【142不思議】おとまり体育
春休みを迎えた逢魔ヶ刻高校、その体育館から、今日はバスケ部のボールが弾む音が聞こえなかった。
その更に奥深くの体育館倉庫。
「よぉ! よく来たな!」
そんな歓迎の言葉が、何故か倉庫から聞こえてきた。
声の主は、言うまでもなく多々羅である。
「まぁこんな汚ぇところだが、適当に寛いでってくれ!」
多々羅はそう言って、顔を揃えたオカルト研究部員達を出迎えた。
今日の多々羅は制服を身に纏っておらず、黒色のジャージというスポーティな姿になっていた。
一方の部員達は、どこかおぼろげである。
「……あのぅ」
「ん?」
申し訳なさそうに口を開いたのは、千尋だった。
「なんでいるんですか?」
「なんで!?」
衝撃的な質問に、多々羅は顎が外れる勢いで口をぽっかり開けた。
「今お前なんでって言った!?」
「だって、先輩達この前卒業したじゃないですか」
「そん時も言ったけど、俺は卒業しても、元々ここの七不思議だからずっとここにいんの!」
「……?」
「なんで伝わんない!?」
「先輩は卒業しても元々ここの七不思議だからずっとここにいるんだよ」
「あー成程!」
「全く同じ説明だったじゃねぇか!」
多々羅の説明ではピクリとも来ていなかったのに、博士の説明で疑問を一瞬に晴らした千尋に、多々羅は納得がいかなかった。
仕方がなく、多々羅は一つ咳払いをする。
「とにかく! これからはヴェンとかローラとか、そこらへんと同じポジションになるから、これからもよろしく!」
「「「「「………」」」」」
「なんかリアクションしろよ!」
静寂に囚われた部員達に、多々羅は少し涙目だった。
多々羅の慰めは千尋に任せて、博士は目を回す。
「……しっかし、本当にこんなとこに住んでるんですか?」
「おい! こんなとこって言うな!」
「さっき自分で言ってただろ」
目に映るのは、ただの体育館倉庫。
跳び箱、マット、得点表、三角コーンからバスケやバレーのボールに至るまで、あらゆる体育の授業に使う道具が顔を揃えている。
しかしここに人が住んでいるとは、到底考えられなかった。
「どうやって生活してるんですか」
博士の疑問を至極当然である。
「どうやってって、別に普通だよ」
「倉庫で生活してる時点で普通な訳ないでしょ。まずどこで寝てるんですか」
「どこって」
多々羅は質問の答えにどっぷりと腰を下ろし、そこをバンバンと叩いた。
「ここに決まってんだろ」
それはマット運動などで使う、白い長方形のマットだった。
「まぁそうでしょうね」
授業で何度か使った事があるが、その材質は固く、あまり寝心地は良さそうではない。
ただそれ以外にベッド候補に挙がるものもなく、博士は納得せざるを得なかった。
「こんな上質なベッド、他にねぇだろ」
「まずそれベッドじゃねぇけど」
「あと枕が欲しくなったら跳び箱の一段目を使って」
「江戸時代か」
「でもあれ使うと決まって寝違えるんだよなー」
「だったら使うな」
何がおかしいのか、多々羅は首に触れながら高らかに笑っている。
博士は堪らず溜息を吐き、目を逸らす。
「……そういえば、お前らはベッドどうしてるんだ?」
博士の目は隣の乃良と花子に動く。
気になっていない訳ではないが、今まで自然のうちに考えない方向へと頭が働いていた。
しかしよくよく考えれば中庭やトイレで生活などあまりにも突飛なので、この機会に根掘り葉掘り取材した方がいいと考えたのだ。
先に口を開いたのは乃良である。
「俺はそのまま中庭だぜ? 茂みの奥に俺専用の丁度良い緑のフカフカベッドがあってさ。勿論この姿のままじゃ風邪引くから元の姿に戻るけど」
「成程」
「私はトイレ」
「それは知ってた」
花子のトイレ事情は随分と前に把握済みだ。
「ヴェンは前覗きに行った時、ピアノにうつ伏せになって寝てたな」
「ピアノ大事にしろ」
「ローラは水中だよね」
「溺れ死なねぇかそれ?」
「もけじーは寝てるとこ見た事ないなー」
「もけじーって寝るの?」
「不健康だろ。いやお前らに健康なんてあったもんじゃねぇけど」
奇々怪々の睡眠事情に、博士は意識が朦朧としてきた。
そんな博士を案じてか、乃良が疑問を先読みして答えていく。
「まぁここで生活してるって言っても、寝るまでは学校の色んなところで遊んでるだけだ。言うならここは寝室。別に生活の全てがそこに詰まってる訳じゃねぇよ」
乃良の回答に納得したのか、博士は口を閉ざしていた。
そして改めて多々羅に向き直る。
「……クローゼットは」
「あ?」
「寝室ならクローゼットはあるだろ。着替えとかどうしてんだよ」
人間が生きていくのに必要なのは、衣食住らしい。
学生服や私服など、生活する以上着替えは確かに必須である。
ただし辺りを見回しても、服を保管できるような場所はなかなか見当たらなかった。
「あークローゼットな」
多々羅は口角を上げると、クローゼットへ足を向ける。
そこにあったのは三角コーンだった。
赤、青、黄に染まったただの三角コーン。
どういう訳か博士が眉を顰めていると、多々羅は三角コーンを裏返し、中に詰まっていた衣類を見せた。
