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【132不思議】14日は金曜日

 横に細く長い、長方形の空間。

 中は薄暗く、色や形様々なものが雑多に放り込まれていた。

 奥に見えるは眩しい光。

 その光から、突如として真ん丸に見開かれた二つの目玉がこちらを覗いてきた。

 目玉は期待に満ちた目でこちらを見たかと思えば、その期待は泡の様に音もなく割れてしまう。

「だぁ――畜生!」

 目玉の持ち主は顔を上げ、頭を抱えて絶叫した。

 その声に教室にいた全生徒が振り向いたが、声を上げた男子生徒の正体が分かると、その興味はすぐに消え去った。

「今年もチョコゼロかよ! 義理でも本命でもいいから一個ぐらいくれよ!」

「本命は望むなよ」

 男子は自分の人生を呪う様に、怒号を上げる。

 そう、今日はバレンタインデー。

 いよいよ女子が男子にチョコレートを渡す、その当日が訪れたのだ。

 今日を眠れぬ程に楽しみにしていた男子だったが、先程自分の机の引き出しを確認し、気分は一気に地獄に堕ちたようだ。

「下駄箱の中もリュックの中も確認したけど入ってなかったし!」

「リュックの中入ってたら怖くね?」

「折角誰よりも早く学校に来て確認したのに!」

「だから入ってなかったんじゃねぇか? まぁ今でも入ってないだろうけど」

 クラスメイトから辛辣な指摘を受けても、既に男子の心は擦り切れていた。

 そんな男子に冷ややかな視線が刺さる。

「バカバカしい」

「はぁ!?」

 瀕死状態の男子だったが、その台詞は聞き捨てられなかった。

 台詞を口にしたのは、勿論博士である。

「何をチョコ貰えなかったくらいで落ち込んでんだ。いいか? バレンタインにチョコレートを渡すのは日本だけだ。バレンタインデー本来の意味は、ローマ帝国時代、禁止されていた兵士の婚姻を秘密裏に取り仕切っていた司祭、ウァレンティヌスが処刑された日。それなのに本命だの義理だの、バカバカしすぎて笑えねぇっつーの」

