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【133不思議】甘いも苦いも

 空はまだ鈍色で、ロマンチックというには少々物足りない空模様だった。

 優雅に飛ぶ鳥の姿もあまり見られず、時折凍りつくような風が校舎裏に襲い掛かる。

 それでも季節は巡るもので、そこにも小さな季節の報せが訪れていた。

「あっ、西園さん見て」

 斎藤が見つけると、駆け寄ってしゃがみ込む。

 後ろをついていた西園からは、斎藤に隠れて正体が見えなかった。

 くるりと斎藤がこちらを振り向くと、ようやくその正体が西園の目にも映った。

「蕾。何の蕾かな? たんぽぽ? たんぽぽってこの時期に咲くのかな?」

 廃れた地面に咲きかけた蕾。

 確かにたんぽぽのようにも見えるが、その真偽は西園にも分からなかった。

「……もう、春なんだね」

 空気に吐かれた言葉に、西園が顔を上げる。

 そこに映ったのは、いつものように不健康そうな顔で笑顔を作った斎藤。

 しかしその目の奥は、何かが違った。

 ふと西園の手にする手提げの紙袋に力が入る。

 斎藤の心が読めない。

 ただ一つはっきりしているのは、今日この数分で、二人の関係性は良くも悪くも変わってしまうという事だ。

「………」

「………」

 体温を奪う様な風が、また吹いた。


●○●○●○●


「えぇ!?」

 オカルト研究部部室からは、甲高い声が轟いていた。

「斎藤先輩が西園先輩に告白する!? 今!? なんで!? どうなって!?」

「五月蠅ぇなぁ、頭に響くだろ」

 博士は苦しそうに頭を抱え、千尋に真実を打ち明けた事を後悔する。

 しかし千尋に、今博士に構っている暇はなさそうだ。

「じゃあ何!? 先輩達付き合うの!?」

「まだ決まった訳じゃねぇけど」

「でもまぁ、両想いだしカップル成立だろうね」

「なんでいきなり!?」

「別にいきなりって訳じゃないんだろ」

「ちょっと待って! あれ、斎藤先輩誰に告白するって!?」

「西園先輩だよ」

「ダメだ! ちひろん混乱してる!」

 耳にした事実はあまりにも突飛で、千尋の頭の中は疑問が渦巻いていた。

 ただ博士や乃良との質疑応答の中で、その疑問は確信に変わる。

「でも……、そっか……、そうなんだ……!」

 不意に千尋の顔色が明るくなる。

 それは心の底から二人を祝福している気持ちが、表情に溢れ出しているようだった。

「よし! それじゃあ早速告白現場をチェックしに」

「待て」

 当然の様に部室を飛び出そうとした千尋を、博士の右腕が捕える。

「ちょっと! なにすんの!」

「全く、お前はほんとブレねぇな」

 罪悪感など無さそうに抵抗する千尋に、博士は溜息を吐いた。

「人の告白現場覗くなんてプライバシーの侵害だろ」

「いやでも! 不慮の事故って事も!」

「思いっきり計画的犯行じゃねぇか。勇気出して告白する先輩の気持ち考えろ」

 聖典の様な正論に、千尋はぐうの音も出ない。

 更に追い打ちをかけるように、乃良も説得に入る。

「まぁあの二人の事だろうし、なんか事件が起こる事もないでしょ。俺達はさいとぅー先輩とミキティ先輩を信じて、ここで待ってよ」

 二人からの説得に、千尋も頷かざるを得なくなった。

「……解った」

 西園はそう言って元座っていた席に腰を下ろす。

 その横顔は、どこからどう見たって納得していない表情だった。

「……お前解ってないだろ」

「解ったって!」

 口ではそう言うも、その膨れた頬が何よりの証拠だ。

 だからと言って今すぐここから駆け出そうという素振りもなく、葛藤する千尋の姿に博士と乃良は口を緩めた。

 そんな賑やかな一年を後ろから見守る多々羅。

 多々羅は一言も口にせず、ただ腕を組んで待ち続けていた。

 彼だって、欠片も心配してない訳じゃない。

