【145不思議】ドラマティックおままごと
昼下がり、オカルト研究部部室。
春休みにも関わらず、そこにはいつもの放課後となんら変わりない日常があった。
長方形の簡易な机を中心に置いた畳スペース。
「はい、花子」
そこには母性に満ちた笑みで架空の器を手渡す千尋がいた。
隣には花子が無表情に正座している。
「うん」
花子はそれを受け取ると、そっと口に付けるジェスチャーをとった。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
「そっかー、良かったー」
二人の間に笑い声が響く。
千尋は心地良さそうな笑顔を浮かべており、花子も無表情だったが、心はどうも千尋と同じそうだった。
部室に微笑ましい空気が漂う。
漂っていたのだが、不意に千尋の表情が崩れる。
「つまんない」
「えっ」
全ての情景を粉砕した千尋の一言に、珍しく花子が声を漏らした。
その一言は完全に部外にいた博士と乃良の耳にも届く。
「どうしたのちひろん、あんな楽しそうにしてたのに」
乃良が汗を垂らしながら千尋に尋ねる。
「もう飽きたの! 幼稚園の頃からずっとずっとずっとずっとこんな感じ! もうおままごとなんてつまんないの!」
「この歳までやってんのが驚きなんだけどな」
博士はそう呟かずにはいられなかった。
「なんかもっと新しいおままごとないかなー」
「おままごとはするんかい」
「うーん」
博士の言葉はことごとく無視をして、千尋は頭を悩ませる。
すると案外名案は簡単に思い付いた。
「そうだ! もっとドラマチックなおままごとをしよう!」
「は?」
よく理解できない千尋の名案に、博士が首を傾げる。
「こんな子供っぽいおままごとじゃなくて、もっと大人っぽい、月9みたいなおままごとしよう!」
「おままごとの時点でもう子供っぽいぞ」
「でも花子ちゃんと二人じゃあドラマチックに出来そうにないからぁ……」
千尋は顎に指を添えて考えると、その指で役を指名した。
「ハカセはお父さん、乃良はお兄ちゃん役ね!」
「はぁ? なんで俺までやる事になってんだよ」
有無を言わさずキャスティングされた博士は、千尋に異議を申し立てる。
「んで私がお母さんで、花子ちゃんは妹ね!」
「おい話聞いてんのか」
「ハカセがお父さん?」
「そうそう! 一応役では私とハカセが結婚してるって事になるけど、私も苦渋の決断でこうしてるだけだから気にしないでね!」
「じゃあ俺外せよ」
「ねぇちひろん! お兄ちゃんっていうけど何歳くらい? 性格は? 何部入ってる?」
「お前は役作りしようとするな」
否定的な博士とは対照的に、三人は準備運動に取りかかっていた。
いくら異議を唱えても声が届く事は無さそうなので、博士は仕方なく静観する事にする。
乃良に兄のバックボーンを伝え終えた千尋は、早速おままごとの幕を開いた。
「よーし! それじゃあドラマチックおままごと開始!」
●○●○●○●
第一話 すれ違い
「第一話ってなんだ」
格安アパートの一室、狭い台所と狭い食卓。
畳スペースの形を模した食卓から、トーストの出来上がった音がする。
窓からは木漏れ日、雀の囀る声が心地良かった。
千尋はまだ熱いトーストを皿に盛り付け、それを机に飾った。
すると花子が中へと入ってくる。
「あら花子、おはよ」
「おはよう」
花子は挨拶をすると自分の席に着く。
目の前のトーストに手をつけ、それを一口齧り付いた。
「花子、昨日ちゃんと宿題した?」
「うん」
「ランドセル適当に放ってたでしょ? ちゃんといつものところに仕舞いなさいね」
「……お母さん」
「ん?」
「美味しい」
「当然でしょ?」
娘の絶賛に、千尋は自慢げに笑った。
そこにもう一人の子供が入ってくる。
「あぁ乃良、ご飯そこにあ」
「いらない」
乃良は千尋の言葉を遮って食卓を素通りしてしまう。
「ちょっと乃良、もう行くの?」
「また帰り遅くなるから」
そう言って、乃良は挨拶もなしに家を出て行ってしまった。
姿の見えなくなった息子に千尋は息を吐く。
今年で高校一年生。
最近何をしているのか知らないが、帰ってくる時間が部活帰りに着くような時間ではなくなっている。
たった一年前まであんなに可愛かったのに、子供の成長は早いものだ。