「なんだとぉ!?」

「まぁまぁ」

 今にも博士に殴りかかりそうだった男子を、他の生徒が止めに入る。

 対する博士は特段気にする事もなく、今日の授業の予習に取りかかろうとしていた。

 そんな博士に、他の生徒が声をかける。

「でもハカセはいいよな」

「はぁ?」

 曖昧な言葉に、博士は疑問符を踊らせた。

「だってチョコ確実に一個貰えるんだから」

「何言ってんだ」

「え? だって零野さんから貰えるんでしょ?」

「はぁ?」

 友人の言っている意味が分からず、博士は花子の席へと目を移す。

 いつから見ていたのか、花子はこちらを見つめており、二人の視線がぶつかった。

 花子は博士に想いを寄せている。

 周知の事実から考えれば、花子が博士にチョコレートを渡すのは自然の摂理の様なものだった。

 二人は視線を逸らさないまま、数秒の時を過ごす。

 後に博士が零した表情は、期待ではなく不安だった。

「……俺、今日生きて帰れるかな?」

「……武運を祈る」

 花子の過去の料理の実績を背負って丸くなった博士の背中に、男子がポンッと手を置く。

 話し声の届かなかった花子は、ただ首を傾げるだけだった。


●○●○●○●


 時は流れ放課後、オカルト研究部部室。

「あーあ」

 そう一人の少年の溜息が漏れる。

「こんちはー」

 ガラガラとドアを開け、博士が部室の中へと入っていく。

「よっ! あれ、花子は一緒じゃねぇのか」

「あぁ、なんか千尋と色々やってるみたいです」

 多々羅と適当に言葉を交わしながら、乃良の隣の椅子に鞄を下ろす。

 ふと乃良に目を向けると、その表情はどこか曇っていた。

「……今年も結構貰ったな」

「うん……」

 乃良の前の置かれたのは、十個足らずの包装紙。

 そのどれもが可愛らしくラッピングされており、全て異性からの贈り物だと分かる。

「ったく、なんでこんなのがモテんだよ」

 はす向かいに座る多々羅が、唾でも捨てる様に口を開く。

「いやほとんど友達からの義理チョコだよ」

「分かってるよ! 逆になんか嫌味に聞こえるからやめろ!」

「まぁそれでも数人はメッセージ付きだったり、人目のないとこに呼び出されたりしたから本命だと思うけど」

「ストレートな嫌味もやめろ!」

 女子に好かれない男要素全開で直訴する多々羅。

 一方の乃良は、多々羅の事など眼中にないようで、深刻そうな表情を続けていた。

 乃良の問題はただの自慢話ではない。

「お前チョコ苦手だもんな」

 そう、乃良はチョコレートが苦手だった。

 中学時代はただの舌の好みだと思っていたが、高校生になって乃良の正体が解った今、その理由が大きく頷ける。

 毎年義理に混じって本命も貰う乃良だったが、バレンタインデーをあまり好まない理由はここにあった。

「ハカセー、チョコやるよー」

「いらねぇよ、俺だって甘いもん得意な訳じゃねぇし」

 いつもの事なのか、博士は慣れたように要求を断る。

 乃良は不服そうに眉を八の字にさせた。

「折角貰ったんだし、本当はちゃんと食べてあげたいんだけど……」

 一つの包装紙を手に取って、乃良はそれに語りかける様に口を零す。

 しばらく見つめた後、それを多々羅の方へと差し出した。

「ほらよ」

「ヒャッホー!」

 多々羅は飛びつく様に包装紙を受け取り、他の包装紙まで丸ごと掻っ攫う。

 折角の綺麗なラッピングを乱暴に破っていき、中身が剥き出しになると齧り付いていった。

「乃良のチョコはここに消えていったのか……」

 長年の疑問を解明すると、博士は皮肉に笑った。

 そこに勢いよくドアが開け放たれる。

「たのもぉ――!」

 突然の大声に、中にいた男子達は肩を弾ませて驚きの目を向ける。

 そこにいたのは脇を構える花子と西園と、中央で仁王立ちする千尋だった。

「喜べ男子共! アンタ達の為に手作りチョコレートを作ってきてやったぞ!」

 千尋はそう言い放ち、手にした包装紙を高々と上げた。

「おぉぉぉ! 待ってたぞ!」

「なんでそんな偉そうなんだよ」

 歓喜する多々羅とは対照的に、博士が冷めた温度で指摘する。

 中に入った千尋は、早速部員達にチョコレートを手渡していった。

「はい、多々羅先輩!」

「おぉぉぉ! ありがとな! 一生大切にするぜ!」

「こっちは百舌先輩!」

「……どうも」

「んで!」

 千尋はくるりと振り返ると、満を持して包装紙を差し出した。

「はい! 乃良!」

「あぁ……」

 満面の笑みの千尋とは打って変わって、引きつったような笑顔を浮かべる乃良。

 千尋の笑顔が眩しければ眩しい程、乃良は正直に事実を伝えるのが怖くなっていった。

「あのぉ……、ちひろん? 実は俺」

「いいから! 早く開けて!」

「………」

 仕方なく乃良は包装紙の口を開ける。

「……ん?」

 それはいつも貰っているチョコレートとは違うようだった。

 暗闇では正体が掴みきれず、乃良は中身を取り出す。

 手にしたのは棒にくっついたペロペロキャンディの様なものだった。

「飴?」

 未だ確信が持てず、乃良はそう呟く。

「オリゴ糖で作った手作りべっこう飴です!」

「手作り!? えっ、これちひろんが作ったの!?」

 千尋の言葉に、乃良は思わず手にしたキャンディを凝視する。

 その完成度は店頭に並んでいてもおかしくないレベルで、とても目の前にいる少女が作ったものとは思えない。

 キャンディに目を奪われる乃良に、千尋は白い歯を見せる。

「ほら、猫にチョコレートってなんかダメって言うじゃん? もし乃良もダメだったら可哀想だなーと思って。だからキャンディにしたの! もし普通にチョコレート食べれたのならごめんだけど、良かった?」