 部室に残った部員達の頭の中は、ただ二人の幸せな未来を祈るばかりだった。


●○●○●○●


 教室棟、校舎裏、塀との間にある細い空地。

 流石に人の影は斎藤と西園以外になく、視線も感じる事はない。

 完全に二人だけの世界だった。

「………」

 斎藤はただひたすらに、西園を見つめる。

 その視線は熱く、西園の骨の髄まで見透かしているのではないかと錯覚する程の視線だ。

 対する西園も、斎藤から目を逸らさない。

 いつもなら読める筈の斎藤の心を、なんとか解読しようとしているようだ。

 その頃、斎藤の胸中は――、

 ――どうしよう、緊張しすぎて何言えばいいのか分かんない。

 不安に駆られていた。

 ――あー! 今日はクールにカッコよく行くって決めてたのに! 全然言葉が出てこない! 告白ってどうすんの!? ほんと昨日の練習全く無意味じゃん!

 頭の中では、夥しい数の文字が埋め尽くされていった。

 心情とは裏腹に、その表情が崩れる事はない。

 ――てかこれ西園さんに気付かれてない!? 気付かれてたらめちゃくちゃカッコ悪いよ!? もう最悪! 家に帰りた、

「はい」

「……え?」

 心の声を遮る西園の声が聞こえて、斎藤が遅れて反応する。

 慌てて目を向けると、西園がこちらに紙袋を差し出していた。

「ハッピーバレンタイン」

「あっ……、ありがと」

 極度の緊張で、数分前に話題になっていたイベントを忘れてしまっていた。

 告白は一旦置いといて、斎藤は紙袋を受け取る。

「今年は変なの入ってないから、安心して食べてね」

「あぁ、そういえば去年変なのだったね」

「ちょっと、忘れてたの?」

「あぁ違う違う! 覚えてたよ! ちょっと思い出しただけ!」

「やっぱり忘れてたんじゃん」

 口が滑ったと斎藤は愛想笑う。

 ふと目を上げると、文句を言いながらも幸せそうに笑う西園がいた。

 その時感じたのだ。

 別にたった今感じた訳じゃない。

 彼女の笑顔を見る度に、いつも感じる。

 あぁ、傍にいたい、と。

 この人と一生一緒にいたい、と。

「……斎藤く」

「西園さん」

 またしても二人の声が重なる。

 西園は視線を上げ、斎藤の顔を見つめる。

 斎藤の表情は先程と特に変わっていないように見えたが、何故か柔らかく感じた。

「僕、西園さんに隠してた事があるんだ」

 一つ、声を零す。

 すると堰を切ったように、今まで胸の内に仕舞っていた想いが垂れ流れていった。

「別に西園さんに意地悪した訳じゃなくて、西園さんの為に隠した訳でもない。ただ、自分の為。自分の見栄の為に、隠し事をしたんだ」

 溢れた想いは、止まる事を知らない。

「西園さんは、僕とは違うから。僕と違って、綺麗で、気品があって、みんなの人気者だから。それに比べて僕は……、醜くて、頼りなくって、何も出来ない臆病者だ。……だから僕は、西園さんとは釣り合わないと思った。西園さんを支えられないと思った」

 そんな事ない、そう言いたかった。

 ただ不思議な事に、西園は声を発する事が出来ずにいた。

「……でも、そんな僕でもね、ダメなんだ。西園さんが他の男子に告白されるの見ると、胸が痛い。西園さんが他の男子と一緒にいるの見ると、理不尽に腹が立つ。こんな僕なのに……、いっちょ前に嫉妬するんだ。おかしいよね。何も出来ない癖に嫉妬だけはするなんて……、女々しいよね」

 西園は斎藤を見つめる。

 この一瞬、瞬きすら惜しいと感じた。

 声を振り絞る斎藤を、眼球の裏にまで焼き付けたかった。

「だから、こんな僕じゃダメだと思った。嫉妬するだけの僕じゃダメだって、何も出来ないだけの僕じゃダメだって。西園さんのおかげで、変わろうって思ったんだ。まだちっとも変わってないけど……、これから変わる。西園さんと釣り合う人に。西園さんを支えられる人に」

