【140不思議】MANDRAGOLA QUEST Ⅱ
欠伸の出るような昼下がり。
時間はいつも以上にゆっくり流れているようで、今日はのんびりと出来そうだ。
玄関からは明るい声が聞こえてくる。
「ハーカセー!」
しかしそこは、戦場と化していた。
「早く中入れろよ……!」
「断る……!」
箒屋宅の扉を開けようと全体重を預ける乃良と、それに対抗する博士。
どちらも力の底まで絞っており、歯を食い縛っていた。
「なんで中入れてくれねぇんだよ……!」
「お前入れたら、どうせろくでもねぇ事になんだろ……!」
二人の顔は真っ赤に染まっていく。
拮抗した争いだったが、先に限界を迎えた博士の手が無力にも離れ、軍配は乃良に上がった。
開けっぴろげになった玄関の前で、二人の息は上がる。
「……んで、今日は何しに来たんだよ」
肝心の用件を訊いておらず、博士は息を整えながらそう尋ねる。
すると乃良は待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、ショルダーバッグの中身を漁り出した。
「ほい!」
満面の笑みで手渡され、博士は眼鏡を調整する。
目に映ったのは、見慣れないゲームのパッケージだった。
「MANDRAGOLA QUEST Ⅱ……?」
●○●○●○●
「今日暇だったから中古の本屋行ってたんだよ。ほら、本屋なのに本無ぇとこ」
「本あるわ」
「そこブラブラしてたら、在庫処分寸前の中古ゲームソフトがいっぱい売っててさ。なんか面白そうなのあったから買って来たんだよ」
人の家のリビングで、機械類を弄りながら乃良が今日の出来事を振り返る。
博士は特に気にする事なく、ただ背中を眺めていた。
「なんでそれで俺ん家に来るんだよ。お前ん家でやればいいだろ?」
「このゲームPS2なんだよ。学校Wiiしかねぇから、ハカセん家じゃねぇと出来ねぇんだよ」
「自分家に無いハードディスク買ってくんな」
「まぁそう言わずに一緒にやろうぜ! ドラクエ!」
「その略し方やめろ。どこ略してんだ。俺はやんねぇからな」
「おっ! ついた!」
博士の声は寸で届かず、乃良はコントローラーを持って画面に食らいつく。
自分勝手な乃良に溜息を吐くと、博士は机にノートを広げた。
画面には制作会社の『SURUMEYA EBIX』のロゴが映し出される。
「もう面白くなさそうじゃねぇか」
既視感のあるロゴに、如何にも怪しい臭いがプンプンしてきた。
しかし博士の声も置いて、気合の入ったオープニング映像が始まり、壮大な世界観と共に『MANDRAGOLA QUEST Ⅱ』とタイトルが映された。
「おー! 始まったー!」
「さっきから気になってたけどなんでⅡなんだ。Ⅰあるのか。聞いた事ねぇぞ」
「さいしょからはじめる!」
すっかりゲームに夢中の乃良は、意気揚々とボタンを押した。
最初に映されたのは主人公の名前入力画面である。
「主人公の名前はー」
乃良は何の迷いもなく、自分の分身に名前を入れていく。
「ハ……カ……セ……っと!」
「なんで俺なんだよ」
博士が気付いた時には、もうすでに決定された後だった。
画面は次のステップであるキャラクターメイクに移っている。
「おー! キャラメイク出来んのか! これいいな!」
PS2のゲームの割には、案外流行の仕様を仕込んでいる。
博士は不思議に思いながらも、特に気にする必要はないと、目の前の問題に集中していった。
「えーっと、目はどうしようかなーっと……」
ゲームの初期段階に関わらず、既に乃良は取り憑かれている。
乃良は心躍るまま操作を進めていくと、驚愕の表示を目の当たりにした。
「えっ、百二十!?」
それは目の選択肢の数だった。
「どんだけあんだよ! 目だけで百二十種類!? 豊富なラインナップ揃い過ぎだろ! もうちょっと抑えていいよ!」
有り余る数字に、流石の乃良も夢から覚めたようだ。
「うわっ! えくぼ三十種類ある! そんなにいる!? えくぼなんて有りか無しかだけでいいじゃんか! いらないよ! キャラメイクに懸け過ぎだろこのゲーム!」
その他も口、鼻、耳、輪郭に至るまで、総合で何億通り以上ある程だった。
どれだけ言ってもゲーム画面が応答する筈もなく、代わりに乃良の闘争心にボッと火が付いてしまう。
いつしか乃良には、制作会社からの挑戦状の様に見えていた。
「あーいいよ。やってやるよ。俺が他の誰にも作れない、最強の面白主人公デザインしてやる!」
こうして乃良の敵のいない戦いが始まった。
