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【137不思議】さよならは言わないで

 朝の光が窓から差し込む。

 二月も下旬になったが、未だ感じる冬の温度では体育館は厳しかった。

 体育館には全校生徒が揃っていた。

 普段は設置されていないパイプ椅子に腰を下ろす生徒達の間に悪ふざけは見当たらず、制服もキチンと整えている。

 前に並んでいるのは三年生達だ。

 その面持ちは真剣で、全員がこれからの舞台に精神を律していた。

 いや正確には、明日に向けてかもしれない。

「只今より、逢魔ヶ刻高校、卒業式練習を始めます」


 そう、明日は卒業式だ。


●○●○●○●


 ところ変わって放課後、オカルト研究部部室。

「それでは、オカルト研究部の三年生を送る会を始めたいと思います!」

 そんな開始の言葉は、部員達の生暖かい拍手に迎えられた。

 テーブルの右手側に並んだ三年生達。

 高校生活も二十四時間を切った三人にとって、これが最後のオカルト研究部員としての活動だった。

「司会進行を務めますは、来年度副部長になります石神千尋です! 以後お見知りおきを!」

「知っとるわ」

 誕生日席で一人立ったまま進行する千尋に、拍手は止まらなかった。

「ありがとね。こんな会開いてくれて」

「いえいえ! 毎年恒例なんですよね!? 私達にも祝わせてくださいよ!」

「うん、ありがと」

「お前ら! 俺を泣かせてみろよ!」

 卒業生達の愉快な言葉達に、千尋は満面の笑みを見せる。

 幸せなムードの中、ただ一人博士だけが顰め面だった。

「ていうか、こういう仕切りって副部長じゃなくて部長がやるんじゃねぇか?」

 博士の質問に千尋があっけらかんと答える。

「百舌先輩は東野圭吾の新刊が出た為、司会進行を辞退しました!」

「大丈夫か来年」

 テーブルの隅で新刊を読み耽る百舌に、博士は来年度の不安が隠せなかった。

 何はともあれ今は三年生を送る会である。

「それじゃあ在校生から一人ずつお祝いの言葉を贈りましょう! それじゃあまずハカセから!」

「俺からかよ」

 一言挟みながらも、博士は言われた通りに席を立つ。

「……三年生の先輩方、ご卒業おめでとうございます」

 博士の一瞥に、はす向かいの三年も返してくれる。

「俺は最初、こんな部活に入りたくありませんでした。こんなオカルト臭い訳も分からない部活、いるだけ無駄だって。早く抜け出したくて仕方ありませんでした」

 申し訳なさで潰れそうな斎藤とは真逆に、多々羅は口を開けて笑っていた。

「そんな部活で、先輩達に会いました。斎藤先輩は先輩なのに情けなくて頼りなくて、多々羅先輩はバカで意味分かんなくて、西園先輩は振り回すだけ回して笑ってて……」

 先輩達との思い出を振り返り、博士の顔色が悪くなる。

「……やっぱりこんな部活入らなければ良かった」

「ちょっと待って!」

 一転二転した結びの言葉に、斎藤が止めにかかる。

「こういうのって普通『最初嫌だったけど結果良かった』っていうパターンじゃないの!?」

「いや最初そうしようと思ったんですけど、なんか思い出したら段々イライラして」

「そんなに僕ら弊害だった!?」

 どれだけ声を荒げても、博士の結論が揺らぐ気配はない。

「それじゃあ次は乃良!」

「これでハカセ君終わりなの!?」

 斎藤の申し出も、マイペースな進行の千尋には届かなかった。

 進行通りに博士の隣の乃良が立ち上がる。

「さいとぅー先輩! ミキティ先輩! ご卒業おめでとうございます! 先輩達と過ごせた一年は長いようであっという間でした! 楽しかったです! また今度一緒に遊びましょう! 一年間ありがとうございました!」