 斎藤の瞳は美しく澄んでいた。

 まるで不純物を取り除いた鉱石の様に。

「何回も色んな人にされて、嫌になっちゃってるかもしれないけど」

 照れた様に頭を掻くと、斎藤は気を取り直して西園に向き合った。

「……西園さん」


「好きです」


「貴女の事が、大好きです」


「僕と……、付き合ってくれませんか?」


 斎藤は手を差し出す。

 白く華奢で、病人と見間違えるような右手。

 差し出された西園は繋ぎ返す事はなく、ただその手を虚ろな目で見つめていた。

「…………もう」

 聞こえてきたと思えば、そんな声。

 返事を待っていた斎藤は、どういう回答かと頭の中に疑問符が湧き上がった。

 しかし斎藤の不安を余所に、西園が口角を上げる。

「折角私が頑張って準備したのを、最後の最後でぶっ壊しちゃうんだから」

 西園の答えに、斎藤は更に首を傾げる。

「それ、開けてみて」

 そう目で促されたのは、斎藤が左手で持っていた紙袋。

 どういう意図か全く分からないまま、取り敢えず言われた通りに中を確認してみる。

 中からは甘いチョコレートの香りが漂ってきた。

「あっ、チョコの方じゃなくて、メッセージカードの方ね」

 チョコレートの入っているだろう箱を手にしようとした途中にそう注釈が聞こえ、斎藤は慌ててその手を引く。

 目を凝らして覗くと、確かに別途で一つ折りの紙が入っていた。

 斎藤はそれを取り出し、日の下に当てる。

 裏を返しても、特に気になるようなものが書かれている様子はなかった。

 そして、徐に折り目を開いていく。

 そこには――、


『ここで勇気出さなかったら、流石の私も冷めちゃうよ~』


 美しく書かれたゴシック体。

 可愛らしい落書き。

 この筆跡が西園のものだって事は、例え問題に出されたとしても即答できた。

「……これって」

「斎藤君ってば、本当に遅いんだから」

 未だテキストの意味を読み解けていない斎藤に、西園が声を投げる。

 その表情は、誰が見たって幸せそうだ。

「もう、待ちくたびれたよ」

 妖艶に微笑む西園に、斎藤は目を奪われる。

 それでも考える脳の働きが停止してしまっているのか、斎藤の感情が揺れ動く事は無かった。

 どこまでも鈍感な斎藤に、仕方なく西園は直球に想いを口にする。


「私も、好きだよ」


 斎藤の体の中に、西園の告白が入っていく。

 本人がその言葉を自覚するのに、数秒の時間を要した。

「……え?」

「私もずっと、斎藤君の事好きだったんだよ?」

 これは夢なのだろうか。

 ずっと想い続けてきた彼女が、「実は私も」なんて話をしている。

 こんな夢みたいな話を、簡単に現実と受け止める事は出来なかった。

 現実に置いていかれた様子の斎藤を引き戻そうと、西園はひたすら言葉を並べていく。

「ちなみに斎藤君が私の事好きって事は知ってた」

「えっ!?」

「私含めてオカ研の皆と、クラスの皆と、あと先生達とか斎藤君の家族も」

「えぇっ!?」

「ついでに私が斎藤君の事好きって事も全員知ってる」

「えぇぇっ!!?」

 西園によるショック療法で、斎藤は現実に戻るどころか失神寸前だった。

「でも、今日斎藤君が自分の意志で告白してくるってのは予想外だったなー」

 西園は天を仰ぐようにそう口にする。

 いつも通りの西園の姿。

 それが段々斎藤の心を宥めていき、少しずつ現実味を持たせていく。

「……ほんとに?」

「ほんとだって、疑い深いなぁ」

 永遠に訊いてきそうな斎藤に、西園は冗談めいてそっぽ向いた。

「ごめん……」

 一体同じような謝罪を、何度聞いてきただろうか。

「だって……こんなの、夢にも思わなかったから……」

 どうやらこの生物は、生粋の鈍感人間だったようだ。

 今に始まった事じゃなかったが、西園はおかしくって斎藤に向き直る。

「じゃあ、どうしたら信じてくれる?」

「どうしたらって……」

「キスしたら信じてくれる?」

「キッ!」

 先程まで悩んでいた斎藤の顔面が、一瞬にして弾け飛ぶ。

 純粋無垢な斎藤少年には、まだ刺激的すぎたようだ。

