【134不思議】恋人はじめました
時は流れ、オカルト研究部部室。
そこはいつもの放課後とは違う、張りつめた空気が漂っていた。
部員の視線を攫うのは、椅子に並んで座った二人。
二人を代表して斎藤は、照れくさそうな顔でなんとか口を開いていった。
「えーっと……、という事で」
それは全員が待ち望んでいた言葉である。
「付き合う事になりました」
「「「おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
斎藤の言葉を前に、記者側の部員達はワールドカップ進出が決まったかのように立ち上がった。
「よくやった! よくやったぞ優介!」
「西園先輩もおめでとうございます!」
「ありがと」
「いやめでたい! 本当にめでたいぞ! よーし今日は宴だぁ!」
多々羅達はまるで自分事の様に喜びの舞を踊る。
その姿に、斎藤は再び感情が込み上げてきた。
あぁ、僕達にはこんなにも応援してくれる人達がいたんだな、と。
「つーか遅すぎんだよ優介」
「そうですよ。西園先輩どんだけ待ったと思ってるんですか」
「先輩達もう卒業でしょ? もうちょっと早く頑張ってれば、もっと制服デートとか出来ただろうに」
「なんでそんな事言うの!?」
さっきまでのお祝いムードから一転して、斎藤は慌てて止めに入る。
「そうだよ斎藤君」
「西園さんまで!?」
味方である筈の西園までこの反応だ。
きっとこれは延々と言われ続けるのだろうと息を零しながら、斎藤は顔を上げる。
斎藤には一つ確認しなければならない事があった。
「……というか、皆西園さんの気持ち知ってたの?」
「あ? 当たり前だろ」
「!?」
さも当然に吐かれた言葉に、斎藤は衝撃を覚える。
「そんな事全員知ってますよ」
「全く、どんだけ鈍感だったら気付かずにいられるんですか」
「ちょっ、ちょっと!」
止めなければ溢れ出てきそうなので、斎藤はすかさず制止する。
どうやら周知の事実というのは、本当だったようだ。
「なんで教えてくれなかったの!?」
「教える訳ねぇだろうが! なんで告ってもねぇ奴にそんな事教えなきゃいけねぇんだよ! 相手の気持ち知るのは告白した奴の特権だろ!」
斎藤の甘えた考えに、多々羅が鞭を入れる。
そう怒鳴られてしまったのなら、斎藤に返す言葉は見つからない。
「でも晴れて付き合えたんだから結果オーライですよ! 私、二人が恋人になって自分の事みたいに嬉しいです! 今日の星座占い一位だったのも頷けます!」
「それは関係ないでしょ」
萎んでしまった斎藤に、千尋が明るく語りかける。
その明るさに斎藤の顔色も戻っていった。
すると千尋は好奇心を剥き出しにして、二人へと身を乗り出した。
「どうやって告白したんですか!?」
「えぇ!?」
眼前にまで迫った千尋に、斎藤は身を仰け反る。
「教えてくださいよ! ほんとは覗きに行きたかったのにこの堅物達に止められて覗きに行けなかったんですから!」
「覗かないでよ! ハカセ君、加藤君ありがと!」
「いえいえ」
「礼には及ばないっすよ!」
部室でそんな事件があった事など知らず、斎藤は二人に頭を下げる。
ただ今の問題は目の前の少女だ。
「おっ、教えないよそんな事!」
「えぇ!? なんでですか!」
「なんでって……、恥ずかしいじゃんか」
「だからいいんじゃないですか!」
「だからいいの!?」
理解不能な後輩に、斎藤はなんとか止める術を考える。
しかしその間に隣の彼女が実行に移っていた。
「いいよ、教えてあげる」
「!?」
それは予想だにしなかった、ある種の裏切り行為だった。
「やったー!」
「ちょっ、ちょっと西園さん!」
「いいじゃん、別に減るものじゃないんだし」
西園はそうやって斎藤に笑いかける。
その美しい笑顔を見てしまったら、斎藤もとやかく言えなくなってしまう。
