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【131不思議】斎藤と西園

 突如としてオカルト研究部部室で放たれた宣誓。

 それは喧騒な部室から音を奪った。

 声の出し方を忘れた男子達は、ただ何もする事が出来ず、じっと宣誓した彼を見つめる。

 注目を集める斎藤は、いつもらしからぬ覚悟を持った表情をしていた。

 しかしその顔が途端に崩れる。

「……胃が痛い」

「今から!?」

 腹に手を当てて項垂れた斎藤に、ようやく部員達は音を取り戻した。

「いやでもよく言った! よく言ったぞ優介!」

「ようやく告白するんですね!」

「全く、どんだけ遅いんですか」

「うぅ、苦しい。明日学校行けるかな……?」

「今更『やっぱやめた』とか無しだかんな!」

「大丈夫です! 俺らが全面サポートしていきますよ!」

 部員達はそう言葉をかけながら、斎藤を囲んでいった。

 それもそうだ。

 三年間の想いを越えて、ようやく斎藤が明日告白すると宣言したのだ。

 たった一年の付き合いの博士や乃良も、三年間ずっと傍にいた多々羅にしてみれば、この宣言だけでも感動物だった。

「でもどうしよう。僕告白なんてした事ないから、どうすればいいか分かんないよ」

「あーそれは俺も分かんない」

「俺もした事ない」

「俺も」

「サポートメンバーが頼りない!」

 いきなりぶつかった壁に、斎藤は早速頭を抱える。

 しかし多々羅は特に気にしていないようだ。

「いいんだよ! こういうのは自分の気持ちを素直に伝えりゃいいんだ! 変に凝ったもんにしなくていい!」

「でも」

「よし! それならここで練習しとこう!」

「えぇ!?」

 突拍子のない提案に、斎藤は混乱を極めた。

「練習って告白の!?」

「当たり前だろ!」

「何で!」

「不安だっていうなら練習するしかないだろ! おいノラ! どっかにカツラしまってあっただろ! それ取ってくれ!」

「了解!」

「ちょっと待ってよ!」

 斎藤を置いて、告白予行練習の準備は目まぐるしく勝手に整っていく。

 制御の効かない不甲斐ない仲間達を前に、斎藤は告白の前に新たな不安要素を生み出してしまった。


●○●○●○●


 西園宅のダイニング。

 そこではオカ研部員の女子達が明日のバレンタインデーに向けてチョコレートを製作していた。

 真摯にチョコレートに愛を込める西園。

 西園の頭の中には、明日斎藤に告白させるビジョンが浮かんでいた。

「なんで西園先輩は斎藤先輩の事好きになったんですか!?」

 前触れなく聞こえてきた質問に、西園が振り返る。

 そこには花子と一緒に調理をしながら、こちらに興味津々な千尋がいた。

「いや、斎藤先輩には聞いた事あるんですけど、西園先輩はなんでかなーって」

 すると千尋は言い難そうに目を逸らす。

「ほら、斎藤先輩ってそのー……、優しいし、結構イケメンですけど」

「確かに、どんくさいもんね」

 千尋が口籠っていた言葉を西園はあっさり言ってしまい、千尋も作り笑う。

「別に私は斎藤君と違って、最初っから斎藤君の事好きだった訳じゃないよ?」

 ――やっぱ最初っから斎藤先輩の気持ちバレてたんだな……。

 斎藤に心中お察ししながら、千尋は耳を傾ける。

「きっかけは……、一年の夏合宿だったかなぁ……」

 西園はふと調理の手を止める。

 あの頃の思い出を口にしながら、その時の憧憬を瞼に浮かべていった。

 今とは真逆の季節の、蒸し暑いあの夏の日を。


●○●○●○●


 二年前、西暦で考えるならもう三年前になる。

 夏の七月、加減を知らない蝉の声が、こちらに催眠でもかけようかと五月蠅く鳴る。

 今日は夏合宿。

 一年生である斎藤と西園、多々羅にとっては初めての夏合宿だった。

 もっとも多々羅の正体は部員全員に晒されており、先輩達とも打ち解け合って、合宿は楽しく進んでいた。

「おらぁぁぁぁ――――――!」

 天気の良い中庭に、一人の怒号が空にこだまする。

「うわっ! 冷てっ!」

「てめぇこの! やりやがったな!?」

 部員達は中庭で水の銃撃戦を勃発させていた。

 おかげで制服はびしょ濡れ、真夏の日中から始めるには心地の良い遊びである。

「喰らえ! 水鉄砲!」

「うわっ!」

「おいっ! やめろって!」

「おらっ! 水風船!」

「やべやべっ!」

「逃げろ!」

「どうだ! バケツ!」

