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【135不思議】箒屋レンタルショップ

 校舎中に授業終了のチャイムが鳴り響く。

 授業と授業の間、束の間の休息。

 有限の青春を生きる高校生達にとって、この十分は大変忙しいものだった。

「ハカセー!」

 授業の片付けをしていた博士の耳に、そんな声が飛んでくる。

 声のした方向へ、博士は不機嫌な顔で振り向いた。

 案の定、そこには金髪の乃良がいた。

「何用だ」

 乃良の教室はここではない隣のC組だ。

 にも関わらず、乃良はまるで自分の教室の様にB組へと入ってきていた。

 その乃良は博士に向かって口角を頬骨まで上げている。

「電子辞書貸して!」

「断る」

 想定範疇の言葉で、博士は食い気味に否定を入れた。

「ちょっと! 貸してくれよー!」

「嫌だよ。なんで毎回毎回貸さなきゃいけねぇんだよ」

 乃良が博士に借り物を強請るのは、決して今に始まった事ではない。

 この一年ずっと、なんなら中学時代から見慣れた光景だった。

「大体お前の家中庭だろ。とっとと忘れ物取りに行けばいいじゃねぇか」

「忘れたんじゃなくて失くしたんだよ!」

「もっとダメじゃねぇか」

 反省の色がないまま物を強請る乃良に、博士はだんまりを決めていた。

 そこに別の火種が舞い込んでくる。

「ハカセー!」

 数分前に聞いた筈の文言。

 呆れたように目を向けると、教室のドアにポニーテールの千尋が立っていた。

「ちょっと物貸して!」

 内容までそこの金髪と全く一緒である。

「なんなんだよどいつもこいつも。断るに決まってんだろ」

「良いじゃんかー、助けてよハカセー」

「……ちなみに何貸してほしいんだ?」

 手を擦り合わせて頭を垂れる千尋に、博士は試しに訊いてみる。

「体操服」

「なんで俺に頼んでんだよ」

 これは流石の博士も想定外の貸し出し届けだった。

「そういうのは普通同性の相手に借りるヤツだろ。他の奴当たれ」

「そっか! 確かにそうだわ! ハカセのエッチ!」

「なんで俺がそうなるんだよ!」

「花子ちゃーん! 体操服貸してー!」

 頭に血が上った博士を置いて、千尋は離れた席に座る花子のもとへ駆け寄る。

 しかし花子も立ち上がって、博士のもとへと歩き出していた。

「花子ちゃん?」

 千尋も不思議そうに花子を眺める。

 目の前にやって来たおかっぱ頭の花子に、博士は腰を下ろしたまま見上げた。

 花子は博士を見つめると、閉じた口をゆっくり開ける。

「……教科書貸して」

「お前同じクラスだろ!」

 想定をぶっ壊す勢いで放たれた花子の爆弾が、博士の固定概念を吹き飛ばした。

「何言ってんだ! これから俺も同じ教科書使うんだよ! お前に貸したら俺教科書ねぇじゃねぇか!」

「うん、貸して」

「交渉の余地なしか!」

 花子は強情に博士に教科書をおねだりする。

 乃良や千尋を見て、羨ましくなってしまったのだろうか。

 何はともあれ、博士の前には三人もの愚か者が集まってしまった。

「ねぇハカセー。貸してくれよー」

「いいじゃんかー別にー」

「ハカセ、教科書」

 三人に撤退という行動手段は見つからず、休憩時間が刻一刻と短くなっていく。

 それと同時に、博士の眉も徐々に吊り上がっていった。

 結局この三人を振り切るには、物を貸すしかない。

 あれこれと悩んだ末、一つ博士の頭に名案が浮かんだのと同時に、授業開始を報せるチャイムが響いた。


●○●○●○●


「決めた」

 放課後のオカルト研究部部室。

 そこに博士の、一種の宣誓が為されていた。

「何を?」

 乃良が身を乗り出して、博士に疑問を投げる。

「これからお前達に物を貸すのを有料制にする」

「「はぁ!?」」

 博士の宣言に乃良と、傍で聞いていた千尋が口を開けっぴろげた。

「何だよそれ!」

「お前ら俺に物借りすぎなんだよ。だからこれから俺に物を借りる時は、代わりに俺に百円寄越せ。先生に怒られずに一時間使えるんだ。百円なんて安いもんだろ。つーか元々無償で貸してる方がバカらしかったんだ」