西園は立ち上がり、千尋の手を取る。
そして膝を付くと、まるでマントを靡かせる王子様の様に見える錯覚が起こった。
「あぁ美しい僕のプリンセス。僕を魅了するのは世界で貴女しかいない。どうか僕だけのお姫様になってくれませんか? この身が砕けるまで、共に踊り明かしましょう」
「なんか思い出書き換わってない!?」
聞き馴染みのない告白の言葉に、斎藤は黙っていられなかった。
「ちょっと! 僕そんな告白してないよ!?」
「そう? 大体こんな感じだったでしょ?」
「全く!?」
「優介お前……、ちょっとキザすぎるだろ」
「ほら! なんかあらぬ誤解をかけられてるよ!?」
「西園先輩カッコいい……」
「石神さんは西園さんに見惚れないで!」
様々な方向から言葉が飛び交って、斎藤は右に左に大忙しだった。
西園に魅了された千尋は満足したようで、椅子に腰かけて天井を仰ぐ。
「いいなー、私も彼氏欲しいなー」
「あれ? ちひろん彼氏いらないんじゃなかったの?」
「今はって話でしょ? 私だってゆくゆくは先輩みたいに誰かと付き合って、結婚して、幸せな家庭を築きたいよ」
「ふーん」
「えっ、とっ」
千尋の人生設計に乃良が適当な相槌を入れる。
何か言いたげな斎藤は、口を開くタイミングを見計らっていた。
しかし斎藤の前に、西園が口を挟んだ。
「私達、別にまだ結婚するって決まった訳じゃないけどね」
「えぇ!?」
タイミングなんて関係無しにさらりと吐いた西園に、隣の斎藤の心臓は止まりかける。
「まぁ私は結婚する気満々だけど」
「えぇ!?」
連続攻撃の上、西園は確実にトドメを差してきて、斎藤の心臓は爆発寸前だった。
そんな二人の関係も、千尋にとっては羨ましい範疇である。
ただ一人、たった一人だけがこの場の空気に物申したかった。
「結婚の何がいいんすか」
聞こえてきた言葉に、一同一斉に振り返る。
そこには意見なんて更々曲げるつもりの無さそうな博士が、ドンと構えていた。
「付き合ったって苦労が増えるだけでしょ」
「おらぁ!」
「ぐはぁっ!」
感情に任せて拳を振るったのは千尋だった。
「なんだハカセ! ハカセは先輩達が付き合ったの嬉しくないってのかおらぁ!」
「イテテ……、嬉しいよ。それとこれとは話別だろ」
「じゃあなんで今そんな話したんだおらぁ!」
「いやなんか話の流れ的に納得いかなくなってきたから」
博士は千尋をひっぺ返すと、自分の信条を部室全体に知らしめる。
「付き合う事で幸せになるケースだってあると思います。俺の親だって、今父親単身赴任で家にいないけど、それなりに幸せそうですし。でもだからってそれだけが幸せの形じゃない。寧ろ付き合う事で不幸になるケースの方がたくさんあります。趣味が二倍になって、嗜好も二倍に、結果すれ違いが増えて不満も二倍になる。だから結婚まで辿り着くカップルの方が圧倒的に少ないし、結婚したからといって、不倫や様々な問題で離婚してしまうケースも多発している。付き合って幸せになる方が、余っ程奇跡に近いんですよ」
滑々と吐かれた博士の持論。
耳から耳に流していた部員達は、まるで洗脳された様に意識が抜けていた。
その中、千尋は何か言い返そうと反論の糸口を探る。
何とか言葉を探るも、出てきた言葉はかなり幼稚だった。
「……バーカ!」
「あぁ!?」
幼稚園児の様な罵倒に、博士は顔を顰める。
「もう五月蠅い! なんでそんな事言うの!? 花子ちゃんという人がありながら!」
「いや今こいつ関係ねぇだろ!」
「先輩達付き合ったんだから素直におめでとうでいいじゃんか! ハカセの屁理屈押しつけないで!」
「だからめでたいとは思ってるって言ってんじゃねぇか! ただ俺は交際だけが幸せじゃないって」
「本当にそうかな?」
二人の論争に別の声が割って入ってきた。
目を向けると、西園が博士に対して自分の理論を口にしていく。