 博士の直後だと典型的に感じる乃良の言葉に、一同は手を鳴らした。

「ちょっと待て!」

 しかし意義を申し立てる声を一つ。

 今にも血管の千切れそうな多々羅だ。

「なんで俺の名前言わねぇんだよ!」

「だって別にタタラとはこれからいつでも会えるじゃん」

「そうじゃねぇだろ! 俺だって卒業すんだよ! 今はこいつらと一緒に『卒業おめでとう』でいいんじゃねぇのか!?」

「はいはい解ったよ。ソツギョーオメデト」

「心込めろよ!」

 ここの喧騒もしばらく終わりそうになさそうだ。

「じゃあ次は花子ちゃん!」

「おいまだ話終わってねぇぞ!」

 傍若無人振りの進行に多々羅が声を荒げるも、花子はそれを気にしないまま立ち上がった。

 怒りのやり場を見失った多々羅は、仕方なく腰を下ろす。

 花子は目の前の三年生達に口を零していった。

「……三年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます」

 出だしは思ったより真面なようだ。

「本日はお日……、お日が、お日柄もよく、先輩達のか……、かど、か、門出? を……」

「カンペ!?」

 不自然な送辞に斎藤は身を乗り出した。

 花子の両手には、確かに三年生達のところからは死角になった角度に、一枚の紙が握られていた。

「なに!? 花子さんカンペ読んでるの!?」

「嫌だなぁ先輩、カンペなんてある訳ないじゃないですか」

「これ読めない」

「読めないとか言ってるよ!?」

「なになに? うわっ! 字ぃ汚っ! なんて書いてあるんだ?」

「『呪う』じゃねぇのか?」

「今この場に最もふさわしくない言葉だよそれ!」

 目の前でドタバタする一年生達に、斎藤は猜疑心が重なっていった。

 気を取り直して千尋が進行を続けようとする。

「えーっと、それじゃあ……」

 そこで止まった千尋の進行に、他の部員達は千尋の視線を追う。

 順番でいうなら、次は花子の隣に座る少年だ。

 ただその少年は現在別の世界に夢中になっており、今のこの状況に一切気付く素振りはない。

 しばらく見つめていると、ようやく長髪に隠れた目が一同に気付いた。

「……あっ、卒業おめでとうございます」

「興味無さすぎない!?」

 百舌の史上最軽量な言葉に、斎藤が声を荒げる。

「もうちょっと祝福してよ! 二年生なんだから百舌君が一番思い出あるでしょ!? もう今日が最後なんだから! ねっ!? もう一言だけでいいから! お願い本読まないで! せめてこっち向いて!」

 斎藤の懇願も、馬耳東風の如く百舌の耳をすり抜けていく。

 百舌の手から本が離れる事は頑なになかった。

 憔悴し切った斎藤に、千尋は一先ず進行を進める。

「じゃあ最後は私から! お祝いの言葉を贈ろうと思います!」

 悪い空気になってしまったのを変えようと、千尋が意気込んで祝辞を述べていく。

「斎藤先輩、多々羅先輩、西園先輩、ご卒業おめでとうございます」

「急にたどたどしいな」

「私は、この部活に入りたいからこの学校に入学したと言っても過言ではなくて、だからこの学校のオカ研に入れて、毎日夢みたいでした。先輩達とか、皆とかと放課後一緒にいるのが」

 ふと千尋の言葉が止まる。

 どうしたのかと、皆一斉に千尋へと目を向ける。

「……楽しくて」

 千尋の目には、涙が溜まっていた。

「毎日部室に行くのが楽しみで、先輩達が笑って話聞いてくれるのが嬉しくって、先輩達のおかげで、色んな七不思議に会えて、だから……、だから……」

 千尋の頭に様々な思い出が走馬灯の様に蘇る。

 初めて出会った時。

 夏合宿の時。

 文化祭の時。

 クリスマスの時。

 初詣の時。

 バレンタインデーの時。

 何気ない、毎日の部室の談笑の時。

 どれを思い出しても楽しくって、それが今は心を締め付ける。

「……嫌だ」

 本音がポロリと零れる。


「やっぱり、先輩達に卒業して欲しくない……!」


 耐え切れず、千尋の目から涙が落ちた。

 溢れ出す涙と一緒に、曝け出された本音が次々と口から零れ出していく。

「もっとずっと先輩達と一緒にいたい! 離れ離れなんて嫌だ! さよならなんてしたくないです!」

「千尋ちゃん……」

 今にも崩れ落ちそうな千尋に、西園が近寄る。

 宥めるように背中を擦る西園の肩に、千尋は顔を埋めて泣きじゃくっていた。

 西園の目にも、薄ら涙が滲んでいた。

「留年してぇ……」

「縁起でもねぇな」

 千尋の口から聞こえた物騒な言葉に、博士が一応声を挟む。

 しかしその心の奥の感情は千尋と一緒だ。

 きっと他の部員達も一緒である。

 ただ千尋が皆を代弁して言っているだけで、心の奥の本音では全員が繋がっているのだ。

「……ありがと」

 千尋の咽び泣く声だけが響く部室で、斎藤が口を開く。

「僕達を想って泣いてくれて。こんなに慕ってくれる後輩がいるなんて、僕達は幸せ者だ」

 斎藤はそっと千尋に歩み寄る。

 千尋は泣きじゃくるままで、斎藤の気配に気付きもしない。

「……でもね?」

 その声に、ようやく千尋が反応する。

「さよならじゃないよ? 僕も西園さんも家から通うし、多々羅なんてこれからもずっと学校にいる。だから、さよならじゃない。毎日って訳にはいかないけど、でも、またいつでも会えるよ。だからさよならなんて、そんな寂しい事言わないで」