「そんなの借りづらくなっちゃうじゃんか!」

「その為だろ」

 必死に意義を唱える千尋に、博士が真を突く。

「そもそも忘れたり失くしたりするお前らが悪いんだ。お前らにとやかく言われる筋合いはない。百円取られたくなけりゃ、金輪際忘れ物しない事だな」

 そう言って博士は二人を突き放す。

 突き放された二人は、何とか撤回してもらおうとデモ行動に走った。

「ちっちゃいぞハカセー!」

「ケチー!」

「何とでも言え」

 対する博士はバリアでも張ってある様に、あらゆる罵詈雑言を跳ね返していった。

「ガリ勉ー!」

「ビビリー!」

「へんたーい!」

「お前の母ちゃんデーベソ!」

「母さん関係無ぇだろ!」

 流石に黙っていられなくなったが、自分の意見を曲げる気にはならない。

 当然、博士の言っている事は紛れもなく正論。

 それは乃良と千尋も重々分かっている事だった。

「うぅ! 斎藤先輩! 先輩からも何か言ってやってください!」

「えぇ!?」

 千尋から出撃要請が出され、斎藤は言われた通りに博士と向き合う。

「えーっと、ちょっと許してあげてもいいんじゃないかな?」

「この一年ずっとこんな感じだったんすけど」

「……石神さん、君達が悪いよ」

「そんなぁ!」

 頼みの綱も結局は切り離され、千尋は深く落ち込む。

 乃良も憔悴し切ったように倒れており、博士は溜息を吐いた。

 これで反省して、少しは借り物が無くなる事を切に願うばかりである。


●○●○●○●


 翌日、今日もまた授業間の細やかな休息が訪れた。

 板書も一段落し、博士も息を吐く。

「ハーカセ!」

 そこに声が聞こえて、博士は顔を上げる。

 目に映ったのは同じクラスのお調子者だった。

「宿題見せて!」

「………」

 人任せ全開の明るい笑顔と反比例して、博士の顔には段々と影が差していく。

 表情とは裏腹に、博士は鞄を弄り出した。

 お目当てのノートを見つけると、それを男子に手渡す。

「おーさんきゅ!」

「百円」

「えっ!?」

 ノートと共に開かれた掌に、男子は思わず声を上げる。

「なに!? 百円!?」

「そう、百円」

「なんで!?」

「今日から物貸したら百円取る事にしたんだよ」

「別に宿題見せてもらうくらいいいだろ!?」

「ダメだ、こういうのは徹底した方がいいんだよ。宿題見せんのも物貸してんのと一緒だ。ほら、百円」

「あーあー分かったよ!」

 決して退く様子のない博士に、仕方なく男子が退く事にした。

 自分の席に戻って財布の居所を探している。

「……もしかして、オカ研の人達用?」

 唐突に聞こえてきた声に、博士は首を回す。

 同じくクラスの男子が、博士に対して声を投げかけていた。

「あの人達、いつもハカセに物借りてたもんね」

「……あぁ」

「そういえば今日は来てないね」

「これで懲りてくれればいいんだが」

「おいハカセ! 持ってきたぞ!」

 男子が財布から銀貨を取り出して戻ってきた、その時だった。

「ハカセー!」

 教室に博士の名が轟く。

 昨日聞いたような展開に、博士は顔を顰めて振り返る。

 その正体は、もうここに書く必要もないだろう。

「電子辞書貸して!」

 乃良は昨日と全く同様に、同じ品を博士に強請る。

「ったく、少しは利口になったと思ったら」

「だって忘れたんじゃなくて失くしたんだもん」

「……そうだったな」

 適度な会話を交わしながら、博士は引き出しに仕舞った電子辞書を取り出す。

「あい、百円」

「あぁ」

 知らんふりでもするかと思ったが、乃良の返事は案外素直だった。

 電子辞書を受け取り、自分のポケットに手を入れる。

 取り出したのは、財布ではなくスマホだった。

「paypayで」

「使えるかぁ!」

 何の迷いもなくスマホを取り出した乃良に、博士が声を荒げた。

「えぇ!? 使えないの!?」

「使える訳ねぇだろ! なんで電子マネー使えると思ったんだよ!」

「だってpaypayなら全国どこでも使えるって聞いたから」