 目をキャンディに残しながら、千尋の声が耳に入っていく。

 その気遣いは乃良の難しかった顔色を解いていった。

 初めて食べられるものを貰ったバレンタインデーに、乃良は口元を緩ませる。

「ありがと、ちひろん!」

「ホワイトデーはハーゲンダッツ一年分ね!」

「高っ! いくらなんでも高すぎだろ!」

「だって一人だけ全く別工程だったし、べっこう飴の三倍返しなんてたかが知れてるから割に合わないでしょ!」

「こっちのが割に合わねぇわ! 大体一年分って何!? それホワイトデーじゃなくてもうホワイトイヤーだろ!」

 二人は言い争いになって、いがみ合っていく。

 それでも乃良の顔持ちはどこか柔らかく、一人気付いた博士も自然と顔が綻んだ。

「……ハカセ」

 ふと自分の袖が弱い力で引っ張られる。

 博士は振り向くと、花子がすぐ傍まで寄ってきていた。

「これ」

 短い言葉を残して、花子は博士にそれを差し出す。

 小さくラッピングされた包装紙。

 この状況でチョコレートじゃなければ、一体何が入っているのだろうか。

「……ありがと」

 博士は差し出されたその包装紙を受け取る。

 中を確認する事も無く、博士はただ硬直する。

 博士の反応が気になるのか、花子が博士の顔から目を逸らす事は無かった。

 ただ博士が顔を向けたのは、別の人物である。

「……これ食べても大丈夫か?」

「私が一緒に作って味見もしたから、多分大丈夫……の筈」

 千尋に確認を取って、なんとか博士は自分の人生がまだ続く事に安堵して息を吐いた。

 一連のやり取りがよく解らず、花子はただ首を傾げる。

 全てを見届けていた西園はというと、いつものように微笑を映していた。

 チョコレートを渡す相手は、残すところ後一人である。

「……よし」

 小さく意を新たにすると、西園は最後の一人に声をかけた。

「斎藤く」

「西園さん」

 しかしその声は、予想外にも遮られる。

 西園も何が起こったか状況が把握できず、その場で固まってしまう。

 西園を呼び止めたのは、当の本人の斎藤だった。

「話があるんだ」

 斎藤は立ち上がって、静かに西園を見つめる。

 そこにいつもの怯えて情けない斎藤の面影は、どこにもなかった。

「……ちょっと場所移せる?」

「……うん」

 あまりに突飛な展開に、西園も頷く事しか出来ない。

 斎藤は西園の返答を聞くと、そのまま迷いのない足取りで部室を後にしていく。

 西園も後を追い、二人を外に出したドアはそっと仕舞った。

「「「「「「………」」」」」」

 残された部室はあまりにも静寂だった。

 予想していた未来とは完全に外れた現在に、千尋はどうしていいかも解らずその場をウロウロする。

「……え?」

 自分の頭では解決できず、千尋は背後にいる男子達に助けを求める。

 しかし誰一人、答えを教えてくれる人はいなかった。

 ただ全員が、斎藤の告白の行く末を祈るばかりだった。


●○●○●○●


 そして二人は歩いていく。

 誰もいない、二人だけの空間へ。

 長く長く、本当に長かった、二人の恋の終着地へ。

14日と書いて、決戦と読みます。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


いよいよバレンタインデー当日になりました!

という事で今回は、斎藤と西園以外のメンバーによるチョコレートの場面になりました。

冒頭の一年B組のシーンなんかも、大分前から思い描いていたシーンの一つです。


今回で一番思い入れがあるのは、やはり乃良ですかね。

一応人化している時は、それなりに色々なものが食べれる設定なんですが、猫といえばチョコレートを食べさせないのが常識。

なので、乃良もチョコレートは食べれない設定になりました。

割とモテる乃良は毎年チョコレートを貰うので、ちょっと憂鬱なんですね。

そこで思い浮かんだのが、今回のペロペロキャンディな訳です。

主軸とは少しズレた場面ですが、このシーンもこのバレンタイン編で書きたかった話の一つです。


メインカップルのシーンが大分味気なくなってしまった気もしますが、これは少し反省点ですかね。

まぁでも普段大々的に取り上げてるんで、今回はご愛嬌という事で。


という事で次回いよいよバレンタイン編最終回!

二人の恋の終着地は一体……?


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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