「確かに付き合う事で趣味も、嗜好も、不満だって二倍になると思うよ。でも幸せだって二倍になるんじゃないかな? ううん、不満が二倍なら、幸せは二乗だよ。不満が増える分、幸せはそれ以上に大きくなるんだよ。だから、例え不満があったって二人なら乗り越えて行ける。斎藤君とだったら幸せになれるって、私は思うよ」
そう綴られた西園の持論。
先程の博士の講演同様、耳にしていた全ての部員達が気の抜けた抜け殻状態になっていた。
ただ一つ違うのは、抜けた気の気分。
一同の心は何故か温まっていくのを感じていた。
「西園さん……」
その温度を一番に感じていた斎藤は、そう不意に声を漏らしていた。
「……まぁそう思えるんだったら幸せなんでしょうね」
後頭部を掻いて、博士がそう口にする。
「ほら見たか! 付き合う事だって幸せになるんだ!」
「いやお前なんもしてねぇだろ」
我が物顔で胸を張る千尋に、博士は冷たく指摘した。
西園は自分の思いが博士に届いたのが嬉しいのか、幸せそうに微笑んでいる。
その笑顔を、乃良は引きつったような顔で眺めていた。
「……いやーしかし、すごい惚気でしたね。なんかもう、隠す気無しって感じ」
乃良の表情を敏感に察知したのは斎藤である。
「あっ、ごめん。って僕が謝るのもおかしいけど。皆と一緒にいる時は惚気とか、そういうような事はしないつもりだから」
「え? なんで?」
「!?」
隣からそんな素朴な疑問が聞こえてきて、斎藤は肩を弾かせる。
「なんでって、皆がいる前でそういう事するのはマナー違反なんじゃ」
「私、今までずっと我慢してきたんだよ?」
すると西園は斎藤との距離を密着させる。
二人の肌は重なり、西園のシャンプーの香りで卒倒しそうだ。
「我慢してきた分、これからいっぱい甘えるつもりだから、覚悟しててね」
寸前に迫った西園の顔。
艶のある唇から囁かれた言葉に、斎藤はただ「近い……」と呟くだけで精一杯だった。
西園はその表情すら愉しんでいるようで、大層幸せそうな笑顔を見せている。
それを傍から見ている部員達。
「うわー……」
「これがリア充パワーか」
「付き合ってる人達は幸せかもしれないけど、それを見せられる人達は絶対幸せじゃないね」
「……そうだな」
その顔はもれなく全員引きつっている。
全員が願った筈の斎藤と西園の交際。
それが叶った今、後悔が募っていく部員達は不幸のオーラを漂わせていた。
そんな空気も眼中にないくらい密着する二人。
きっとこれから二人が不幸だと感じる事は、当分無いだろう。
リア充爆発しろ。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
前回晴れて斎藤と西園が恋人になったという事で、今回はそれの蛇足回といいますか、報告回になりました。
これも当初から決まっていた回になります。
といっても浮かんでいたのは最初の斎藤の報告だけで、そっからはその場の流れで書いた感じです。
今回思い付きで書いていったのですが、気付けば交際の考え方について書いていました。
僕の意見は、実はハカセとほぼ一緒です。
二年以上ラブコメ書いてますが、僕自身は交際経験ないし、したいとも思っていません。
ただ、その対立意見として書いた西園の理論は、我ながら美しいなと感じてしまいました。
どこかで聞いたのを無意識に書いただけかもしれませんが、ハカセの言う通り、そう思える人がいたなら、それは本当の幸せなんだと思います。
とは言いつつも、僕は人の恋バナは大好きです!
じゃないとラブコメなんて書かないし、僕はリア充爆発しろなんて夢にも思ってません!
なのでそういう話あったら是非聞かせてください!ww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!