千尋は忙しない日々を送っていた。
日中はパート、夜も夜勤、その他の時間は家事に費やしている。
最後にベッドで寝た日も忘れるくらいだった。
ふと千尋は目を移す。
「……いつからこうなっちゃったんだろうね」
答えは返ってこない。
何故ならそこに、人はいないからだ。
「でも、頑張るしかないんだよね」
千尋が目を移した先は、小さな仏壇だった。
「お父さん……、見守っててね」
「俺死んでんのかよ!」
「俺死んでんじゃねぇか! なんだよ! 俺父親役で登場するんじゃなかったのかよ!」
流石に黙っていられなかった博士が、声を吐き散らす。
「だって、ハカセ出ないっていうから」
「にしても強硬手段すぎだろ! 出る隙窺ってたわ!」
「窺ってたんだ」
案外素直な博士に、千尋が声を漏らす。
怒りを吹っ切れた博士は、溜息を吐いて椅子にどっぷり腰を下ろした。
「まぁいい。もう勝手にやってろ」
「うん! じゃあ続けるよ!」
千尋は満足そうな笑顔を浮かべると、言われた通り勝手に進めていった。
●○●○●○●
第二話 衝突
夜も更けた十一時過ぎ。
千尋は神妙な顔で食卓に座っていた。
その表情は心の中の気がかりな気持ちが溢れているような、そんな表情である。
すると扉が開く音がした。
「ちょっと乃良!」
待ちかねた人物の登場に、千尋は席を立った。
乃良は千尋の顔を見ると、面倒臭そうに通り過ぎようとする。
「アンタこんな時間までどこ行ってたのよ!」
勿論千尋が逃がす筈もなく、乃良を後ろから問い詰める。
「別にね、貴方がどこで遊んでようが私は何も言うつもりはない。でもね? 遊びにも節度ってのがあるでしょ? 例え遅くなるとしても、今日遅くなるって連絡一つ寄越すのが礼儀なんじゃないの!?」
「五月蠅ぇなぁ、関係ねぇだろ」
「関係なくないでしょ! 家族なんだから」
その言葉に乃良の目が揺れる。
「……家族?」
息子とは思えない声色に、千尋は少し怯えてしまう。
「家族ってなんだよ……。家ほったらかして仕事行くのが家族か? 子供に愛情一つもあげらんねぇのが家族か?」
「乃良」
「ふざけんじゃねぇよ!」
突然乃良がしゃがれた声で叫んだ。
聞いた事もないような声に、千尋の心臓は委縮する。
「親父が死んで、花子と二人ぼっちで、何も家族らしい事してねぇお前なんかが家族なんて……、母親なんて……」
固まったままでなんかいられなくて、千尋は乃良に手を伸ばす。
「乃」
「母親ヅラしてんじゃねぇよ!」
しかし乃良は、自身に伸ばされた手を乱暴に振り払った。
そのまま乃良は駆けていき、自分の部屋に閉じこもる。
千尋はしばらく払われた手を見つめていた。
まだ痛みの残った、自分の右手。
それでも、一番痛いのは心だった。
「……うっ」
堪らず涙が落ちていく。
仕事だって、子供達を思って頑張ってきた。
しかし、考えてみれば確かに稼ぐ事に必死で、全然子供達を見てやれなかったのかもしれない。
そう思うと、涙を止める事なんて出来なかった。
ふと、クイッと裾が引っ張られる。
「?」
目を向けると、そこには花子がこちらを純粋な瞳で見つめていた。
「花子……?」
もう眠った筈だったが、起こしてしまったのだろうか。
千尋が潤んだ目で見つめ返していると、花子がそっと口を開いた。
「お腹空いた」
「空気読めよ!」
突然舞い降りた天然ボケに、すかさず博士が声を上げた。
「今なんかすげぇシリアスな展開だったじゃねぇか! お前のただの欲求で展開ぶち壊すんじゃねぇよ! 勝手に冷蔵庫漁って適当に食っとけ!」
博士の説教に、花子は呆然としていた。
「ていうかそもそもなんだこの展開! なんでこんなガチでやってんだ! もうこれおままごとじゃねぇだろ!」
「ハカセ、私達はもうおままごとなんて次元にはいないんだよ」
「いやおままごとなんだろ!?」
どれだけ声を荒げても、演者の心には響かない。
スイッチはもう役にオンになっていた。
「それじゃあ、いよいよ最終章だね」
千尋はそう言うと、文字通り最終話へとストーリーを紡いでいく。
●○●○●○●
最終話 十年後
「十年後!?」
開幕早々博士の喚き声が聞こえてきたが、その程度で最終章は止まらない。
舞台は変わらず格安アパート。