「ほれ、クローゼット」
「無理があんだろ!」
予想外のクローゼットに博士が声を荒げる。
「何がクローゼットだ! ただ収納場所に困って無理矢理三角コーンに詰め込んでるだけじゃねぇか!」
「なんだと!? どこからどう見てもれっきとしたクローゼットだろ!」
「どこからどう見ても三角コーンだよ!」
確かにそれは、どこからどう見ても三角コーンだった。
「ちなみに洗濯したすぐの服は、この支柱で中干ししてる」
「支柱ビショビショじゃねぇか!」
多々羅が指差したのは、バレーのネットを張るのに使われる支柱だった。
きっと金属製の支柱が錆びるのも時間の問題だろう。
堰を切ったように、今度は乃良や花子が質問に答えていく。
「俺は同じく茂みの奥に畳んで仕舞ってあるぜ!」
「草とか汚れつくだろ!」
「私はトイレに仕舞ってる」
「シンプルに汚ぇ!」
三方向から来る不可思議なクローゼットに、博士は右往左往と混乱していた。
「てか今しれっと洗濯って言わなかったか!?」
多々羅が零した何気ない単語を、博士は聞き逃さなかった。
「あー寄宿舎の洗濯機だよ。覚えてるか? 夏合宿で使ったところ。あそこの洗濯機借りてんだよ」
博士の疑問に、またも乃良が付け足しで答える。
「他にも風呂とか歯磨きとか、そういう水回り系の事は大体寄宿舎で済ませてるぜ。俺はあんまり水得意じゃねぇんだけど」
「もうお前らそこに住めよ!」
それは心の底からの博士の叫びだった。
脈々と湧き出てくる言いようのない苛立ちは、博士を自棄にさせていた。
「じゃあ目覚ましは! 目覚まし時計はどうするんだよ!」
「あ? そんなのここにあるだろ」
多々羅はあっけらかんにそう言うと、目覚まし時計に手を置く。
「ほれ」
それはバスケの授業などで使う、スポーツタイマーだった。
「無駄にデカいな!」
「これ時刻表示できないからさ。いつも朝起きるような時間に合わせて、そこから逆算してタイマーセットしてんだよ」
「目覚まし時計カウントダウン制!? つーかこんなの寝起きで聞いたら鼓膜破れるだろ!」
答えはどれも常識外れで、流石に博士に疲れが見えてくる。
その隙をついて、千尋は今がチャンスとばかりに多々羅に質問した。
「じゃあ多々羅先輩って、寝るまでどんな事してるんですか?」
「おっ! 良い質問してくれたな!」
千尋の健気な質問に、多々羅が意気揚々と顔を明るくする。
相反して博士は、嫌な予感しかしなかった。
「そうだなー。花子やノラ達と別れて部屋に戻ったら、高校生やってた頃は卓球板広げて宿題やってたな」
「無駄に広い学習机だな!」
「椅子は無ぇからバランスボールで」
「宿題集中できねぇだろ!」
「んで終わったらノートやら筆記用具なんかを三角コーンに仕舞って」
「三角コーン便利アイテムにするな!」
「体育館の電気消して」
「規模デカッ!」
「目覚ましセットに十分ぐらいかかって」
「面倒臭ぇんじゃねぇか!」
「マットに寝っ転がって、跳び箱枕にしたらそのまま就寝だ!」
「また寝違えるぞ!」
多々羅の脳内シミュレーションが眠りにつく頃には、博士の息は上がっていた。
嫌な予感は的中である。
多々羅はそんな博士になど目もくれていないようで、愉快に笑っているだけだった。
「まぁそんなこんなで、案外住みやすい場所なんだ! 良かったらお前らも泊まりに来いよな!」
「泊まって堪るかぁ!」
博士が最後の力を振り絞って叫ぶと、体育館中にこだました。
そこから多々羅が博士にいちゃもんをつけ、二人の激しい口喧嘩が始まる。
泊まるどころか、当分多々羅の城である体育館倉庫に近寄りたくないと思った博士だった。
無理矢理しすぎました……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
数週間前に卒業した三年生でしたが、前に多々羅が言っていたように、多々羅は七不思議なのでまだ学校に残っている訳なんですね。
作中でも言ってますが、これから多々羅はヴェンやローラと同じポジションになります。
今回はその橋掛けといった意味で、書きだしました。
メインは多々羅、舞台は体育館倉庫という事だけは決まっていた今回。
何の話を書こうと悩んだ結果、ふと自分で「多々羅ってここでどうやって生活してるんだろう?」と、疑問に思ってしまったんです。
そこから話を膨らませた訳ですが、自分としましては、かなりの禁じ手だったと思います。
七不思議なんて現実的に考えたら全部が有り得なくて、生活事情をコメディチックに有耶無耶にする事で成り立っていると思っていました。
なので、そこを現実的に考えるのはかなり苦労しました。
特に体育館倉庫に居座る多々羅ですが、もう難しい。
クローゼットが三角コーンなんて、苦肉の策でしかないですよww
そういった意味で、今回の話は短めになりました。
執筆時は知らなかったのですが、どうやら現実世界にも三角コーンの使い手がいるそうなんで、その方に是非この使い方を教えたいですww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!