「どこもかしこも使える訳じゃねぇだろ! 大体こんなとこで使えるか! 超個人企業だぞ! んなもん現金オンリーに決まってんだろ!」

 かなりの怒鳴り声に、教室中の生徒が振り向いている。

 肝心の矛先には、特に響いてないようだが。

「そっかぁ、使えねぇのかぁ……、知らなかった」

「いいからとっとと財布取ってこい!」

 棒立ちしている乃良に、博士が指と声で指示を出す。

「ハカセー!」

 そこに二人目の刺客が現れた。

 千尋はそのポニーテールを揺らしながら、博士のもとまで歩いてくる。

 すぐ傍まで来ると、可愛らしくおねだりした。

「お金貸して!」

「バカなのか!」

 想定外のもう一つ先のステージまで来て、博士の限界値スレスレまで来る。

「お前らバカなのか! いやまぁバカだけど! なんで借りるのにお金いんのに金借りようとしてんだよ! どうなってんだお前の思考回路!」

「ねぇお願い! 五百円でいいから!」

「俺に得無ぇじゃねぇか!」

 どれだけ言っても二人が元の教室に戻る気配は無い。

 もう授業まで時間もないというのに、博士は今にも倒れそうだった。

 そこに、遂に最終兵器が動き出す。

「「「!」」」

 彼女の椅子が引いた音がする。

 三人は一旦喧騒を沈めると、その方角を一緒に見つめる。

 彼女はこちらへとゆっくり歩いていき、とうとう博士の目の前に立ち塞がった。

「ハカセ」

 花子は無表情に博士を見下ろす。

「教科書貸して」

「いやだから」

「代金は」

 すると花子は、さらりとそれを口にした。


「体で払う」


『!?』

 聞き間違いかと思った。

 いや今の時点でも数人が聞き間違いだと信じていた。

 それ程に先程の花子の台詞は衝撃で、その衝撃は教室中に広まっていった。

 中でも一番の衝撃を受けていたのは、当事者の博士である。

「おっ、おまっ! 何言ってんだ!?」

「体で払」

「お前その言葉の意味分かってんのか!?」

「ううん」

「誰だ!? 誰に教えられた!」

「そんなの、お前にだって分かるだろ」

「くそ! あのクソデカ先輩今日の放課後覚えてろよ!」

 脳裏に浮かぶ厭らしい先輩の笑顔に、博士の殺意はどんどんと募っていった。

「ねぇハカセ、体で」

「分かったから! もう言うな! 金もいい! 教科書もやるから! いいからもう黙ってろ!」

 花子は教科書を押しつけられると、不思議そうに博士を見つめる。

 電子辞書も乃良に貸し出し、金は流石に貸せなかったが、同じクラスの宿題も結局は無償で貸し出す事となった。

 こうして博士のレンタル屋は一日も経たずに閉店を迎えた。

 くたくたになって机に突っ伏していると、授業開始のチャイムが校舎中に響いてしまった。

貸したり、借りたり、ラジバンダリ。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


ここいらでオカ研の日常回を書こうと思いまして、テーマを考えました。

基本テーマを思いついた時って、「この話いいけど今じゃないなー」とか、「こんな感じでいっかー」みたいな気楽な感じなんですが、今回はどうしても「今書かなきゃいけない!」という理由がありました。

その理由は今後に繋がるので割愛。


このレンタルショップの回、思いついた時は最高でした。

アイデアもどんどん出てくるし、こういうボケの畳みかけは個人的に好きなんです。

ただ好きで流れてしまった気がするので、ちょっと反省です。


物の貸し借りって、学校生活の上では必要不可欠というか、避けては通れない道ですよね。

僕も物を貸したり、借りたりしていました。

どっちかっていうと貸してる方が多かったかな?

今でも貸したりはしていますが、だからといってハカセの気持ちは分かんないっすけどww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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