そこに一つインターホンがなった。
「はーい」
出たのはすっかり女子高生になった花子。
扉を開けるとそこには見知った、しかし久々に出逢った顔があった。
「……よっ」
「……お兄ちゃん?」
照れ臭そうな乃良は、小さく頷いた。
花子は兄である事を確認すると、踵を家の中へと向けていく。
「お母さん、お兄ちゃん帰ってきたよ」
「……えっ?」
花子の声を聞いて、すぐに千尋は扉へと走る。
確かにそこには、愛しき息子の姿があった。
「乃良……」
「……久し振り」
乃良の言葉通り、正しく久し振りだった。
あのいざこざがあった後、二人は乃良が高校卒業するまで会話を交わす事は無かった。
そしてそのまま卒業。
乃良は家を出て行き、家には花子と二人きりになった。
乃良とは音信不通。
面と向かって会うのは勿論、声を聞くのだって十年以上振りだった。
千尋はなんと言っていいか解らず言葉を探している。
一方の乃良も、何から伝えて良いか解らないといった様子だ。
「……ごめん、勝手に飛び出して」
久し振りに聞いた声は、そんな言葉だった。
「色々、迷惑かけたよな。心配もかけた。たくさん怒らせたし、泣かせたりもしたと思う。親父が亡くなって男が俺一人になったっていうのに……。ほんと、何回謝ったってキリねぇや」
千尋の乃良との記憶が駆け巡る。
「大人になって、やっと分かったんだ。母さんが、どんな思いで俺と向き合ってたのか。……ほんと、ごめん」
そして、乃良は千尋に笑顔を向けた。
「……ありがと」
瞬間、千尋の涙が溢れ出る。
我慢しようと思ったが、無理だった。
今まで積み重ねてきた乃良との、花子との、子供達との思い出が止めさせてくれなかった。
「俺、結婚したんだ。子供だっている。男の子。来月に式挙げる予定で、それで母さんに来てほしいんだ。勿論花子にも」
「うん、絶対行く」
千尋は止まらない涙を拭いながら、口を開いていく。
「……子供の写真、ある?」
「うん」
「見たいなぁ」
「勿論」
乃良はスマートフォンを取り出して、息子の写真を見つける。
ロック画面にしたその写真を、千尋の前に晒した。
「はい」
「俺の写真じゃねぇか!」
傍から見ていた博士が、その写真が自分のものである事に気付いた。
「おい! それ俺の写真だろ! 勝手に俺の写真使ってんじゃねぇよ!」
「まぁ、お父さんそっくり」
「そりゃそうだろ! 俺だもん! 同一人物だもん!」
「俺も子供の頃、親父にそっくりって言われてたんだっけ?」
「似てねぇよ!」
「ほんと、似てないのは金髪だけだったわ」
「生まれた時から金髪だったのかよ! 白人か! ていうかもういいよ! やめろお前らその下手な演技!」
「ねぇ、私もハカセの写真見たい」
「お前もう役忘れてんじゃねぇか!」
どれだけ博士が声を荒げても、完成された世界観は簡単には崩れない。
博士の声が届いたのは、クレジットのエンドロールが最後まで流れ切った後である。
ドラマティックなハッピーエンドは難しい。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
マガオカの長期休暇時のコンセプトに、『長期休暇でもいつも通り』というものが実はあります。
休日も長期休暇のメイン企画ではありますが、長期休暇なのにこいつら何やってんだみたいな感覚も欲しい訳です。
春休み編は割と部室外の回が多くなったので、ここらで部室の日常回を書こうと思ったのでした。
問題はテーマです。
先輩達が卒業して、百舌を絡ませるのもどうかと思ったので、同学年四人がワイワイする話を書こうと思いました。
色々考えましたが、以前から書きたいとは思っていたおままごとを書く事に。
ただのおままごとじゃ面白くないので、テーマは『ドラマティックなおままごと』になりました。
この回、書いていてすごく楽しかったです。
ドラマによく有りがちな展開を考えて、そこからオチを用意してハカセがツッコむという、ベタではありますがとても面白い回になったとは思います。
反省点としては冒頭が味気なくなってしまったのと、花子の演技の表現が難しかったところですかねww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!