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【141不思議】あんあん

 春真っ盛りな若者の街。

 随分とお出かけ日和な天気に、今をときめくティーンエイジャー達が街を闊歩している。

 彼女達もその中の二人だった。

「いやー美味しかったね!」

 満面の笑みで街を練り歩くのは、春色の服を着た千尋。

 隣には同じく私服の花子も歩いている。

「花子ちゃん、パンケーキ食べたーいパンケーキ食べたーいってずっと言ってたもんね!」

 妙にリズミカルなステップと一緒に、ポニーテールが踊り出す。

「写真もいっぱい撮れたし! 可愛いかったし大満足! もうお腹いっぱいだよー!」

 千尋の語りかけに花子は素知らぬ顔で、ほぼ独り言状態だった。

 街に送っていた花子の目が、ふと止まる。

「……千尋」

「? どうしたの?」

 先程までの花子の無視も気に留めず、千尋が首を傾ぐ。

 花子の目の先にいたのは、周囲の若者達から浮いてしまっている、腰の低い老婆だった。

 買い物帰りなのか、両手にはパンパンに詰め込まれたビニール袋が携えられている。

「おばあちゃん!」

 千尋が老婆のもとまで駆け寄り、目が合う位置まで屈んだ。

「あら、こんにちは」

「こんにちは!」

 老婆の顔は見た事ない、間違いなく初対面だ。

 すぐ後ろに花子も追いついてくる。

「おばあちゃん大丈夫? 荷物持とっか?」

 千尋が親切にそう訊くと、老婆は皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。

「アハハッ! 大丈夫だよ。これぐらいへっちゃらさ。ありがとねぇ、可愛いお嬢さん」

「もうお嬢さんだなんて! おばあちゃんも可愛いよ!」

「あらっ、口が達者ねぇ」

「えへへ!」

 何歳になっても、ガールズトークは健在らしい。

 乙女らしい会話をしたところで、「それでは」と老婆は歩き出してしまった。

 二人は折れ曲がった腰に手を振っていたが、その目はどこか心配そうだ。

「……おばあちゃん、大丈夫かな?」

「………」

 花子も無言のまま、老婆の背中を見守っている。

 その時、前進していた老婆の足が止まり、そのまま膝を地面につけた。

「おばあちゃん!?」

 言わんこっちゃないと、二人は老婆のもとへ走り出す。

「おばあちゃん大丈夫!?」

「あっ、あぁ……、大丈夫だよ……」

「無理しないで! 花子ちゃん! ごめんこれ持ってくれる!?」

 千尋は花子に、老婆が両手に持っていたビニール袋を渡し、千尋自身は老婆を背中に背負い込む。

 突然の事態に、現場は騒然としていた。

「すまないねぇ」

「全然いいから! それよりおばあちゃん家どこ!?」

 千尋も老婆を助けるのに精一杯なようだ。

「……ついでに一つ、頼まれてはくれないかい?」

「えっ!? 何!?」

 よく聞こえずに、千尋がそう訊き返す。

 老婆が口にした頼み事は、千尋の耳元でそっと囁かれた。


●○●○●○●


 数十分後。

「「………」」

 そこはのどかなどら焼き屋だった。

 どこからか吹いてきた花吹雪がチラつき、鳥のさえずりも耳を撫でる様に優しい。

 そんなどら焼き屋に、千尋と花子は立っていた。

「……なんで?」

 耐え切れずに、千尋が声を漏らす。

「なんで私達こんなところで店番してるの? えっ、どうして?」

 声に出してみても、簡単には呑み込めない状況だった。

「おばあちゃんがこのどら焼き屋の店主で、今ぎっくり腰で寝てるから、代わりに私達に店番して欲しいってお願いされたから?」

「うん、まぁそうなんだけどさ……」

 花子は問題だと思ってそう答えたが、別に答えて欲しい訳ではなかった。

 見事正解した花子は、どこか嬉しそうである。

 一方の千尋は諦めたように溜息を吐いた。

「まぁしょうがないかー。あの状況で断るなんて出来なかったし、お客さんもそんなに来ないみたいだから、気楽に店番しよ?」

 千尋は自分にもそう落とし込んで、花子に目を向ける。

 花子は商品として置かれたどら焼きの包装を開け、早速試食をしていた。

「花子ちゃん!?」

 神をも畏れぬ所業である。

「ちょっと花子ちゃん! これ売り物だよ!? 勝手に食べちゃダメだよ!」

「そうなの?」

「そうだよ! あぁどうしよう! おばあちゃんに怒られちゃうよ……、まぁ一個くらいならバレないか。てか花子ちゃんよく食べれるね。お腹いっぱいじゃないの?」

 千尋の疑問に、花子は首を傾げる。

 どうやら幽霊の胃袋に限界はないらしい。

 疑問の真意は分からず、口が寂しくなってまた一口つまみ食いした。


●○●○●○●


 おやつの時間も過ぎた街に一人。

 やはり春の外出は嫌いで、今日も鼻がむず痒かった。

「ぶぁっくしょん! ……くっそぉ理子の奴。俺におつかい頼みやがって」

 博士は独り言を呟いて、傾いた眼鏡を直す。

 つい数分前、リビングで理子が「どら焼き食べたーい」と急にわがままを言ってきた。

 いつもならそんなわがまま跳ね返すが、受験勉強を無事終わらせた理子に、少しは甘やかしてもいいかと靴を履いた次第である。

 とは言っても、捻くれた博士の口からは愚痴が駄々漏れだった。

 愚痴も程々に博士は目的のどら焼き屋に辿り着く。

「ハカセ」

「あれ、ハカセじゃーん!」

 そこにいたのは、何故か同じオカ研の花子と千尋。

 二人はこちらを見つけると、異様にテンションを上げていった。

「……なんでお前らがここにいる?」