 真っ赤に腫れた千尋の目に、斎藤の優しい笑顔が映る。

 こんな優しい笑顔に、何度救われてきただろう。

「本当ですか?」

「うん、本当だよ」

「じゃあ来年も会えますか?」

「勿論」

「再来年もそのまた来年も」

「お酒が飲めるようになったら、皆で飲み会とかも楽しそうだね」

 なんて笑ってみせる斎藤に、千尋は目を奪われる。

 ふと視線を多々羅に移した。

「おぅ! 俺はずっと学校にいるからな! 会いたくなったらいつでも会えるし、会いたくなくても俺が会いに行ってやる!」

 次に目の前の西園に。

「勿論。千尋ちゃんが卒業しても、大人になっても、おばあちゃんになっても、何度だって会お。だから、いつもの可愛い千尋ちゃんの笑顔を見せて」

 千尋の頬をぎゅっと持ち上げて、西園が笑いかける。

 その笑顔に、千尋も頑張って口角を吊り上げた。

「はぁぁぁーいぃ!」

 持ち上げられた頬が涙腺のツボだったのか、閉まりかけた千尋の涙の蛇口が再び全開になった。

「もー、笑ってって言ったでしょ?」

「でもぉー!」

 涙と笑いの入り混じった千尋に、部室は笑顔に包まれていく。

 またいつもの、賑やかな部室に逆戻りだ。

 でも、やはりこの空気がこの部屋に合っている。

 すると扉の外から声が漏れてきた。

「ちょっ、ちょっと! ダメだよ! 合図あるまで待っててって言われたでしょ!?」

「もう十分待っただろ。私は不用意に待たされるのが干乾びる次に嫌いなんだよ」

「そんなに!?」

 騒がしい廊下に何事かと目を向けていると、その扉が勢いよく開かれた。

 そこに立っていたのは、見慣れた二人だった。

「ローラさん!?」

「ヴェンさんも!」

 予想外のサプライズゲストに、斎藤と西園は目を丸くする。

「よっ! 千尋にどうかと誘われてな。折角だからお呼ばれする事にしたんだ」

「斎藤君、タタラ君、にっ、西園さんも、卒業おめでとう」

 心から祝福する二人に、卒業生の顔は綻んでいった。

「しかしなんで合図出す筈の千尋がこんなに泣いてんだ? おいハカセ。お前泣かせたんじゃないだろうな?」

「何でだよ! なんもしてねぇよ!」

「というか美姫、お前優介と付き合ったんだって? こんなもやし野郎で大丈夫か? なんかあったらいつでも言え。私が直々に捌いてやる」

「捌くな!」

「大丈夫だけど、なんかあったらお願いします」

「あー今日はなんて美しい日だ! この想い出の日に祝福の音色を奏でよう! 誰かどこかにピアノは」

「ヴェンさぁぁぁーん!」

「ああああ! 石神さんちょっとこっち来ないで!」

「アハハハハハハッ!」

「ちょっとノラ君笑ってないで助けてよ!」

 数分前まであんなにしんみりしていた部室が、今ではこのどんちゃん騒ぎの有様だ。

 斎藤は一緒になって笑いながら、部室の景色を見回していく。

 ペナントなどが貼られた壁。

 雑多に物が収容された棚。

 昼寝なんかもしてしまった畳。

 笑いの収まる事のない、愉快な部員達。

 部室に足を踏み入れてこんなバカ騒ぎが出来るのは、きっと今日が最後だ。

 だから目に焼き付けようと思った。

 自分が三年間過ごした、思い出の場所を。

「……よし」

 斎藤は天井を見上げる。

 そこは何にもないただの天井だったが、斎藤には空よりも高い何かが見えているような気がした。

 思い残す事は一つも無い。

 あとは明日を待つばかりである。


 そう、明日は卒業式だ。

卒業式まであと一日。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


とうとうこの話を書く時期になりましたね。

今回はその前日談という訳です。


どこの部活もやっているんだと思いますが、今回は卒業式前日に行われる三年生を送る会がテーマです。

勿論この三年生を送る会も、かねてから構想を考えていました。

結果はシンプルな回になりましたね。

僕が実際行っていた三年生を送る会がこんな感じだったんで、案外良い感じになったかなと思います。

OB枠に折角なのでヴェンとローラにも来てもらって、お祭りみたいになりました。


そして次回、いよいよです。

いよいよいよいよです。

次回、卒業式編、彼らの最後の日をどうかお読みください。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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