐いた』
『今日はエイルリルルール』
『あれ』
『エイブリルルルール』
『エブリルルルルーン』
『エブリリトルシング』
『お前もうLINEやめろ!』
タイピングが崩壊している花子に、博士がそう忠告する。
すると新しいメッセージが、花子ではない違う相手からひょっこり出てくる。
差出人は乃良だった。
『ハカセー!』
『なんだよ!』
まだあの嘘を引っ張っているのかと思ったが、どうもそういう訳ではないらしい。
『さっき偶然花子とちひろんに会ってさー!』
『更にそこにハカセのお母さんと理子ちゃんまでバッタリ会っちまったんだよ!』
『んで! 折角だしハカセん家に行こうって話になって!』
『はぁ!?』
また突拍子もない話に、博士の顔が歪む。
『もう嘘はいいっつーの!』
『大体もうすぐ正午だろ!』
『嘘吐くのは午前の間だけってよく言うじゃ』
と、返信を綴っていたその時だった。
どうやら外から声が聞こえてくる。
嫌な予感がしながらも、博士は椅子から立ち上がって、閉め切っていた窓に手をかけた。
「あっいた!」
「おーいハカセー!」
「ハカセ」
春風と共に部屋に入ってきたのは、下から聞こえてくるそんな声。
視線を下げると、乃良に千尋、そして花子がこちらを見上げて、スマートフォンを持った手を振っていた。
すぐ傍には博士の母親である麻理香と、妹の理子。
その様子を見れば、これからあの三人がこの部屋に転がり込んでくるのは恐らく間違いないだろう。
「そこは嘘じゃねぇのかよ……」
散々吐き吐かれた嘘だったが、どうやら真実には敵わないらしい。
博士は諦めて、机に広げた参考書をパタンと閉じた。
参考書に書かれていた指定学年は高校二年生。
今日は四月一日。
どんな嘘を吐いても良いエイプリルフールと、博士達が二年生に進級して最初の一日だった。
嘘吐きは学年のはじまり。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
春のイベントみたいなものの一つにエイプリルフールってあるじゃないですか。
僕結構好きで、どんな嘘吐こうか毎年考えたりしてるんですけど、ふとエイプリルフールを題材にしている話ってないなって思ったんですよ。
ならマガオカでやってみようと書き出したのが今回です。
元ネタは実際にあったネタですかね。
友達から四月一日に『やばい、留年した……』みたいなLINEが来て、『じゃあすれば?』って返信したなんて事があったんですよww
それを基にして、最後の最後まで文面だけで進んでいくという、ちょっと変わった回になって面白くなったんじゃないかと思います。
ちなみに僕の大好きな映画に『エイプリルフールズ』というものがあります。
今回のサブタイトルもそちらからお借りさせていただき、とても面白い作品なので是非観てください!
さて! 実は今回で春休みは終了です!
次回から新学期! 二年生になったハカセ達がどうなっていくのか、お楽しみに!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!