一人画面を凝視して、本格的にキャラクターメイクを進める。
「……それ俺だって事忘れんなよ」
自分自身のアバターに不安を覚えながら、博士は参考書に目を落とした。
●○●○●○●
「出来たぁ――!」
乃良が突然声を上げるものだから、博士も驚いて顔を弾かせた。
どれ程経ったのかと時計に目を向ける。
「よし、早速ゲームを始めよう!」
「何が早速だ。もう一時間も経ってんじゃねぇか」
知らないうちに、長針が一周回っていたようだ。
それでも乃良にとってはあっという間の一時間だったようで、興奮冷めやらぬまま、ようやく物語を始動させた。
画面に映るのは荒れた街らしき場所。
そこに無精髭を生やした筋肉質の男性が映った。
『よぉハカセ! こっちだ!』
筋骨隆々の背中には剣が隠れており、見るからに戦闘経験が豊富そうな剣士だ。
乃良がボタンを押すと、会話が展開する。
『ん? おいおい、俺の事を忘れちまったのかい? 俺の名前はアレックス。俺達、相棒の筈だろ?』
「なんだこいつ」
「さぁ?」
『なんてな。俺達初対面だ。よろしくな』
「俺こいつ嫌いだわ」
「同じく」
爽やかに台詞を吐く剣士に、画面越しの二人は苛立ちを覚える。
するとアレックスが手を差し出し、握手を交わすと同時に主人公が画面に映った。
画面のハカセは、顔面を完全に覆う鉄仮面を被っていた。
「顔隠れてんじゃねぇか!」
衝撃的な主人公登場に、乃良は堪らず声を荒げる。
「さっきまでの一時間なんだったんだよ! 返せ! 俺の一時間返せ! 俺の渾身の面白主人公デザイン返せよ!」
「確実にスベり倒すところだったから寧ろ助かったじゃねぇか」
博士の皮肉も届かない程に、今の乃良は怒りで満たされている。
そこに、草むらに怪しい影が揺れる。
「ん?」
どうしたのかと注目していると、そこからモンスターが飛び出してきた。
「うわっ、なんか出てきたぞ」
「来た来た! RPGっていったらやっぱり戦闘イベントだよな!」
敵の来襲に、冷めていた熱が徐々に再熱する。
飛び出してきたのは、こちらを見てブルブルと震える可愛らしい熊の親子だった。
「戦いづれぇわ!」
上がっていた期待感は急速に落とされ、乃良はコントローラーを投げ捨てる。
「なんだこのモンスター! 明らかに戦意ねぇじゃねぇか! こんなの倒せねぇよ! 行け行け! 早く逃げろ!」
『オラァァァァ!』
「アレックス容赦ねぇな!」
親子熊に剣を掲げて走るアレックスを、乃良は軽蔑する。
しかしアレックスは母親熊の振りかざした右腕に、呆気なく吹き飛ばされた。
『ぐはぁ!』
「よっわ!」
立ち上がる気配のないアレックスに、もう同情の欠片も湧かなかった。
アレックスが戦意を剥き出しにしたせいか、母親熊は次にこちらにじっと標的を定めている。
「えっ、ちょっ、ちょっと待て!」
何か手を考えようとするも、母親熊の強襲に間に合わず画面が真っ黒に染まる。
続いて浮かんだのは、『GAMEOVER』の文字だった。
「鬼畜だろ!」
無慈悲な結末に、乃良は悲痛の叫びを上げる。
「こんなの無理だろ! 何も操作方法分かんねぇのに! 勝てる訳ねぇだろ! てかアレックス何死んでんだよ! お前チュートリアルで色々教えてくれる系のキャラじゃねぇのか! 何も教えずに死んでんじゃねぇよ!」
勿論、その声がアレックスに届く筈もない。
乃良は仕方なくRETRYを選択し、再びアレックスとの出会いから始めた。
ふと玄関の方からドアが開く音がする。
目を向けていると、二つ結びの理子が外から帰ってきた。
「ただいまー……って、乃良」
「おっ、おかえりー!」
「ここアンタの家じゃないでしょ」
明らかに歓迎していない理子にも、乃良は満面の笑みで手を振っている。
「あっ、そういえば理子ちゃんマガ高受かったんだって!? おめでと!」
「あー……どーも」
「これで晴れて俺達の後輩だな!」
「うわーマガ高志望するんじゃなかった」
どこまで本気か解らないが、取り敢えず理子の表情は本気そうだ。
すると乃良は名案を思い付いたのか、ポンと手を鳴らす。
「そうだ! 理子ちゃんも一緒にゲームしよう!」
「はぁ!?」
突然のお誘いに、理子は顎が外れる程に口を開けた。
「何で私が! 私これから高校の予習するの!」
「なに兄妹揃って同じような事言ってんの! もうこのゲームめちゃくちゃムカつくんだよ! ほら! 一緒にやろ!」
「嫌だって言ってるでしょ!」
階段を上がって逃げようとする理子だったが、乃良の腕が理子を掴んで離さない。