「ちょっ、おい!」

「それは卑怯だろお前!」

「これならどうだ! 高圧洗浄機!」

「「「それは絶対ダメだろ!」」」

 業者から取り寄せたような最終兵器を持つ多々羅が、先輩達から総出で制裁を受ける。

 そんな惨状を、斎藤は遠目で苦笑していた。

 頭の頂上からつま先までずぶ濡れで、命からがら戦場から抜け出してきたのだ。

 楽しそうに水を掛け合う多々羅を眺め、斎藤は一旦その場を後にした。


●○●○●○●


 中庭の手洗い場。

 そこで西園は仮の水分補給を取っていた。

 西園の制服も濡れており、中の衣類が薄らと透けている。

 冷えた水を喉に通らせると、濡れた髪から軽く水を絞り出した。

 艶のある長髪は濡れてさえその美しさを保ち、西園の魅力を最大限に引き立てている。

 するととある事に気付く。

「あっ」

 左腕に小さく腫れた痕。

 見るまで気付かなかったが、どうやらこの夏合宿中に刺されてしまっていたらしい。

 今まで痒みを覚えた事はなかったが、刺されたと分かれば急に痒く感じてしまうものである。

 放っておけば治るだろうと、西園は深く考えない事にした。

「あっ!」

 耳に飛び込んできたその声に、西園は振り向く。

 そこには顔を真っ赤にしてこちらを見る同学年の男子、斎藤が立っていた。

「ごっ、ごめんなさい! 別にそういうつもりじゃ!」

 斎藤は水道の裏に隠れてしまい、必死に舌を回らせる。

 何を弁論しているのだろうと首を傾げると、そういえば西園の制服は透けていた。

 中は水着なので無問題なのだが、斎藤には刺激が強すぎたようだ。

「大丈夫だよ。これ水着だから」

「でっ、でも」

「大丈夫だって」

 西園に暗示されて尚、顔を出さなかった斎藤だったが、そろりそろりと西園の前へ姿を現す。

 そんなシャイな斎藤に西園は微笑んだ。

「……どうしたの?」

 斎藤にそう尋ねられ、西園は自分が自然と刺された箇所を掻いていた事に気付く。

「あぁ……、どっかで蚊に刺されちゃったみたいで」

 左腕を上げて、その部分を見つめる。

 先程掻いたせいか、前よりも腫れている気がした。

「ちょっと待って」

 その声に西園は顔を上げる。

 斎藤は制服のポケットやらなんやらに手を突っ込み、探し物をしているようだった。

 お目当てのものが見つかったのか、斎藤の顔が明るくなる。

 斎藤が取り出したのは、ムヒパッチだった。

「はい」

 虫刺され、痒み、霜焼けに効くと記されたムヒパッチ。

 パッケージには子供に大人気のアニメキャラがこちらに元気を与えてくれていた。

「それあげる」

「………」

「早くよくなるといいね」

 言葉を掛けてくれる斎藤に、西園はそのパッケージを見つめる事しか出来なかった。

「じゃあ、先行ってるね」

 そう言って、斎藤は皆の待つ戦場へと戻っていく。

 慌ただしい戦地に降り立つと、部員達から集中砲火ならぬ集中砲水を受けていた。

 そんな頼りなくずぶ濡れな斎藤に、何故か目が離せなかった。

 右手にはムヒパッチ、そして左手は高鳴る胸にそっと当てていた。


●○●○●○●


「……えっ、それだけ?」

 西園の回想を聞き終えた千尋は、思わずそう声を漏らした。

「うん、そうだけど」

「いやっ、ムヒパッチ貰っただけじゃないですか。それで好きになったんですか?」

 千尋の脳内では、もっとドラマチックでロマンチックなシーンを妄想していたのだが、それは結局妄想に過ぎなかった。

 訝しげな千尋の目に、西園はいつも通りの微笑。

「私はムヒパッチをくれた斎藤君の事、優しいって思ったの」

「まぁそうですけど」

「それにあのムヒパッチ、すごく効いたんだよ?」

「それ関係あります?」

 悠々自適に語る西園に、千尋は疑惑の念を捨てられなかった。

 そんな千尋を見透かしてか、西園は口を開いた。

「……好きになったきっかけなんて、そんなものでいいんじゃない?」

 西園の声に千尋が振り向く。

 千尋の目に映ったのは、女神と見間違える程の美しい女性だった。


「今私は斎藤君が好きなんだもん。それでいいでしょ?」


 あっさりと口にし、そっと微笑む西園。

 あまりにも美しい西園に、千尋は目を奪われていた。

「……そっ、そうですよね! 好きになったきっかけなんて何でもいいですよね! 例えムヒパッチでも!」

「別にムヒパッチが悪いって話じゃないんだよ?」

 千尋の妙に力の入った体を、西園が軽く宥める。