 対する博士のテンションは最底辺だ。

「さぁ、なんででしょう!?」

「いつものばーさんは?」

「ぎっくり腰で倒れちゃって、代わりに私達が店番してるの」

「お前らばーさんと知り合いだったのか?」

「全然!」

「はぁ?」

 どれだけ質問しても、博士の中で納得できる推理を見つからなかった。

「ハカセ、ここのどら焼き美味しいよ」

「知ってるよ。つーかお前つまみ食いしたろ。口元にあんこ付いてんぞ」

「うん」

「つまみ食いすんな」

 正直に白状する花子に、博士は溜息を吐く。

 今日はここに雑談しに来た訳ではないと、博士は早速本題に差し掛かった。

「まぁいいや。どら焼き三つ」

「あいよー!」

 博士の注文に、千尋の心が昂った。

 二人が店番をして初めての客、どうやら気合いが入っているらしい。

「花子ちゃん、初めてのお客さんだよ! しかもハカセ! ここは一つ、頑張って接客しよう!」

「うん」

「どら焼き入りまーす!」

「誰に言ってんだそれ」

 店の奥に声を飛ばすような千尋に、博士が冷静に口を挟む。

「お客さん、良かったですねー! 今日は良い赤物入ってますよ!」

「あんこの事赤物って言うな」

「ご注文はソフトクリームでよろしかったですか!?」

「よくねぇよ。どら焼きだって言ってんだろ」

「………」

「おい、食べかけのどら焼き入れようとするのやめろ」

「お待たせしました! こちらどら焼き三つになります! どうぞ!」

「どうぞじゃねぇよ。金払わせろ」

 二人の絶え間ないボケに、博士は一つずつ丁寧にツッコんでいく。

 呆れた博士はポケットから財布を取り出した。

「一つ百円だろ? ほれ、千円」

 そう言って博士は中から千円札を抜いた。

 受け取った花子は、そこに描かれたチョビ髭の紳士とにらめっこする。

「……えーっと、百が三つで千だから……」

 花子の頭の中で幾つもの計算式が浮かぶ。

 そこまで複雑な計算ではない筈だが、思考は森の中、海の底、宇宙の果てを一瞬の内に旅行していた。

「………」

「返せよ!」

 フリーズした花子に、博士がそう声を荒げる。

「ほら! お釣り! 千円払ったんだからさっさと釣り返せ!」

「「ありがとうございましたー」」

「釣り返せやおらぁ!」

 頭に血の上った博士は、今にでも店の中に乱入しそうな程だった。

 そこに年老いた引き笑いが聞こえてくる。

「オッホッホ! 博士君、大きくなったねぇ」

 その声に博士も現実に戻り、声の正体に目を向ける。

 そこに現れたのは店の主人である老婆だ。

「ばーさん」

「あっ、おばあちゃん! もう大丈夫?」

「えぇ、おかげさまで。まさか博士君と友達だったとは」

「うん! 私もびっくり!」

「いやもうこんなの友達じゃなくてただの泥棒だ」

 博士の言葉も友人同士のじゃれ合いに聞こえたのか、老婆は随分嬉しそうだ。

「二人共、店番ありがとう。もう大丈夫だよ」

「はーい!」

 二人は老婆の合図に帰り支度の準備をする。

 老婆は店の外から顔を出して、ちょちょいと中を弄くった。

「これ、少ないけど今日の給料分」

「えっ、いいの!?」

「勿論。また今度、遊びに来てね」

「はい!」

「………」

 千尋の屈託ない笑顔、そして花子の鉄壁な無表情に、老婆は朗らかに笑った。

 二人の手に渡されたのは、どら焼き一つだった。


●○●○●○●


 西に沈んでいく赤い夕陽に、三人は歩いていた。

 博士もお釣りをしっかり返してもらい、千尋と花子と一緒に帰路を歩いている。

「ん! 美味しい!」

 どら焼きを一口口にした千尋が、そう感想を零した。

「でしょ?」

「うん! この絶妙にふわっふわな生地に、この絶妙に甘いこしあんが、絶妙にマッチしてる!」

「絶妙言いすぎだろ」

 千尋は零れ落ちそうな頬を抑えて、もう一口食べた。

 隣を歩く花子と博士も、同じく口に入れる。

「あれ、てかお前ら今日パンケーキ食いに行くとか言ってなかったか? よくまだ食えるな」

「デザートは別腹だよ!」

「パンケーキもデザートだろ」

 後ろに三人の影が伸びていく。

 数時間前に食べたパンケーキの味なんか忘れるくらい、今の花子はどら焼きの甘さに夢中だった。

あんがあんじゃん。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


前回に引き続き、みんなの休日を書きたい!のコーナー!

今回は花子ちゃんと千尋の休日を書いてみました。

ゲストとしてハカセも登場してしまいましたが、主人公なんで大目に見てやってくださいww


テーマはこちらもずっと書きたかったバイト。

当初頭の中でぼんやりと思い浮かべていたのは、千尋が出店みたいなところで手伝いをやっていて、ハカセが客としてやってくるという映像でした。

そこに花子ちゃんが乱入した形になります。


店はなんとなくでどら焼き屋に。

映画『あん』の印象が強くてどら焼き屋にしたのですが、実は僕あんこが苦手なんですww

今回のサブタイトルも『あん』を意識してつけたのですが、これはなんか失敗したような印象ですww


僕も普段ファミレスでバイトをしています。

割と楽しくやってるのですが、こんなアットホームなバイトあったらいいなと書いてて思いました。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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