二人の争いを、兄の博士はまるで他人事の様に放っていた。
数分後。
「はぁ!? 何で死んだの!? 意味分かんない!」
理子はどっぷりゲームの沼にハマっていた。
「ちょっとアレックス! 何死んでんのよ! アンタどう見たって強キャラでしょ! こんな無害そうなモンスターに勝手に挑んで勝手に死んでんじゃないよ!」
「そうなんだよ! このアレックス超弱ぇんだよ! あぁムカつく!」
ゲームに不満をぶつける二人は、さも兄妹の様に見えた。
――……理子ってゲーム好きだよなぁ。
そう心の中で思いながら、博士は目の前の絶叫に耳を塞いで参考書に取り組んだ。
●○●○●○●
それから数時間、三人はクリアを目指して一心不乱だった。
いくつもの試練に悪戦苦闘。
時には絶対達成不可能と疑わざるを得ない困難まで立ち塞がった。
それでも何とか乗り越え、ゲームも終盤に向かった時には、三人はこの『MANDRAGOLA QUEST Ⅱ』に魅了されていた。
そして、最終局面。
「まさか……」
画面の中の展開に、乃良が口を零す。
「ラスボスがアレックスだったとはな……」
「流石に予想外だったね……」
主人公――ハカセ達の前に最後の壁として立ち塞がったのは、最初に出会ったアレックスだった。
当初と見違える程の猛攻に、ハカセ達は満身創痍。
勝てる希望は、もう見えなかった。
しかし、
「負けて堪るか!」
例え希望が見えなくても、そこに希望がある限り、それに食らいつく。
それがハカセ達、乃良達の信条だった。
「アレックス、お前がどれだけ強くても、俺はお前を倒す! そして、世界を守るんだ!」
ハカセの剣が、眩い光を放つ。
「オラァァァァァァァァァァァァ!」
乃良の咆哮と共に放たれた一閃がアレックスを切り裂き、アレックスは膝をつく。
息をするのもやっとなアレックスに、もう剣を振るう力はない。
それはハカセ達の勝利を示していた。
「やった!」
「勝った!」
『すまねぇなぁ……』
喜びも束の間、アレックスが消えかけの声で口を開く。
『実は俺ぁ、随分前にツレが先立ってなぁ……。むっ、息子とっ……、生き別れになってたんだ……。本当だったら、家族とずっと一緒に暮らせる筈だったのにっ……。だから、幸せそうな親子を見るとぉ、つい体が怒っちまうんだ……。その生き別れた息子ってのが……、お前だ、ハカセ』
「「!」」
不意に乃良と理子の涙腺が緩む。
『悪かったなぁ……、父親らしい事一つもしてやれなくて……。もっと一緒に冒険したかった。もっと色んな事を教えたかった。もっと……、ずっと一緒にいたかった……』
もうアレックスの意識が残るのも、あと僅かだろう。
二人の顔は涙でずぶ濡れになっていた。
「「アレッグズゥゥゥゥゥゥゥゥ!」」
『……なぁ、最期に……、お前の顔、見せてくれないか……?』
そう言って、アレックスがこちらに手を伸ばす。
文字通り最期の力を振り絞って、アレックスはハカセの鉄仮面を外した。
ハカセの素顔は、目も当てられない程の無様な醜態となっていた。
「「「………」」」
感動の渦中にいた一同が、唐突の変顔に静寂に包まれる。
乃良はともかく、何の事情も知らない理子は感動を返せと苛立っているようだった。
「……だから言ったろ。確実にスベり倒すって」
博士の言葉も誰にも届かない。
見事完全制覇を果たした『MANDRAGOLA QUEST Ⅱ』は、その後二度とその名を口にする事を禁じられた。
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ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
舞台は春休みということで、みんなの休日を書きたい!と思いました。
今回はハカセと乃良の休日。
テーマはずっと書きたいと思っていた、ゲームです。
ゲームとか小説とか、元々ネタ満載の媒体にツッコんでいくという展開が個人的に好きで、また書きやすいんですよね。
今回もネタがポンポンと思い浮かんできました。
なので書いている時はすごく楽しかったです。
ゲームの元ネタは勿論ドラクエ、現在Ⅳ、Ⅴ、Ⅷを攻略済みで、Ⅺを購入予定なドラクエ好きですww
また、理子ちゃんの進路の話題も出てきましたね。
理子ちゃんのマガ高合格の報告もしたかったので、ついでみたいになっちゃいましたが報告させていただきました。
改めておめでとう!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!