 一人話に置いていかれた花子は、ただただ木べらを回していた。

 少女達は恋の話題に作業が中断している事に気付き、ガールズトークも程々にして調理に戻っていった。

 仄かに香るチョコレートの香りが、ダイニングから溢れていく。


●○●○●○●


 一方、部室では空気が凍り付いていた。

 畳には苦悶するような表情で正座している斎藤。

 それと対峙するのは――、一体誰の真似をしているのか、体をクネクネと捻らせながら甘い声で誘う長髪のカツラを被った多々羅だった。

「……斎藤君」

「無理!」

 耐え切れず斎藤が畳から立ち上がる。

「おい何してんだよ! 告白しろよ!」

「無理だよ! こんなんで告白できる訳ないでしょ!」

「いいからやれ! 俺を美姫だと思って!」

「どこが西園さんなんだよ! 西園さんはこんなんじゃない! 西園さんに謝って!」

 珍しくも斎藤は本気で多々羅に怒りを露わする。

 斎藤と多々羅の激しい罵り合いを、博士達は目を細めて見守っていた。


●○●○●○●


 窓を覗けばすっかり夜になっていた。

 西園の父と母の帰宅時間も近付き、そろそろタイムリミットが迫る中、ついにそれは完成した。

「出来たぁ――――!」

 それは手間暇かけて作った手作りチョコレートだ。

「やったぁ! 完成しましたよ!」

「時間までに完成してよかったね。千尋ちゃんのおかげだよ」

「いえいえ! みんなで作ったチョコですよ!」

「美味しそう」

 それぞれのチョコレートを前に、女子達は達成感や興奮に包まれていく。

 千尋の目は既に明日の男子達を見据えていた。

「見てろよ男子共! 私達が丹精込めたチョコレートをとくと味わうがいい!」

 一人身を焦がす様な熱量の千尋を置いて、二人は片付けなどの準備を整える。

「……美姫、何それ」

 花子に声を掛けられ、西園の動きが止まる。

 西園の手元には一枚のカードとペンがあった。

 純粋に疑問の眼差しを向ける花子に、西園は口元を緩ませる。


「……ちょっと、隠し味」


 その答えで、花子の疑問が解決する筈が無かった。

「隠し味?」

「そう、隠し味」

「美味しいの?」

「味は変わらないけど……、花子ちゃんにはまだちょっと早いかな」

「?」

 そう言って西園はカードとペンを手の内に隠す。

 今ここで書き上げるのは恥ずかしい。

 二人が帰った後、西園はそっとペンを取り、斎藤を思い浮かべながらペンを走らせていった。


●○●○●○●


 時を同じくしてオカルト研究部部室。

 そこにはただならぬ絶望感が充満していた。

 部室には畳に蹲る斎藤、そして長髪黒髪のカツラを被ったオカルト研究部男子組。

 それだけで、これまで行われてきた部室の地獄が容易に予想できた。

「……もう、ダメだ」

 遺言の様に言い残し、斎藤はその場に倒れる。

 亡くなった斎藤を見つめる黒髪ストレートの博士達の目も、決して生きてはいなかった。

 項垂れる斎藤。

 心躍る西園。

 すれ違う二人の心にも、平等に明日は訪れる。

 明日はいよいよ二月十四日、バレンタインデーだ。

バレンタインデー前日の夜に。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は前回の続き、斎藤と西園それぞれの視点で書いていきました。

今回の西園の恋に落ちたきっかけ、これは本編で書くつもりのない話でした。

本編では書かず、このサイトに投稿しない番外編として書こうと考えていたエピソードです。

しかし今回西園視点で書く話が余りまして、じゃあ折角だし本編で書こうと書きだした訳なのです。

夏合宿の話とか、本当はキャンプとかにしようと思ったんですが、夏合宿でキャンプがあまりにも合致せずに水鉄砲になりましたww


打って変わって斎藤視点は随分前から決まってた感じです。

斎藤が勇気を持って告白すると決めた!

じゃあ何する!? 告白の練習でしょ! みたいなww

この男特有のノリみたいな感じが出せて、結構良かったんじゃないかと思います。


という事で明日はいよいよバレンタインデー当日!

それぞれのチョコレートの行方をどうぞお楽しみに!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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