 そんな事は百も承知だったが、西園は斎藤のもとへと歩み寄っていった。

「えっ、ちょっと! 西園さん! そういうのはもうちょっと順を追ってからで」

 序盤に出てくる雑魚モンスターの様に斎藤が身構えるも、いとも容易く右腕を取られてしまう。

 目を固く閉じた斎藤だったが、ふと取られた右手に確かな感触が当たる。

 何事かと薄ら目を開けると、自分の手は西園の胸に触れていた。

「!」

 またしても斎藤の顔は紅潮する。

 しかし右手の感触に『柔らかい』というものはあまりなかった。

 よく見れば自分の手は西園の胸より少し高い位置にあり、大切な部分を直接触っている訳ではなさそうだ。

 ただ柔らかいという感触とは別のものが、斎藤の手に伝わる。


「私の鼓動が早くなってるの……、分かる?」


 言葉にされなくても、ちゃんと分かった。

 この心拍は、女性がただ立っているだけでなるような心拍ではない。

 ふと斎藤が顔を上げる。

 そこに映った西園の顔は、見た事もないくらいに火照っていた。

「これで信じてくれる?」

「……うん」

 真っ赤になった斎藤に微笑んで、西園は掴んでいた斎藤の右腕を放した。

 右腕は無気力に宙に落ち、静かな時間が流れる。

 何を口にしていいのか、お互いよく解らなかった。

「……私、わがままいっぱい言うよ?」

「……うん」

「メールも、電話だって、いっぱいするよ?」

「……僕だって、いっぱいカッコ悪い事しちゃうと思う」

「別に斎藤君はカッコよくなくていいんだよ」

「うっ、それってどういう」

「そのままの斎藤君が一番って意味」

 何を言ってもくすぐったい。

 それでも悪い気分じゃなかった。

「……あっ、そういえば、ちゃんと返事してなかったね」

 ふと思い出した西園がそう口にする。

「……ねぇ、もう一回言ってよ」

「えっ!? 嫌だよ、あれ恥ずかしいんだよ!?」

「いいから、もう一回だけ」

 あざとく上目遣いでそう強請ってくる西園。

 全く、彼女はやはり魔性だ。

 しかしいとも簡単に笑って許してしまう斎藤は、そんな魔性に取り憑かれていた。


「……僕と、付き合って下さい」

「……はい」


 二月十四日、バレンタインデー。

 斎藤と西園の交際記念日。

 帰宅後、斎藤は西園から受け取ったチョコレートを口にした。

 ほんのり苦くて、とびきり甘い。

 これから二人で共にする人生がこんな味だったらいいのにと、密かに願った斎藤だった。

エンダアアアアアアアア!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


バレンタインデー編、これにて完結!

そして! なんと! ここで! ようやく! 斎藤西園カップル成立です!

うわあああああああ! おめでとおおおおおおおお!


今回のバレンタインデー編、実はみんなにスポットライトを当てよう第五弾の斎藤編も含んでおり、最後に告白するのは決めていました。

イベント一緒くたにされた斎藤ですが、まぁ割とメイン回多かったしいいでしょ!ww


そんな事で待ちに待った告白シーンだったんですが、ベースはずっと想像してきたやんわりしたもので。

そこから、あー西園だったらこうするかなーとか、あー斎藤だったらこうなるかなーとか、割と二人に任せた感じで書きました。

バレンタインデーらしさもちょっとあって、素敵な告白になったんじゃないでしょうか?

サブタイトルと相反して、大分糖分過多な気がしますが、僕ラブコメに関しては甘党なのでこれぐらいでいいんです!


二人は三年生なのでもうすぐ卒業で、もうちょっと前に告白しとけば良かったかな?なんて思ったりしますが、もうこれで良し!ww

彼氏彼女になった二人も、どうかよろしくお願いします!

本当に二人とも、おめでとう!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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